レンタル彼女【BanG Dream!】   作:山神薙人

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PARADISO
Canto Ⅰ 白鷺千聖と初デート


 

 

 ロケットランチャーから放たれた大質量の弾がトラックの脇腹をぶすりと突き刺した。

 耳をつんざく盛大な爆発音。運転席から吹き飛ぶ悪人顔のマフィア。

 

 爆炎を撒き散らしながらごろごろと横転するそのトラックのわきを華麗に追い抜いていくのは、主人公とヒロインを乗せた一台のバイクだ。

 後ろに座ったヒロインがロケットランチャーを道端に投げ捨て、クールに髪をかき上げる。運転席の主人公は、このおてんばめというような表情でアメリカンな軽口を飛ばす。

 

 さすがは今話題になっている海外映画のアクションシ―ンだ。多分、爆発も本物なのだろう。映像はド派手で、分かりやすくて――それは、ふだん映画を見ないような僕であっても、充分に楽しめるような作品――のはずだった。

 

 だけど、さっきから僕は全然映画に集中できていなかった。スクリーンが見やすい席を選んで、音響もバッチリで、待ち時間にあらすじも確認したはずなのに、僕の瞳はただ漫然と映像を追うばかり。

 

 映画に飽きてしまったからだろうか? ……違う。

 体調が悪くなったからだろうか? ……それも違う。

 

 原因は、自分でもはっきりと分かっていた。僕の全神経は、今見るべき映画ではなく、ある一点――横に座る“彼女”の膝の上に載せられた自身の右手に集約されていた。

 

 僕の手の甲に、つつとくすぐったい感触が走る。手から腕、腕から全身へと広がる甘い痺れ。声が漏れそうになって、左手で慌てて口を抑えた。

 

 ――爪先で、手の甲をなぞられている。

 手首、側面、爪……指の間。まるで手の輪郭を確かめているみたいに、丁寧に丁寧に、意地悪な爪先がそこら中を這いまわる。

 

 もうどれだけの時間そうやって右手を弄ばれただろう。

 恨みがましげな目で隣を見れば――当の本人は平然とスクリーンに顔を向けていた。

 

 あの主人公たちはどうやら銃撃戦に巻き込まれたらしく、映画館の中は、マズルフラッシュの光で、雷の鳴りやまない夜のようにぱっぱっと点滅している。だから、僕の眼前に佇む端正なその顔も、スポットライトを浴びたかのように明るんだり、闇に没したりしている。——表情は動かない。知らぬ存ぜぬ、という顔。

 

 ……どうしてこんなことになったのだろう。

 確かに、映画が始まってから僕は右手の置き場に困っていた。カップルシートは受付の写真で見たよりもずっと狭く、二人の間にひじ掛けもないからしっくりくる置き場もなくて、僕の右手はあっちこっちを転々としていた。

 

 そうして各地を流浪していた右手が、何の前触れもなく突然、彼女にぱっと掴まれたのである。

 そこからは、手のひらをぐにぐにとマッサージされたり、爪で優しくひっかかれたりと、子供の玩具のように好き放題されていた。

 

 今は――ちょうど、手の甲をよしよしと撫でられている。

 そのひんやりした手の冷たさ――。さらさらの肌――。

 すでに頭は沸騰しそうで、吐息が聞こえるたびに鼓動が早くなって、冷や汗が止まらない。

 

 でも、僕はちょっとずつ、この刺激に慣れつつあった。まだ心臓は痛いくらいに跳ねているし、顔も真っ赤にはなっているだろうけど、段々と、それを心地よいものとして味わえるようになってきた。

 

 そんな僕の驕りをしってかしらずか、不意に僕の手が、肩くらいの高さまで持ち上げられる。なんだろうと思っていると、静かに、だけど強く、ふうと息を吹きかけられた。その温かさに、その感触に頭が真っ白になって、つい我慢しきれずに小さく声を漏らしてしまう。

 

 ぎょっとして隣を見やれば――今度は、ちゃんとこちらを見ていた。

 

 からかうように小さく笑った僕の“彼女”。白鷺千聖が――。

 

 

 映画館を出ると、街は相も変わらず雨に濡れていた。

 僕は透明のビニールの傘を、白鷺千聖は黒の傘をそれぞれ開く。

 せっかくのデートなのに雨なんてと僕は思ったけれど、白鷺千聖は「変装が最低限ですむから気楽でいいわ」と笑っていた。

 

 喫茶店で一休みしましょうという白鷺千聖の提案に素直に頷いて歩き始める。

 

 しとしと降り込める小粒の雨が、僕の傘にあたっては砕けた。前を歩く白鷺千聖の傘の上にも、同じように雨粒が跳ねている。

 

 僕は、白鷺千聖に付いて歩きながら、その後ろ姿をぼんやりと眺めた。天使のはしごみたいな透明で美しい金色の髪。その後ろ髪の一束を纏める爽やかな水色のリボン。藤色のギンガムチェックのワンピースは、肩口とスカート部分にシースルーが重ねられていて夏らしい涼しさがある。靴はショート丈のレインブーツらしく、その足取りは多少の水たまりをものともしない。スニーカーをべちょべちょに濡らしている僕とはやっぱり違うなと思う。

 

 やがて僕らは、まさに純喫茶というようなレトロなカフェに着いた。扉を開けて人数を伝え、奥まったところにあるテーブル席に座る。

 

 とりあえずと頼んだブレンドコーヒーとアールグレイが到着すると、向かいに座った白鷺千聖は、念のためというように辺りをきょろきょろと見まわしてから、マスクを外した。

 

 何を話せばいいのか分からなくて、沈黙の言い訳をするようにブレンドコーヒーに口をつける。家で飲むよりもずっと苦い。コクがあると言い換えたほうがいいのだろうか。本格派のコーヒーの味に思わず眉を顰めていると、くすくすと笑い声が聞こえた。

 

「……ごめんなさい。彩ちゃんと同じような顔をしていたものだから」

「いや……別に……白鷺さんに笑っていただけるなら」

 

 苦笑いで応える僕に、白鷺千聖がついと目を細めた。

 

「……はじめにも言ったけれど、名前で呼んでくれても構わないのよ。少なくとも、今日一日、私は、あなたの彼女なのだし」

 

 テーブルの上に重ねられた手が組み替えられる。蛍光灯の下で輝くその白い手を見るうちに、映画館での出来事が頭をよぎって、思わず目をそらしてしまう。

 

 彼女――。その言葉は、こうして本人の口から改めて聞いてもまだ信じられなかった。はじめは素人へのドッキリなんじゃないかとも思っていたけど、ここまで質の悪いドッキリもそうそうないだろう。それに……。

 

 ポケットからスマホを出して、画面をちらと見る。そこには、『キャスト:白鷺千聖 期間:一日 要望:リードしてほしい』と表示されている。

 

 一週間前、僕のスマホに勝手に入っていた謎のアプリ。その名も『レンタル彼女』。ウイルスにでも感染したかなと怯えつつ、遊び半分で白鷺千聖と検索してみて……テレビで何度も見た顔写真を選び、予約をして……。そして本当に今日、本人が来たのだ。

 知らぬ間に追加されていたアプリ。何千人、何万人もの名前と顔写真が表示されるシステム。そして時刻通りにやってくる本人。どう考えても、常識の範疇をはるかに超えている。待ち合わせ場所で白鷺千聖が話しかけてきたときは、喜びよりも恐怖のほうが勝ったほどだ。

 

 こちらをじっと見つめる白鷺千聖の姿が視界に入ってきて、思索が打ち切られた。先ほどの問いかけに対しての答えをまだ返してない。

 

「じゃあ……その、千聖……さんで」

 

 悩んだ末、なんとか現状での妥協点を絞り出すと、白鷺千聖は満足そうに優しい笑みを浮かべた。

 その後も押し黙っている僕相手に、映画の感想とか、この喫茶店の内装とか、次はどこにいこうかとか、次々と話を広げてくれる。

 

 まるで本当の彼女が、落ち込んだ僕を励ましてくれているみたいだ。というか、実際にそうしてくれているのだろう。要望欄に書いた『リードしてほしい』という記述を思い出す。映画館でのあれも、そういうことなのだろうか?

 

 彼女の認識ではどうなっているのだろう。料金は? 利用規約を破ったら? そもそも一体誰がこんなことを?

 

 頭の中に沸き上がってくるのは疑問ばかりで、デートを楽しむどころではない。

 だが、気になるものは気になる。少しずつ聞いていこうと、僕は恐る恐る口を開いた。

 

「今日は……どうして、来てくれたの?」

「どうしてって……。あなたが予約したのよね?」

 

 どうしてそんな当たり前のことを確認するの? というような表情で白鷺千聖が答える。

 

「このレンタル彼女の会社……みたいなところに入ってるってこと?」

「会社? 事務所のことを指しているのなら、全く関係ないわ。……この予約と芸能界のお仕事はまた別の話だもの」

 

 ますます険しくなる白鷺千聖の表情。理屈は分からないが、とにかく、彼女の中では当然の行為として処理されているらしい。催眠術、というワードが頭を掠めた。もしくは、世界の常識が変わってしまったのだろうか。

 

 追及自体はもっと出来る。理路整然と矛盾を指摘することも。

 だけど、僕にはそうすることができなかった。

 

 こんな夢のような状況で、もしかすると本当に夢かもしれなくて。僕が余計なことをしたせいで瞬く間に壊れてしまうかもしれない。

 

 現状を把握したい気持ちもあるにはあるが、それ以上に僕は、藪蛇になってしまうのが怖かった。

 それが正常に動作している限り、首を突っ込みすぎないほうが身のためだ。

 レンタル彼女のシステムに関する話はこの辺りで切り上げておくべきだろう。

 

 白鷺千聖が何かに気が付いたように「あら」と驚いた。その視線の先はテーブルの横の窓にある。つられてその方を見ると、雨が上がっていた。

 みるみるうちに雲がばらけていって、窓際のテーブルの上にも太陽の光が差し始める。光が当たった部分がほんのりと温かくなってきて、ホットコーヒ―の熱が鬱陶しく感じられてくる。

 

「ショッピングモールにでも行こうと思っていたのだけれど……せっかくだし、近くの庭園を散歩するのはどうかしら」

 

 そう言って首を傾げられた僕は、ただ頷くことしかできなかった。

 

 

 入場料を支払い、改札みたいなゲートを通って中に入った僕たちは、道にたてられた園内マップの前で一旦立ち止まった。思っていたよりもかなり広い。池や原っぱはもちろん、レストランやスタバまである。

 

「どこか行きたいところはある?」

「……どこでも」

「……なら、温室にでも行きましょうか」

 

 ゆっくりと歩き始めたその背中の斜め後ろを、追いつかないように同じ速度でついていく。

 

 雨が上がってすぐだからなのか、他の客の姿は見えない。聞こえるのは風が木の葉をそよがす音と、鳥の鳴き声だけ。

 景色を見て楽しめるような性格でもないから、黙々と歩く。

 

 白鷺千聖は時々こちらにちらと目線をやって、困ったような表情を浮かべていた。申し訳ないな、と思う。

 

 別に不機嫌なわけでも、困らせたいわけでもないのだ。憧れのアイドルとのデートに途方もなくどきどきしている。聞きたいことがたくさんある。言いたいことがたくさんある。その手にまた触れてみたい。その肩の形を確かめてみたい。腕にも、足にも、その唇にも――。

 

 でも、心のどこかに、そんなことをして許されるのかという妙な正義感に似た見栄っ張りな気持ちが残っている。

 だって、どう取り繕ったって、僕のやっていることは紛れもない悪だ。

 本来ならば相手にもされないはずの人を、何か特別な力で――抵抗できない状態にして、意のままに操る。倫理的に許されることではない。

 

「千聖さんは……嫌じゃないの?」

 

 罪悪感に耐えきれず、僕はそう口にしていた。

 白鷺千聖が立ち止まり、振り返る。その目に射止められる前に、僕は顔を伏せる。

 

「嫌じゃないわ。こんなデートの形もあると思うの。私たちはまだ――」

「そういうことじゃなくてさ!」

 

 なれない大声に咳き込みそうになる。

 

「仕事だったとしても、義務だったとしても、嫌なものは嫌だろ!? こんな冴えない男と二人でいて楽しいわけないじゃん!」

 

 自分の欲望を他人に押し付けるのは絶対にやってはいけないことだ。それが嫌だった。

 

 ――でも、言葉にして、今初めて気がついたことがある。

 僕がこのデートを楽しもうとしていないのは、そんな高尚な理由だけじゃなかった。

 

 僕は、怖かったのだ。笑顔の裏で嫌われているということが、怖かったのだ。

 常識が僕の行動を咎めているところは確かにある。だけどそれ以上に、僕は、自分の心を守りたくて、嫌われているかもしれない相手と過ごすことに、怯えていたのだ。心を預けて裏切られるのが恐ろしかったのだ。

 

「――あなたとは初対面だから……個人的には、好きでも、嫌いでもないわ」

 

 それは、ぞっとするほど冷たい声だった。

 

「だとしても、今日このときはあなたの彼女なの。芝居を通してなら、私はどんな気持ちも表現できる、してみせる」

 

 もしかすると、女優である彼女ならば本心から自分の気持ちを作り上げることができるのかもしれない。

 だけど――

 

「それが本当なのかどうかは、僕には分からないよ。気持ちが……見えるわけじゃないし」

「そうかもしれないわね……」

 

 白鷺千聖の声がふっと緩んだ。

 

「でも、伝えようとすることはできるわ。言葉や、しぐさや、行動に、思いを託すことはできる」

「……それだって託すだけだ。最終的には伝えることなんてできない」

「伝えることができないから、伝えようとすることが無意味だ、とは私は思わないわ」

 

 彼女は一つ息を吐いてから続ける。

 

「もし他人の気持ちが数値で見えてしまうのだとしたら、伝えようとすることそれ自体に意味がなくなってしまう。……確かに、自分の心をどんなに正しく表現したって、伝わることはないのかもしない。だけど、それでいいのよ。絶対に伝えられないからこそ、伝えようとすることに意味があるのよ」

 

 僕は顔を上げて、白鷺千聖を正面から見た。

 

「私は、伝えたい。私の気持ちを」

 

 そうして差し出された彼女の左手――。

 

「……いいのかな」

 

 僕はどこまでもみっともなくて、彼女の心を確かめようとする。

 

「ええ」

 

 それでも彼女は微笑んでくれる。

 

 手を伸ばして――指と指とを絡めた。その手は想像していたよりもずっと小さかった。やわらかくて、ハリがあって、なめらかで――。

 

 二人の体温が溶け合うのを感じる。この世界のどこにもない、僕たちの温度。この手のひらの中でしか生きられない温度。

 

 二人の間を風が駆け抜けてゆく。雨上がりの森はきらきらと輝いている。

 

 不器用で、指を掛け違えてしまって、不格好な恋人繋ぎのままだけど――。

 僕らは並んで歩き始めた。

 

 

 閉園のアナウンスに追いかけられるようにして、僕らは最寄り駅へと向かった。

 空は群青に染まり、街の明かりがぽつぽつと灯り始める。

 駅から吐き出されてゆく人の方がはるかに多いのは、さすが都会というべきか。

 その人波に逆らって、改札の前まで着いた。

 路線の違う僕らはここでお別れだ。

 

「じゃあ……また」

「そうね。また会いましょう」

 

 手を振って別れる。階段をのぼり、ホームで電車を待つ。

 今までの出来事がすべて幻だったんじゃないかと怖くなって、僕は、『レンタル彼女』のアプリを開いた。

 

 『実績解除:初デート』

 『好感度機能が使用可能になりました』

 

 ぴかぴかと光る画面には、そんなシステムメッセージたちが星々(stelle)のようにちかちかと瞬いていた――。

 

 




初めまして!!!!
某所でバンドリSSを書いていた山神薙人ともうします!!!(知ってたらすごい!)

バンドリキャラとデートする小説を書きました!
色んなキャラが出せるといいな!
(本格的なイチャイチャは多分五話くらいからです)

ではまた!
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