『マジですか?』
ありえないことが起きた。だがそれと同時に、自分に与えられた役割の真意を理解した
昔からおかしいと思っていたのだ。ジッリョネロの姫の護衛として、なぜ日本の『並盛』なんて辺境に滞在しろという命令が下ったのか
『ああ、確かな筋からの情報だ。ボンゴレⅩ世の候補者が、日本にいる沢田綱吉とかいうガキを除いて全滅した。消去法でそいつが次期ボンゴレのボスだ』
「アリアさんには見えてたんでしょうね、この未来が。で、僕はそいつに貸しでも作っておけばいいですか?僕の知る限りただの凡骨──というか、救いようのない劣等生ですよ。今なら貸し作り放題です」
酷い言い草かもしれないが、これは客観的な事実だ。通称『ダメツナ』
歩けば不良に絡まれ、走れば転び、テストは常に最下位。運動神経も壊滅的。あまりの不憫さに何度か助けてやったこともある
あれ、これってもう、すでに結構な貸しを作っているんじゃないだろうか
『だろうな。だが、今は観察に留めておけ。アリア様から命令は下されていない』
「了解。なら、少なくともうちのファミリーに牙を向くことはなさそうですね。ま、一応姫にも伝えておきますよ」
『そうしてくれ。そっちで何かあればすぐに報告しろ──いいか、報連相なしに問題を起こしたら、次は絞めるからな』
「了解です。問題を起こす時は『ほうれん草』を郵送しますね。じゃ、精々頑張ってアリアさんを落としてくださいよ」
『その話はしてねぇ! って、おい、まだ話は終わっ──』
プツン、と電話を切る
まったく、いくら健康に気を使っているからといって、賄賂として野菜を要求してくるなんて。あの人はマフィアというより、ただのほうれん草ジャンキーだ
「お話は終わりましたか、ゼブル?」
振り返ると、そこには我らがファミリーの姫様が立っていた
「ええ。今まで通り、平和に過ごしておけって言ってましたよ」
「ガンマがそんなことでわざわざあなたに電話を?珍しいこともあるのですね」
「ああ、あとついでに、次期ボンゴレⅩ世が並盛中に通う少年に決まったそうです」
「それはついでじゃありません。そうですか、ついに決まったのですね」
姫様は少しだけ遠い目をした後、ふふっと微笑んだ
「それと、何か問題を起こした時はほうれん草を送れとも言われました。イタリアの食生活に飽きて、日本の新鮮な野菜が恋しくなったんですかね?」
「ほうれん草?ガンマはお酒ばかり飲んでいると聞いていましたが....案外、健康意識が高いのでしょうか」
姫様の存在を知っているのは、母君であるアリアさんと、ジッリョネロの守護者のみ
守護者の中でまともに面識があるのは僕くらいで、他のメンバーのことは僕とアリアさんで情報を共有している
ちなみにガンマさんのことは、『酒カスでアリアさんに片想いしている純情ボーイ』だと語弊のないように吹き込んでおいた
「僕たちが何年日本に住んでると思ってるんですかね。一度も問題なんて起こしたことないのに」
「まだ一年ですよ。それに、ゼブルは度々問題を起こしているじゃありませんか」
「──心当たりがないんですけど」
自分で言うのもなんだが、僕は品行方正・成績優秀な完璧優等生だ
「よく学校をサボっていますし、未成年なのにギャンブルにも手を出しています。大問題です」
「いいですか姫様。バレなければ問題じゃないんです。それに、僕が授業を抜け出したり勝負事に興じたりするのは、すべてやむを得ない事情があるわけで」
「私にバレている時点でアウトです」
姫様は可愛らしく頬をぷくーっと膨らませた
つついたら十中八九怒られるので、ここは鑑賞するに留める。以前、好奇心に負けてつついた時は、三日間晩飯抜きという過酷な刑に処された
「まあまあ、堅いことは言わないでください。僕がギャンブルで稼いでこなかったら、今頃うちは破産してますよ?」
「それもこれも、ゼブルがわがままを言うからです!毎度毎度、高い食材ばかり買ってきて──少しは食費を考えてください」
「安くてもいい物なら買いますけど、やっぱり値段と品質は比例しますからね。安心してください、ファミリーからの仕送りは最低限に抑えさせてますから」
「その結果がギャンブル、というのがダメなんです!」
姫様のお説教はその後もしばらく続いたが、切り上げどきを見計らって冷蔵庫から『最高級黒毛和牛』を取り出してみせると、溜息をつきながらも、いそいそと夕飯の準備を始めてくれた
「今日も学校に行かなくていいのですか?」
朝の柔らかな光が差し込むキッチンで、目玉焼きを焼きながら私はリビングでだらけているゼブルに問いかけました
ぜブルはまだ寝巻き姿のまま、欠伸をしています
「なーんか、気分じゃないんで。無理してもいいことないですし、今日はサボります」
体調が悪いわけでもないのに、堂々とサボると言い切るのは正直者と褒めてもいいのでしょうか?一度こうなると、どれだけ促しても彼はテコでも動きません
「....では、午前中は勉強をして、お昼に少し遊んで、午後はまた勉強、というのはどうですか?」
学校をサボっているにも関わらず、ゼブルは私に勉強を教えてくれるほど成績優秀です。本人曰く『勉強なんてただの暗記だから簡単だ』そうです....
分かっています。彼が学校を休むのは、単に面倒だからだけではないことを
学校に通うことのできない私の側にいて、外の世界の知識を教えるため。それが彼なりの、不器用な気遣いなのだと知ってます。だからこそ、私もサボりに対して強く言えなくなってしまうのです
「今日は天気もいいですし、公園でピクニックでもしましょうか」
「お、それはいいですね。僕、姫様が作るお弁当、大好きですよ」
「ふふ、褒めても何も出ませんよ?」
ゼブルは残念だなぁと口を尖らせながら、着替えのために部屋へ戻っていきました....あとで飴玉でもあげましょう
「昨日漬けておいたキュウリの浅漬けもありますから、出しておきますね」
「はい、お願いしまーす」
誰かと一緒に朝食を囲むこと。そんな当たり前の日常が、私には何より嬉しいです
イタリアにいた頃、お母様はいつも忙しく、私の存在はファミリー内でも秘匿されていました。広い屋敷で一人、食事をすることも珍しくありませんでした
ゼブルは当時から、できるだけ私の前に顔を出してくれましたが、守護者としての任務に追われ、今ほど長く一緒にいられることはなかったのです
(....だから、今はとても幸せ。できることなら、このまま、ずっと──)
いつかは終わるかもしれない宿命。けれど、それを忘れてしまいたいほど、この穏やかな時間が愛おしくて
「─様?──姫様?」
「っ...!?」
ふいに、頭をポンと軽く叩かれました
隣を見ると、いつの間にか着替えを終えたゼブルが、渋い顔でフライパンを指差していました
「....あ、焦げてる」
そこには、二つ仲良く繋がったまま、裏側が真っ黒になった目玉焼きが鎮座していました。呆然とする私を見て、ゼブルが噴き出した
「お焦げが好きな人もいるらしいですけど、姫様もその口でしたか」
「....む、そんなに笑わなくてもいいではありませんか。私だって、たまには失敗くらいします」
相変わらず人を食ったような笑い方をするゼブルに、私は少しだけ悪戯心を抱きました
「分かりました。せっかくですので、私の『好きなもの』をゼブルにも共有して差し上げます。2つともあなたが食べていいですよ?」
ゼブルの笑いが、ぴたりと止んだ
みるみるうちに顔が引き攣り、冷や汗が流れていくのが分かります。そうでしょう。美食家を自称し、食材の質にこだわるあなたにとって、炭化した目玉焼きを二つ完食するのは、どんな任務より過酷なはずです
「ほら、これはこれで....その、香ばしくて、素材の味を楽しめると思いますよ?」
「そ、そうですね。流石に醤油をかけるのは健康に悪そうですし、このまま──いただきます」
もちろん、本当に無理をさせるつもりはありません。気分が悪そうだったら止めます
でも、多分ゼブルは完食してくれるはずです。料理を始めたばかりの頃に何度も失敗した私に、ゼブルはいつも『次は期待してますよ』と言って笑い飛ばしてくれました。その頃に比べれば、この程度、なんてことはないはずです
結局、ゼブルは文句を言いながらも、最後まで残さずに食べてくれました
その代わり、ピクニックのお弁当は美味しく作るように何度も念を押されてしまいました
「大丈夫です。私だって、美味しいお料理を食べたいですから」
バスケットを準備しながら、私は心の中で小さく笑った
午前中の勉強を終えて、私たちは近くの公園へやってきました。勉強は決して簡単ではありませんが、私は好きです。新しい知識が増えるたびに、世界が少しずつ広がっていくような気がするから
「ゼブルはよく写真を撮りますね。趣味なのですか?」
ピクニック用のお弁当箱を開けながら、私は問いかけました
「まさか。僕は本来、撮られる側であって撮る側じゃないですよ。モデル級の美貌ですし」
「なら、どうしてですか?」
彼は常日頃からカメラを回しています。一緒にゲームをしている時、私が夕食を作っている時。今朝の焦げた目玉焼きまで撮ろうとしていたので、それは流石に止めました
本人も本来ならと言っているあたり、趣味で楽しんでいるようには見えません。あのゼブルが乗り気でないことを自ら進んでやるなんて、天変地異の前触れでしょうか
「なんでって...まあ、必要だから、ですかね」
珍しくはっきりしない答え。追求しても仕方なさそうなので、今はピクニックを楽しむことにしましょう
「そんなことより、また今度、姫様の服を買いに行きましょう。今着ているブランド、新作が出たらしいですよ」
「ファッション誌でも読み込んでいるのですか?」
ゼブルは私以上に、私のクローゼットの中身を把握しています。
というより、今持っている服のほとんどはゼブルの提案で購入したものです
「いえ、私は今ある服で満足しています。これ以上、お金を使わせるのも心苦しいですし」
食費もさることながら、ゼブルが選ぶ服はどれも高価なものばかり。一方で、彼は自分の服をあまり買いません。
「何言ってるんですか。姫様が満足しているかどうかは関係なく、新しいのは買いますよ。気に入っているのはそのまま保管しておけばいいんです。お金なら心配しなくていいですから」
「ダメですよ。まだ袖を通していない服だってあるんです。これ以上は無駄遣いです」
そんなに買ってどうするつもりでしょう。毎日ファッションショーでもさせる気でしょうか
「着たい時に着ればいいんですよ。それと新作を買うのは別の話です。まあ、姫様が同行しないなら、僕が勝手に見繕って山ほど送りつけるだけなので、どっちでもいいですけど」
「....その脅し文句は卑怯だと思います」
以前、同じ理由で断った時に、ありえない数の段ボールが届いたことを思い出しました。おかげでタンスは常にパンパンです
「100%善意の押し売りですよ。ありがたく受け取ってください」
「本人が『押し売り』と断言するものは、果たして善意なのでしょうか...?」
「言われてみれば、どうなんでしょうね。まあ、悪意はないので善意ですよ。たぶん」
いい機会ですので、条件として彼の服も買ってもらうことにしましょう。日本に来てからというもの、彼は学校の制服か寝巻き姿がほとんどです。イタリアにいた頃はお洒落さんだったのに
「ですが、条件があります。ゼブルの服も一緒に──」
「嫌です」
「早い!?」
「頼み事って、脊髄反射で断りたくなるタチなんですよね」
「....せめて条件の内容くらいは聞くべきだと思います。今日の晩御飯を抜かれたくないのなら」
「晩御飯を人質に取るのは卑怯では!?あんなに優しかった姫様が、いつの間にこんな脅し文句を。さてはガンマの影響ですね?」
「なぜ会ったこともない守護者に責任を押し付けるのですか。絶対に、あなたの影響ですよね?ね?」
「やめてくださいよ。僕が悪影響を与えたなんて知られたら、あちこちから怒られるんですから。こうしましょう。姫様は『並盛の馬鹿な不良たち』を観察しすぎたせいで毒された。これで行きましょう。妙案です」
それだと私は、わざわざ不良を眺めて過ごしている奇特な女性になってしまいます
「どこが妙案ですか。私に怒ってほしいのですか?それならそう言ってください。お望み通りたくさんお説教しますから」
「安心してください。僕が側にいる限り、不良を眺めていても、向こうから絡んでくることなんてありま──」
「おい中学生。こんな時間に何してんだ?ガキはお家に帰って、ママのミルクでも吸ってろ。バブバブ〜ってな!」
本当に絡まれてしまいました
絵に描いたような柄の悪い方々です。初めての経験に驚いていると、隣のゼブルはさらに驚いた顔で固まっていました
「.....姫様。ちょっと、そこで待っていてくださいね」
ゼブルがこの世の終わりみたいな低い声で呟きました
「お前ら、ちょっと面貸せ。姫様の目につかないところまで、な?」
「あ?なめてんのか、嫌に決まって....うわっ!?引っ張られて、ぎゃあああ!?」
「....ゼブル。やりすぎたらダメですよ?」
彼の背中に声をかけましたが、返事の代わりに聞こえてきたのは、茂みの奥からの鈍い音だけでした
数分もしないうちに、ゼブルは一人で戻ってきました
返り血も服の乱れもありません。穏便に?済ませたようで何よりです
「戻りました、姫様。あー、やっぱり姫様のお弁当は最高ですね」
「そう言ってもらえると嬉しいです。それで、先ほどは何て言おうとしていたのか、教えてもらえますか? とても感動的なセリフが聞けそうだったので、気になります」
『不良が絡んでくることなんてありません』の後は、どう続く予定だったのでしょう
「.....姫様。僕の悪影響、受けすぎじゃないですかね?」
ゼブルは頭を抱えて溜息をつきました
「なんで煽りの技術まで真似しちゃってるんですか。アリア様に知られたら、僕の命がいくつあっても足りません。勘弁してくださいよ」
ピクニックにハプニングはつきもの、ですね
今日はとても楽しかったです。次はキャンプに挑戦してみるのもいいかもしれません
「アリアさんと守護者たちに今日の写真と動画も送っとかないと。ま、これも必要なことだからいいけど」
『姫様へ。昨日はゲームに負けて悔しがって寝るのが遅かったみたいなので起こしませんでした。僕にゲームで勝つことは出来ないので諦めてください。宿題を用意しておいたので、やっておいてください。今日は学校に行ってきます。PS.ゲームに負けて泣いちゃいまちたね。よちよちでちゅよ』
「こんなもんでいいか」
乗り気ではないとはいえ、最低限学校には行かないといけない。ボンゴレⅩ世のことも観察するべきだ
「珍しい、学校に来てるんだ」
「帰国子女って怖いよね。1年生にも帰国子女の不良が入ったみたいだし」
「でもさ、結局帰国子女ってイケメンじゃん」
「ゼブルくんもイケメンだし、1年生の子もイケメンらしいよ」
「そういえば、知ってる?持田先輩が1年生に負けた話」
「帰国子女、か」
教室の会話に耳を澄ます。ボンゴレⅩ世と同じ学年に帰国子女が転校してくるなんて、匂う。護衛と考えるのが妥当なところか
念の為、そいつのことも調べた方が良さそうだ。護衛だとすれば、ある程度の家柄の人間を送ってくるはず。調べるのもそう難しくはないだろ
「その帰国子女の名前を教えろ」
盛り上がっている女子たちに歩み寄る。地球が滅亡するくらいのオーバーリアクションで驚かれた。確かにお前らと一度も話したことはないが、驚きすぎだろ
名前は獄寺隼人、というらしい。よし、あとはジッリョネロファミリーの誰かにお願いすればいい。はい、今日の仕事終わり。あとは授業を受けて速攻で帰るだけ。帰る前に少しだけⅩ世を観察するか
大人しく1限目の授業を受けていると、教室の扉が開かれる。あ、嫌な予感がする。何故かは分からないけど、嫌な予感がしてきた
「風紀委員だ。ゼブル、応接室まで来てもらうぞ」
教師も生徒も何もいえない。風紀委員、この並盛においては警察や極道よりも強い影響力を持っている。化け物じみた組織。なるべく関わらないようにしてきたが、僕が呼び出しを受ける理由がわからない
「嫌だ」
風紀委員を名乗るリーゼントの眉がピクリと動いた。バカじゃねぇの?なんで僕がお前の言うことを聞かないといけないわけ?僕に言うこと聞いて欲しかったら、姫様でも連れてこい
「風紀委員長がお前を呼んでいる。これは命令だ、来い」
凄む風紀委員、怯える教師とクラスメイト。命令ときたか、やれやれ。身分を知らないらしい
「やーっだね」
「もういい」
実力行使とでも思ったのか、僕の腕を掴もうと手を伸ばしてくる。その前に手を叩き落とす
「触ろうとしてんなよ。折られたくないならな」
ザワつく教室、固まる風紀委員。そいつらの反応を見るよりも僕は、本来ありえない外からの視線に気がついた。急いで窓へと駆け寄る
「──勘違い、そんなはずがない」
本来であればありえない3階の外からの視線。だが、確かに間違いなく感じた。平和なはずの日本で何が起きてるんだ。もう少し警戒心をあげた方がいいかもしれない
「帰る」
姫様に対してのヒットマンの確率は皆無だが、万が一にでも姫様に危害を加えられるわけにはいかない。しばらく学校は休もう(元々休みがち)。風紀委員にも目をつけられたみたいだし
「早退したんですか?その、宿題はこれからやるところで...」
「姫様の顔が見たくて早退しちゃいましたよ」
家に何かを仕組まれてる様子は無い。念には念を入れてだ。どの道、しばらくは姫様の護衛に専念しよう
「あの気配に気づくのか。ただもんじゃねーぞ、アイツ」
「それよりも、朝の煽り散らかした書置きはなんですか?早退して時間は沢山あるようですし、お話しましょうか」
「あれです、照れ隠しってやつですよ」