レンタル彼女【BanG Dream!】   作:山神薙人

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こんにちは、山神薙人です。

念願のおうちデートです!
今回も前後に分けてます。

後半はアチアチの予定です。


Canto Ⅳ 白鷺千聖とおうちデート①

 

 

 テーブルの上に置いていたスマホが、軽快な音楽と共にぶぶぶと震えだした。

 作業を放り出して大急ぎで駆け寄り、じたばたともんどり打つスマホをすぐに黙らせる。

 たぶんそろそろ、と玄関へ目を移したちょうどそのとき、示し合わせたかのように、ピンポーンとチャイムが鳴った。

 

 時刻は三時きっかり。スマホのアラームとほぼ同時。

 相手の家を訪問するのだから、予定通りでないと迷惑になるという彼女の配慮だろうか? 駅から真っすぐ歩いてきて偶然このタイミングだった、というのなら何も問題はないが、この蒸し暑い7月初旬の天気だ。待ち合わせの時間に合わせるために遠回りしたり、外で時間を潰したりしたのかなと思うと、多少の誤差は気にせず入ってきてくれればいいのにと思ってしまう。

 でも、そんなきっちりかっちりしたところに、彼女らしさを感じて無性に嬉しくなった。

 

 今日だけは足の踏み場もある狭い廊下を足早に抜けてドアを開ける。

 息が詰まるほどの熱気がむわっと立ち込めるその先に立っていたのは、予想通り白鷺千聖……なのだが、サングラスと帽子とマスクのフルセットのせいで半ば不審者みたいになっていた。

 

 僅かに面食らった僕の様子を見たのか、白鷺千聖が「あぁ」と気がつきマスクとサングラスを外す。マスクをバッグの中にしまい、サングラスを側面にかけて変装を解いてしまえば、もういつも通りの白鷺千聖だ。

 

「ごめんなさい。一応……ね」

「ううん、全然。とりあえず上がってよ」

「ええ。……お邪魔します」

 

 白鷺千聖は上がり框の方へ、僕は扉の方へ。手狭な玄関でお互いの位置をくるりと入れ替える。

 僕のわきを、この前よりも少し控えめな上品で甘い香りが通り抜けた。その匂いを追って振り返り――靴を脱いでいる白鷺千聖の後ろ姿に、思わず目を奪われる。

 

 肩も露わな黒いノースリーブのワンピースとブラウンの厚底サンダル。夏らしい涼やかな装いはその分だけ肌面積が広くてドキッとさせられるが、そこに重ねられた透け感のある白いシアーシャツが、セクシーになりすぎないよう全体の印象を落ち着かせている。このシャツにもまた所々に細かい意匠がこらされていて、中でも、後ろでふりふりと揺れているリボンに女子らしさが感じられた。

 

 ぬるりと頬を撫でた生暖かい風にはっと我に返り、盗み見てしまった罪悪感を誤魔化すようにいそいそと扉を閉じる。

 

 部屋へ案内すると、白鷺千聖から早速「はい」とレモン色の細長い箱を手渡された。

 お菓子か何かかなとパッケージを見てみれば、英語でブラックティーと書いてある。

 

「おすすめの紅茶よ。口に合うといいのだけれど」

「ありがとう。……ええと、お湯は沸かしてあるから、今から飲んでいいかな?」

「もちろん。私も手伝うわ」

 

 昼に近くのスーパーで買っていたちょっと高めの紅茶を隠しつつ、キッチンの諸々の場所を教え、逆においしい紅茶の作り方を教えてもらいながら、二人で協力して紅茶を淹れてゆく。

 

 お湯を通してカップを温め、ティーバッグを蒸らして……。温度が低いと上手く成分が抽出されないらしいので、ぱっぱっと手際よく進めてゆく。タイマーでちゃんと時間を計って、ティーバッグを引き上げたらもう完成だ。スプーンで軽くかき混ぜてから、テーブルへと運ぶ。

 

 冷房を効かせた部屋で、この日のために買った平べったいクッションにそれぞれ座った。いつもは床にそのまま胡坐で座っているのだが、今日ばかりはそうするわけにもいかない。

 そもそも、家に誰かを呼ぶなんて経験がほとんどないから何もかもが未知で、クッションに座らせていいものなのかも不安だ。今のところは大丈夫みたいだけど。

 

 白鷺千聖がシアーシャツを脱いで、透明な白い肩が蛍光灯の下に晒される。目のやり場に困って、逃げるようにカップを手に持つ。そのままゆっくりと口を寄せると、白鷺千聖がこちらをじっと見ているのを感じた。

 

 もし不味くても、なるべく顔に出さないようにしなければ、なんて思いながらおそるおそるカップを傾けてゆくと、瞬間、フルーティーな香りが鼻を突き抜けた。まるでバラのお風呂に飛び込んだかのような、優雅で甘い果実と花の濃密なフレーバー。しかし意外にも、味は全くくどくない。むしろ雑味やクセがない分、他の紅茶よりずっと飲みやすくて、後味も草原を吹き抜けてゆく風のように爽やかだった。

 

 これは……と思わず唸ってしまう。

 白鷺千聖おすすめの紅茶は、端的にめちゃくちゃ美味しかった。

 

「これ、すごく美味しいね。なんか今までに飲んだことのない味っていうか……これから自分でも買うようになるかも」

「男の人に勧めるのは初めてだから少し心配だったのだけれど……喜んでもらえたようで何よりだわ」

 

 一安心、といったように息をつく白鷺千聖。飲み終えてからも紅茶の話が続き「このブランドの直営店があるから、今度行きましょうよ」と二人でしばし盛り上がる。正直言って、今まであまり紅茶を飲む習慣が無かったのだが、完全に見方が変わった。いずれは『趣味:喫茶店巡り』なんていう一文がプロフィールに付け加えられるかもしれない。

 

 でも、と思った。絶対……高い。ティーバッグも見たことのないコットン製だったし、スーパーで売っているやつとは一つランクの違うものだろう。

 

 カップをキッチンに持っていくときに、こそこそとスマホで調べてみて、その値段に思わず声が出た。

 

 2.5グラム×15袋で3900円。つまり一杯約260円。

 僕の買ってきたちょっといい紅茶が50袋で1500円ということを考えると、とんでもない高級品である。次に飲めるのは、また白鷺千聖が来たときになりそうだ。……いや、減っていないとアレだから、少しは飲んでもいいのか。

 

 

 食器を軽くゆすいでから席に戻ると、白鷺千聖は、まるで景勝地にでも来たかのように、部屋のあちこちへ視線を飛ばしていた。

 一通りぐるぐると見回してから、しみじみといった声色で口を開く。

 

「男の人の一人暮らしってこんな感じなのね。すごくシンプルで……なんだか新鮮だわ」

「……そうかな? 逆に女の人の部屋ってどんな雰囲気なの?」

 

 僕がそう尋ねると、白鷺千聖は、今住んでいる部屋のリビング――友達とルームシェアをしているらしい――の写真を見せてくれた。

 

 一目見て、はっと息をのむ。

 それは、女の子の部屋を見たことがない僕でも直感的に女子の部屋だと判別できるような、甘くふわふわした――まるで綿あめみたいな部屋だった。

 

 桃色のカーテンに、クリーム色の壁紙。部屋全体が柔らかい色合いで統一されていて、その空間を、ぬいぐるみやドライフラワーや置時計が彩っている。割りばしみたいな棒が差してあるガラス瓶は……なんだっけ。名前は忘れてしまったが、芳香剤の一種のはずだ。

 

 開いた口がふさがらない、とはこのことである。しげしげと眺めるうちに、謎の感慨みたいなものまで湧き上がってきた。

 

 これが女の子の部屋か。

 こんな部屋に住んでいるのなら、確かに僕の部屋はシンプルもシンプル。下手するとミニマリストぐらいに思われているのかもしれない。

 

「なんか……すごく、女の人の部屋って感じがする。……めちゃくちゃ綺麗だし」

「そうでもないわよ。それに、あなたの部屋だってよく片付けられているじゃない」

「流石に普段からこうじゃないよ、三日かけて大掃除したくらいだもん」

 

 壁も床も布団もクッションもトイレも玄関も棚の裏も、気になるところはすべて洗濯か水拭きをしている。人生で一番気合を入れて掃除したんじゃないだろうか。これなら姑チェックにも耐えられる……はずだ。

 

「それでも、一人暮らしで生活を保っていること自体すごいことだと思うわ。カビが生えてしまったりしたら、一朝一夕ではどうにもならないもの。私も、家事を花音に頼ってしまうことが多いから、見習わないといけないわね」

「かのん……って、一緒に住んでる人だっけ」

 

 「ええ」と白鷺千聖は頷いて、その松原花音さんのことを簡単に紹介してくれた。芸能人ではなく普通の大学生で、中学から付き合いのある仲の良い友人らしい。

 

 どんな人なんだろう。白鷺千聖に合うようなタイプだから……と思考を巡らせてみて、ぽわんぽわんと浮かんできたのは同じグループに属している丸山彩の顔だった。

 バラエティ番組のロケなんかでもよくセットで出ているし、相性のいいコンビだという印象がある。ただ、バラエティとしての相性と日常生活で過ごしやすいかはまた別の話かもしれない。丸山彩がテレビでのイメージのままだと一緒に暮らすのは大変そうだ。だとすれば、白鷺千聖と同じようなしっかりしたタイプの人なのだろうか。

 

 興味はあったが、これ以上他人のプライベートを詮索するのも気が引けた。

でも、たぶん――あのレンタル彼女アプリで検索すればそのプロフィールは分かってしまうんだろうな、という考えがちらと脳裏をかすめた。

 

 

 会話が一段落して、映画を見ようという流れになる。

 このごろ僕がお世話になっているカップル系ユーチューバ―も「映画でもみながらゆったり過ごすのがオススメ!」と言っていたし、たとえ同性の友達だったとしても、何かを一緒に見るのは楽しいものだ。

 

 テレビ内に登録されている映画見放題サービスのアプリを開き、どれを見ようかと二人で探し始める。

 僕も事前にいくつか目星はつけていたものの、白鷺千聖がどういう映画を好きなのかが分からなかったから、これというタイトルには出会っていないままだ。

 

 洋画か邦画か。アクションかヒューマンドラマか。

 デートといえばデートなので、ロマンチックな恋愛映画という選択肢もある。

待て、逆にナシなのか? 意識しすぎてキモい? 好きな女の子とのカラオケで恋愛ソングを歌うようなものだろうか? ……そんな経験はもちろんないんだけど。

 

 結局、トップページの真ん中にでかでかと表示されていたイチオシの映画を見ることになった。

 

 部屋を暗くして、白鷺千聖の横にクッションを並べる。邪魔なのでテーブルも除けてしまう。俄かに広く感じられるようになった部屋で、背後にあるベッドの側面を背もたれ代わりにだらんと寛いだ僕とは対照的に、白鷺千聖は楚々と姿勢よく座っていた。

 自分の部屋だとはいえ僕も流石に肩身が狭くなって、伸ばした足を慌てて引っこめる。僕は、体育座りみたいな恰好のまま、リモコンを手に取って再生ボタンを押した。

 

 映画は、実際に起こった事故をモデルにした物語で、沈没する豪華客船に乗った男女の恋愛映画だった。海外の有名な賞をいくつももらっている有名な映画で、僕も名前は聞いたことがある。

 

 柄が悪くて、破天荒でお調子者で――画家を目指している貧乏な青年と、上流階級に属していながら、没落した家の復興のために好きでもない男との結婚を余儀なくされているヒロイン。

 手の届かぬ高根の花。到底叶わぬような身分違いの恋。

 

 だけど、青年のその純朴で自由な生き様に少女は徐々に惹かれてゆく。青年の不躾な――それでいて的を射るような問いかけも、退屈なパーティでは聞いたことがないような下品なジョークも、人いきれで暑苦しい酒場での情熱的なダンスも、そして、絵をかくときに垣間見せる真剣な横顔も――少女にとってはその全てが眩しくて、やがて二人は愛を交し合うようになる。

 

 素敵な映画だな、と思った。ヒロインの美しい所作に、知らず知らずのうちに白鷺千聖を重ねそうになってしまう。でも、その恋の相手――主人公役は僕には力不足そうだ。というかむしろ僕の役は、金にものを言わせてヒロインと結婚しようとしているいけすかない当て馬の婚約者のほうだろう。いや。金ならまだいいのか、僕のはもっと質が悪い。

 

 極寒の中を悠々と進んでゆく煌びやかな豪華客船。水面は波ひとつさえなく穏やかで、満天の星が世界を包んでいる。

 

 きっともうすぐ氷山と衝突するのだろう――そう思ったとき、部屋の中を満たしていた空気が唐突にでろりと蕩けた。

 

 何かを見たわけでもなく、聞いたわけでもなく、触れたわけでもない。でも、確かにそう感じた。月が陰った無明の闇の先に――本来ならば見えない氷山を、僕ははっきりと知覚した。

 

 現実よりもずっと早くやってきた予感――。

 一足遅れた現実は、息苦しささえ覚えるような、蜂蜜にも似たどろどろとした空気をかき分けて、僕の肩にしなだれかかってきた。

 

 肩に感じる確かな重み。僕の肩にこてんと寄りかかった白鷺千聖は、そのまま肩を支点にゆっくりとこちらに体重を預けてくる。

 二の腕と二の腕がぴたりと張り付いて、僕の熱が彼女のひんやりした肌を溶かす。金髪がさらさらと雪崩れて首元にくすぐったさを感じる。押し付けられる身体に肘や手があたって、布越しにその精巧な曲線の柔らかさを知る。

 

 今までなら、こうしたスキンシップをとるときには、白鷺千聖は僕の了承を得るようにしていた。いつも必ず、言葉かアイコンタクトで「今から身体に触れるけれど大丈夫か」という合図を送ってきていた。

 僕のほうから誘うときも同じで、特に僕なんか誘うのが下手くそだから、手を握ってもいい? なんて無粋な問いかけを毎回してしまう。

 

 でも、このスキンシップには何の合図もありはしなかった。暗闇の中で僕らは何も交わさず、何の前置きもないまま身体に触れた。

 

 もう今の僕らには、そんなまどろっこしい手続きは必要ないのだろう。その信頼が、その何気なさが嬉しかった。

 

 鼓動が早くなる。多分、彼女にも届いてしまっている。

 温泉に入って自然と脈拍が早まっているかのような心地よい高揚に包まれながら、僕は闇の中で白鷺千聖の手を探し当て、その繊細な手にそっと指を絡めた――。

 

 




いかかでしたか?

今までの話が弱火だとすると、次回は中火くらいになると思います。

お楽しみに!!!!!!!

ではまた!
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