予ハ常ニ諸子ノ先頭ニ在リ   作:王立

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第八話 まだまだ聖グロ戦だわ!

 撤退というのは、敗けではない。歴史上、劣勢から覆した例なんて山程ある。むしろ、無駄に死守命令を連発したほうが、無惨な敗北に繋がるものだ。私たちの乗っているこの戦車の祖国も、かつてはそうだったか。

 

「全車に伝達。山を登るわ」

 

 まずはここを凌がなければ、話にならない。必ずやあの巡航戦車隊が、私たちの穴を突いてくる。それもかなり早いタイミングで。

 

「隊長、後ろから巡航戦車です!」

 

「ったく、いつもここぞというタイミングで来るんだから……」

 

 だが、巡航戦車隊と言えど、完璧な機動部隊ではない。開発国はあのイギリス。戦車を生み出した大国ではあるものの、その後の戦車開発は他国にリードされている。それは、初の主力戦車であるセンチュリオンが作られるまで続くわけだが……。

 つまり何を言いたいかというと、巡航戦車クルセイダーよりもパンターのほうが速いのだ。無論、クロムウェルの速度には負けるが、陣形を組む以上、クロムウェルは抑えざるを得ない。彼女たちは、私たちに追いつけないのである。

 

「このまま速度を落とさずに前進! 市街地に向かうわよ!」

 

 山坂も難なく駆け上がり、アフリカのような街の中を駆け回るパンター二輌。ジグザグに動きながら、敵の砲撃を避ける。そろそろヴィーゼル隊も合流する頃だ。逃げるだけで終わることはない。

 

「エリカ隊長!」

 

「ナイスタイミングよ。後ろから頼むわね!」

 

 ヴィーゼル隊と重戦車隊は、迂回して登っている。重戦車のほうが合流するまではまだ時間がかかりそうだが、すでにもう挟撃体制はできた。ここで、巡航戦車だけでも終わらせる。

 

「パンター隊に伝達。あそこの開けた場所で、信地旋回をするわ。そして、後ろから来た巡航戦車を迎え撃つのよ」

 

「分かりました。任せてください!」

 

 巡航戦車隊とは、それなりの距離ができていた。ここで迎え撃たなければ、いつ迎え撃つというのだ。ここが正念場だ。一瞬の判断ミスも許されない。

 

「旋回!」

 

 片側の履帯のみにブレーキをかけ、思い切り車体を回す。残る車輌は、クルセイダー五輌とクロムウェル一輌。ここでいきなりクロムウェルを狙っても、庇われるだけだ。まずは、外堀から埋める。

 

「撃て!」

 

 パンターの主砲を耐えられるわけもなく、クルセイダーは白旗を揚げる。小梅、そして後ろにいるヴィーゼル隊の攻撃も当たり、残りはクルセイダーニ輌とクロムウェルのみとなった。もう護れやしない。

 

「クロムウェル照準! ってぇーッ!」

 

 風で砂塵が舞う中、三つの徹甲弾が放たれる。そんな砂塵に左右されることは決してなく、弾は真っ直ぐに進んでいく。私の弾の向かう先は、クロムウェル。これで終わりだ。75mmの鉛玉が、クロムウェルの皮膚を貫……かない⁉

 

「まさか避けたの⁉」

 

 徹甲弾は後ろの建物へと当たり、爆発する。眼前にいたのは、一気に速度を出すクロムウェルと、リミッターを外したクルセイダーだった。私たちが発射したのを見計らって、エンジン出力を最大にしたというわけか。まずいことになった。このままでは、彼女たちに後ろを取られる。

 

「ヴィーゼル隊、クロムウェルの前に榴弾を! 私たちは、その間に横に分かれるわ! あなたたちは追いつけないから、増援が来てないか見てきて!」

 

「Jawhol!」

 

 砂埃による目くらまし。まさかこんな戦術を黒森峰が使うなんて、誰一人として思っていなかったことだろう。だが、それでいいのだ。今回の試合で従来の戦術だったら、もうとっくに負けていたのだから。

 

「交差して横に行くわよ」

 

「フラッグ車の欺瞞ですね。了解しました」

 

 私は左の大きな建物の裏を走り、小梅たちは右の民家の裏へと行く。相手からは何も見えていないため、考えずに行くとしたら、フラッグ車がいた方向の右のルート。それを騙すための、交差しての撤退だ。

 

「見事、引っかかってはくれたみたいね」

 

 私の後ろからは、クルセイダーが二輌来ていた。これならどうとでもなる。

 

「さあ、おいでらっしゃい」

 

 市街地を抜け、信地旋回をする。周りには、ティーガーⅡを始めとする重戦車と駆逐戦車の数々が揃っていた。

 

「撃て」

 

 クルセイダーは、きりもみしながら吹っ飛んでいく。車体下部から白旗が揚がり、残りの巡航戦車はクロムウェルのみとなった。そんなときに聞こえてくる小梅からの無線。

 

「すみません、隊長。二輌ともやられました。あのクロムウェル、相当の実力者です……」

 

「嘘、でしょ……?」

 

 まさかクロムウェル一輌に、うちの、黒森峰のパンターが二輌もやられた……? あっちの巡航戦車隊の隊長は、ローズヒップは、そこまでのやり手だと言うのか。

 

「……ヴィーゼル隊、合流よ! 守りを固めるわ!」

 

「ヴィーゼル隊、マチルダⅡの部隊と会敵、交戦中です。──あ! Ⅳ号がやられました!」

 

「なんですって⁉」

 

 どういうことだ。マチルダⅡの主砲は、口径40mmの2ポンド砲のはず。側面に回り込まれたらやられてもおかしくはないが、それは歩兵戦車であるマチルダⅡには無理な芸当だ。一体、どうやってⅣ号を倒した?

 

「まさか、側面見せたんじゃないわよね?」

 

「そんなことないです! 隊長、あれ6ポンド砲ですよ! 2ポンド砲じゃないです!」

 

「6ポンド……?」

 

 脳をフル回転させ、オーダーを貰ったときの記憶を掘り起こす。6ポンド砲換装のマチルダⅡ。……思い出した。A27砲塔搭載型だ。

 クロムウェルとシークレット枠に、気を取られすぎてしまった。まさかこういった形で脅威になるとは……あのときの私を殴ってやりたい。57mm砲と言えど、その貫徹力はシャーマンの75mm砲を上回る。Ⅳ号がやられるのは、何もおかしくはない。

 

「今からそっちに向かうわ。どうにか耐えなさい」

 

 そのときだった。後方から爆発音が響く。振り返れば、真後ろにいるヤークトパンターから白旗が揚がっていた。

 

「まさか……」

 

 クロムウェルだ。しかし周りを見渡すも、どこにもいない。そう探していると、今度は七時の方向にいたエレファントから、白旗が飛び出した。そして、その陰からクロムウェルも現れる。

 

「上等じゃない……!」

 

 ここに残る車輌は、私のパンターⅡと真横にいるティーガーⅡ、そしてもう一輌のヤクパンとラングだ。機動力はないに等しい。──私がやるしかない。

 

「お待たせしましたわ!」

 

 ハッチから顔を出したローズヒップがそう叫んだ後、再びクロムウェルは走り出す。正面を通り過ぎたところで、私もエンジンをかけ、彼女を追った。

 

「やられました!」

 

 ヤクパンがやられる。

 

「すみません!」

 

 ラングがやられる。

 

 彼女は、最初に後ろにいるヤクパンを撃破。その次に左にいるエレファントを撃破し、今右の二車輌を撃破した。順当に行けば、一巡して左から来るだろう。しかし、そんな単純なものだろうか。これはもう賭けだ。私の勘は、右から来ると言っている。

 

「前進! 右へ!」

 

 前へ出て、車体を右に向ける。先程までうるさかったエンジン音は鳴り止み、地面を削る音が聞こえた後、また鳴り始めた。……こっちに来る!

 

「──私の勝ちよ! 撃てッ!」

 

 前方に出てきたクロムウェルを、思い切り撃ち抜く。見事撃破し、最大の脅威は去った。

 

「隊長、行きましょう」

 

「ええ、そうね。後は捻り潰すだけだわ、エミ」

 

 ティーガーⅡの速度に合わせながら進み、ヴィーゼル隊の下へ向かう。無線からは悲鳴が聞こえるのみ。私の最悪の予想が的中した。もうそこには、一輌のマチルダⅡしか動いていなかったのである。

 

「……みんな、よくやってくれたわね。後は、私たちに任せて」

 

 そう言いながら、マチルダⅡに照準を合わせる。

 

「た、隊長! マチルダⅡの後方に……」

 

「え?」

 

 マチルダⅡの遥か後方に、山を登ってきたであろうブラックプリンスが姿を現した。その瞬間、ティーガーⅡの履帯が切れる。

 

「こいつ……!」

 

 ティーガーⅡの脚を奪ったマチルダⅡを、一瞬にして吹き飛ばす。しかし、問題はこいつじゃない。後ろにいる、あの黒太子である。

 

「隊長は、私が護ります。きっと、ティーガーⅡの主砲なら抜けるでしょう」

 

 ティーガーⅡが主砲を動かし、私は砲身を揺らしながら後ろへと下がる。だが次に見たのは、ぐちゃぐちゃになったティーガーⅡの主砲だった。すでに正攻法は、封じられていた。

 

「一騎打ちってわけね……」

 

 ブラックプリンスの装填は遅い。先程のチャーチルのように主砲をかち割りたいが、流石はダージリン。砲身を揺らし、狙撃を防いでいる。

 こうなった場合、勝つためにはできるだけ近づくしかない。

 

「大洗との試合覚えてる? 元副隊長がやったやつ」

 

「覚えてますが……まさか、あれを?」

 

「嫌だとは言わせない。できるならやるわよ。それが黒森峰ってもんでしょ?」

 

「……分かりました。やりましょう」

 

 無限軌道が回り始める。ドイツが誇る最高の中戦車、パンター。私は今、それに乗っている。そんな誉れ高き戦車に乗っているのに、こんなところで負けてたまるものか。私は黒森峰隊長なんだ。敗けは決して許されない。

 

「今よ! 左ッ!」

 

 正面から行くと見せかけて、思い切り側面へと回り込む。元副隊長が、みほが、隊長を撃破した技。正面が貫けないのなら、これ以外の方法はないはず。彼女を超えてみせる。これが、私の戦車道だ。

 

「──撃てッ!」

 

 このときの私はまだ、気づいていなかった。ブラックプリンスの砲塔が、すでに私が回り込む方向へと向いていたことに。

 

《黒森峰女学園フラッグ車、走行不能! よって、聖グロリアーナ女学院の勝利!》

 

 そんなアナウンスが、会場に虚しく響く。私は負けたのか。

 

「また、勝て……なかった……」

 

 一年の夏、二年の夏。黒森峰に敗北は許されないというのに、また私は負けてしまった。隊長の座を受け継いだというのに。

 ああ、そうか。これが、“隊長”の気持ちだったのか。

 

「隊……長……っ!」

  

 嗚咽がこみ上げる。場違いなほどに晴れているこの空が憎かった。天は敗者への同情はしてくれないらしい。

 溢れんばかりの涙を抑えながら、ハッチを開ける。ここで泣き叫んでは駄目だ。黒森峰の隊長ならば、最後まで毅然とした態度でいなければならない。

 

「ほら、グズグズしない! 戦車道は、礼に始まって礼に終わる。分かったなら、さっさと行くわよ!」

 

 私たちは前に進み続ける。黒森峰は、こんなところで終わりやしない。たとえ敗けても、何度でも這い上がってやる。

 

「ありがとうございます。良い試合でした」

 

「ええ、こちらこそ。またいつか試合できることを、楽しみにしていますわ」

 

 ──いつか勝利を掴む、そのときのために。

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