「──ダージリン様! ティーガーです! シークレット枠はティーガーです‼」
無線から発せられるルクリリの悲痛な叫び。それが焦りから来ているのか、それとも恐怖から来ているのか。心理学者でもない私にそれは知る由もないが、ただ一つこれだけは分かる。非常にまずい状況だと。
現在、知波単側から見て北西、こちら側から見て西方の位置にある市街地にティーガーがいる。そこには一応、ルクリリを始めとした歩兵戦車部隊を配置していた。マチルダⅡも6ポンド砲搭載型という大盤振る舞いだ。本来、知波単の戦車を相手するにはこれで十分だと思っていた。装甲78mmといえど、チヘの攻撃を防ぐには十分であり、チトやチリ相手でも6ポンド砲なら容易に貫ける。
しかし、予想外の戦車を持ってこられた。オイ車かホリか。使い勝手の悪い鈍重な超重戦車か、砲塔の回らない砲戦車を予想していたというのに、彼女たちは重戦車の傑作を持ってきたのだ。
正面装甲100mm? それならばチャーチルの75mm砲でも貫通可能か? 否、昼飯の角度を取られれば終わりだ。そしてあの重戦車のくせに速い脚から、私たちの歩兵戦車は逃げることができない。
だが私はこう言うしかない。逃げろ、と。チャーチルだけでも、装甲を盾にして逃げろと。
「ルクリリ。あなただけでも逃げなさい。煙幕を撒くなり、履帯を砲撃するなり、何をしてでもいいから逃げなさい。ここで立ち向かっても、どうにもならないわ」
そう、どうにもならないのだ。逃げ切れられない脚ならば、立ち向かっても無駄なのである。相手の射程圏内にいる時間のほうが長いのだから。
「ダージリン様、フラッグ車もここにいます。ティーガーの後ろに隠れていますが……」
「やっぱりいるのね。本当ならパンは私たちのはずだったのに、いつの間にかキュウリになってしまったようね……」
西方の市街地に向かった敵本隊を、歩兵戦車部隊が迎撃している間に、私たち聖グロ本隊が挟撃を開始。それが本来の作戦で、敵本隊がフラッグ車を匿うために市街地に来ることは読めていた。しかし、来るのを読めていただけでは意味がない。実際は、市街地の彼女たちが瓦解したわけで、こうなるとフラッグ車を追う私たちが、西方の敵本隊と南方のゲリラ部隊に挟撃されることとなる。
最悪の状況になってしまった。私たちは包囲されたも同然か。こんなにも早く、試合が思い通りにならなくなったことは初めてだ。
「ダージリン様」
「どうしたの? ペコ」
「でもサンドイッチは、パンよりも中のキュウリが一番美味しいですよ?」
彼女は微笑みは凛々しいものだった。忘れていた。挟まれているほうがいい味出すのだ。私が知らない間に、彼女も大きな成長を遂げていたようである。
とりあえずは、戦況確認だ。
「ルクリリ、他に車輌は?」
「チトが二輌います。今はとりあえずティーガーの脚を奪って、後退しています。マチルダⅡはすでに三輌が……」
「大丈夫よ、ルクリリ。ティーガー投入を予想できなかった私にも非はあるわ」
敵のフラッグ車を仕留めるためにはどうするか。まず私たちが市街地へ向かうことは、大前提だ。このまま南へ進んだところで、ゲリラ戦を展開されて弄ばれるだけ。市街地へ、挟み撃ち上等で行くしかない。
そのためには、ローズヒップ率いる巡航戦車部隊の動きが鍵となる。市街地に向かうまでには川を渡る必要があるが、知波単側がそこで奇襲を仕掛けてくるのはまず間違いない。知波単側の奇襲を機動力で上回れば、少なからず戦況は良くなるはずで、これの要が巡航戦車だ。奇襲には奇襲をかける。毒をもって毒を制すのである。
「ローズヒップ、あそこの川へ向かってくれる? 作戦概要は追々伝えるわ」
「川、ですか? 了解しましたわ!」
しばらく進んでいると、遠くにケニがいたのが見えた。ケトがフラッグ車ゆえ、あれが偵察用の車輌なのだろう。私たち本隊の行動は筒抜けというわけだ。
しかし逆に言えば、彼女たちは私たちしか見ていない。ならば、奇襲は可能だ。間違いなく。
「ローズヒップ、煙幕は撒けるかしら?」
「煙幕? もっちろんでございますわ! バッチリ準備してありますわ!」
「了解。じゃ、撒いたら隠れておきなさい」
「かしこまりでございますわ!」
そうして無線を切る。ローズヒップの言葉遣いは全く成長していないが、従順さは増すばかりだ。これを利用すれば、いずれ面白いことに使えるかもしれない。
「ダージリン様、今悪いこと考えませんでした?」
「い、いえ。何も」
「……そうですか。怪しいですけど」
ペコは鋭い。彼女の前で何か企むのはやめよう。
「にしても煙幕ですか。さながら『もくもく作戦』といったところですね」
「いいわね。その名前使わせていただこうかしら。縁起もいいことだし」
「では『もくもく作戦』で。全車に作戦概要を伝えましょう」
こうして聖グロ版もくもく作戦が始まった。といっても、私たちは反転攻勢が目的のため、大洗のとは全く違うのだが。
「後方から敵襲!」
川が近くなってきたところで、チリを筆頭とした知波単のゲリラ部隊が後ろに現れた。……いやそれにしては少し寂しい。一部はすでに市街地に向かったか。
超信地旋回をして、正面装甲を敵へと向け、後退しながら隊列を組み直す。しかし、私たちは相手を引きつけるための囮のようなもの。主役は、場をかき乱す彼女だ。
「ローズヒップ」
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! 煙の中から、ローズヒップ参上ですわ!」
煙幕を破り、後方から巡航戦車部隊が、私たちの間を走り抜けていった。先陣を切ったクロムウェルに、全く攻撃に当たっていないことからも、相手の動揺が見て取れる。これで主導権は握ったと言えよう。それにしても……。
「呼ばれて飛び出てって……ふふっ……」
「確かに聞いたことあるセリフでしたけど、そんなに面白いですか……? ダージリン様……」
「隊長の笑いのツボを理解しようとしたら負けよ、ペコ」
「なんだか埃でムズムズしますわ! ──ハックション‼」
「んんっ⁉」
「だ、ダージリン様⁉」
危ない危ない。危うく紅茶を吹き出すところだった。ローズヒップは本当に面白い。彼女とずっといると、腹筋が鍛えられそうだ。
「けほ……ああ、おかしかった。アッサム、私たちが狙うのはチリ。マチルダⅡにはチヘを狙ってもらうわ」
「分かりました」
日本戦車に対しては、オーバースペックな17ポンド砲をチリに向ける。マチルダⅡは装填速度を活かして、弾を撃ち続けていた。何輌かのチヘが白旗を揚げ、混乱するチトをクロムウェルとクルセイダーが狩っていく。
もはや一方的な蹂躙と言ってもいい。これで挟み撃ちされる心配はなくなった。作戦は成功で間違いない。
「ねえ、こんな格言を知ってる?」
こういうときにこそ、言いたくなる。相手には聞こえないが、それもまた一興だ。
「──逆境で咲く花こそ、最もレアで美しい」
「ウォルト・ディズニーですね」
「正解」
ブラックプリンスの主砲が火を吹く。しかし、その砲撃はチヘが盾になったことによって、チリの撃破には至らなかった。──問題ない。私たちには狂犬がいる。
ローズヒップの乗るクロムウェルが、ドリフトをしながらチリの背後へと回った。それは読んでいたのか、砲塔をあらかじめ回しておくチリ。互いに相手の攻撃には当たりたくない。先んじてチリが撃ったことによって、クロムウェルは攻撃の機会を逃した。だが、それは一旦の話。
チリはなんとか倒そうと次発を撃つが、快速のクロムウェルを捉えることはできない。これにてチリのターンは終了。クロムウェルは再びチリの周りを一周し、チリの側面に6ポンド砲の一撃を叩き込むことに成功した。ゲームセットである。
「ふぅ、危ない綱渡りだったわね」
知波単学園。本当にどこまでも恐ろしい学校だ。こんな知略の勝負になるとは、思ってもいなかった。どれだけの強い想いを抱いてこの試合に臨んだのかが、よく分かる。しかし、想いの強さならこちらも負けない。
私は今日この日のために、聖グロをまとめ上げ、今日この日のために、OG会を説得して新車輌を導入した。生半可な気持ちで、どうやって戦うことができようか。
決戦の場は西方市街地。本隊と本隊による戦いによって、舞台は千秋楽を迎える。あなたたち流に言うのなら、“手合わせ願おう”かしら。
そして、私たち流に言うのなら……。
──“