予ハ常ニ諸子ノ先頭ニ在リ   作:王立

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第九話 まだまだ黒森峰戦ですわ

 ティーガーⅡは、私たちを撃つことなく、山岳へと向かう。当たり前だ。高所とはいえ、丘の上で車体下部を晒している以上、このブラックプリンスと戦うわけにはいかない。あの戦車は、平地での正面きっての撃ち合いで真価を発揮する。

 

「APDS弾があれば、砲塔前面を貫けるのですが……」

 

「でも、ああいった貫通特化の砲弾は、弾薬庫等の重要箇所に当てなきゃ撃破判定にはならないわ。それを考えると、砲塔正面に当てたところでではあるわね」

 

 戦車道のルール上、高速徹甲弾等の貫通特化の砲弾での撃破をありにしてしまうと、普通の弾を使うメリットがなくなってしまうため、そのような措置が取られている。

 もし、こういった弾を使うのであれば、各戦車の弾薬庫等の位置も覚えておかなくてはならない。しかし、覚えていたとしても、そもそも当てられる状況にすることが難しい。かなり使い勝手の悪い砲弾なことから、使用している学校は少ない印象だ。

 

「とりあえずフラッグ車は、巡航戦車隊に追わせるわ。ローズヒップ、頼んだわよ」

 

「承りましたわー!」

 

 クルセイダーと歩調を合わせながら、クロムウェルは征く。まるで追い込み漁のようにして、あの豹を捕らえるしか方法はない。

 

「ダージリン様、追いつきません! 最高スピードを出してもよろしいでしょうか!」

 

「待ちなさい、ローズヒップ。最高速度を出すときは、撃破されそうなときだけよ。弾を避けるための切り札は、そうそう切るものじゃないわ」

 

 追いつけない。まあそうだろう。クルセイダーは時速43kmで、パンターは時速55kmだ。これで追いつけと言うほうが、無理がある。しかしだからといって、クロムウェルの実際の速度、そしてクルセイダーのリミッターを外すのは、まだやるべきことではない。

 急に速度が上がるというのは、相手としては非常に混乱する。逆に言えば、彼女たちは速度が上がることを考慮せずに戦っている。ゆえにそれは、砲撃のタイミングでやるのがベストなのである。

 

「ダージリン様! 激ヤバな状況ですわ!」

 

「激ヤバ……。なら使いなさい、その切り札を。相手が砲撃するタイミングを、しっかり読むのよ」

 

「了解ですわ! さあ、ぶち上げますわよー!」

 

「大丈夫かしら……」

 

 少し頭が痛い。でも威力偵察のときに独断専行していないのだから、きっと平気だ。ローズヒップは、言うことだけはちゃんと聞いてくれる。

 

「ダージリン様、私たちはどうするんですか?」

 

「A27砲塔搭載型のマチルダⅡを連れて、山に登るわ。多分お相手さんは、頭からすっぽり抜け落ちてると思うから、少しお灸を据えてあげましょう」

 

 A27砲塔搭載型のマチルダⅡ。いわゆる「6ポンド砲」を搭載したマチルダⅡである。相手からしてみれば、脅威なのはクロムウェルとブラックプリンス。このマチルダⅡを地味に強化したような戦車は、見向きもされていないに違いない。そういったときに、火力の向上というのは刺さるものなのだ。

 山を登り、マチルダⅡだけがゆっくりと足を進め、私たちはその場で止まる。しかし、私たちが探し出すまでもなく、敵はやってきた。

 

「なるほど。追いつけないから、こっちに回したのね」

 

 Ⅲ号とⅣ号で構成された、巡航戦車を狩るための戦車隊。本来なら巡航戦車を迎え撃つつもりだったが、明らかに不利な追いかけっこに巻き込まれ、泣く泣く増援を防ぎにきたというわけか。

 あちらは6ポンド砲にも、そしてここにいる17ポンド砲にも気づいていなさそうである。まあこの程度なら、どうにでもなるだろう。

 

「全車、砲撃」

 

 マチルダⅡが一斉に弾を撃ち、何車輌かから白旗が飛び出す。しかし、相手もやられる一方ではない。Ⅳ号を筆頭に反撃をし、我々の戦車も何輌か撃破した。

 あのⅣ号が厄介だ。私たちがやるか。

 

「ダージリン様ー! パンター二輌、撃破しましたわー! 残りは、フラッグ車のパンターだけですの! でも、私以外は全滅ですわ……」

 

「大丈夫よ。よくやったわ、ローズヒップ。さあ、嬉しい知らせを聞けたところで……いける? アッサム」

 

「余裕です。Ⅳ号程度の装甲、この距離でも恐るるに足りません」

 

「言うようになったじゃない。頼むわよ」

 

 しっかりと照準を合わせ、トリガーを引く。見事正面装甲を貫き、Ⅳ号は戦闘不能となった。それでもここを狙わない辺り、マチルダⅡにやられたと思っているのだろうか。つくづくマニュアルに囚われた生徒たちだ。想定外のことが起きると、パニックになりすぎる。それに対応できるのは、隊長、前隊長、そして前々副隊長だけか。

 

「残り一輌、撃て」

 

 最後のⅢ号戦車を撃ち抜き、一息つく。だが、安心はできない。こちらのマチルダⅡも、一輌しか残っていないのだ。そんなとき、ローズヒップから無線が入る。

 

「すみません、やられましたわ……。でも、もうパンターⅡとティーガーⅡしか残ってませんわ! ダージリン様、後はよろしくお願いしますわ!」

 

「ご苦労、ローズヒップ。よくやったわね。それだけやれれば、十分よ。ありがとう」

 

「やったー! ダージリン様に褒められましたわー!」

 

 犬のようなローズヒップに対して、少し笑いながら無線を切り、状況を確認する。とりあえず危惧すべき重戦車は、本当にローズヒップ一人がどうにかしてしまったらしい。一体あの子は何者なのだろう。まあそれは置いといて、残りがパンターⅡとティーガーⅡなら、いくらでもやりようはある。とりあえずは、山坂で身を隠すか。

 

「マチルダⅡ七番車、ミント。聞こえる?」

 

「はい、聞こえます」

 

「私が出てきたら、ティーガーⅡの履帯を切ってくれるかしら」

 

「履帯ですか? 分かりました」

 

 主砲はこっちでやるのでいい。まずは履帯だ。あの戦車に盾になられると、こちらとしては非常に困る。そういった手は、先に封じさせていただく。

 

「ダージリン様、敵車輌来ました」

 

「分かったわ、ミント。……今よ、お願い」

 

「はい!」

 

 私たちが車体を晒した少し後、マチルダⅡがティーガーⅡの履帯を吹き飛ばす。その後一瞬にして、フラッグ車のパンターⅡにやられたが、問題ない。仕事はしてくれた。直に照準は合う。

 

「アッサム」

 

「はい」

 

 ティーガーⅡの主砲を割り、次弾の装填へと入る。こちらも主砲を割られないように、砲塔を左右に振った。

 

「ペコ、全力でお願いね」

 

「もちろんです」

 

 フラッグ車は猛進してきていた。距離を近づけて撃つつもりか。……いや、違う。これは、以前にもあったことだ。大洗との練習試合、私が防ぎきった“アレ”。黒森峰は防ぎきれなかったが、聖グロには無意味な策である。

 私は、主砲を右に回す指示をした。フラッグ車が、ドリフトに入る直前のところ、左へ行きかけたところで。

 

「ありがとう、そしてさようなら。まほさんの……いえ、エリカさん」

 

 主砲の場所へ車体が来る。ちょうどそれを撃ち抜き、試合は終わった。

 

《黒森峰女学園フラッグ車、走行不能! よって、聖グロリアーナ女学院の勝利!》

 

 車内からは、安堵の声が漏れる。いくら防いだ経験があっても、これをやられるのは心臓に良くない。もうやめてほしいものだが。

 

 ──でも、楽しかった。

 

「いい試合でしたね、ダージリン様」

 

「そうね、とっても」

 

 試合終了の礼をした後、エリカさんが話しかけに来た。

 

「ありがとうございます。良い試合でした」

 

「ええ、こちらこそ。またいつか試合できることを、楽しみにしていますわ」

 

 社交辞令なんてものじゃない。心からの気持ちをただ伝える。……さて。

 

「こんな格言を知ってる?」

 

「え?」

 

「──凧が一番高く上がるのは、風に向かっている時である。風に流されている時ではない」

 

「英国首相、ウィンストン・チャーチルですね」

 

 ペコが微笑む。私は「そうね」と頷いた後、前にいる黒森峰隊長の目を見つめた。

 

「エリカさん。あなたは間違いなく、今回の大会で活躍した選手の一人よ。私が保証するわ。だからもっと誇りなさい。今はまだ風に向かってる途中。本当の高みに行けるとするなら、それはこれから。あなたなら、きっとできるわ」

 

 エリカさんは喋らない。黙って、ただ私の目の奥を見ていた。

 

「あなたには、まほさんとは違う良さがある。だから、絶対にそれを捨てないように。今までみたいに捨てたら私、怒りますわよ?」

 

「は……い……!」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 エリカさんは泣いていた。こんな彼女の姿は見たことがなかった。取り乱しはしないが、なんとか平静を保ちながらも、涙は抑えられない。そんな様子だった。

 

「ど、どうしましょう、ペコ」

 

「ダージリン様、私に言われても……」

 

「えっと、エリカさん大丈夫……?」

 

「……っ……エリカで……いいです……」

 

 エリカさん……エリカは涙を拭い、その真剣な眼差しをこちらに向ける。彼女の燃えたぎる闘志は、長年戦車道をやってきた私にとって、分からないはずがなかった。彼女は、黒森峰の隊長としての覚悟をここに決めたのだ。

 私は、彼女の頭に手をやる。そしてただ簡潔に、こう言った。

 

「──よくがんばったわ、エリカ」

 

 そうすると、また泣き出しそうになったので、私は彼女の頭を肩に置かせ、傾く日を目で追った。

 次は決勝だ。私も泣くわけにはいかない。最後の大会ぐらい笑って終わりたい。そんな思いだった。

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