レンタル彼女【BanG Dream!】 作:山神薙人
遊園地デートの後半です!
サブタイにも少し付け加えました。
こんな感じで諸々を変えてゆくことも多いと思います! すいません!
ジェットコースターにフリーフォール、ぐるぐる回る海賊船に屋内コースター。これでもかと絶叫系に乗った僕らは、園内のレストランに腰を落ち着けていた。
いくらなんでもさすがに疲れた。散々足を踏ん張ったから、ふくらはぎがひぃひぃ言っている。360度の宙返りをしない椅子が今はすごく頼もしい。
「遊園地に来るのは久々だったからとても楽しかったわ。どれも迫力があって……。時間があればもう一度乗りたいわね」
僕がへとへとになっている一方で、マスクを外した白鷺千聖は満面の笑みを浮かべていた。ゴンドラの件もあって、てっきりそういうアトラクションが苦手なのでは、とも思っていたから、ここまで絶叫系が好きなのは意外な一面である。
この分だと、僕が提案しなくてもジェットコースターに乗ることになっていたかもしれない。
しばらくメニューと睨めっこしたあと、一番人気がオムハヤシとのことだったので僕は素直にそれを、白鷺千聖は二番人気のカルボナーラをそれぞれ食べることにした。
お昼のピークタイムを過ぎた時間帯ということもあってかお客さんはほとんどおらず、僕らの他には一組家族連れがいるだけ。呼び鈴を鳴らして店員さんに注文を伝えると、カウンターの奥にある厨房が俄かに騒がしくなった。
「少し前の話になってしまうのだけれど……」と白鷺千聖が切り出したその一つ目の話題も終わらないうちに、すぐに料理が運ばれてくる。
僕の目の前にどーんと置かれたオムハヤシ。写真では分からなかったが、けっこう量がある。ジェットコースターに乗った後でよかったなと思った。卵の山を少しずつ切り崩しながら、ハヤシライスソースと絡めて食べ進めてゆく。
適度な酸味とコクのあるソースがとろとろの卵でまろやかになっていて、かなりイケる。一番人気の看板は伊達ではない。
「どう? おいしい?」
僕がスプーンを置いて水を飲んだタイミングで、いつの間にやらカルボナーラを食べ終えていた白鷺千聖が話しかけてきた。
「うん。かなりおいしい……と思う」
「そう……。なら、私にも一口くれないかしら?」
「……へ?」
かちん、と思考が凍った。
一口? 僕が口をつけたオムハヤシに? スプーンは一つしかないのに?
間接キス……? とまで思考が及んで、いやいや待てよと冷静になる。
「じゃあ、スプーンをもう一つもらってくるよ」
奥のほうで暇そうに佇んでいる店員さんにお願いしてこようと席を立った僕を「待って」と白鷺千聖が引き止めた。
「そんなことしなくても、そのスプーンでいいわ。……はい。」
そう言って、あーんと口を開ける。
……え?
今度こそ、本当に頭が真っ白になった。
でも、僕の困惑などお構いなしに、白鷺千聖は目を閉じたまま僕をじっと待っている。
まるでキスをするみたいだ、と思った。
心臓が高鳴る。僕の目がみずみずしい唇に釘付けになる。
春色の艶やかな唇――。
それは、ゼリーみたいに透明で、ぷるぷるしていて、縦じわなんか全然見当たらなくて、眩しいくらいに光を跳ね返していて――。
勢いに気圧されまま、よたよたとスプーンを持った。
オムハヤシをちょこんと掬い、餌を待つヒナのように開かれたその唇へ、ゆっくりと手を伸ばしてゆく。
手は、尋常じゃなく震えていた。
興奮と恐怖とが力を合わせて僕の腕を揺らしている。スプーンのへりからぽたんと米粒がこぼれる。
落ち着け、落ち着けと念じても、震えは一層ひどくなるばかりで。
ダメだ。届かない。そう諦めそうになった刹那――。
白鷺千聖の右目が、薄く開かれた。
まつげの御簾越しに視線がぶつかる。
その黒目が僕の手の方を向いて――。
スプーンに、そっと手が添えられた。
僕の手を包み込んで、口までの道程を踏み間違えないよう導いてくれる。
そうしてスプーンは、白鷺千聖の真っ暗な口内へすっと吸い込まれた。
閉じられる口。口腔内がもごもごと蠕動してスプーンからオムハヤシを奪い取っていく。僕の手の中でスプーンが暴れる。しっかりと握り直すと口の中の動きがダイレクトで伝わってくる。
その動きが収まると、凪のような空白の時間が訪れた。
……これ、いつ引き抜けばいいんだろう。
人に食べさせるなんて初めてだから、スプーンを抜くタイミングが分からない。そのままの体勢でいると、白鷺千聖がこちらを見て「ん」と鼻を鳴らした。
合図に従って手を引くと口から現れる銀色のスプーン。
涎が垂れているとか、そんなことはもちろんない。
だがそのスプーンは、白昼の中でぬらりと輝きを増しているように見えた。
「ありがとう。美味しかったわ」
口許についたハヤシライスソースをぺろりと舐めてはにかむ白鷺千聖。
そのどこにも現実感がなくて、呆然とオムハヤシをまた口に運んだ僕は、一口食べて戦慄した。あの唇を、あの暗い口内を、あの咀嚼を思い出す。
オムハヤシの味は、とうに失せていた。
午後の僕らは、メリーゴーラウンドドッグとかいう変な顔をした犬に乗ったり、コーヒーカップで銀盤に手を触れないままゆっくりと撹拌されたり、屋内のゲームコーナーで射的や輪投げをしたり、前半と打って変わってゆったりと過ごした。
気がつけばもう夕方で、空は茜色に染まっている。
朝と比べれば、雲も幾分か散ってしまっていた。特に大きな一団は風にのって山の向こうへと流れて行ったらしい。はるか遠くに、お腹を真っ赤に日焼けさせている雲がある。彼がおそらくその一団の最後尾なのだろう。
風が吹く。頭上の木の葉がざわざわと騒ぐ。
――僕ら以外に誰もいない芝生の広場。お世辞にも座り心地がいいとは言えないベンチ。
遊園地にいる間、僕らを絶えず包んでいた陽気な音楽もこの芝生広場までは届かないらしく、耳に入ってくるのは、風と木の葉のお喋りばかり。
そろそろ帰ろうかとエントランスゲートを目指して、道中で見かけたこの芝生広場に寄ってからというもの、僕らの間には沈黙が続いていた。
自分から話しかけるようなことをほとんどしていない僕はもちろんだが、こうして白鷺千聖も口を開かないのは珍しい。
だけどこの沈黙は、不思議と重苦しく感じられなかった。
なぜだろう? 白鷺千聖とのデートに慣れてきたからだろうか。
……たぶん、違う。その答えを僕は知っているような気がする。
「そういえば」と思い出したように白鷺千聖がこちらを見た。
「最後の射的で景品をもらっていたわよね? 中身は何だったの?」
「なんだろう……。まだ開けてないからな」
そう答えながら、僕はバッグの中からラッピングされた小さな箱を取り出した。
今さっきゲームコーナーでやった射的で僕がとった景品なのだが、何が渡されるのかはランダムだそうで、中身はまだ分からなかった。
べりべりと包装紙を外すと、中から出てきたのはチープなシャボン玉セット。
シャボン液と、お皿と、金魚すくいのポイみたいな取っ手のついたリングが入っているだけの、子ども用のおもちゃだった。
予想以上期待以下、といったところか。ゲームコーナーは明らかに子供向けだったし、この景品も、僕が全然当てられなくて度重なるアシストの末にゲットしたものだ。
「やってみましょうよ」
シャボン玉セットをまたバッグに戻そうとした僕の手が、その声でぴたりと止まる。
「……ここで?」
「ええ。もちろん」
驚く僕。無邪気に笑う白鷺千聖。
すいと立ち上がった白鷺千聖は、青草の舞台へ軽やかに躍り出した。
腕を伸ばして、全身で風を受けて。コーチジャケットがぷくりと膨れる。
僕はシャボン玉セットをベンチの上に並べて、いそいそと準備を始めた。
シャボン液を皿に入れ、リングを手に持つ。
勝手なんか全然分からない。子供のころにやったことがあるかどうかも思い出せない。
それでも、彼女に届くように、世界をふわりと撫でた。
僕の手から無数のシャボン玉が飛び立ってゆく。
どこにそんな力があるのだろう。ぽこぽこと生まれ落ちたシャボン玉は、母を求めるように一心不乱に飛んでゆく。
泡の波に攫われて、白鷺千聖がゆるゆる回った。
近づいては遠ざかる微笑み。跳ねて踊る金の髪。
そのすべてが黄金色に輝いて、僕は眩しくなって目を眇めた。
舞い上がったシャボン玉は、やがてふらふらと高度を落としてゆく。
その歪んだレンズの向こうに、雲の隙間から覗く太陽と観覧車が見えた。
シャボン玉……太陽……観覧車……。
天へと昇り、そして沈んでゆくものたち……。
僕はふと、観覧車に乗りたいなと思った。
閉園間際の観覧車は例にもれずガラガラで、すぐに乗ることができた。
そろそろと上昇を始める観覧車の中、向かい合わせに座る。
「今日はありがとう。とても楽しかったわ」
「……うん。僕も楽しかった」
表情筋を動かし、何とか笑顔を作る。でも、その顔を白鷺千聖に向ける勇気はまだ無くて、僕は景色を見るふりをする。
「それにしても驚いたわ。急に観覧車に乗りたいなんて言い出すんだもの。観覧車が好きなのかしら?」
「……いや、そういうわけでもないんだけど。まぁ何となく……かな。遊園地の最後といえば、観覧車ってカンジもするし」
「確かに、現実でもフィクションでも、最後に乗るのが観覧車……というイメージはあるかもしれないわね」
ふむ、と顎に手をあてて考え込む白鷺千聖。
「この時間だと、激しいアトラクションに乗るのは疲労で難しいでしょうし、こうして鮮やかなイルミネーションも見ることができる」
白鷺千聖はつかの間、何かを言い淀んでから「それに……」と続けた。
「ここなら……二人っきりに、なれるわ」
その甘い声色に、はっと白鷺千聖の方を見る。
視線が交差する。白目がちらちらと残照に映える。
——二人きりの観覧車。
アニメで、漫画で、ドラマで見たそれは、観覧車の中で何をしただろう?
ぽつりと浮かぶ邪な想像。
考えるな。二人きりだからなんなんだ。手を繋げただけでも、どれほど彼女が譲歩してくれたか。
でも、いかに考えまいとしても、その妄念は寝る前の後悔みたいに、僕の脳裏にしつこく絡みついてくる。
昼間の出来事を思い出す――。
ちょんと突き出されたみずみずしい唇と、その奥にほんの一瞬見えた暗い湿った口内。あの蠕動。あのいじらしさ。スプーンを抜き取った時のあのぬめり。
自然と視線が唇に吸い込まれる。その紅色が痛いくらいに目に刺さる。
「――キスが……したいの?」
僕の時間が止まった。
あまりの衝撃に呼吸ができなくなる。硬直した身体がぶるぶると震える。
僕は窒息しそうになりながら、真空の中で言葉を吐く。
「違うんだ。そういうわけじゃなくて……嫌だよね。ごめん……ホントに、ごめん……」
観察するようにこちらをじっと見ていた白鷺千聖の顔が、僕を憐むように歪んだ。聞き取れないほどわずかな呟き。
だが、それも瞬きの間で――すぐに真剣な表情に塗り替えられる。
「私は怪物じゃない。あなたと同じ、一人の人間よ」
僕を離すまいと、白鷺千聖が僕の両頬を両手でぶにと挟んだ。
何かを訴えかけようとする彼女の眼差しに強制的に晒される。
「私だって、今日の服装が似合っているか心配になるし、ジェットコースタ―に乗った後は髪が乱れていないか気になるし、沈黙が続けば、何か変なことを言ったんじゃないかと怖くなる。好きな人に触ってみたくて、触れればどきどきして、キスだって、してみたいと思う」
「それにね」と白鷺千聖は続けた。
「あなたにはまだ信じられないのかもしれないけれど、私は……あなたのことが、好きなのよ。だから、私を怖がらないでほしいの」
白鷺千聖がマスクを外す――。
柔らかに微笑み――目を閉じた。
彼女が何を待っているのかは、僕にも分かる。
唇をそっと近づけてゆく。ふに、と柔らかいものに当たる感覚がする。
——あなたのことが好き。
50/100の好意。本物の偽物。彼女の本気の演技。
——本当に?
手を繋いでも、唇を重ねても、その真贋は分からない。
いや、彼女が言っていた。好きでも嫌いでもないと。だからこのキスだって演技の延長なのだ。
もし、そうでなかったとして――。
僕は、もう戻れない。
いかがでしたか?
次回はおうちデートの予定です!
こちらも前後に分かれると思います。
ではまた!!!