レンタル彼女【BanG Dream!】   作:山神薙人

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Canto Ⅵ 松原花音と水族館デート①

 

 

 二階のはじっこ、二階のはじっこと唱えながら、早歩きで人の波を抜けてゆく。

 祝日ということもあってか、都心の一等地にあるショッピングモールは、ちょっと信じられないくらいに混んでいた。通路にも店舗にも人がわんさかといて、移動するだけでも大変だし、人の熱気に空調が完全に負けてしまっているから、体育の後の更衣室みたいに蒸し暑い。

 

 額に汗を感じて、僕は目的のお店に着く前に一旦立ち止まった。

 ハンカチで汗を拭き、念のためにと制汗剤もしゅっしゅっと吹きかけておく。自分の匂いは自分ではよく分からないから、大丈夫だと信じるしかない。よし、と気合を入れ直してまた歩き始める。

 

 お店の位置は遠くからでもすぐに分かった。僕が目指しているその店は、国民的アニメ映画のグッズを販売しているお店で、その中でも特に人気のあるキャラクターの人形が、店先にどっしりと構えていたのである。

 

 それにしても大きい人形だな、と思った。少なくとも二メートルはあるんじゃないだろうか。様々な店舗が軒を連ねる中でも、群を抜いて目立っている。周囲で何か目印になるもの、と問われてこの人形の画像を送ってきた“彼女”の気持ちが分かるような気がした。

 

 歩調を緩め、その巨大人形のほうへゆっくりと近づいてゆく。

 ただ、僕はそのお店自体に用があるわけではなかった。

 

 周囲をさっと見渡して――すぐに僕の目が、店先に立つ一人の少女に吸い寄せられる。

 

 清冽な朝の空のような水色のセミロングと、その側面を可愛らしく飾るハーフアップのサイドテール。お腹をきゅっと締めつけつつふわりと広がるペプラムビスチェも、清楚なチェックスカートも、その全てが青系統でまとめられていて、その装いは、さながらブルーハワイのかき氷のようだ。

 

 ここが屋内でなければ、たちまちに溶けていってしまいそうな――そんな、氷菓みたいな可憐な少女。

 彼女こそ、今日の僕のデート相手だった。

 

 不安に満ちた面持ちできょろきょろと辺りを見回している少女を驚かせないよう、声量に気をつけてそっと声をかける。

 

「松原花音さん――だよね」

「……ふえぇ! は、はい!」

 

 後ろからだったのがよくなかったのか、その背中が、ギャグ漫画のようにびよんと跳ねる。あたふたと振り返った松原さんは、僕の顔を見るなりバネ仕掛けのおもちゃみたいな勢いで、ばすんと頭を下げた。

 

「ご、ごめんなさい! 案内板を追ってたはずなんですけど、気づいたら全然違うところに……」

「いや、しょうがないよ。僕も迷って着くのがぎりぎりだったし。合流出来て良かった」

 

 正直言うと、集合場所――水族館の入り口は、かなり分かりにくいところにあった。このビルの中にあるにはあるのだが、ビル内のエスカレーターからではなく、一度外に出てぐるっと回って、専用のエスカレーターを使う必要があるので、初見殺しみたいな構造になってしまっている。

 

 元々、松原さんが道に迷いやすい人だというのは聞いていたのだし、集合場所をもっと分かりやすいところにすべきだった。その点では僕にも落ち度がある。

 

「本当にごめんなさい……」

 

 それでもなお申し訳ないと謝る松原さんを前に、僕も少し困ってしまった。こちらとしては全く怒っていないし、むしろ罪悪感を抱いているくらいで、平謝りされるほどのことでもないと思うのだが……。

 

 千聖とのデートではこんなことは無かった気がする。

 ——今回のデートでは、『リードしてほしい』なんて情けないことを要望欄に書いてないからだろうか。

 

 千聖曰く、松原さんは、これが初めてのデートらしい。

 なら……リードしないといけないのは、間違いなく僕のほうだ。

 

 こういうとき、千聖ならどうするだろう。

 きっと明るく笑って、冗談めかして――この失敗を前向きにとらえるはずだ。

 

「その……逆に、迷子になってくれてよかった……かも」

 

 上手いこと返そうとして、第一声を盛大に間違えた。馬鹿にしているのかと思われても仕方ないくらい酷い己の言葉選びに、冷や汗をだばだばかきながら、それでもやけくそで言葉を継いでゆく。

 

「も、もちろんいい意味でだよ! 水族館を回った後はこのショッピングモールに来ようと思ってたし、鶏が先か卵か先かというか……別にどっちからでも予定的には問題ないし、たぶん今の時間だと水族館が混んでるから、むしろこうなったほうが都合がいいというか……」

 

 胡乱な言い訳をまくしたてる僕を、はじめポカンと呆気にとられたような表情で見ていた松原さんは――やがて、堪え切れないとばかりに、口に手を当ててくすくすと笑いだした。

 

 どうにも締まらないが、笑ってくれたならよかったのかな、と僕もほっと胸をなでおろす。

 

「ありがとうございます。励ましてくれて……。気持ち、伝わりました」

 

 松原さんが、目の端を拭って顔を上げる。

 

「そうですよね。せっかくのデートなのに、こんな顔じゃもったいないですよね」

 

 そう言って、自分の両頬をぱちんと叩いて――僕に向けられたその顔は、これ以上はないというくらい素敵な笑顔だった。

 

 

 結局、僕たちは、予定を繰り上げて先にショッピングを楽しむことにした。出発点は、合流場所になったこのグッズショップだ。

 

 店内には、キーホルダーや置物、ぬいぐるみなどの定番のキャラクターグッズから、食器、タオル、靴下などの日用品、果ては貯金箱にバケツまで、多種多様な品物が所狭しと陳列されていた。

 新商品として中央に置かれているリュックサックなんかは、ファスナーの引手の金具もキャラクターのシルエットになっていて、かなり凝った作りになっているなとなんだか感心してしまう。

 

 僕も松原さんも、この会社のアニメ映画はいくつか観ていたので、二人で映画の感想なんかを話し合いながらゆるゆる見て回った。

 

 かなり大雑把にだが店内を一周して、そろそろ他のお店に行こうかというところで、ちょうどツアーらしき団体のお客さんが一斉に入ってきた。比較的空いていた店内の人口密度が急激に上昇し、狭い通路で他の人と頻繁にすれ違うようになる。

 

 何度目かのすれ違いのあと、ふと後ろを見ると、松原さんが消えていた。

 

 やばい。はぐれてしまった。

 

 前に千聖が冗談交じりで「二駅隣の喫茶店に行くのすら、私たちにとっては冒険なの」と言っていたことを思い出す。今ならその言葉の意味が分かるような気がした。お店の中だからまだいいものの、これが駅や街中だったらと思うと、かなり骨が折れそうだ。

 

 ぐるぐると店内を歩き回って、幸いにも松原さんはすぐに見つかった。

 その後ろ姿に声をかける。だが、ショーケースの前に立っている松原さんは中の商品に夢中になっているのか、反応が返ってこない。

 

「松原さん」

「……あ! ごめんなさい。人の波に押し流されちゃって……」

「ううん、大丈夫だよ。それより何見てたの?」

「この、イヤリングです」

 

 そう言って松原さんが指し示した先には、クラゲをモチーフにしたらしいイヤリングがあった。

 クラゲの傘を真上から見たような丸いデザインで、透明なガラス玉の中にコメットブルーの四つ葉マークが埋め込まれている。キャラクターグッズというよりかは、水族館に並べられていそうな商品だった。

 

「綺麗なイヤリングだね」

「……はい。クラゲを横から見たアクセサリーはたくさんあるんですけど、こんなビー玉みたいなモノは初めてで……。キレイだなぁ」

 

 松原さんから零れるうっとりとした吐息。

 

「買わないの?」

「この前、千聖ちゃんと新しい扇風機を買ったばかりなので……」

 

 イヤリングの端にある値札を見てみる。価格は――八千円。高くもないが安くもない、そんな値段。——いや、大学生にしてみれば、軽々と手が出しにくい値段なのかもしれない。

 

 松原さんが、未練を振り切るようにくるりと回る。

 名残惜しい。そんな寂しげな笑みを浮かべながら、限定品というポップを背にその場を離れようとして――。

 

「なら、僕がプレゼントするよ」

 

 僕は、出来る限り何気ない風を装って、ぼそっとそう言った。

 「――え?」と足を止める松原さん。その顔に滲んだのは――困惑。

 無理もない。初デートで、友人の友人とはいえ見知らぬ男からプレゼント。警戒されたっておかしくない状況である。

 

「そ、そんな……私なんて迷惑ばっかりで、プレゼントされるようなことなんて何も……」

「違うよ。これは僕のワガママで、僕が見てみたいんだ。きっと似合うと思うし」

 

 おろおろと首を振る花音さんに、だけど僕は、あえてもう一歩強く踏み込んだ。不安に揺れるアメジストの瞳を真正面からじっと見つめる。

 

 松原さんはあわあわと口をパクパクさせ、「でも……」と尻すぼみに呟いてから、僕の意思を変えられそうにないと観念したのか、恐る恐る上目遣いで僕を見た。

 

「あの……じゃあ、お言葉に甘えても……いいですか?」

「もちろん」

「わぁ、ありがとうございます!」

 

 嬉しさがあふれ出てきてしまったというようなその柔らかいはにかみに、この表情を見られただけでも買ってよかったなと僕は思った。

 

 

 店員さんを呼んで、奥から在庫を持ってきてもらう。松原さんが「この場でつけたいです」と言ったので、ラッピングもせずに箱から商品を出してもらった。僕がお金を払っている間に、松原さんは別の店員さんに案内されてそのまま試着室へ。

 

 会計を終え、僕も試着室に行くと、二つある試着室はどちらも使用中で、片方の部屋の前では、大学生らしい男の人が壁に背を預けて立っていた。

 辺りに松原さんの姿もないから、多分もう一つの試着室に松原さんが入っているのだろう。

 

 男二人で並んで待って、しかし早かったのはお隣さんのほうだった。

 

 試着室から女の人の声――恐らく、横にいる男の人の名前を呼ぶ声――がして、カーテンを僅かに開けた男が、その隙間に首を突っ込む。

 

「どう?」「いいんじゃない」「ホント~?」「いやマジマジ」「えー、それなら買っちゃおうかな~」

 

 聞いているだけでむせ返るようなカップルらしい会話が交わされて、カーテンがまたシャッと閉められた。男も元の位置に戻り、手持ち無沙汰にスマホを弄り始める。

 

 さっきまでは気づかなかったのだが、ふと耳を澄ますと、なんだか衣擦れの音が聞こえてくるような気がした。こんなに近くで異性の着替えが行われているという事実に、どことなく居心地が悪くなってくる。

 

 この試着室に当然松原さんが入っているという前提でこうして待っているけど、もしこれで知らない人が出てきたら滅茶苦茶気まずくないか? というより、何も用事がないのにこんなところにいたら、ただの不審者だ。

 いや、流石に大丈夫だと思いたい。会計にそれほど時間をかけたわけでもないし、試着室までは店員さんが案内をしてくれたはずだし。

 

 だんだん不安になってきて、万が一のためにもう少し離れたところに立っていたほうがいいのか? などと考えていると、目の前のカーテンが唐突にばっと開かれた。

 

 中に入っていたのは、やはり松原さん。

 ――目と目が合った、と思ったのもつかの間で、その顔はすぐに伏せられてしまう。

 

 耳には、あのクラゲのイヤリングがしっかりとぶら下がっている。イヤリングは、髪の色を吸い込んで、静かな水面のような透徹とした青に染まっている。

 

「すごく似合ってるよ」

「ふぇぇ……」

 

 もじもじと手をすり合わせながら、恥ずかしげに身をよじる松原さんのその反応が嬉しくて、僕はありったけの言葉で次々と松原さんをほめた。

 

 

 店を出て、スマホのフロアマップで次はどこへ行こうかと相談する。

 松原さんが雑貨を見たいと言ったので、同じ階の雑貨屋さんに向かうことにした。

 

 歩き出そうとした僕らの足を、人の群れが押しとどめる。ショッピングモールの中は、通路を抜けようとする人と、店を出たり入ったりで横切る人とで、まるでスクランブル交差点みたいになっている。

 もしかすると、この時間帯がピークなのかもしれない。

 

「ねぇ。手を繋いでもいい? はぐれないようにさ」

 

 こわばった表情の松原さんを見て、僕はそう声をかけた。

 

「嫌……かな?」

 

 そんな僕の問いかけに返事をするように、ちょんと手の甲が触れあった。

 言葉よりも早く指先がくっついて、絡み合い始める。

 

「嫌じゃ……ないです」

 

 松原さんは消え入りそうな声でそう口にした。

 その顔を見ようと僕が横を向くと、さっと顔を背けられる。

 

 水流に乗るクラゲのようにイヤリングがしゃなりと揺れた。僕はその透明な球体の中に、仄かな桃色を見たような気がした。

 

 





こんにちは、山神薙人です。
いかかでしたか?

ついに二人目!
もじもじもじもじもじもじもじもじしてる二人の距離感がもどかしい!!!

ではまた!
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