さらば愛しき明星 作:シシャモ
魔力汚染によって荒廃した赤黒い大地と、淀んだ薄紅色の空、そしてそれを覆い尽くすさんばかりの『魔獣』の軍勢が、アスデニウス領土にに迫っていた。
「全戦士に告ぐ! 今日こそあの邪智暴虐たる魔皇を討ち取り、世界に平和を取り戻すのだ!」
戦士長の号令が響き渡り、アスデニウス戦団は進軍を開始する。
狙うは魔獣を創造し率いる『魔皇』の命。
「何度見ても、この世のものとは思えん悍ましい生物だ……!」
「魔法使いたちの後方支援がある! 臆せず進めーっ!」
進軍する魔獣たちに対し、魔法使いたちが頭上から火炎や烈風などの攻撃魔法を撃ち、前線の戦士たちをサポートする。
地上を覆うほどの魔獣の群れだが、次々に戦士と魔法使いたちの連携で討ち取られていく。
しかし、空から襲い来る脅威を前に、その連携は崩れようとしていた。
「魔装天使だ! 下がれ!」
『魔装天使』とは、戦士以上の強靭な身体と魔法使い以上の膨大な魔力を持つ上位の魔獣で、魔獣を遥かに凌駕する戦闘力を誇る。
「ひ、怯むなっ、進めっ!」
魔装天使は、悍ましい見た目をした魔獣と異なり名前の通り天使のような人間に近い外見をしているが、意思疎通ができない人の形をした人ならざる者が圧倒的な戦闘力を持ち自身らに襲いかかるという事実は、戦士たちの恐怖心を煽る。
「個人でアレに対処しようとしてはならん! 陣形を組むのだ! 必ず二人以上で戦え!」
戦士長や分隊長ほどの実力の持ち主ならば対処は可能だが、逆を言えばそうではない一介の戦士では蹂躙されるのみ。戦場で孤立した戦士たちは瞬く間に魔装天使に狩られ、後方の魔法使いも魔装天使に襲われた者は抵抗も虚しく命を落としていく。
固まって互いの身を守り合う戦士たちも、強靭な魔装天使の身体に傷を負わせることはできず、防戦一方を強いられ、疲弊していく。
「まさか……魔装天使がこんな創られていたとは……!」
魔装天使の脅威を前に、アスデニウス戦団の陣形は崩れていく。
「このままでは……っ」
その刹那、赤き空に一つの光が煌めく。
直後振り下ろされた剣は、たった一閃で魔装天使を両断した。
「あの剣は……!」
戦士長はその人間離れした剣筋を見て、アスデニウス三皇が一人、最強の戦士たる『剣皇』の称号を持つ『カイン・ミルトン』が戦場に到着したと気づいた。
カインは魔獣が蔓延る前線に着地し、剣を水平に薙ぎ払うと、その斬撃と衝撃波で地上の魔獣の半数が殲滅される。
「動けない奴は下がれ。動けるやつは戦って死ね」
剣皇カインは、降り立った戦地にて戦う他の戦士たちを、慰労することも激励することもなく、ただそう言い放った。味方の士気など、彼にとってはどうでもいいものかのように。
「カイン殿、戦況は……」
「見れば分かる。俺の横に立つな。邪魔だ」
しかし剣皇カインは個人で他のアスデニウス全戦力を超える実力を持ち、そんな彼が戦地に降り立ったことで彼の言動関係なく戦士たちの士気は上がっていく。
すると、戦場に現れた脅威を排除するべく魔装天使たちはカインの元へ集結する。
「この数の魔装天使……やはり、奴は今日で勝負を決めにきたようだな」
カインは表情一つ変えることなく魔装天使たちを斬り伏せていく。
魔装天使の振り回す凶爪も、繰り出す上級魔法も、カイン剣の一振りで全てがその意味を失う。そして、命さえも。
また、カインの意識は今斬り続けている魔装天使には既に向いていない。見据えるは、自らの宿敵のみ。
自らを狙う魔装天使たちを全て排除したカインは、後続で戦う味方に振り返ることもせず、最前線にて佇む宿敵、魔皇『イリス・ポースポロス』の元へ跳び立った。
魔獣の創造主たるイリスは、アスデニウス三皇が一人、最強の魔法使い『魔皇』の称号を持つ者だが、四年前『アポカリプスノヴァ』と呼ばれる世界を滅亡の危機に陥れた事件を引き起こしたアスデニウスにおける最悪の罪人であり、そして今また世界を滅ぼす為にアスデニウスに侵攻しているのだ。
「……久しいな、カイン」
敵に向けるものとは思えない優しい声色で呟くイリスに対し、カインは応じることなくその首を狙い剣を振る。
「身長は少し伸びたようだが、おそらく体重は減っているな。戦士は身体が資本だというのに」
イリスは軽口を止めず、身体を動かすことなく発動した防御魔法壁でカインの剣を受け止めた。
「今日こそ……き、お前を殺す」
「そうだな。やってみせろ。今度は殺し損ねんことだな……四年前のように」
「それは、お互い様だろ」
「……かもしれんな」
イリスは杖を現出させ、その手に握る。
有象無象相手には詠唱破棄の劣化魔法どころか魔法ですらない魔力の放出で全てこと足りるイリスだが、目の前のカインは媒体たる杖を用いる魔法使いにとって本気の戦闘をしなければならない相手だった。
最強の戦士たる剣皇『カイン・ミルトン』と、最強の魔法使いたる魔皇『イリス・ポースポロス』の決戦の幕が上がる。
■
全ての始まりは遠い昔だが、彼と彼女の始まりは七年前のことだった。
当時アスデニウス第一学園の生徒だった『イリス・ホースポロス』の名は、学園の誰もが知っていた。
アス一(アスデニウス第一学園の略)開校以来最高の天才と称される頭脳と、超越的な意志の持ち主で、学生の身でありながらいくつもの新たな魔術理論を提唱し、魔法会の常識を塗り替えてきた。
しかし、学園中でそれ以上に有名なのは、可憐な容姿を持つ華奢な美少女からは想像できないほど尊大で傲慢な性格だった。愛想のカケラもなく、常に恫喝的な声色で話し、他人を顧みない。他学者の研究を悪辣な言葉を交えながら否定して周り、助手に就いた者は三日も経てばノイローゼになり魔法学者としての志を断たれる。天才の肩書きと他の学生にはない様々な特権は謂わば腫れ物扱いであり、彼女の周りには人は寄り付かなかった。
「おい、そこのお前」
ある日の放課後の中庭で、イリスはある男子生徒に話しかけた。
講義が終わり寮に戻ろうと中庭を歩いていたところ女子にしてはあまりにもドスの効いた声と口調で話しかけられたその男子は、姿を見ずとも相手がイリスだと分かった。
おそるおそる振り向くと、無造作に伸びた銀髪、吸い込まれそうな赤い瞳、整った顔立ちだがあまりにも悪い目つき、この学園の誰もが知る
しかし、そんな有名人が自分などに話しかける筈はないと思い、立ち去ろうとしたのだが……
「お前だ。無視をするな」
「いてっ」
後ろから思い切り足を蹴られ、静止させられる。
イリスは尊大で傲慢な性格と口調だけではなく、他者に暴力を振るうことを厭わないような最悪な人間性も兼ね揃えていた。
「図書館に本を借りに行く。だが、量が多い。お前も手伝え」
アス一は『戦士科』と『魔法科』の二つの学科に分かれており、その男子は戦士科でイリスは魔法科の学生だった。基本的に魔法科と戦士科は校舎もカリキュラムも異なり、同じ学園の学生であっても殆ど交流することはない。つまり、当然イリスとその男子に面識はない筈だった。にも関わらず、イリスはまるで自分に従うのが当然かのように初対面の男子にそう命令した。
しかし、あまりにもの堂々とした振る舞いに圧倒されたのかその男子はイリスの命令を断ることができず、同行することになった。
「流通している魔道具は魔力伝達が非効率的だ。だからこの際自分で創る。だが、現時点で私は道具製作の方面では素人だ。なので、まずは本を読み漁り知識をつける。まぁ、一週間もあれば完成までいけるだろう」
その後、イリスは図書館で本を借り、男子が魔法科棟の端にあるイリスの研究室まで運ぶ。ちなみにこの研究室はイリスが勝手に空き教室を占拠しており、なるべくイリスと関わりたくない教員たちには黙認されている。
「御苦労だった」
研究室に入ったイリスは、見るからに学生の身では買えないほど高級そうな立派な椅子に腰掛け、男子の方を向くことなく言った。
「今から私はこの本を読み漁るからこれ以上お前に用はない。消えろ」
「わ、わかった……じゃあ」
「だが、その先では必要になるかもしれん。そうだな……明日もここに来い」
「え?」
「お前に声をかけた理由は偶然通りかかっただけじゃない。私一人でできる研究にはそろそろ限界を感じていてな。だから、中庭で暇を潰しながら使えそうな奴を見繕っていた」
「その使えそうな奴が僕?」
「そうだな。なるべく戦士科が良かった。戦士科なら実験体や荷物運びに丁度いいからな。それに、魔法科の愚者共は少し考えれば分かることを一々訊ねてくるのが不愉快なんだ。魔力の知識が乏しい戦士科の人間の方がストレスが少ない」
「今実験体とかいう物騒な言葉が聞こえたんだけど……」
「安心しろ、そこまで危険なことはしない。私とて罪人になりたくはない」
『そこまで』ということは少し危険なことはするのかよ、と男子は思ったが、断る気はなかった。イリスが醸し出す魅力のようなものに男子は惹かれてしまっていたのだ。
そして、イリスはそれを察して男子が断らないことを理解した上で命令していたのだろう。
「さて、今から私は知識を蓄える。邪魔だから消えろ」
「あ、あぁ……」
「またな、カイン」
そしてその男子生徒の名こそ、後にアスデニウス最強の剣士として剣皇と呼ばれることになる『カイン・ミルトン』だった。
「アレ……僕名乗ったっけ?」
「入学式の際呼ばれていただろう。その時に同学年の顔と名前は全て覚えた」
「流石……」
「覚える価値は無かったと思っていたが、今お前を名で呼べたから価値はあったな」
「そ、そっか。じゃあ、また明日!」
これがカインとイリスの出会いだった。
作中で説明されてない用語解説
・アスデニウス三皇
神話級の力を持つ者たちに与えられる最強の称号。
現在では三人存在し、剣皇カイン、魔皇イリス、霊皇レギルオルグがこれに該当する。