知波単の車輌は見るも無惨な姿へと成り果て、煤を被った生徒がキューポラから上半身を出し、うなだれている姿が私のほうから見えた。ローズヒップは、嬉々とした表情でこちらに手を振る。試合は、私たち側へと傾いたかと思われた。
「やりましたわ! ダージリン様!」
「ええ。よくやったわ、ローズヒップ」
「この調子で敵のフラッグ車を──どわぁ!?」
そんなとき、突如として降ってくる150mmの榴弾。どうやら、ついにホロが追いついてきたらしい。あの砲戦車の攻撃は、この硬い装甲であっても防ぎ切ることはできない。しかも無駄に機動力が高く、歩兵戦車で相手をするのは不利だ。早く行かなければ。
「長居している暇はなさそうね。ローズヒップ、ここは頼める?」
「もっちろんでございます! 一輌足りとも、通しはしませんわ!」
ローズヒップを筆頭とした巡航戦車部隊を背に、私たちは市街地へと向かう。途中渡った石橋は壊しつつ、郊外にいたルクリリと合流した。
「敵は?」
「分かりません。ですが、おそらくは南方にいたゲリラ部隊の残党と合流しているのではないかと」
「いい予測ね。来年は頼むわよ、ルクリリ」
「え? あ、はい! ありがとうございます!」
ルクリリもなんだかんだで、次期隊長としてがんばっている。そこは素直に評価をしたいし、冷静さがあれば優秀な指揮官だ。まあそこを欠いてしまうがゆえに、まだ指揮官としては不十分なところもあるのだが。
「ゲリラ部隊の残党と合流とすると……敵陣から市街地の西方は、一応道は繋がってなくはないわね。きっと、ここを経由して行っているのでしょう。ローズヒップからの連絡もないし、渡河はしてないはず」
「となると。真正面からやり合う感じですかね」
「どうでしょう。今試合のデータも収集していますが、圧倒的に奇襲率が高いです」
「いよいよモデル国の戦術のようになってきたわね。他の高校じゃ、もう疲れ切って終わってるわ」
厄介なのは、毎回違うパターンの奇襲を仕掛けてくること。機動力で一気に来る場合もあれば、待ち伏せの場合もあり、どの方向から来るかも分からない。先程のはまだ読みやすかったが、市街地での奇襲は、この私でも少し怖いものがある。
一番完璧だったのはサンダース戦での奇襲で、突撃ラッパを欺瞞として使うのは、戦車乗りとして流石に痺れたものがあった。欺瞞には常に気をつけておこう。
「とりあえず西に向かいましょう。フラッグ車をやらなきゃ、勝とうにも勝てないわ」
川での戦闘の損失もあり、現在は私たちフラッグ車のブラックプリンス一輌、ルクリリのチャーチル一輌、マチルダⅡ三輌のみとなっている。巡航戦車部隊が合流できれば、いいのだが……。
「ローズヒップ、そっちはどう?」
「全然来ませんわ。もしかしたら逃げちゃったかも……」
流石に機動力の高い戦車相手は、分が悪いと思って来なかったか。仕留めていないのなら、まだローズヒップを市街地へ向けるのは早い。あちらで監視してもらわないと、市街地戦がより面倒になる。
「南西のルートを見てきてくれる? そこにいるかもしれないわ」
そう指示を出して、私は無線を切った。息を吐きながら、椅子へ深く腰掛ける。決勝戦なこともあってか、体力を凄まじく消耗している気がする。半分ぐらいは、知波単の戦い方のせいではあるが。
「大丈夫ですか? ダージリン様」
「少し疲れたわね。集中力が切れてきそう」
「あ! ダージリン様危ない!」
「え?」
マンションが建ち並ぶ中、その間にいたチトが猛スピードで走ってきていた。しかもかなり近くまで。ルクリリが急旋回をしてそれを防ぎ、チトを撃破する。間一髪だった。いつ来るか分からないのが本当に怖い。
「おかしいですね」
「どうしたの? アッサム」
「あまりにタイミングが完璧すぎるんですよ。これは、人単体で偵察している可能性があります」
「夏季準決勝の大洗なようなことをしているってわけね。とすると……」
「ここは知波単の巣の中……」
ここまで来ても、絶望的な状況は変わらないか。しかし、だからといって諦めるわけにはいかない。負けるわけにはいかないのだ。
「こんな格言を知ってる? ──困難の中に、機会がある」
「天才科学者、アルベルト・アインシュタインの言葉ですね」
「最後まで諦らめず戦いましょう。そうすれば、必ず勝機は見えてくるわ」
決して速度は落とさずに、フラッグ車がいるであろう西へと向かい続ける。先程みたいな奇襲はもうないのだろうか。嫌な予感がするが……。
「三時の方向から敵襲! またしてもチト一輌!」
予め三時方向へ向けておいた主砲で、チトをふっ飛ばす。不規則なタイミングで来るのが、なんとも知波単らしい。これが規則的ならどれほど楽か。
「七時方向からも! チヘです!」
「七時方向? ……岩陰か」
七時方向は流石に間に合わない。チヘなのが功を奏したか、やられたのはマチルダⅡだった。ルクリリの急旋回で、逃しはせずに撃破する。
「精神がすり減るわね。──砲塔を後ろに」
「ダージリン様?」
「次はそんな気がするの」
そうすると、後ろからチトが姿を現した。やはりそうかと、17ポンド砲で正面装甲を貫く。なんとなくは読めてきた。次はまた右な気がする。
しかしかなり西方へ来たものの、急に敵襲がなくなった。不審に思っていると、ルクリリから無線が入る。
「ダージリン様、右に煙幕が」
そう言われて右を見ると、確かに不自然な煙幕が撒かれてあった。右に何かあるのは合っていたらしい。少し近づくが戦車が出てくる気配はない。私たちの真似、いや少し進化させたか。
「これは欺瞞よ。後ろから来るわ。備えなさい」
超信地旋回をし、煙幕に背を向ける。するとすぐに空冷ディーゼルエンジンの騒がしい音が、前方から聞こえてきた。やはりそうだ。この煙幕は欺瞞だ。
「音を聞くに、総攻撃ね。ここで決着といったところかしら」
ティーガーを先頭に、残存する知波単の中戦車以上の総戦力が眼前へと姿を現す。ティーガーを盾にしてきたようだ。しかしこのブラックプリンスの前では、そんな小細工も意味がない。
「西隊長!」
チヘが射線に入った。知波単の生徒は、仲間思いの者が非常に多いのだと感心する。まるでみほさんのような。
ただみほさんと違うところがあるとすれば、知波単は勝利のために生存させる存在を選んでいるということだ。みほさんのように、誰であっても助けるわけではない。練度の高い戦車乗りを、試合に残そうとしているのである。滅私奉公と言ったところか。
「細見、無駄にはしないからな」
「ここは通さないぞ! お前らっ!」
ルクリリが前に出る。チャーチルの鉄壁の装甲をもってして、フラッグ車であるブラックプリンスを守りに入ったのだ。彼女の砲撃は見事に弾かれてしまったが、逆にティーガーの砲撃は撃つ前からして、もうフラッグ車を倒すことはできない。
しかしティーガーは、まるでフラッグ車は狙っていないと言わんばかりに速度を上げ、そのまま猪突猛進で向かってきた。
「──ってぇーッ!」
白く輝く軍刀を掲げながら、隊長である彼女は砲撃の指示を出した。零距離から放たれたアハトアハトの徹甲弾が、チャーチルの装甲を貫く。チャーチルも同時に砲撃したことによって、ティーガーに白旗が上がった。
が、妙だった。本来ならティーガーは捨て駒として使うべきではない。知波単の車輌でブラックプリンスの装甲を正面から貫けるのは、ティーガーとホロだけ。ホロは当然ながらまだここに辿り着くわけがない。早々にティーガーを失うのは、やってはならないことのはずなのだ。
ティーガーの後ろから現れた他の車輌も、マチルダⅡとの相撃ちによって撃破されていく。とてもじゃないが、私を、ブラックプリンスを倒せる車輌は残存していなかった。
そのときだった。ティーガーに乗った彼女が、空気を震わせんばかりの声量で叫び始めたのは。
「──福田ァーッ‼」
後方から空冷ディーゼルエンジンの音が聞こえる。まさかと思った。そして振り返れば、すでに煙幕はなく、徐々に速度を上げるケトがそこにいた。
「ケトでどうして私たちを……」
「データどころか常識として、流石にあの37mm砲では無理が──あれは⁉」
アッサムが頭を抱える。何かと思いケトをよく見ると、主砲には不格好な何かが取り付けられていた。
「Stielgranate 41」と呼ばれる、ドイツ軍が開発した37mm砲用の外装式成形炸薬弾。貫徹力180mm以上の凄まじい威力を誇る砲弾である。
そういうことか。彼女たちの奇襲は、私をも上回るのだ。
「……負けね。でもいかなるときも優雅なのが、聖グロリアーナ。取り乱してはなりませんわ、アッサム」
負ける瞬間はいつだって一瞬である。しかしその一瞬に導くのが、この戦車道という競技。私は、私たちは、この撃破される瞬間まで知波単に誘導されていただけだったのだ。最初から最後まで、私たちは彼女たちのテーブルの上で踊っていただけだったのである。
《聖グロリアーナ女学院フラッグ車、走行不能! よって優勝は……知波単学園‼》