──グデーリアンは言った、「厚い皮膚より早い脚」と。
「全車、前進!」
だから私は、完全な電撃戦を敢行する。今までの黒森峰のような戦術ではなく、私自身の戦車道を。機動力を最高に重視した戦車戦を。
「エリカ隊長、いい顔してますね」
「そ、そう?」
「はい。みほさんがいなくなってから、そして西住先輩がいなくなってから、エリカ隊長ずっと不安な顔してましたから。でも今は違います。自信に満ち溢れた、黒森峰隊長として遜色ない顔です」
「……ありがと」
西住隊……先輩のときまでは名字に隊長を付けていたのだが、私のことはみんな下の名前で呼んでいる。威厳を考えたら良くないのかもしれない。でも、みんなが親しみを持ってくれているのなら私はそれでいい。
私は、先輩とは違う。先輩のようになる必要はない。いや、なれやしないんだから。
「注意すべき戦車は、巡航戦車クロムウェルよ。絶対に側面を取られないように。特に砂埃からの急襲に注意すること。それとシークレット枠にも、気を配るように」
先日の知波単対サンダースでは、知波単側が雪煙を利用して、見事勝利を納めた。場所は砂漠なため、似たような戦術を使う可能性は高い。まるで北アフリカ戦線のようと言いたいが、それだと私は負ける側だ。そうはさせない。戦術は変えても、黒森峰の名に泥を塗るようなことなんて、してたまるものか。
「小梅、そっちは大丈夫?」
「はい、問題ないです」
「パンターは、この試合の要だわ。よろしく頼むわね」
「はい! 隊長もですよ?」
「分かってるわよ」
完全な電撃戦をするため、今試合の主力はⅤ号戦車「パンター」となっている。パンターと言えば、走攻守の全てが揃ったバランスのいい戦車であり、まさしく、ドイツ最優秀戦車と言っても過言ではない傑作だ。
基本的に黒森峰のパンターはG型なのだが、今回はこれを一新し、その後の型であるF型を採用した。加えて、隊長車である私の車輌はパンターⅡで、戦車砲は共にシュマールトゥルム。二次大戦の戦車なのにも関わらず、測遠機が付いている優れものである。
「こちら三番車、前方に敵車輌発見。巡航戦車隊です」
無線を通して、小梅からそんな報告が入った。
いよいよ来たか。聖グロの先鋒、そして狂犬。機動力で相手を撹乱し、的確に弱点をつく。だが、そうはさせない。
「絶対に側面は守り抜きなさい! 側面を取られて意味するのは、“死”よ!」
パンターは、正面装甲は鉄壁なものの、側面が非常に薄い。並の軽戦車にも余裕で抜かれるどころか、対空機関砲すら危ないと言われるほどだ。あの巡航戦車たちが横に回ってきたら、かなり面倒なことになるのは、想像に難くないだろう。
それゆえ、この状況を想定していなかったわけがなかった。そもそも私たちの学校の戦車は、パンターだけではない。やりようはいくらでもある。
「ヴィーゼル隊、前へ!」
ヴィーゼル(イタチ)隊。Ⅲ号戦車とⅣ号戦車のみで構成され、聖グロ巡航戦車隊を狩るためだけの戦車隊である。
パンターは前進速度はあっても、後退速度が恐ろしいほどに遅く、柔軟な対応が難しい。その穴を補填するために必要なのが、このヴィーゼル隊というわけだ。
「私たちも狙うわよ! ステレオ式測遠機の力を見せてやりなさい!」
「Jawhol‼」
しっかりと目標を捉え、一輌を見せしめに撃ち抜く。ヴィーゼル隊も向かっていったことで、巡航戦車隊はクロムウェルを先頭に、自陣営のほうへと戻っていった。
「あの狂犬がしっかり引くことを覚えるとはね。あのお嬢様に、飼いならされたかしら」
巡航戦車隊隊長であるローズヒップは、とにかく落ち着きがない少女だった。引くにしても、必ずは一矢報いるような性格で、彼女だけが敵を撹乱して逃げていき、周りのクルセイダーはボロボロなんてことはザラにあった。
そんな彼女も成長を遂げ、戦闘に入る前に引くということを覚えたらしい。というよりは、自分の実力を味方に合わせることか。もし、聖グロの巡航戦車隊の操縦技術が全員彼女のチームと同じレベルだったら、ここで引かず突っ込んできていただろう。そして私たちは、かなりの損害を受けていた可能性がある。
「まあ、そんなことを考えても意味はないけど……」
仮定の話はやめだ。今するべきことは、戦況の分析と作戦の遂行。ただここで怖いのが、この先は下り坂ということである。大洗対プラウダの試合で、大洗側が勢いよく丘を下り、プラウダに包囲されたのは記憶に新しい。
「みんな分散するわよ。どこかに包囲が形成されるようなら、助けに行くこと。いいわね?」
「Jawhol!」
三手に分かれて丘を下る。私は真ん中で、他四輌は左右に分かれていった。
この先に、聖グロの歩兵戦車が構えているのは予想済みだ。私たちが考えることは、包囲網を如何に破るか。彼女たちの主砲は、パンターの正面を貫くことができず、それでいて包囲網は一箇所にしか形成しない(流石に全ての車輌を、ここに投入はしない)はず。ならば、形成されかけている包囲網を内外から破ることは可能だろう。三手のうちの誰かを囮とし、内からも外からも砲撃をするのである。
順当に行けば、真ん中の私を包囲しようとするはずだが……。
「前方に敵影、チャーチルです! 左右にもマチルダⅡがいる模様! 包囲網を形成しています!」
「やっぱり私のところに来たか……。敵包囲網は中央に位置! すぐに向かって!」
そう両端の部隊に伝え、状況を詳しく見る。まず前方にはチャーチル、左右にはマチルダⅡ。どれからやるべきなのかと言えば、答えは簡単。最大装甲厚78mmのマチルダⅡの他ない。
「まずは右!」
「はい!」
パンターⅡの75mm長砲身が火を吹き、マチルダⅡの正面装甲を貫く。車体からは勢いよく白旗が上がり、車長がキューポラから顔を出した。
マチルダⅡの車長と言えば、あのルクリリと呼ばれる少女。右が違うのなら、左が彼女か。優秀ゆえに、ここで逃がすわけにはいかない。
「次に左よ! 幹部級を仕留めれば、戦況は有利に傾くわ!」
黒森峰の名は伊達ではない。他校を凌駕するスピードで徹甲弾を装填し、砲塔を左へと回す。後はもう、砲手がトリガーを引くだけだ。
「撃てッ!」
そう指示したそのときだった。
「エリカ隊長! こちら二番車! 我々左翼側に歩兵戦車チャーチルを確認!」
「はぁ⁉」
「すみません、ここで応戦します。数も勝ってますし、パンターの正面装甲があれば、負けることはありませんから!」
おかしい。聖グロのチャーチルは、一輌しかいないはず。導入するにしても、わざわざチャーチルを導入するだろうか。クロムウェルが導入できた時点で、聖グロのOG会は抑え込めている。そんな中、火力の低いチャーチルを、増やすとは思えない。いくら重装甲とはいえ、対黒森峰では使いにくすぎる。
せめて、ティーガーのように火力があればいいのだが。……火力? まさか……。
「──バカッ! そいつはチャーチルじゃない! 早く退きなさい!」
「え?」
気づいたときにはもう遅かった。大地を揺らすほどの爆発音。硝煙を砲口からゆらゆらと上げている17ポンド砲。傾けさえすれば、75mm砲の主砲などいとも簡単に弾き返す正面装甲。
「ブラックプリンス……」
英雄エドワード黒太子から名付けられた、歩兵戦車の完成形。スーパーチャーチルとも呼ばれた、機動力以外の欠点が存在しない重戦車。
その名のとおり、黒く塗られた車体は、太陽光を反射し妖しく光っていた。眼前にいる豹二匹を屠りながら。
「これがシークレット枠ってわけか……。あっちの隊長は、心底愉快でしょうね。──ん? 隊長?」
もしブラックプリンスに、聖グロ隊長であるダージリンが乗っているとするなら、一体このチャーチルには誰が乗っているんだ? 他に誰か、幹部級は……。
「隊長! マチルダⅡの車長、“ルクリリ”じゃありません!」
「……なるほどね、大出世じゃない」
現在の状況を整理する。まず正面にルクリリが乗車したチャーチルが一輌。右からは味方が来ていて、左からはブラックプリンス。装填と砲塔回転速度、共に遅いが、威力は馬鹿にならない。動かなくとも、やつはここを狙える。
しかし、ここで横を向いたら、前方のチャーチルに撃ち抜かれる。そして、パンターは、昼飯の角度を取ったチャーチルの正面装甲は撃ち抜けない。
……詰み? まさか。この程度でやられるほど、黒森峰は落ちぶれちゃいない。
「いい? チャーチルの主砲を狙うわ。ドイツ戦車の砲の精度なら、絶対に当たる。そして主砲を壊したら、一気に前進。チャーチルを盾にして、右側に逃げるわよ」
「なるほど……。了解です!」
ゆっくりと主砲を動かし、チャーチルの75mm砲を捉える。相手も同じような作戦を取れば本当に詰みなのだが、そこまでの考えには至ってないらしく窮地は脱せそうだ。正面装甲を抜かれる心配もない。ここで確実に決める。
「──撃てッ!」
その言葉と同時に、爆発音が鳴り響き、チャーチルの砲塔がグニャリと曲がる。
「今よ! チャーチルを盾に撤退! 小梅たちも旋回しなさい!」
「はい!」
自慢の快速を使って、チャーチルの側面に回り、背中を向けて逃げていく。本当は撃破もしたかったが、そんなことをしている悠長な時間はない。それに、そろそろ彼女たちが来る頃だ。
「隊長、チャーチル撃破のようです」
「ようやく来たわね」
キューポラから顔を出し、自陣営の丘のほうを見る。そこにはパンターと似た形のものの、非常に異なる大きさの戦車がゆっくりと足を進めていた。
「私が乗ってなくても、がんばりなさいよ」
──ティーガーⅡ。戦車の中の王が、黒太子の前に立ちはだかっていた。