レンタル彼女【BanG Dream!】   作:山神薙人

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こんにちは、山神薙人です。

1万字オーバーなので二話は半分に分けます。
ひとつにまとめたほうがわかりやすいですかね? 分からぬ。


PURGATORIO
Canto Ⅱ 白鷺千聖と遊園地デート①


 

 待ちに待ったデートの日は、どんよりとした曇り空だった。

 

 もう正午近いというのに、世界はまだ夜明け前みたいに暗く、にわか雨の予感に満ちた鈍色のフィルターが僕の目の届く限りを覆っている。太陽は――ほこりっぽい雲の群れに阻まれて、見えない。映画やドラマだったら、間違いなくこれから不吉なことが起きるというような天気。

 

 僕は、規則正しく揺れる電車の座席にもたれかけながら、お出かけ日和というには程遠いそんな暗く澱んだ空を、窓越しにぼんやりと見ていた。

 

 本当は、もっとカラっと晴れた日を狙ってデートに誘うべきなんだろうな、と思う。

 

 だけど、日がな一日暇を持て余している僕と違って、大学生でアイドルで女優の白鷺千聖はすごく忙しい。デートの予約ができる日は限られていて、とてもじゃないが天気を選ぶ余裕などない。これが、僕にできる精一杯だった。

 そもそも今日だって、予約したときの天気予報では一日中雨マークだったのだ。それが曇りになってくれただけでも、僕は運のいいほうだろう。

 

『まもなく、日就ランド前、日就ランド前です。お出口は左側です。開く扉に……』

 

 アナウンスが流れ、電車が駅に停まる。

 席を立つときにちらとスマホの表示を見れば、待ち合わせの時刻よりまだ30分も早かった。元来、待たせるより待つほうが好きで、集合場所には一番に着くことが多いのだが、いくら何でも早すぎたかもしれない。

 

 詳しい集合場所は決めていなかったのだが、改札は一つしかないし、とりあえずそこで待っていればすれ違うことはないだろう。

 ホームへと降りて改札の方へ歩き出したその時、不意に後ろから「おはよう」と声をかけられた。

 

 振り返るとそこには、マスクと帽子で変装した僕の“彼女”――白鷺千聖が立っていた。どうやら僕らは同じ電車で来ていたらしい。

 

「乗り違えてもいいように早めに来たのだけれど……ちょうどよかったみたいね」

 

 ゆったりとこちらへ近寄る白鷺千聖に、だけど僕は何も言い返せないまま、その美しさに圧倒されていた。彼女は、掛け値なしに、この一週間で見た他の誰よりも綺麗だった。

 

 サイドで三つあみに編み下ろされた金糸のような髪。白のTシャツに重ねられた黒のコーチジャケット。腰に巻かれたウエストポーチ……。

 デートの場所を意識してなのか、かなりカジュアルな装いだった。パスパレの活動でもあまり見ないようなシンプルな恰好だけれど、それがすごく似合っている。

 

 そのまま、上から下へと目線を流して――どきり、と心臓が跳ねた。

 

 ……スカートが、かなり短い。いや多分スカートじゃなくて、区分はパンツなのだろう。スリットの入ったレイヤードのスカパンから、艶やかな生足がすらりと伸びている。柔らかそうなふくらはぎ。きゅっとくびれた膝。太ももは腰に近づくにつれなだらかに広がっていき――そのお尻までのラインを想像しそうになって、思考を振り払うように目を背けた。

 流れる血がどくどくと波打っているような気がする。僕は息を止めて、どうにかその高揚を抑えようとする。

 

「そんなに見つめられると……少し、照れるわ」

 

 くすぐったそうに目を細める白鷺千聖に、僕はどうしようもなく恥ずかしくなって顔を伏せた。

 

「その……ごめん」

「謝ることじゃないわ。別に、悪い気はしないもの」

 

 マスクの隙間からくすくすと笑い声が漏れる。僕は、赤らんだ顔を隠すようにさっと改札のほうへ向き直って「じゃあ、行こうか」と声を絞り出した。

 

 

 今日のデートの行き先は郊外にある遊園地だった。

 前回のデートでは白鷺千聖におんぶにだっこの状態だったので、今回は自分で決めようとインターネットでおすすめデートスポットを検索した結果である。

 

 遊園地は、それひとつで食事もアトラクションも休憩も可能だ。いくつもの場所を回らなければならない街でのデートと違って、デートコースを考えたり、予約した店の時間を気にしたりする必要がない。僕はまだデートに不慣れだから、こうしたオールインワンの施設の存在はすごく有り難かった。

 

 駅から遊園地まではバスかゴンドラで行けるようになっていて、せっかくなので僕らはゴンドラに乗ることにした。

 チケットを買い、乗り場までの順路をするすると抜ける。

 

 遊園地までの道のりは山路らしく、ゴンドラは、罰走で校庭をぐるぐる回っている運動部みたいに緑の山肌を延々と行ったり来たりしていた。

 係員さんの指示に従って、ゴンドラの前方部分に横並びで座る。「いってらっしゃーい」という声と共に自動で閉まる扉。

 

 おじいちゃんのようにのろのろと動き出したゴンドラは、しかし、乗降口を飛び出した瞬間、一気に加速した。

 

 強烈な慣性の力にぐぐっと体が持っていかれる。予想よりずっと速く、乗っている人数が少ないせいなのか揺れも激しい。

 横で「きゃっ」と小さな悲鳴が上がった。右に座っている白鷺千聖の体勢が崩れて、こちらに倒れ込んでくる。なんとか避けようと体を捻って――いや、避けたらだめだ。受け止めないと。

 

 ――衝撃はそこまででもなかった。たぶん、お互い怪我もない

 

 ほっと胸をなでおろしてから、僕は、白鷺千聖を抱きとめる格好になっていたことに遅まきながら気づいた。

 

 僕の胸の中に白鷺千聖の上半身がすっぽりと収まっている。

 印象よりもずっと小さい。まるで抱き枕みたいなサイズ感。

 

 だけど、もちろんそれは、無機質なモノなんかでは決してない。

 触れ合う部分は生温かくて、呼吸のたびに胸が上下していて、常に体のどこかがぴくぴくと動いていて……。

 僕が触れているものは、確かに生きていた。

 白鷺千聖のその命の蠢きを、僕は全身で感じていた。

 

 僕の顎のすぐ下にある、透き通るかのように白いうなじの部分から、ラムネに似た柑橘系の爽やかな匂いが立ち上ってくる。その匂いに頭がくらくらする。

 

「だ、大丈夫?」

 

 香水に酔いながらもなんとかそう言うと、千聖は「……ええ」と頷いて座り直した。

 

「ごめんなさい。少し、油断していたわ」

 

 俯きがちに発されたその言葉。いや、むしろ謝るのは僕のほうで――とそこまで考えてから、さっきのやり取りを思い出した。

 

「別にいいよ。……悪い気は、しなかったし」

 

 白鷺千聖の目が見開かれた。小さな驚き。

 そしてそれは、すぐに微笑に変わる。

 

「なら……また私が転ばないよう、手を握ってくれるかしら」

 

 すいと差し出された手のひら。

 その手のひらを、僕はしっかりと握り返した。

 

 

 恋人繋ぎのままゴンドラを降りる。

 二人きりのときは大胆になれたものの、いざ係員さんの目に晒されてみると少しばかりこそばゆかった。

 十中八九、カップルだと思われただろう。係員さんのおだやかな眼差しが、それを如実に物語っている。

 

 ただ、カップルはカップルでも、僕らは普通のカップルではなかった。

 

 レンタル彼女。

 僕と白鷺千聖の関係は今日限りの疑似的なもので、いわば、互いに恋人のフリをしている状態に過ぎない。

 あの照れたような笑みも、こちらを気遣う言葉も、すべてが作り物で――。

 だけど、白鷺千聖は僕に言ってくれた。全力で演技をすると。今このときだけは本当の彼女でいてくれるのだと。

 

 正真正銘の本心で作られた、偽りの心。

 それはある意味では本物よりも質が悪いのかもしれない。詐欺みたいなものなのかもしれない。はたから見れば滑稽なのかもしれない。

 

 でも、僕にとってはむしろ、そんな“本物の偽物”のほうが都合がよかった。

 

 もし白鷺千聖が本当に僕を好きになっているのなら、僕はこのレンタル彼女のアプリで彼女の心を勝手に変えてしまったことになる。催眠術か、はたまた超能力なのかは分からないが、彼女には抗せない超常の力で、当人の意思を全く無視して――。それは、社会倫理上許されることではないし、僕自身、その力を使うことには忌避感がある。

 

 だけどもし彼女のしていることが演技なのであれば、僕らの関係それ自体は違法でもなんでもなく、市井にありふれたサービスのひとつにすぎない。

 実際のレンタル彼女がそうだ。事前に時間と料金が決められて、こまごまとした利用規約があって、ルールに反すること、キャストの嫌がることはできなくて、その上で疑似恋愛というサービスを受ける。そこに、違法が介在する余地はない。しっかりとした合意に基づいて取引が行われている。

 

 そう考えれば、僕の使っているこのレンタル彼女アプリも、明らかに常識の範疇を飛び越えているとはいえ、現実にあるサービスの延長線上でしかない。

 そのことがアプリを使う僕の罪悪感をいくらか和らげていた。

 

 白鷺千聖のほうにも、もしかしたら拒否権なんかがあったりするのかもしれない。白鷺千聖自身の意思で、僕のこの予約を受けてくれているのかもしれない。あるいは、何か莫大な見返りを得ているのかもしれない。

 

 というか、正直言ってこのアプリに関しては未だ分からないことだらけだった。

 説明も何もないせいでデートの予約一つするだけでも試行錯誤が必要で、そのうえ、現状を把握できないままどんどん機能が追加されていくから、疑問ばかりが積みあがってゆく。

 

 前回のデートのあと、実績が解除されたことで突然追加された好感度という機能もそうだ。デートの予約画面で設定できるそれは、上限が100までのスライドバーで調整できて、現状で設定できるのは半分の50まで。

 今回のデートでも早速設定していて、予約画面には『好感度:50/100』と表示されている。

 

 ただ、好感度50とはどのくらい強い思いなのか、勝手に上下するものなのか、こちらで操作するしかないものなのか、などなどすべてが不明のまま。

 

 だから、今回のデートはその好感度機能のお試しでもあった。

 さっきから白鷺千聖の様子に注意を払っているのだが、特に変わった様子はない。

 50くらいじゃ何も変わらないのだろうか。それとも、僕が今回のデートで新しく要望欄に書き加えたもう一つの追加事項が何か悪さをしているのだろうか――。

 

 

 そんなことを考えているうちに、僕らは遊園地のエントランスに到着した。

 事前に購入しておいた電子チケットを提示して、ゲートを通る。

 

 いざ足を踏み入れた園内は、驚くほど閑散としていた。

 入ってすぐの広場には、キャラクターショーをなんかをやってそうなステージだったり、揚げ物の屋台と休憩スペースだったり、集客できそうな施設がいくつか揃っているものの、人の姿がどこにも見当たらない。

 がらんとした空間に鳴り響く陽気なBGMがミスマッチもいいところで、なんだか廃園寸前のさびれた遊園地に来ているような気分にさえなってきてしまう。

 

 ここに来るまでの道中でも、人が全然いないということには気づいていたが、それは僕らが開園時間と少しズレた時間に来ているだけで、遊園地内には沢山お客さんがいると思っていた。

 土日はそれなりに混んでいる人気の遊園地のはずなのだが、さすがに平日の午前中だ。園内は広いし、こんなもんなのだろう。予想とは違ったが、混んでいるよりも空いているほうがずっといい。そもそも、待ち時間をなるべく減らすためにこうして郊外の遊園地を選んだわけだし。

 

「どこから行きましょうか」

 

 白鷺千聖が、入園時に渡された紙のガイドブックを片手で器用に開きながらそう問いかけてくる。

 

 お化け屋敷、ゴーカート、ゲームセンター、メリーゴーランド……。

 ざっと目を通して、それでも、強いて行きたいというところは見つからなかった。

 

 相手に合わせればいいかな、とマップから目を外して――前回のデートでも同じような流れだったことを思い出す。

 興味がない、というわけではないのだ。あえて自分の要望を押し通すような強い興味がないだけ。行けば、なんでもそれなりに楽しめる自信はある。

 

 だけど、相手からしたらどうなんだろう。

 その思いは、正しく伝わっているだろうか。

 

 そのとき突然、「きゃー」という楽し気な悲鳴が園内にこだました。と同時に、前方を通り抜ける工事現場のようなけたたましい走行音。

 

 音のほうを見れば、そこには、子供の落書きみたいにうねうねと曲がりくねっているジェットコースターのレールがあった。

 

 遊園地に来るの自体が久々で、ジェットコースターなんかもう何年も乗っていない。

 コークスクリューでこれでもかと三半規管をかき回されるような迫力満点のコースターは苦手だが、これくらいのただ落ちるだけのやつなら、かなり好きな方だ。

 

 園内マップに目を落としている白鷺千聖を目の端でうかがう。

 彼女はジェットコースターに乗れるだろうか。遊園地の目玉アトラクションとはいえ、苦手な人も多いから、押し付けることになってしまわないか不安だ。

 

 何かを提案するのは怖いな、と思う。

 相手に無理をさせたくない。嫌な印象を与えたくない。

 でも――

 

「ジェットコースターとか、どうかな」

「……え?」

 

 蚊の鳴くような声で発せられた僕のつぶやき。きょとんと首を傾げた白鷺千聖。

 

「いや、苦手とかなら全然よくて、そんなに乗りたいわけでも――」

「いいわよ」

 

 大丈夫というように、つないだ手がぎゅっと握られた。

 

「今ならお客さんも少ないでしょうし、体力のあるうちに乗っておきましょう」

「でも、いいの? 千聖さんは」

「問題ないわ。絶叫系は私も好きだし、動きのあるアトラクションに乗るために、今日は軽装にしてきたんだもの」

 

 ぽんぽんとウエストポーチを指先で叩いた白鷺千聖は、弾むような声で可憐に笑った。

 

 





いかがでしたか?

後半はもう少し恋人らしいことができると思いますのでお楽しみに!

ではまた!
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