今までの試合とは全く違う風景。チヘ、チヌ、ケト、ホロ、そしてチト。かつて活躍の場が与えられなかった戦車たちが、純白の雪原の上に綺麗に並んでいた。
私は、旗がついたチヘへと乗り込み、キューポラから顔を出す。
「今試合での我々の作戦は、電撃的進軍により敵チームを包囲し、奇襲。その混乱に乗じて旗車を討ち取るというものだ。まずは左右に展開したホロが突撃喇叭を吹く」
「そこで突撃でありますね!」
「違う違う。そこの突撃喇叭で突撃はしない。これは欺瞞だ。喇叭が吹かれたら、ホロが挟撃を始め地面の雪を舞い上がらせる。そして相手の視界が奪われたところで──突撃だ」
ステレオタイプの我々のことをよく知っているのなら、突撃喇叭を吹きさえすれば、相手は絶対に引っかかる。
今回の作戦名は、「ヒノデ作戦」。日が昇って静かな夜から騒がしい朝となるときのように、一気に畳み掛ける。ホロでの挟撃から、奇襲突撃まで間髪を入れるつもりはない。突撃喇叭の後の静寂が夜であるならば、150mmの鉛玉は朝日であろう。
「最初は隊長の小隊と、我々細見小隊、そして玉田小隊の一部が背後からの突撃を敢行します。確か我々が撃破するのは、蛍戦車、シャーマン・ファイアフライでありますね?」
「そうだ。サンダースの最高戦力であるファイアフライを撃破すれば、彼女たちは確実に動揺する。別に我々の戦車は、普通のシャーマンでも脅威なのだが、試合は心理戦だ。相手に動揺をさせれば勝ちなんだ」
「そして旗車の護衛は疎かとなり、背後からの奇襲を恐れて前へ出る。そこをやつらの前方から現れた私のチトが、ドーンと撃破するのでありますね!」
「ああ。一応残された玉田小隊もお前の護衛につくが、速度と砲の関係上、シャーマンを正面から撃ち抜くのはお前がやってほしい」
「かしこまりであります!」
この作戦概要を思いついたのは、福田だ。やはりあいつには、頭が上がらない。下手したら全強豪校の参謀を合わせても、抜きん出た才能を持っているのではなかろうか。
そうこうしているうちに、試合は始まる。最初から全速力で戦車を進め、谷に沿って我々は二手へと分かれた。
「にしても寒いな……」
「あまり経験したことのない寒さでありますね。ここは前回のように、歌謡突撃と洒落込むのはいかがでしょう? 歌えば、体も温まりますし」
「名案だ、細見。よし、じゃああれを歌うか。──軍歌ぁ、『雪の進軍』、始めッ!」
「ハッ!」
前回のように皆が一箇所に集まっているわけではないため、無線を通して音楽が流れ始める。特徴的なラッパの前奏、“徒歩行進”の合図。『雪の進軍』、明治時代に作られた帝国陸軍の軍歌だ。
──雪の進軍 氷を踏んで 何れが河やら 道さへ知れず。
ディーゼルエンジンの音に負けじと、声を出す。どうせ生かして、還さぬ積り。縁起でもない歌詞だが、こういうときに歌えば盛り上がるものだ。
同時に戦車は、足を止めることなく進み続ける。そろそろ会敵する頃合いかと思ったとき、斥候をしている福田から無線が入った。
「西隊長、やはり敵車輌は固まっています。シャーマンフライと旗車は、中央にいました」
「そうか、分かった。ご苦労だった福田。作戦は、予定通り実行だ」
「でも姿を見られてしまいました。大丈夫でしょうか……?」
「問題ない。シャーマンの旋回は遅い。我々が仕掛けるほうが早いはずだ」
「そうでありますね! 了解であります!」
先の大洗戦において我々は遊撃的な戦いをしたが、それを基に作戦を考えるのであれば、あちら側は孤立を避けるようにするだろうと福田は言っていた。それゆえの機動戦術であり、実際に戦況は福田の言ったとおりになっている。
シャーマンは、信地旋回や超信地旋回ができない。包囲さえしてしまえば、こっちのものだ。
「全速前進! 敵車輌を囲い込め!」
「ハッ!」
「ホロは指定位置につけ!」
「ハッ!」
時速40km以上を出しながら、雪原を駆け抜ける。福田から先程敵車輌がいた位置を教えてもらい、その情報を使って包囲の範囲を定めた。
すでにもう我々は、敵車輌の両側に展開している。あと少し進めば、奇襲部隊は定位置に着くのだ。作戦開始は早い。
「よし着いたな」
現在私含めた西小隊がいる場所は、敵車輌の七時の方向だ。反対側には、玉田小隊の一部を含んだ細見小隊がいる。完全に背後は取った。ホロも左右に展開し、後は合図を出すだけである。
では、行こう。新生知波単の実力を見せつけようじゃないか。
「こちら隊長西、全車輌に伝える。──『ヒノデ ハ ヤマガタ トス』、『ヒノデ ハ ヤマガタ トス』」
「『ヒノデ ハ ヤマガタ トス』、確認。我、これより作戦を開始せんことを認む。砲撃部隊一番車、突撃喇叭用意! 吹けぇ!」
「二番車も続けて、突撃喇叭用意! 吹けぇ!」
──出て來る敵は、皆々殺せ。出て來る敵は、皆々殺せ。
「……十秒経過、機は熟した。砲撃部隊、砲撃用意!」
「砲撃用意!」
「撃てぇーッ!」
凄まじい爆音と共に直径150mmもの榴弾が発射され、着弾と同時に大きく雪を舞い上がらせる。それはまるで地吹雪のようで、谷にいた私たちでも柱のように吹き上がった雪は見ることができた。
「……狼煙は上がった。さあ、楔を打ち込め! 一気呵成に勝利を掴め! 知波単学園奇襲部隊、全車突撃ッ!」
「突撃ィーッ!」
その命令と同時に再びホロから榴弾が放たれ、敵車輌の視界を奪う。相手が頼れるものは、我々の空冷ディーゼルエンジンの音だけだ。ここで全てを決める。
「まだ撃つな! 撃つのは、あの雪の中へ入ったときだ!」
数秒の後、右側から来た細見たちが合流した。敵車輌はもうすぐそこにいる。確か、ファイアフライは中央にいたはずだ。ならば、そこまで浸透するのみ。
「目標は、中央に位置している。しかし彼女たちは、こちらに砲を向けていない。立ちふさがる車輌には徹甲弾を撃ち込み、一気に浸透。目標を撃破したら左右へ散開しろ!」
「ハッ!」
近代戦車に前傾姿勢というものはないが、そう見えるほどの速度を出して、敵陣に突っ込む。
……見えた。あの抜けて長い主砲を持つのが、ファイアフライだ。
「目標、“蛍”! ──てぇーっ!」
47mm砲と75mm砲を背面から叩き込み、彼女たちの最高戦力を撃破していく。立ちふさがってきたシャーマンの撃破も含めると、かなりの大戦果だ。しかし、この奇襲の目的は動揺させること。すぐさま、その場から立ち退く。
「散開! ホロは前へ!」
再び二手に分かれ、左右の谷へと向かっていく。どうやらこちら側の損害はゼロらしく、予想以上に上手く行ったようだ。
さらなる動揺を誘うために、ホロが前へ出る。後は、あいつがどうにかしてくれるだろう。
「玉田!」
「ハッ! 不肖玉田、これより旗車を撃破しに参ります!」
後ろを振り返り、玉田がいる方を見た。チヌ二輌を引き連れて、雪を巻き上げながら進むチトがそこにいた。そして、玉田の眼前にはサンダースの旗車が迫っていた。
「いける……!」
「──玉田環、旗車討ち取ったり!」
その声と共に75mm砲が火を吹き、シャーマンの正面装甲を襲う。もちろん耐えられるわけもなく、シャーマンの車体から勢いよく白旗が飛び出す。
「これが真の『玉田流』なり!」
《さ、サンダース大学附属高校フラッグ車、走行不能! よって、知波単学園の勝利!》
試合の終わりを告げるアナウンスが聞こえ、観客席は熱狂の渦となっていた。
……終わったのか。試合時間は三十分あったかどうか。こんなに早く終わるとは、私も思っていなかった。そして、こんなに上手くいくとも。
その後は、試合終了の礼をしてケイさんと握手を交わし、感謝の旨を伝えた。今回の作戦の立案者である福田は、相手方の参謀に話しかけられていた。
「あなたが参謀?」
「え? あ、は、はい! そうであります! 知波単参謀の福田はると申します!」
「……ふーん、ハルか。やるじゃない。あなたみたいな参謀と会えて良かったわ。私は、アリサ。よろしくね」
「は、はい! こちらこそよろしくお願い致します、アリサ殿!」
「殿……まあいいわ。次は負けないんだから!」
どうやら福田は、ひどく気に入られた一方で、ライバル視されたらしい。良き友になることを願おう。
「西さん、私感動しちゃいました。まさか前回の試合から、ここまで仕上げてくるなんて……」
「お褒めいただき光栄です。ですが、まだまだ我々は未熟な身です。ここからまだまだ成長していきますから、ぜひとも期待していてください!」
「もちろんです! 決勝戦も楽しみにしてます!」
西住さんからこう褒められたのも、ずっと背中を追ってきた身としては、感激の極みだ。話によると、装填手である秋山さんは泣いていたとか。人を魅了できる戦車道ができたのなら、何よりだと思う。
「さて、次の相手は……」
来る決勝戦。相手は、名門黒森峰か強豪校聖グロリアーナ。世紀の大試合が始まろうとしていた。