レンタル彼女【BanG Dream!】   作:山神薙人

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Canto Ⅷ 千聖&花音とドキドキ♡お泊りデート①

 

 

 駅から徒歩五分。

 改札を抜け、庭園を横切り、だらだら続く緩い坂道をひぃひぃ言いながら登った先に、千聖と松原さんの住むマンションはあった。

 

 白い壁面が眩しいその立派なマンションの一階部分にはラーメン屋さんが入っていて、一時を回った頃というタイミングもあってか、大勢のお客さんが並んでいる。

 

 『濃厚!豚骨!』と書かれた暖簾に後ろ髪を引かれつつ、僕はその行列を横目に、わきにある階段を上ってエントランスへと足を踏み入れた。

 

 広々としたエントランスに入って早々、管理人室にいる年配の女性からじろりと睨まれ、僕の身体がぎくりと強張る。

 正当な理由で来ているのだから、やましいことなど何もないはずなのだが、どことなく居たたまれなくて、僕は初めて空き巣に入る泥棒のようなぎこちない動きでインターホンへ。

 

 パネルに301と打って通話をかけると、数コールもしないうちに聞きなれた声が出てくれた。

 

「はい。白鷺です」

「あの……僕だけど」

「あぁ、お疲れさま。今そっちへ行くから待っていて」

 

 ガチャリと切れる通話。管理人さんの、お前は誰やねんと値踏みするような視線に、無駄にドキドキしながら待っていると、やがてガラスドアの向こうから、白いレーストップスに、遠目にはスカートみたいな裾口の広いグリーンのショーパンを履いた千聖が歩いてくるのが見えた。

 

 千聖に反応してドアがひとりでに開く。僕に小さく手を振って――管理人さんにもちょこんとお辞儀。途端に管理人さんの表情が柔和になって、僕もやっと一安心できた。

 

 ドアをくぐり、二人で並んで301号室へと歩き始める。

 

「おはよう。暑かったでしょう」

「ううん、全然。それより、下まで迎えに来てくれてありがとう」

「気にしないでいいわ、こちらの事情だもの」

 

 こちらの事情? とはてなマークを浮かべた僕に、千聖がきょろきょろと辺りを見回してから囁いた。

 

「このマンションは……一応、女性専用なの」

「……え」

「もちろん、入居者を女性に限るということだから、男性が入館すること自体に制限はないのだけれど……男性が一人で歩き回ると、その……ね?」

「ごめん、もしかして、家に来るのまずかったかな」

 

 僕がそう言うと、千聖は慌てて首を振った。

 

「そんなことはないわ。彼氏か友達かは知らないけれど、男性を部屋に入れている子はよく見るし……それに、ここは楽器が演奏できるくらいには防音がしっかりしているから、部屋に入ってしまえば何も心配はいらないわ」

 

 「それならいいんだけど……」と話しているうちにあっという間に部屋の前へ。

 

「さぁ、中に入って」

「お、おじゃましまーす……」

 

 千聖に促されてドアを開けると、水色のオーバサイズTシャツにブラウンのハーフパンツというかなりカジュアルな恰好の松原さんに「いらっしゃい」と出迎えられた。髪の毛もうなじが露わになった可愛らしいポニーテールで、この前とはだいぶ印象が違う。

 

 だけど、一部分だけ――その耳にかけられたクラゲのイヤリングだけは、前回のデートと同じだった。大切にしてくれているんだな、と何だか無性に嬉しくなる。

 

 靴を脱いで家に上がり、松原さんの案内で、いつか写真で見せてもらったことのあるお洒落なリビングへと入った。

 

 シェアルームだから当然なのだが、そのリビングは、それにしたって広かった。

 大型の液晶テレビに、ペンギンとクマを座らせてまだ余裕のあるソファー、黙々と仕事をしているエアコンも最新型のごついやつで、バルコニーへと続く窓もかなりの大きさだ。

 隣接しているシステムキッチンもなんとIHで、今どきの女子大生はこんなところに住んでいるのかと驚いてしまう。

 

 指定された場所に荷物を置いてテーブル周りのクッションへ腰を下ろすと、千聖が飲み物を持ってきてくれた。

 

 色を見るに、おそらく水出しの紅茶だろうか。飲食店で見るような縦長のグラスは触るとひんやり冷たくて、火照った体に心地良い。

 

「はい。花音も」

「ありがとう、千聖ちゃん」

 

 仲良く三人で座り、乾杯とグラスを合わせる。

 

 その紅茶(?)に何気なく口をつけた僕は、突如として口内に溢れた芳醇なフルーツの甘い香りにあんぐりと口を開けた。

 

「すごく美味しい……。フルーツティー……かな?」

「そうね。括りとしてはそうなると思うわ」

 

 「でも……」と意味深な逆接を残して席を立った千聖が、キッチンから透明なポッドを取ってくる。薄茶色の液体が詰まったその底には、色とりどりのフルーツが沈んでいた。

 

「実はこれ、朝に花音と一緒に漬けておいたものなの。実はまだ味見をしていなかったから少し心配だったのだけれど……口に合ったのなら良かったわ」

 

 松原さんと目を見交わせて「ふふ」と微笑む千聖。

 

 僕も改めてグラスを傾け、その美味しさに浸った。

 さっぱりとした紅茶の爽やかな飲み口と、その奥からひょこっと顔を出す果実の自然な甘み。ジュースほど甘すぎず、ストレートほど渋すぎず、絶妙な味わいに仕上がっているそのフルーツティーは、とても自家製とは思えないほどの出来で……というかむしろ、巷で売っているようなフレーバーティーなんかよりずっと美味しかった。

 

 炎天下の坂道をとぼとぼ歩いてきたということもあって、ごくごくと喉を鳴らしながら勢いよく飲んでしまう。

 サウナの後の水風呂のような清涼感に、思わず「ぷはー」と長い息を吐くと、二人にくすくすと笑われてしまった。

 

「ふふ。おかわりなら沢山ありますから、遠慮せず飲んでください」

「あ、ありがとう……」

 

 とくとくとグラスに注がれるフルーツティー。にまにまとこちらを見ている千聖。

 それでもこの甘い誘惑には耐えられず、今度は絶対に声を漏らさないぞという固い決意を秘め、僕はグラスに口をつけた。

 

 

 ……そうして僕たちはしばらくの間、このマンション名が音楽家の名前になっているのは、もとは音大生向けの学生賃貸だったからだとか、下のラーメン屋さんは人気で味もかなりのものだが、こってり系なのでたまにしか行けないだとか、そんなたわいもない話で盛り上がった。

 

「それにしても、連絡をもらったときは驚いたわ。まさか花音まであなたとデートしていたなんてね」

 

 話題の切り替わりのタイミングで唐突にそう振られて、おやつに出されたマドレーヌを危うく吹き出しかけた。ごほっごほっと咳払いして「ごめん」と俯く。

 

「……謝る必要はないわ。誰とデートするかはあなたの自由なのだし」

「ごめんね千聖ちゃん。私も言い出せなくって」

「花音は何も悪くないわよ。相手の情報を口外するのは規約違反になってしまうもの」

 

 申し訳なさそうに目じりを下げた松原さんに千聖が優しく声をかける。僕はといえば、そんな会話の下で、千聖に脛をつんつん突かれていた。

 

「それに、私としては、彼のことを花音と分かち合えるようになって嬉しいわ」

「うん! 私も、二人でデートって聞いたときはびっくりしたけど……その相手が千聖ちゃんで良かったなって。デートのお話も出来るようになったし……」

 

 きゃいきゃいと僕の話で盛り上がる二人を卑怯に盗み見ていると、そんな僕の視線を目敏く咎めた千聖から、にこ~っと不気味な笑顔を向けられる。

 

「聞かせてもらったわよ? 色々と」

 

 笑顔なはずなのに、めちゃくちゃ怖い。これが女優の表現力ということなのだろうか。

 

「ショッピングモールへ行って、イヤリングをプレゼントして、手を繋いで……。満員電車では耳に息がかかるほど近かったと聞いたわ。一体どのくらいの距離だったのかしらね?」

 

 カチンと凍る松原さん。

 にこにこ笑顔の千聖。

 

 徐々に膨らむ緊張のバルーンがついに爆発、というところで、しかし千聖はぱっと表情を和らげた。

 

「なんてね。冗談よ、冗談。からかってしまってごめんなさい」

 

 そう言って、ふふっと微笑む千聖。

 まぁそうだろうなと察しつつ、内心怯えていた僕と松原さんもほっと息をつく。

 

 だけど……と僕は思った。

 千聖が許してくれただけで、僕の罪自体が消えたわけではない。彼女に不快な思いをさせてしまったという事実は変わらない。

 

 ……君の好感度を上げるために、君に好きになってもらうために、他の人とデートしたんだよ。

 ……もっと色んな場所で、色んなデートをするために、他の人とデートしたんだよ。

 

 次々と浮かんでくる言い訳。

 

 でも僕自身が一番分かっていた。松原さんとのデートを僕は楽しんでしまっていた。

 

 何も言うことができず、グラスの底に澱んだ溶けかけの氷を見つめるだけの僕。

 そんな僕にかけられたのは、意外な一言だった。

 

「……むしろ、私は感謝しているのよ」

 

 千聖の口から発せられたその言葉に、聞き間違いかと僕は顔を見返す。

 

「思い返してみれば、あなたとデートした日の花音は、とても幸せそうだったわ。デートの話をしているときもね。私は、花音の彼氏があなたでよかったと思っているの」

 

 真っすぐにぶつかってくるその瞳には些かの曇りもない。

 

 ……本当だろうか。

 世間一般の倫理感に照らし合わせてみれば、僕が悪いのは明白だ。

千聖が寛容なだけ? それとも、僕らが普通のカップルではないから?

 

 既に誰かと付き合っている状態で、また別の誰かとお付き合いをするということ――それも、親しい友人とデートすることは、マイナスにこそなれプラスになることはないと思っていたから、戸惑ってしまう。自分は何にもしていないのに勘違いで褒められたときのような、そんなむず痒さがぞわぞわと僕を襲った。

 

「花音なんて、連絡をもらってから今日までずっとそわそわしていたのよ?」

 

 「ね?」と同意を求めるように振り返れば、当の松原さんは、顔を真っ赤にさせてぱくぽくと口を開閉させるばかりで反応がない。

 

 仕方ないわねという表情をした千聖が、そんな松原さんに近づいて、後ろから覆いかぶさるように抱きつく。……いや、逃げないようにつかまえただけかもしれない。

 

「ほら……。大切な彼女に何か言うべきことはないの?」

 

 僕を見上げてとろりと囁く千聖。松原さんの顔に、さらに赤の絵具が塗り重ねられる。

 

 言うべきこと……。

 感謝の気持ちを伝えるのはもちろんだけれど、恐らく今求められているのは、“彼氏”としての言葉だろう。

 

 可愛い……とかかな。というかそれしか思いつかない。

 ただ言うだけでなくちゃんと理由もつけねばと松原さんの姿を見て、ぴったりな言葉が思い浮かんだ。

 

「その……今日最初に会ったとき、すごく可愛いなって思ったよ。服も、ポニーテールも松原さんによく似合ってるし……イヤリングも大切にしてくれて、ありがとう」

「ふえぇ……」

 

 途中、照れくささに早口になってしまったが、それは向こうも同じようで、松原さんは耐え切れないとばかりにばっと顔を伏せてしまった。

 その横では、千聖が満足そうにうんうんと頷いている。どうやら正解だったみたいだ。

 

「千聖ちゃんも……だよ」

「……花音?」

 

 いつの間にやら復活していた松原さんが、その頬にまだ火照りを残しながらもゆらりと顔を上げた。

 今までに聞いたことのないようなその低い声に、千聖も怪訝に眉を顰める。

 

「フルーツティーを作ろうって言いだしたのも、インターホンに真っ先に反応したのも千聖ちゃんで……だから、千聖ちゃんにも言わなきゃいけないことがあると私は思うな」

 

 思わぬ反撃に、千聖の目が見開かれる。

 

 ……ええと、同じことをすればいいのだろうか。

 松原さんの要請を受けた僕は、こほんと咳払いして千聖に向き直った。

 

「……キレイだよ、千聖」

「――ッッ!?」

 

 面映ゆくて今まで口にできなかった言葉を、万感の思いで丁寧にラッピングして送る。

 

 顔を背けた千聖の顔にじわじわと差す紅色。ここまで動揺しているところは珍しいかもしない。

 

 僕と松原さんは、作戦成功とばかりに顔を見合わせてにんまりと口角を上げた。

 

「もう……花音ったら。今日はちょっとだけ意地悪ね。でも、ありがとう。……あなたもね」

 

 僕らの間に、修学旅行の夜に親友と秘密の打ち明け話をした後みたいな、くすぐったいような空気が流れる。ずっとこんな関係性でいられたらいいな……なんて、ふと僕はそんなことを思った。

 

 

 ……ぱたぱたと赤い顔を手で扇いでいた千聖が、ふとテーブルを見て「あら」と声を上げた。

 

「食器、片づけるわね」

「あ、手伝うよ」

「気持ちだけもらっておくわ。あなたはお客さんなのだし、ゆっくりしていて」

 

 そのまま三人分の食器を持って、キッチンへと向かう千聖。

 お行儀よく背筋を正して帰りを待っていると、松原さんがおずおずと口を開いた。

 

「これから……どうしましょうか」

「うーん。まぁ普通に、映画を観る……とか? 松原さんは何かやりたいこととかある?」

「私は、こうしてゆっくりお話しているだけでもいいんですけど……」

「せっかくなら、三人でないとできないことはどうかしら?」

 

 僕らの会話を聞いていたのだろう。スムーズに会話に混ざった千聖は、後ろ手に何かを隠し持っていた。

 

「三人でないとできないことって?」

「それはね……」

 

 松原さんの疑問に答えるように取り出したのは――“Twister”と書かれた平べったい箱。

 

「――ツイスターゲームよ!」

 

 奇怪なポーズをとった人々が並ぶ、まるで古代の壁画みたいなそのパッケージの横で、千聖は堂々とそう宣言した。

 

 





こんにちは、山神薙人です。

いかがでしたか?
仲が深まってきたということもあり、内容も文体もかなりカジュアルになっています。

個人的には、遊園地デートと今回の中間ぐらいのテンションで進行したいなと思っているのですが……。

ツイスターゲーム編だけで8000字くらいあるので、お泊りデートは③まで続きます。
お楽しみに!

ではまた!!!!!!
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