戦車道には、流派というものが存在する。特に有名なのは、「撃てば必中 守りは固く 進む姿は乱れ無し 鉄の掟 鋼の心」の西住流と、「日本戦車道ここにあり」と世界に言わしめた島田流であろうか。基本的には、この二つが日本では大きな力を持っており、日本戦車道にかなりの影響を与えている。
しかしかつては、この二つと同等の力を持った流派が存在した。
名は、「玉田流」。
夜襲を始めとした奇襲戦法を得意とし、機動力を重視する流派だ。その点においては、高火力重装甲な西住流とは対をなす流派とも言えるだろう。
だが、ここ最近はほとんど名前を聞かなくなった。西住流と島田流がその財力と広報力によって力をつける中、大きく遅れを取ってしまい、時代の流れに翻弄されてしまったのだ。一部では、戦車道において奇襲戦法がよく思われず、その二流派によって陥れられたとも言われている。闇に葬られた流派と呼ばれることもあるほどだ。
「そんな玉田流の次期当主がお前なのか」
「……はい」
眼前にいる少女──玉田環は、ただ一言そう答えた。
彼女はかつて、奇襲戦法を卑怯だと周りに断じられ、その流派から逃げ出してきた過去があるらしい。突撃を重んじていた我が校に来たのも、流派の考えを断ち切るためだったという。あそこまで知波単の伝統を重視していたのも、そのためか。
「しかし我々が変わろうとしている中、自分もこのままでは駄目だと……そう思ったわけだな」
「はい。あのときの私は、まだ未熟でした。それゆえ、流派の戦い方が如何に重要だったかを理解してなかったんです。ですが、先の大洗戦で『本当の突撃』を敢行し、この真髄が玉田流だったのだと気付かされました」
私には、流派のしがらみというのはよく分からない。しかし一つ分かることがあるとすれば、基本的に流派に属する者は、総じて自らの流派に誇りを持つということだ。玉田もきっとそれに気づいたのだろう。
ただこれにも例外はいて、それは西住さんだ。あの人は、天才ゆえに自分の戦車道を自分で見つけた。そんなことができる人間はまずいない。
「ですが、逃げ出してきた過去がある以上、本当に私は玉田流として戦っていいのかと……」
だが、似たようなことはできるかもしれない。私は、玉田にあること提案した。
「それなら、自分だけの『玉田流』を作ればいいんだ」
「自分だけの……?」
「ああ。西住さんは、完全に新しいものを作り出したが、そこまではしなくてもいい。そもそもお前は、自分の流派の大切さに気づいたんだろう? それならその流派を礎に、自分好みに昇華させればいいんだ。例えば電撃戦を応用してみるとかな」
「電撃戦……」
「電撃戦は機械化部隊を一点に集中させて、一気に敵陣を突破、後方まで浸透し分断していく戦術だ。残念ながら我が校の戦車の装甲では、これを正面からは実行できない。だが奇襲作戦と併用して、側面や背面からだと話は変わる。それすらも他の奇襲作戦のための欺瞞としたりな」
かつてドイツ軍のグデーリアン将軍が生み出した、機械化部隊の基本戦術「電撃戦」。高校戦車道においては、黒森峰が最も得意とする戦術である。夏の全国大会では、見事大洗相手に敢行。一歩間違えれば、一瞬で試合が終わってた可能性もあるぐらいには、凄まじい進軍速度だった。
我々にあれを真似できるかと言われれば、それは無理だ。しかし機動力を活かした奇襲作戦で、敵を撹乱させることは大いにできる。
「なるほど……既存の戦術を奇襲のために応用でありますか。確かに新しい玉田流ができそうであります」
「今まで文句をつけてきた人、そして流派に属する人に、自分なりの玉田流を見せつけてやるんだ。お前ならきっとできる」
自分なりという言葉に、私自身もあることを思い出した。
「──人生とは自分を見つけることではない。人生とは自分を創ることである。これは、バーナード・ショーの言葉だ」
座右の銘である「先んずれば人を制す」の次に、私が好きな言葉。あまり人には語ってこなかったが、ここで玉田には話しておきたい。
「私は昔から優柔不断な性格で、人に流されやすい人間だった。だからこそ自分らしさを出す、自分を自分で演出するということに憧れていたんだ」
「自分らしさ、ですか」
「そうだ。しかし自分らしさというのは、よく分からない。自分の中にあるものなのだろうが、そんなものはまず見つからない。──ならば、なりたい自分に必要なものを探したほうがいい。そうやって自分を創っていくほうが、百倍いい」
言うなれば、理想の自分を実現すべく生きるということ。自己実現欲求というやつである。アブラハム・マズローは、この欲求を最上位に位置していたっけか。やはり人間が成長するためには、必須なことなのだろうと思う。何かのスポーツをやるなら、なおさらだ。
「そうやって西隊長はここまで来たのですね」
「ああ。だが、それは先駆者がいたからだ。例えば、西住さんは自分の戦車道を創った。他にも聖グロのダージリンさんなんかは、隊長としての自分を確立したりしたな。私はそういった人たちを尊敬し、そして目指していたんだ。だからこそ、今の私がある」
そういえば、西住さんと出会う前、私が最も尊敬していた戦車乗りはダージリンさんだった。聖グロの象徴的存在として、優雅に振る舞い続ける。負けたとしても、取り乱しはしない。彼女はずっと“ダージリン”として生き続けた。それに私は敬意を持った。
そう考えていくと、ダージリンさんは私の戦車道の根幹でもあるかもしれない。隊長としての自分を確立するという面では、直近でもお世話になっている方だ。エキシビションマッチの勇姿を見て再度惹かれ、大学選抜戦や今大会での意識の変化については、西住さんだけでなく、ダージリンさんの存在も外せないだろう。
優柔不断な隊長であるのではなく、先頭で誰よりも早く判断できる隊長であること。私はそうした自分になるために、彼女から多くのことを学んだ。いつしか本人に、感謝を伝えたいものである。“自分らしさ”の憧れとして、私の心の中で生き続けたことに対する感謝を。
「玉田、自分らしさを創り出せ。探すのではなく、創り出せ。きっとそこに、お前の探し求めていた玉田流があるはずだ」
「承知いたしました、西隊長。不肖玉田、自分らしさを胸に『真・玉田流』を世に示します!」
「ああ、その意気だ」
さて、これでようやく我が知波単のしこりは、完全に消えた。玉田が本調子で戦えるのなら、それは絶大な戦力になる。
次は、準決勝だ。残る時間もあまりない。まずは、みんなに戦車戦のイロハを叩き込まなければ。
「よしじゃあ玉田、みんなを呼んでこい。作戦会議だ。次は、名門サンダース大付属。心して臨め」
「ハッ!」
時の流れは早いもので、練習と座学に没頭していたら、気づけば試合の日となっていた。
場所は、雪原。両者共にあまり試合で戦ったことのない場所だ。しかし昔から我が校は、雪原での戦闘に力を入れていた。その練習経験を活かせれば、今回も勝機はある。
「よろしくね、絹代」
「こちらこそよろしくお願いします、ケイさん。全力全身でぶつからせていただきます!」
「Grate!! いい心がけね! 私たちもあなたたちの試合楽しみよ!」
「それでは今より、知波単学園対サンダース大学付属高校の試合を始めます。──礼ッ!」
新生知波単の初試合が今、始まった。