どれくらいこの何もない空間を歩いたのだろうか?足を止め、雲一つ無い空を見上げてため息を吐く。なんて神秘的な空であろうか。太陽が無いのに昼間のように明るい空はとてもこの世の物とは思えない
「……は?」
つい言葉が出る。また歩き出そうと前を見ると何もない空間は花畑と変わっていたのだ。生唾を飲み、警戒を強めながら歩き始める。
しばらく歩くと花畑の中で立っている女性の姿が見えた。もしかしたら自分の身に何が起こっているのか知っているかもしれない。俺は少し早歩きでその女性の元へ向かう
「あの……すいません!」
ある程度近付き声をかけると、その女性は地面に着きそうな程長い真紅の髪の毛を揺らしながらこちらを向く
「はい!なんでしょうか!」
彼女はにっこり笑う。その笑顔にうっとりしそうになりながらも質問をする
「一体ここは何処なのですか?」
「貴方はその答えを知っている筈ですよ?」
彼女は顔を近づけて言う。その黒色の瞳に引き込まれそうになる。しかし彼女の言うことを俺は理解できていない
「では、私から質問です。貴方のお名前は?」
「そう言うのは自分から名乗るものじゃないのか?」
彼女は一瞬目を丸くした後に白色のワンピースの裾を両手で少し持ち上げ軽く会釈をする
「失礼しました。私の名前はフランソワ・レプリカ・ラブハートです」
なんだそのキラキラネームは?と思うが顔には出さないようにする
「何ですかその顔は?フランソワは親から貰った素敵な名前なのですよ!」
フランソワは頬を膨らませて俺を睨む。そのとても愛らしい顔を見て頬が緩みそうになるがこれ以上怒らせると何も教えてくれないと言う事態になるかもしれない
「ごめんごめん」
俺は謝ると彼女は一応許してくれたのか一度ため息を吐き、俺の顔をジッと見る。どうやら俺が名前を名乗るのを待っているらしい
「俺の名前は……名前は……?」
「どうしたのですか?」
俺はいざ自分の名前を言おうとすると直ぐに名前が出てこなかった
「もしかして自分の名前が分からないのですか?」
「違う!俺は……キリトだ!初春霧徒だ!」
俺の名前は霧徒だ。なぜそんなことを忘れてしまっていたのだろうか?
俺の名前を聞いたフランソワは一瞬無表情になったが直ぐに先ほどのようににっこり笑う
「霧徒さんですか。素敵な名前ですね」
名前を褒められたのは初めてかもしれない。少し照れくさくなる
「では率直に言いますね。貴方は死にました」
今フランソワはなんて言った?俺が死んだ?
「流石にそんな訳無いだろ?現に今俺は喋っているじゃないか」
「受け入れられないのも分かります。しかし貴方は神のミスで本来死ぬ筈では無かったのに死んでしまったのです」
フランソワは哀れみの表情を浮かべている。しかし、そんな事を信じる者がいるだろうか?きっとこれはドッキリだろう。ならば最後まで付き合おうではないか
「それで、なんなんだ?」
「あら?信じるのですか?」
「それが本当か嘘か確認する術も無いのだから仕方がないだろ?」
「信じてくれるのなら助かります。では話を続けますね」
彼女は自分の髪の毛を何処から出したのか分からない櫛で梳かしながら話す
「そこで、私は神に命令されました。彼に新たな人生を歩ませてやってはくれないかと」
「新しい人生?」
「これでも私はTM女神ですから!」
ドヤ顔を決めながら言う彼女を見て吹き出しそうになったがなんとか堪える。フランソワが女神?余計この話に信憑性が欠けてきた
「TMってなんなんだ?」
この茶番もなかなか面白いので敢えて彼女の話に関心があるようにする
「TM……トランスミグレイションを略したものです」
「そのTM女神様は俺に何をしてくれるんだ?」
「貴方を好きな世界にTMさせてあげます。そこで新たな人生を歩むのです!」
「それってアニメの世界とかでもいけるのか?」
「はい!しかもお詫びとして好きな特殊能力を授けてあげます!」
好きな、という事はチート能力もありなのだろう。ならば今思いつく最強の能力を頼んでみるとしよう
「じゃあ俺に攻撃を全て反射させる特殊能力と寿命を無くす特殊能力をくれ」
「えげつない能力ですね……まあ良いですけど。ではどの世界を希望しますか?」
俺は自分の好きなアニメの名前を言うと、彼女は何処からか長さ30センチ程の黄金のシャクを出し右手に持つ
「では、良い転生ライフを〜」
彼女は無邪気な笑顔を見せながら手に持つ物で俺の頭引っ叩く。すると俺の身体は何処からか落ちる感覚に襲われる。いや、現に落ちているのだ。手を振っているフランソワを見るとそこで意識が途切れた。
次に目を覚ますとそこは薄暗い森の中であった。訳も分からず、ただ光が差し込む方向へ歩く。茂みをかき分けていると狼のような生物と鉢合わせた。俺は恐怖で腰が抜けてしまい、その場に座り込んでしまう。それは悍ましい牙を剥き出しにして俺に飛びかかる。俺は悲鳴を上げながら最後の抵抗として両腕を前に突き出す。すると俺の腕に触れたそれは後ろに吹き飛ぶ。俺は目を丸くして自分の腕を見るが傷一つ無い。まさか本当に攻撃を反射させる特殊能力が付いたのか?俺はそれを確かめる為に立ち上がって両腕を広げる。それはまた俺に飛びかかるが、俺の身体に触れた瞬間に先ほどと同じように吹き飛ぶ。これで疑問は確証へと変わった。そしてこの能力があると言うのなら……
「出でよ!灼熱の炎よ!」
右腕を突き出してそう叫ぶと、手の平に魔法陣ができて炎の球体ができあがる。手の平にできたものをそれに向かって野球のボールのように投げる。球体に当たったそれは断末魔を上げながら身体が燃え上がる
「はは……すごいや」
焼死体と化した物を蹴飛ばして笑う。俺は本当に好きなアニメの世界へ来てしまったようだ。
しかし、それは俺が本当に一度死んでしまった事を確定付ける物でもあった。けれど俺は死んだ瞬間も覚えていない。それにつまらない生活だったんだ。スリルがあって非現実が現実のこの世界を楽しもうではないか!
「初春霧徒の新しい冒険の始まりだ!!」
俺は今いる森全体に響き渡るのではないか?と思うほどの声で笑う。原作のストーリーは少し気に入らないところがあったんだ。それを無敵の俺が書き換えてやる!
◇
「何が初春霧徒の新しい冒険よ」
私は先ほどまで彼が立っていたところに唾を吐き捨てる
「ペインメモリー」
私は右手を前に突き出すと目の前に映像が映し出される。そこには雪の日の都会のハイウェイが映っている。車が一台も通っていないところを見ると恐らく時間帯は深夜なのだろう。そこに猛スピードで走るバイクが現れる。制限速度を平気で超えている速度で走るバイクは大きなカーブに差し掛かる。慣れているのか車体を大きく傾けて曲がろうとしている。しかし、雪のせいで道が一部凍っていた。運悪く凍った場所でバイクはスリップしてしまい、ドライバーは道に放り出され全身を強打する。骨が砕けただけで死には至ってはいなかったが、運悪く通りかかった車に轢かれてしまう
「うわ……」
ドライバーの身体は見事に上半身と下半身が真っ二つになってしまっている。
私はグロテクスな光景を映し出す映像を消す。この映像が先ほどまでいた彼の死ぬ瞬間である。私は神のミスで死んでしまったと言ったがそれは嘘だ。
私は指を鳴らすと、空からヒラリヒラリと1枚の紙が落ちてくる。そこには先ほどまでいた彼の個人情報が載っている
「本名は田中宏。29歳無職……」
私は紙に載っている写真を見て霧徒こと宏の素顔を知る。自分の死が認められず、名前も姿も思い出さなかった結果、彼はふわふわとした風船のような状態になっていた。その事に彼は気が付いてはいない。彼は自分の中に『初春霧徒』と言う人物を作り出し、それが自分だと思い込んだからだ。
私はそのような状態になってしまった人間を転生させて新たな人生をどう過ごすのか、を観察するのが趣味なのである。死んでしまったということを認めない程の生への執念を見て楽しむのだ。
私は霧徒が新たな世界でどのように生きているのかを確認する。彼はその世界で活躍する人をレイプしようとしたが、その仲間に妨げられる。それに激怒した彼は自分の持つ力でその世界を滅ぼしてしまった。自殺しようにも能力が邪魔をする。餓死もしない。何も無い世界で彼は未来永劫一人で生き続けるのだ
「結局彼も滅亡へと進んだのね」
何度目だろうか?ふわふわとした風船のような状態で私の元へやってくる人間を転生させれば、その人物が世界を滅ぼしてしまうのは。中には平和な世界を作り上げ満足そうに死んでいく者もいれば、霧徒のように絶望していく者もいる。
しかし、私は飽きてきたのだ。生に執着する者の物語を見る事が。しかし私にはこれ以外やる事が無いのだ。
私は何となく手に持つ黄金のシャクを見る
「そうだ!」
私はある事を閃き声を出す。なぜこのような簡単な事に気がつけなかったのだろうか?
私を転生させれば良いではないか。そうすればこのつまらない生活からもオサラバできる
「うーん……この名も無き世界ってところにしようかしら」
シャクを頭に当てると様々な世界の情報が頭の中に流れ込む。その中から一つの世界を選ぶ。私はシャクを振りかざし、振り下ろす。すると目の前に穴ができる。それに飛び込めば先ほど選んだ世界へ行けるのだ。私はシャクを後ろに投げ捨てて穴に飛び込む
「良い転生ライフを!」
私は自分に向けてそう言う。これから始まるのだ。止まった筈の私に新しい物語が
◇
フランソワがいなくなった花畑は明るかったのに突然暗くなる。黒色の霧が出始め、霧は一箇所に集まる。霧が晴れるとそこにはツンツンとした黒髪に漆黒のコートに身を包む男が立っていた
「私は何年……何百年も待った……」
その男は落ちているシャクを拾いあげる
「今度こそお前を抹殺してやる……光の賢者フランソワ・R・LH」