予ハ常ニ諸子ノ先頭ニ在リ   作:王立

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第七話 黒森峰戦ですわ

 揺れる車体の中、零すことなく紅茶を飲む。それがこの三年間で培ってきた、聖グロの伝統技術。決して取り乱すことはせず、冷静に、そして優雅に戦い抜く。

 私自身、伝統に縛られるのはあまり好きではないほうだが、聖グロのこの伝統は心から好きだ。愛していると言ってもいい。だからこそ私は、この席にいるのだろう。

 

「──やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」

 

「連合艦隊司令長官、山本五十六の言葉ですね」

 

「部下の先頭に立って導く、そういった面では、知波単の隊長はとても素晴らしいものがあったわ。あのリーダーシップは、そうそうとれるものじゃない。それこそ、山本長官のような人材育成をしていたのでしょう」

 

 知波単隊長、西絹代。突如として現れたダークホースと言われるが、そうは思わない。世間が彼女の才に気づかなかっただけで、いずれはこうなるだろうと思っていた。最低でも、来年には大改革を遂げると。それが少し早まったのが、彼女が二年にして隊長たる所以か。まさか早々に大洗を打ち破るとは、流石に予測し得なかったが。

 

「おそらく、来年はもっと強くなるわ。ペコ、ちゃんと注意しておくのよ」

 

「は、はい」

 

「それと、黒森峰の新隊長さんにもね」

 

 実は今試合中で、相手は黒森峰。そんなときに他校の話題を出すのも、いかがなものかと思うが、それもまた優雅な乙女の嗜みだ。心に余裕を持つことは、戦車道において重要なことだろう。

 

「とりあえず相手がすることは、いつもどおりの電撃戦。いえ、いつも以上の電撃戦でしょう」

 

「データによりますと、この前の黒森峰対プラウダの試合において、黒森峰はパンツァー・カイルを捨て、意表を突いた電撃戦をしました。そして今回は、重戦車よりも中戦車が多い。特にパンターは、走攻守共にバランスが良い戦車です。これが彼女たちの主力でしょう」

 

「私たちが、クロムウェルを大々的に使うことにしたのが、結構な衝撃だったようね。相手が機動力を上げたなら、自分たちも上げたくなったのでしょう。……といっても正直、重戦車で縦深防御をされたほうが、遥かに面倒ではあったけど。ラッキーだったわね」

 

 大戦中、最速の脚を誇った巡航戦車「クロムウェル」。我が聖グロの虎の子にして、なんでも屋。あの子が乗っているから、練度には不安を抱かなくても問題なさそうだ。

 にしても縦深防御でないのは、成功体験に味をしめたからだろうか。私としては、ヤークトティーガーやマウスなどの重戦車で、徹底した防戦をされるのが一番危惧していたことなため、少し安心している。

 

「加えて、クロムウェルを漏らしたおかげで、この戦車はバレていません。これこそが、我が校の切り札ですから」

 

「ええ、そうね。ペコ、17ポンドの砲弾は重くはないかしら?」

 

「大丈夫です、ダージリン様。この日のために、ずっと鍛えてきたんですから」

 

「素晴らしい。それでこそ、未来の聖グロ隊長ね」

 

「やめてください。次期隊長はルクリリ様でしょう?」

 

 そう言って、顔を赤くするオレンジペコ。一年ながらもかなりの実力者で、来年は副隊長、そして再来年の隊長は確実である期待の新星だ。装填手としての腕も素晴らしく、この新しく導入した歩兵戦車「ブラックプリンス」の重い砲弾も、難なく装填することができる。

 戦車戦で早撃ちができるというのは、もうそれだけでアドバンテージだ。現在の聖グロ戦車道の何割かは、彼女によって成り立っていると言っても過言ではない。

 

「ダージリン様、敵戦車発見いたしましたわ!」

 

 そんな無線がいきなり入る。巡航戦車隊隊長、及び巡航戦車クロムウェルの車長。聖グロの狂犬、ローズヒップからの報告だ。

 流石、快速なだけはあって、もう敵戦車を見つけたか。いや、敵もまた、凄まじい速度で進軍していると考えるほうが妥当かもしれない。

 

「いい? ローズヒップ。一輌でも失ったら、引き返すのよ。あなたの任務は、威力偵察。どのような行動をするか、ということだけを考えなさい」

 

「かしこまりですわ〜!」

 

「本当に分かってるのかしら……」

 

 間の抜けた返事に少し不安になる。ローズヒップは、なんだかんだで言うことは聞く忠犬だ。きっと大丈夫だろう。

 

「ダージリン様、敵戦車、ちっこいのが出てきましたわ! 一輌を撃破されてしまったので、ぶん殴る前に退散ですわ!」

 

「ちっこいの……。おそらくは、Ⅲ号とⅣ号。巡航戦車への対抗策、ですわね」

 

「にしても、かなり早々に撃破されましたね。これは砲手の腕というよりは、シュマールトゥルムの測遠機の影響でしょう」

 

「F型に変えた効果、と言ったところかしら。隊長は、Ⅱだったわね」

 

 パンターF型と言えば、あの西住まほも好きだった戦車である。こんな形で彼女の悲願が達成されるとは、なんと粋なことか。敵ながら称賛を送りたい。

 しかし、勝たせはしない。

 

「そのままここへ誘導するわ。ルクリリ、いいわね?」

 

「もちろんです、ダージリン様」

 

「チャーチル、マチルダⅡ、前進。豹を捕らえなさい」

 

 私たちの前には、丘がある。きっとパンターは、ここを下るだろう。歩兵戦車が動いていないと仮定した場合、とてもじゃないが、ここで逆に待ち伏せをしようという考えには至らない。彼女たちは、電撃戦をしている。それを台無しにしてまで、丘の上で待つ必要はない。なにせ動かないでいると、巡航戦車に包囲される可能性が高まるのだ。

 だからこそ、彼女が電撃戦を選択したのは間違いだった。攻めれば攻めるだけ、私たちのテーブルの上で踊ることになる。

 

「相手は小隊規模での行動。包囲を恐れるなら、その被害を最小限にするために分散する。フラッグ車は、きっと中央でしょう。ルクリリたちは、それを迎撃。私たちブラックプリンスは、相手側から見て左翼側の戦力を撃滅するわ。たとえフラッグ車を仕留め損なっても、外堀は埋めるわよ」

 

「了解!」

 

 ゆっくりと足を進め、敵戦車が突っ込んでくるのを待つ。

 

「隊長」

 

「ええ」

 

 予想通り、パンターは丘を下ってきた。風に揺れる枯れ木を挟み、ルクリリのチャーチルと逸見エリカのパンターⅡは対峙する。そして、私の車輌は未だ建物の陰にいた。正面のパンター二輌が下りきったタイミングで、顔を出す。

 

「丘の上から敵戦車……懐かしいわね、この状況も」

 

「あのときも今も、全てこちらの手の内です」

 

「さて、黒森峰の生徒さんは、主砲の違いに気づくかしら?」

 

 正面のパンターは、少し止まる素振りを見せたが、そのまま向かってくる。どうやら戦うつもりらしい。

 血迷ったか。いや、彼女たちはまだ気づけていないのだ。これが新車輌だということに。

 

「車体を一時の角度に」

 

 いわゆる、“昼飯の角度”と呼ばれる防御姿勢を取る。垂直装甲のブラックプリンスならば、存分に効果を発揮できる姿勢だ。加えて、側面装甲が薄いパンターが、回り込もうとすることはない。もうパンターは、この戦車の装甲を貫くことができなくなったのだ。

 

「──飛んで火に入る冬の豹」

 

 眼前の砲撃をたやすく弾き、重苦しい音を立てながら防盾へと照準を合わせる。

 

「砲撃」

 

 そして、凄まじい量の硝煙と共に鉛玉が放たれ、豹の頬を貫いた。特に嬉々とすることもない。至極当然の結果であった。パンターを前にして、このブラックプリンスは負けるはずがないのである。

 紅茶を口につけ、“二頭目”へと照準を合わせさせる。

 

「アッサム」

 

「はい」

 

 二頭目も撃破し、次は中央に位置するパンターに狙いの的を変える。幻のドイツ戦車「パンターⅡ」、逸見エリカの搭乗車だ。あれさえ撃破すれば、この試合は終わる。

 

「ペコ、ケリをつけるわよ」

 

「はい」

 

 重い徹甲弾を装填し、砲塔を回転させる。フラッグ車は、状況が呑み込めていないようで、ただ固まっているだけだった。流石に、彼女に隊長は荷が重すぎたか。

 ここでケリをつけよう。この試合は、聖グロが勝つ。

 

「アッサム、照準が合い次第撃ちなさい」

 

「分かりました、隊長」

 

「さあ、いい試合をありがとう。まほさんのお犬さん」

 

 そのときだった。フラッグ車のパンターⅡの主砲が、動き出したのは。

 

「最後の悪あがき、でしょうか?」

 

「データ上、昼飯の角度を取った私たちのチャーチルの装甲を、パンターが抜くことは不可能です。おそらくは、そうであると……」

 

 ペコとアッサムがそう会話する。私も最初は、何事かと驚いていた。しかし、これでも名誉ある聖グロリアーナ女学院の戦車道隊長。その真意に気づくのには、一秒もかからない。

 

「いいえ、違うわ。パンターであっても、チャーチルにダメージを与えられる箇所は存在する。これは、逆も然りでしょうけどね」

 

「ど、どういうことでしょう?」

 

「見ていれば分かるわ」

 

 次の瞬間、パンターⅡの主砲が火を吹く。そして、即座にパンターは進み出した。

 

「これは、私たちの攻撃も間に合いそうにないわね」

 

「え……え? チャーチルは、何をしているんですか? あそこまで近づいたら、チャーチルの主砲でもパンターの防盾を抜けますよ」

 

「残念ながら、それは無理よ」

 

「どうしてです?」

 

「今のチャーチルは、撃つことができないもの」

 

「主砲、ですか……」

 

「アッサム、正解」

 

 そう、パンターはチャーチルの主砲を狙ったのだ。主砲を破損させさえすれば、撃たれる心配はない。こうなったら、やることは一つ。

 

「チャーチルを盾に、私たちの射線を防いでる……」

 

 置物となったチャーチルを背に、この場から撤退することである。

 

「してやられましたね」

 

「あの子、土壇場に強いタイプかしらね。プラウダとのときもそうだったけど」

 

「ここからどうしましょう、ダージリン様」

 

「問題ないわ。この試合はまだ、私の手のひらの上よ。こんなところで折れるようなら、聖グロの名が聞いて呆れるわ」

 

 ひとまず巡航戦車隊に連絡を取る。前線を張るのは、彼女たちの仕事だ。彼女たちが動かなければ、何も始まらない。

 そして、ルクリリと連絡を取ろうと思った次の瞬間であった。

 

「隊長、やられました!」

 

 彼女の車輌が一発で撃破されたのだ。あのチャーチルが、一発で。何事かと思って周りを見ると、丘には、後方からようやく追いついた“ロイヤル・タイガー”の姿があった。

 

「……役者は揃ったわね」

 

 かくして戦局は、佳境へと突入する。後進をしながら、次の状況へと備えるのであった。

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