「……アリサ、行くわよ!」
「Yes, Ma'am!」
エンジンを稼働させ、履帯を回す。「M4中戦車シャーマン」、五万輌も生産されたアメリカの大ベストセラー戦車だ。
私、アリサは、そんな戦車に乗って戦っている。加えてフラッグ車を任されており、作戦立案も担ったりとかなりの多忙と言えるだろう。しかし、だからといって辛いわけではなく、むしろやりがいを感じられる立場で感謝しているまである。
いつもなら不安などを抱くことはないのだが、今日は違った。今回の試合相手は、なんと知波単学園。あんなに突撃バカだった連中が、夏に私たちを破って優勝までした、あの大洗女子学園を倒したのだ。そんないきなりのダークホース登場に、何も思いませんと断言できる人間は、戦車道をやっている者に存在しないだろう。
正直言うと、めちゃくちゃ怖い。そもそも何をしてくるのかが全く分からず、いきなりの心変わりのためデータもないのだ。隊長も表面上は楽しんでいるように見えるが、私は分かっている。いつもよりも無理をしていることを。
だが、そんなことを考えても仕方ない。私たちには、勝つ必要がある。夏に一回戦負けをした、サンダースの名誉にかけて。
「『ハンバーガー作戦』、開始!」
隊長からの無線が入る。
「ハンバーガー作戦」とは、小隊規模で行動せず、まとまって行動する作戦だ。フラッグ車とシャーマン・ファイアフライを中央に配置し、それを守るような形で他のシャーマンを配置する。この前の知波単と大洗の試合で、知波単はゲリラ戦を展開したため、小隊に対する包囲からの各個撃破を防ごうというのが、この作戦の目的である。
サンダースお得意の、物量作戦の一種とも言えよう。相手に数的優位を取らせないというものだ。
「さあ、どんどん進むわよ!」
「Yes, Ma'am!」
作戦は完璧なはずだ。仮に知波単が、正面から普通に攻撃を仕掛けてきたとしても、対処は十分にできる。しかし、どこかまだ不安が大きく残っていた。
「三号車、二時の方向の森林地帯に敵車輌発見! 一輌のみ、車種は二式軽戦車ケト! あれ? もう帰っていきました」
「速いわね……。車輌を一新した効果が、もう出てるじゃない……」
「アリサ、どうする?」
「まあ偵察でしょう。深追いするのも良くないので、仕掛けてきたら対応するでいいと思います。流石に時速50kmは、我々では追えないので」
「了解! ってことで、みんな気にせず前進! Go Ahead!!」
二式軽戦車ケト。日本が作った軽戦車だ。装甲は薄く火力もないが、時速は50kmと非常に速く、偵察にはもってこいの車輌である。まさに日本戦車の機動力を体現したかのような戦車で、戦車道の試合においては厄介極まりない。
今一番面倒くさいのが、私たちの陣形がバレて、あちら側の作戦が変えられることだ。左右は谷であり、こちらから目視で確認するのは難しい。ゆえにそこから挟み撃ちをされるのが、考え得る最悪の流れである。ならば、今ここで陣形を変えたほうがいい。
「隊長、“分解”をしたほうがいいかと。私たちの状況がバレた以上は、ゲリラ作戦をしてくるとは思えないです」
「うーん、確かにそうね。ナオミ、“分解”みたいだけど、そっちは大丈夫?」
「問題ない、大丈夫だ」
「よし、じゃあ“ハンバーガー分解”! みんな敵車輌に気をつけながら進んで!」
「Yes, Ma'am!」
そうして散開を始めたそのときだった。右のほうからラッパの音が聞こえてきた。
「ん? この音って……」
「隊長、知ってるんですか?」
「知ってるも何も、突撃ラッパじゃない。映画とかで日本兵の突撃前に、よく吹かれるでしょ?」
「あー、そういえば」
言われてみれば、戦争映画において、太平洋戦争での万歳突撃や、日清日露戦争での突撃の際に吹かれていたような気がする。相変わらず隊長は、戦争映画マニアだ。
にしても、このタイミングで突撃ラッパということは、やはりそういうことなのだろうか。
馬鹿め、自分から位置を知らせるとは。結局、大洗のはまぐれだったのだ。彼女たちの突撃脳は、治っちゃいない。余裕ぶって吹いてる間に、仕留めきってやる。
「よし! 隊長、右へ攻撃を──」
──出てくる敵は、皆々殺せ。出てくる敵は、皆々殺せ。
「ま、また突撃ラッパです! 今度は九時の方向!」
「は、はあ!? なんでそうなるのよ!」
まさかもう両端に来てたとは。ということは、私の作戦は最初からバレていた……? ゲリラ戦を想定するだろうと、読まれていた……?
くそっ、屈辱の極みだ。だが、今更後悔しても仕方ない。今ここでできることをしなくては。
「幸いなことに、両端は谷です。反撃できる猶予はあります。登ってきたところに撃ってやりましょう」
「OK、アリサ。みんな迎え撃つ準備!」
「Yes, Ma'am!」
先程と似たような形で、フラッグ車を中心に防御陣形を整える。一応前方も警戒しながら、シャーマンを配置する。
いつだ、いつ来る。突撃さえしてくれれば、もうこっちのもんだ。
「……来ないわね」
「まさか、欺瞞だった……?」
その瞬間、とてつもない爆発音と共に視界が白くなった。
「何よこれ……」
頭を整理する。なぜこんなに視界が白いのか。それは、地面の雪が舞い上がったからだ。ではなぜこんなに雪が舞い上がったのか。それは、榴弾が着弾したからだ。榴弾かつこの爆発規模を考えるに、おそらく発射元は「四式十五糎自走砲ホロ」。とすれば、あちら側の目的は……。
「ま、まずい! 隊長、来ます!」
気づいたときには、もう遅い。再びホロの砲撃によって雪は舞い、周りが見えなくなる。そして、騒がしいディーゼルエンジンの音が、一気に近づいてきた。
「フラッグ車を守って!」
「隊長、副隊長、やつら後方にいます! 後ろから来てます!」
「なんですって⁉ 速すぎるわよ!」
「まるで電撃戦ね……。黒森峰のお家芸がこうも真似……いや、彼女たちなりに進化させている?」
急いで旋回をしたいが、シャーマンは信地旋回ができず、こういった奇襲には滅法弱い。かつて日本軍が、口を酸っぱくして「側面を狙え」と言ってたのは、これが理由でもあるのだ。
そして今、その軍が使っていた……いや使おうとしていた戦車が、私たちに猛進してきている。
「アリサ、前に!」
「い、Yes, Ma'am!」
彼女たちはまだ撃ってこない。確実に仕留めるつもりなのか。
「目標、“蛍”! ──てぇーっ!」
そんな声が後方から聞こえ、辺りに爆発音が響き渡る。近くから感じる硝煙の匂い。
やられたのは、私じゃない。“蛍”、つまりはファイアフライ……⁉
「ナオミ、大丈夫⁉」
「エンジンを撃たれた。すまない」
「くっ……してやられた……」
まさか彼女たちが狙ってたのは、フラッグ車ではなく、17ポンド砲を持つファイアフライだったとは。あっちの参謀は、どれだけ頭が切れるんだ。この私が、振り回されてばっかりじゃないか。
「敵車輌、散開していきます!」
「逃げられたか……」
「ナオミ、何輌やられたの?」
「四輌だ。私のファイアフライと、76mmが二輌。75mmが一輌」
「相手の車種は?」
「一式中戦車チヘ、三式中戦車チヌだったと思う」
「シークレット枠は出てないか……」
戦車道では、一輌のみ相手と観客に明かさなくていい車輌が存在する。それがシークレット枠で、基本はここに期待の新車輌を置く。夏季大会の黒森峰ではマウスがその枠にいたが、最近は新車輌導入をする強豪校が少なくなってきているため、あまり使われることはない。しかし知波単は車輌を一新していることから、もちろんこの枠も使っている。
私の今の不安の大部分は、これが原因だ。一体何が来るのか、全くもって分からない。四式中戦車か、五式中戦車か、それとも日本戦車じゃない何かか……。
「ふ、副隊長! 左右に敵影! ホロです!」
「うそっ⁉」
このタイミングで前に出てくるのか。忌々しい150mm砲め。
「返り討ちにしなさい! ホロに限らず、日本戦車なら結局、シャーマンの砲でいけるわ!」
「みんなもアリサを守って!」
「Yes, Ma'am‼」
そう、そもそも日本戦車の装甲なら、シャーマンの主砲でも貫けるのだ。有効射程はもちろん変わるが、こんな近接戦ではファイアフライがいなかったとしても、性能の優位は変わらない。つまりは、さっきの奇襲は何も意味がなかったのである。
……じゃあ、なんでそんな意味のないことをしたんだ? それが事実なら、あそこで奇襲してわざわざファイアフライを狙った理由が、存在しなくなるじゃないか。
私たちは、あのとき何か意味があるものだと思っていた。だから動揺した。最高戦力であるファイアフライを撃破され、これはまずいと動揺したんだ。別に普通のM4シャーマンでも、戦えたというのに。彼女たちの目的は、一体……。
「──なっ⁉ あ、アリサっ! 前っ‼」
「え?」
私が呆けた顔で車体前方に顔を向けると、そこにいたのは75mm長砲身を携えた鉄の牛だった。
「──玉田環、旗車討ち取ったり!」
そういうことか。彼女たちの目的は、ファイアフライの撃破ではなく、私たちの動揺。全ては、フラッグ車を撃破するための欺瞞──。
《さ、サンダース大学付属高校フラッグ車、走行不能! よって、知波単学園の勝利!》
完敗だ。これは反省会行きだな。
「アリサ、大丈夫?」
「私は大丈夫ですよ。どうしてですか?」
「だってあなた、泣いてるじゃない」
驚いて自分の頬を触る。本当だ。私、勝負事で泣けたんだ。それだけ本気になれたんだ。でも、そうやって本気になれた戦車乗りは私だけじゃない。
「隊長だって……泣いてるじゃないですか」
「泣いてなんか……ないわよ……っ」
次々に出てくる涙を拭って、隊長はそう言った。しかし、私が声を出して泣き始めると、隊長も同じように泣いた。
──来年は絶対勝ってやる。
そう心に誓って、私は自分のシャーマンを見た。汚れを知らない白旗が、勢いよくたなびいていた。