《聖グロリアーナ女学院フラッグ車、走行不能! よって優勝は……知波単学園‼》
爆発音。会場に響くアナウンス。たなびく白旗。湧き上がる観客。……勝ったのか、我々は。優勝したのか。
そう自覚した瞬間、何か糸が切れたような気がした。声が出ない。涙も出ない。人は思い描いた理想がいざ実現すると、感情が行き場を失うらしい。遠くから、細身の声が聞こえる。
「た、隊長! 大丈夫でありますか!?」
「あ、ああ。まだ実感が湧かなくてな」
しかし、このままここで呆けていては、最後の礼に間に合わなくなる。隊長である私がシャキッとしなければ、優勝校としての示しもつかないだろう。
回収されるティーガーを横目に、私は連盟の車に乗り、矢継ぎ早に戻ろうとした。ドアを閉めようとしたそのとき、車を呼び止める声が聞こえる。
「私も乗せてくれないかしら。早く戻らなきゃいけないのはもちろん、そこにいる隊長さんとも、お話がしたいのだけれど」
「ダージリンさん……」
目が赤いなんてことがないのは、流石聖グロと言ったところか。泣いた形跡は一切見られず、ただこの試合に満足している様子だった。
ダージリンさんは、服の煤を払った後、私の隣に座り、開口一番格言を繰り出した。
「──偉大な功績はどれも、かつては不可能だと考えられていた」
「……エイブラハム・リンカーンでしょうか」
「正解。失礼は承知の上で言うけれど、まさかあなたたちが優勝するなんて、大会前に予想していた人はゼロに等しいでしょうね」
「いやいや、そんな。今までの知波単を見ていたら、そうなるのも当たり前です」
練られた戦術など一つもない、突撃一辺倒の弱小校。組み合わせの妙か、過去にこの戦術によってベスト4まで勝ち上がってしまったのが、全ての原因だった。それ以降は他校に対策されようとも、突撃を続けた。
しかし、我々知波単の欠点は決して、突撃一辺倒だったことではない。柔軟性のなさ、これが一番の欠点だった。かくいう私自身も、ミカさんに指摘されるまで一切気づかなかったことである。成功体験に固執し、同じ戦術を繰り返す。突撃に限らず、知波単の性とも言うべきか、自らが勝手に作ったルールに縛られてしまうのが、我々にとっての最大の弱点だった。
「でも、そんな印象も過去のもの。今回の大会は確実に戦車道の歴史に残るわ」
微笑みかけるダージリンさん。まるで負けたという事実を感じさせないほどである。これこそが騎士道精神というものなのだろう。
……そうだ。私はこの誉れ高き戦車乗りに、伝えなければならないことがあったのだ。
「あの、ダージリンさん。私からも一つ、格言をよろしいでしょうか」
「あら、あなたが? 聞きましょうか」
頬杖をつきながら、私を覗き込む青い瞳。期待していると言わんばかりの眼差しだ。
まさかあのダージリンさんに対して、私から格言を言うときが来ようとは。齢、十七。人生、何があるか分からないものである。噛まないように、しっかりと頭に言葉を思い浮かべてから口に出す。
「──人生とは自分を見つけることではない。人生とは自分を創ることである」
「バーナード・ショーね」
「その通りです」
即答して言い当てる辺り、流石ダージリンさんといったところか。今でこそ格言のイメージだが、昔はそのような感じでもなかったと聞く。これもまた、彼女が“自分を創る”ために選んだ道なのだろう。要求される膨大な知識量を鑑みれば、とてもじゃないが私には真似できないことだ。だからこそ私は、彼女を尊敬している。
「自分を創る……この2年間、私はそのことに注力してきました。迷走に迷走を重ね、最初に出会ったのがダージリンさんであります」
「私?」
「第62回戦車道全国高校生大会、聖グロと当たったのは、二回戦目でした。まあ出会ったといっても、半ば一方的なものではありますが」
もはや知波単では、語り草の一つである、昨年度の夏季全国大会の二回戦目。ダージリンさんのほうが覚えているかは分からないが、私たちからすれば、それはそれは印象深い試合だった。
紅茶片手に、小隊を指揮する彼女の姿は、まさに軍神。聖グロリアーナ女学院が強豪校たる所以を、堂々と叩きつけ、その騎士道精神によって、その場にいる誰をも虜にした。
「校風に合わせた、“学校の象徴”になる道を目指す。戦車道の隊長とはそういうものですから、人材は本当に限られます。それでもあなたはその役割を、副隊長のときからやってのけた。これがどれほど難しいかは、もはや想像もつきません」
「……買いかぶりすぎよ」
「そんなことはありませんッ! 私だって隊長の端くれですから、学校の象徴として振る舞うことの大変さは分かります。むしろこれを否定してしまっては、ダージリンさんの今までの努力までもを否定することになりましょう。それだけは私、絶対に許せません」
ダージリンさんは、まるで虚を衝かれたかのように、目を大きく開いた。口は動かずとも、瞳孔は揺れ動いているようで、その特徴的な碧眼がより一層際立っていた。
今、ダージリンさんの心の内がどうなっているのかは、全くもって分からない。しかし、分からないからといって、話を止めていては駄目だ。今乗っているこの車が目的地まで着いてしまえば、そこでお別れになる。そうなる前に、全てを伝えなければ。
「先頭に立つ者としてどうあるべきか、自分らしさとは何なのか、私はこれをダージリンさんから学びました。今の私があるのは、ダージリンさんのおかげなんです。隊長としても、一人の戦車乗りとしても」
西住さんからは、知波単を改革するきっかけを貰った。ミカさんからは、知波単の根本的な問題を解決するきっかけを貰った。他にもいろんな人の背中を見て、知波単はここまで来た。
しかし、私個人はどうか。知波単の隊長らしく、勇猛果敢に陣頭指揮を取る。こうなるきっかけをくれたのは、まさしくこの眼前にいる淑女ではないのか。その恩人に対して、私はようやく感謝の意を伝えられるのだ。それを伝えるのなら、もはや長く語る必要はあるまい。
「──ありがとうございました」
簡潔で、明瞭で、それでいて一番想いを伝えられる言葉。私は深く頭を下げながら、口にした。
長い沈黙が流れる。その沈黙を先に破ったのは、ダージリンさんだった。
「きっと、“ダージリン”ならこう言うでしょう。『どういたしまして、嬉しい限りですわ』って」
まるで他人事かのように、ダージリンさんは窓の外を見ながら言った。
「──だから」
そして、ゆっくりと振り返る。
「一人の普通の少女として、応えさせていただきます。──あなたのおかげで報われたわ、ありがとう」
ダージリンさんはそれ以上、話そうとはしなかった。しかし、その必要もないだろう。私に「ありがとう」と言ったそのとき、瞼から筋を引いてこぼれた涙ほど、彼女の想いを強く伝えたものもないのだから。
しばらくして、乗っていた車は目的地に着いたようで、私とダージリンさんは無言で車から降りた。互いの生徒が全員揃ったところで、ようやく最後の礼をし、決勝戦は終了。解散となった。
各々が学園艦に戻ろうとする中、再びダージリンさんが私を呼び止める。彼女はスタスタと速歩きをしながら私に近づき、照れくさそうに言った。
「これからは、対等の友人として接しなさい。いい?」
「は、はい!」
「ふふ、いい返事ね。それじゃ、今日は楽しかったわ。──絹代」
今までに見たことがないような、眩しい笑顔だった。認めてもらえた、ということでいいのだろうか。隊長としてだけではなく、人間として。
スキップしたくなるような気持ちをなんとか抑え、私は自らの学園艦へ足を進めた。優勝の祝賀会の準備もある。みんなはもう、すでに戻っているだろう。
あまり待たせるのも良くない。少し小走りで行こうか。
「西隊長がお戻りになられたぞ!」
祝賀会の会場へと着いた私に気づいた細見が、声を張り上げた。テーブルに並べられた甘酒や惣菜の数々。どれも普段は食べられないようなものである。
「みんな、ご苦労だった。みんなのおかげで、知波単史における初の栄光を、勝ち取ることができた」
戦車道全国大会での優勝。知波単が日本一に輝いた瞬間。これも全て、ここまで頑張ってくれたみんなのおかげと言うほかない。
だから、今の私ができることは、みんなを労い、激励することだけだ。
「我々はもう古豪ではない。これからの戦車道を牽引する者として、挑戦を受ける側になる。そのことを十分に噛み締めて、また練習に臨んでほしい。私からは以上だ。……では、準備はいいか? ──乾杯!」
「乾杯!」
日は沈み、また昇る。時間は贅沢に使えるほど、長くはない。その長くない時間で、如何に最高のパフォーマンスを出せるようにするかが、戦車道という競技の真髄であろう。
シークレット枠を使っても、勝てなかった学校はいる。車輌を一新しても勝てなかった学校はいる。戦車道にまぐれはない。与えられた手札をどれだけ活かせるかは、時のチーム次第。だから私は隊長として、その手札の活かし方を考える必要がある。どこよりも早く、どこよりも効果的に。
──先んずれば人を制す。
他人より才能がないのなら、人一倍早く行動すればいい。人一倍長く煮詰めればいい。それが、私が選んだ生き方。この一年半で創り上げた、西絹代という人間。
追っていた背中は、もう見えない。今度は我々が追われる番だ。大地を照らす旭日のように、我々は永遠と輝き続けなければならないのである。次なる世代のために。
知波単学園に万歳。
戦車道を愛する全ての者に、万歳。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。最終章第二話で西さんのカッコよさに惚れてから、どうにか知波単の優勝する姿を書きたいと思っていましたが、なんとか完結させることができました。
再投稿版ということで、元々なかったエピソードを追加していたり、最終話は大幅な改訂を行っています。基本的にはダー西の色を濃くするもので、西さんの成長の裏付けとして、本作においてはやはりダー様の存在が必要不可欠だなと、改めて思った次第です。
エキシビションマッチ編も書きたいところですが、一体どうなることやら……。