さう聞かされた事から、喫茶店の店員は其の真実を知りたくなつてしまつたのです。
※後輩の誕生日プレゼントをそのまま公開しています。後輩からの許可は降りています。
一
恥の多ひ人生を送つてきました。
さう云ひ残して、逝つて仕舞われたので御座ひました。彼れは慥か、太宰治の小説の一節だつた筈であります。私自身は、拝読いたしましたことは御座いませんが──
「ところで、貴方は、彼らについて何か御存知ではありませんでせうか、いえ、御存知なければ其れは其れで善いのです、唯私は彼のことを知つて居られるでありませう方を片端から当たっているだけなのです」
さう云つて私に話しかけてこられたのは、心中なさつた御方の知り合いを名乗られた、曾根崎と云ふ御方で御座いました。曾根崎様は、心中なさつた御方で御座います処の高崎と云ふ御方に就いて調査なさつて居られるそうで御座います。高崎様は、曾根崎様に依れば、其の界隈では迚も迚も有名な御方であられたさうで御座いますが、私は詳らかには存じ上げてはおりませぬ。ですので、今から曾根崎様の手に依つて語られますは、曾根崎様が御自身で調査された出来事であると云ふことになります。
高崎、本名は高崎雅己。まア、至ツて普通の人間だツた等とは云えまい。何故ならば、高崎は誠実を画に描いたやうな人間で有り、他者を貶める、なンて事はするやうな人間ではなかツたからだ。心中なンて、するとは思ツてすら居なかった。
高崎と薫の馴れ初めは、本当に偶然だツたと聞いている。花見に来てゐた高崎が、逸れた薫を発見したと云ふものである。所謂一目惚れ、と云ふ奴だツたさうだ。先に逢引[1]の約束を取り付けたのは、高崎だツた。誠実を画に描き過ぎて嘘が吐けない高崎は、こう云ツて逢引に誘ツたらしい。
「貴方は薫さんと云ふのですか、何故に私が貴方の名を知つて居るのかと云いますと、貴方の知り合いであらう方々に訊いて回つたのです、憶えていらつしやいますでせうか、以前の花見の折に道に迷つて居られた貴方を案内した者であります、その時に恥ずかしながら一目惚れしてしまつたのです、嗚呼浅はかなと思うやもしれませぬ、ですが私は最早貴方のことを考えられずには居られなくなつて仕舞つたのです、どうかこのお誘いを御受けくださいませむでせうか」
薫は、即断したさうだ。この約束から二日後、二人は此の喫茶店にて逢引したと云ふ。さう、杜若サン。貴方の店だ。
高崎と薫は、幾度も逢引を重ね、情交を深めたと云ふ。然し、其の関係は容易くは認められぬ物だツたと云ふ。だから二人は、駆け落ち同然に家を出たやうだ。故に、高崎と云ふのは高崎雅己の元来の本名では無いと云ふ訳だ。元の姓は、七五三縄[2]と云ツたさうだ。まア、そンなことは如何でも善い。重要なのは、此の二人の動向だ。例の高崎の発言の後、薫は此う返答したと云ふ。
「嗚呼何と云ふ事でせう、真逆貴方のやうな御方が居られますとは思いもしませんでした、ええ解り申した、御都合の善い日をお教えくださゐませ」
と、此のやうに了解したのだと云ふ。
扨[3]、二人の逢引は、恙無く終ツたと云ふ。此の喫茶店にて、珈琲を麺麭[4]と一緒に食した。其の後、付近の公園に移動し、軽ひ世間話をして、そのまま御開きにしたのだと聞ひた。其れからは、月に二、三度の逢引を経て、二年程の交際を行ツて居たと云ふ。幾度か情事に及ンだと云ふ事だツたが、子供は出来て居なかツたさうだ。其れから、先述の通り、駆け落ち同然に家を出たと云ふ訳だ。
高崎は、決して嘘は吐かなかツた。譬え吐いたとしても、其れを真実にする為に動く事の出来た人間だ。故にこそ、信じられぬのだ。まさか心中するだなどと……
以上が、曾根崎様の口述で御座います。私は、其れを聞いて、なんと云ふ事でせう、と思ひました。斯様な人物であつたと云ふことは、存じ上げて居りませむでした。ですが、思ひ返して見ると、慥かに、二人組の御客様がよく来店なさつていたやうに思ひます。見目麗しい方々で御座いました。歌劇団[5]に所属していれば、あつと云ふ間に大人気と成られて居たでありませう。心中為さつた事が、何れだけ惜しいことか……
さうで無くとも、御二人共まだ御若く、亡くなられるには時期尚早であつたと云えませう。
「曾根崎様、私も其の事が気になつて参りました、是非とも其の真相を知りとう存じます、何か御協力致せる事は有りますでせうか」
「なんと、其れは僥倖、願ツても無い事だ、有難い、では其方でも色色と情報収集をしていて貰いたい、今が師走なので如月にはもう一度話をしたい、如何だろうか」
「解りました、其のやうに致しませう、貴方も頑張ってくださいね」
「勿論」
さう云つて、曾根崎様は去つて行かれました。
私は、早速行動することに致しました。高崎様を存じ上げて居られるであらう御方……
「情報は足で稼げ、と云ふことでございませう」
私は、暫く店を休まねばならぬのでせうか、と思いました。
扨、私は机に向かい、計画を練る事に致しました。何事にも計画は必要不可欠、以前店に来られた御方が熱弁されて居られたのを思い出したのです。尤も、其の御方は、計画に対して一分の擦れも許さぬ、厳格な御方で御座いました。流石に、私には其処まで綿密な計画を立案する事は出来ませぬ。精々、何月何日に何をして、という程度でありませう。
然し、
「誰に訊けば善いのでせうか、皆目見当も付きませぬ」
「如何したと云ふんだい、さうやつて独り言であらうが、ボソボソと呟くとは珍しいな、善ければ話してみては[6]呉れまいか」
「嗚呼、声に出て居りましたか、それは如何も済みません」
店長に聞かれていたやうです。知らぬ間に、口に出していたやうです。つまり、それだけ考え込んでいたと云ふ事で御座いませう。
私は、店を退勤し、帰宅致しました。そして、手帳を開き、懸念する事柄を書き出してみました。
一つ、当たり前でせうが、御二人の素性について。これについては、曾根崎様が調べてくれると云つて居られました。
一つ、交友関係について。心中の動機にも繋がる事でありまして、私は此れが最も重要であると考えて居ります。
一つ、心中するに至つた経緯について。先の項と重なる部分では有りますが、此れが判らねば、何も始まらぬと云えませう。
そんな事を、私は手帳に書いて、[7]床に就くことに致しました。
さうして、夜が明けて、心機一転。今日も、きちんと店に顔を出します。
さうして居ると、一人の人物と繋がりを持てました。明日は、其の御方と会談を致します事に相成りました。
[1] 本作においては、デートの意でこの語を使用している。
[2] しめなわと読む。ジャニーズにも、七五三掛という人物がいる。
[3] さて。話題の転換に使う語のこと。
[4] パンのこと。本作では、どうしても外来語(明治以降に伝来したもの)を使わざるを得ない場合、このように表記する。
[5] 宝塚。今も昔も、歌劇団とは乙女の華なのです。ましてトップスタアとくれば、それはもう筆舌に尽くし難い美しさという事がよくわかるだろう。大人気というのは、トップスタアの言い換え。
[6]これで「くれ」と読むのだとか。何かをして欲しい時に使う語であろう。
[7]就寝の意。知っておいて損はないし、「それじゃあそろそろ床に就きます」と言ったら、大人からは「おっ、教養があるな」と思われる……かもしれない(保証はしないスタイル)。
二
私が先づ御話を御伺い致しませうと思いましたのは、御客様の一人であられました、浅海春海様で御座います。
「海が二つ名前に入つて居ると云うのは、ちと[1]擽つたいと思ふのは、俺だけかい」
と、開口一番に私に云われました。
「いえ、私には判断のしようが有りません、ですが感想を許して頂けるので有れば、きつと私は海が二つも有ると云ふのは美しいと思います」
と申し上げました。
浅海様は、高崎様と薫様の共通の知人で、同窓生で有るとのことで御座います。
「なああんた、俺がこんな喋り方をしてるのに違和感を持つているんだろう、厭、気に止む必要はない、初めて俺に逢つた人間は皆そう思うから」
図星を突かれました。慥かに浅海様は、スラリとした長身で、男物の洋服に身を包み、袖から覗く二の腕は程よく引き締まつて居りました。かのやうな御方が街に繰り出せば、若い女子などイチコロでありませう。いえ、其れは如何でも善いのです。今、重要なのは──
「高崎様らについて、御話をお聞かせ願えませんでせうか、込み入ったことを訊くやうで申し訳ありませぬ、ですが私は、如何しても識りたいのです」
「ふうん、さうかい、だが、俺の識つて居る事と云えば……嗚呼、彼れが有つたな」
さう云つて、浅海様は珈琲を一口、口に含まれました。「苦ツ」と云い、角砂糖を幾つか珈琲に入れました。
「彼の二人は、学校では大の友人だつた、だから、ああ云ふ関係に成つて居たと聞いた時は、皆大層驚いたものさ、卒業して数年経つが、未だに思い出せる」
「友人……で、御座いますか?」
「さうだ、いやはや、まつたく凄い連中だった、異端児と云つて過言ではあるまいよ」
「ですが私は、御二人の馴れ初めは、御花見であつたと聞き及んで居ります、一体如何云ふ事で御座いませう」
さうです。浅海様の口振りでは、まるで花見以前から面識があったやうに思えます。其の事について訊いてみますと、此のやうな返答が返つて来ました。
「其れは決まつてるだろう、編入してきたんだよ、薫は良家の出でな、元は別の学校に通つて居たが、強引に籍を捻じ込んだんだ、最初は多くの女学生から反感を買つたが、何分成績が善かつた物だから、文句を云ふ奴は居なくなつていつたのを能く覚えてる」
其れを聞いた時、私には一つの疑問が生まれました。其れは、「御二人が一体何歳の時分だつたのか?」と云ふ事です。浅海様に訊くと、「慥か俺と同い年だから、十六歳だつたな」と答えられました。
そして、私には、或る程度の目星がつきました。何の? さう、動機です。
然し、完全に確証が取れたと云ふわけでは有りません。浅海様には、もう少し深く御話を伺おうと思つたのですが、「俺に話せることは此れ位なんだ、力になれなくて少し申し訳ないとは思つてる、まあもう一つだけ伝えておけば、彼の二人は、どうあつても子供は出来なかつた、と云ふことか」と云われました。
其の後、勘定を済ませました。浅海様が、全額を負担してくださいました。「私が呼びつけたのですから私が払います」と云つたのですが、如何やら浅海様は、人にお金を払わせるのが厭な性分であるらしく、一切聞きませんでした。斯様な処迄男らしくなくても善いのにと思いましたが、当人が善いと云ふのですから善いのでせう。他者の生き方をどうこう云ふ心算は、私は一切持ち合わせて居りません。
浅海様と別れ、私は帰宅しました。
今回判つた事を、帳面に記していく事に致します。
高崎様と薫様の馴れ初めは、花見で相違ない
御二人は同い年である
女学生の居る環境下に居た
此の様な物でせうか。
勘の良い読者の方ならば、もう既に真相に辿り着いているので有りませう。ですが、まだ心中の方法、そして動機が判つて居りません。
私は、曾根崎様に手紙を送りました。
「何時、何処で成果を共有致しませうか」という内容です。
一週間ほどして、返事が帰つてきました。日付と場所が指定されており、返信は不要との事でした。丁度切手を切らしていたところだつたので、助かりました。
曾根崎様とは明日会談する予定です。そこで、彼の集めた情報と擦り合わせる事に致しませう。
そう考え、私は床に就きました。
[1]くすぐったいと読む。
三
曾根崎様は、以前会談した店──私の喫茶店を指定されました。
「それで、首尾は如何でせうか、こちらは知り合いの警官に金を握らせて情報を掴んだのですが、ああ、なぜ情報がつかめたのかと言いますと、其奴が、あの二人の心中の捜査をしていたからなんです、本当に都合が善かツた、若し彼奴が居なかツたら、此処迄早くに成果を得ることはできませンでした」
「其れは何とも頼もしいことですね、警察に知り合いが居られるとは、ですが若し其れが露呈した場合、其の方は如何なるのでせうか」
率直な疑問です。金を握らせて──つまり、[1]袖の下を渡して情報を得た。若し其れが上に露呈したら──
「まア、首を斬られるでせう、然し彼奴は、そンなへまはせぬでせう、彼奴は私の知己の中で最も『信頼』の置ける男だ、金さえ渡せば何でもやツて呉れる」
其れは、信頼と云ふのでせうか……と、私は思いました。ですが、男の信頼とはさう云ふ物なのかも知れません。さう思つて、納得する事にしました。
「其れで、成果についてですが、此方は、心中に何が使われたのか、何のやうな死に姿だツたのか、と云ふ事です」
「私は、馴れ初め等です、私が先に報告させて戴きます」
さう云つて、私は、先日浅海様より伺った内容を報告しました。
「ふうむ、慥かに彼奴も動機が解らぬと云つて居た、それならば辻褄は合う」
と、高崎様は云いました。
それから高崎様は、「それでは、此れは蛇足かも知れませぬが」と前置きして、心中の道具などについて話し始めました。
高崎は、薫とともに自宅で心中した。まア、それは何と無く解るだろう。
心中とは、つまる処二人でやる自殺だ。其の為に何を使うのか──例えば、練炭、毒、縄、火、色々有るだろうが、二人で確実に死ぬには毒などが善いだろう。
念のために遺体を両方とも解剖した結果、遺体に毒は無かつたと云ふ事が判ツて居た。
では、練炭か? 否、さうでも無い。
遺体には、刺し傷が有ツた。高崎は、実家から二振り、刀を持ち出していたんだ。脇差だが、自害に使うには十分だろう。廃刀令も出ていた中、よくもまア持ツて居られた物だ。
此れで、互いに刺し合ツたと云ふ訳だ。
何処を刺したのか? 其処は、頸だツた。
如何やツて気付かれたのかと云ふと、近所の住人が「血の匂いがする」と思ツたので、偶々近くを歩いて居た警官に相談し、発覚したのだと云ふ。
さう、二人が心中したのは、縁側と障子一枚で隔てられた部屋だツた。だからなのか、縁側まで血が染み出す程だツたのださうだ。
此れが、心中の道具。
死に姿は、互いに抱き合ツて居た。葬式がし易い様にとの配慮からか、どちらも[2]死に装束を纏ツて居たさうだが、しかし血塗れに成ツて居たので、意味は無かツたと云えよう。何の為の配慮なのかと云いたい処ではあるが、考えてみれば武士の切腹も、似たやうな姿だツたと云ふ。其れに準えたと考えれば、不自然な処はないと云えよう。
さて、肝心の高崎たちだが、死に顔は、到底見られた物では無かツたさうだ。当然と云えば当然だろうが、折角善い顔を持ツて居たのに勿体ない、と思わず云わしめたさうだ。
高崎の方は、髪の毛を肩の辺りで切り揃えて居た。一方の薫は、長髪を、[3]旋毛の辺りで纏めて居た。普段からさうだツたのかは、判らないが。
然し、日記を読んだ処、此の様な記述が有ツた。警察は一切手を付けて居なかツたが、横流させたのだ。
「如何やつても、家族は増えぬ。矢張り、同じで有るからなのでせう。嗚呼、雅己、如何して此の様に生まれてきてしまつたのでせうか、この世界に神様と云ふものが居られるならば、私はそれを強く恨みます」
と云ふ記述から判る通り、そして以前得ていた情報からも判る通り、矢張り此の二人に子供は出来る筈も無く、だからこそ来世に期待すると云ふ事に成ツたのだらう。
当然だ、何せ二人はどちらも──
女だツたのだから。
[1]賄賂のこと。どうも法律では、賄賂を贈ったほうも渡されたほうも、どちらも処罰されるんだとか。理不尽なものである。政治家がやると、世間から大バッシングを喰らう。
[2]棺桶の中で、亡くなった人の亡骸が着ている白い着物。仏教の形式で葬式をあげる場合は、ほぼ確実に目にするだろう。左前が縁起が悪いとされるのは、これが原因であるとされる。そういう割に、SD戦国伝に登場する臥竜頑駄無(こんな名前なのに、孔明とは一切関係がない!)は、明らかに左前だった。中国の武将などがモチーフなので、多分中国ではそうなのだろう。
[3]要するにポニーテールのこと。変に外国語縛りをしたからこう表記することになったのだ。
四
曽根崎様は、然も驚愕の事実であるかのやうにそう云われました。
ですが私は、浅海様に話を伺った時点で、此の結論に至つて居りました。
女学生が居る環境──そんな物、女学校以外の何処が有りませう。
然し、さうなると、周囲からは如何見られていたのでせうか。奇異の目に晒されて居た事は、想像に難く有りません。若しかすれば、それも心中の動機だつたのかも知れません。
此処からは私の想像に成りますが、と前置きして、曽根崎様に推測を語りました。
「思ふに、御二人は、様々な物に耐えられなかつたのでせう、周囲から向けられる奇特の眼、如何足掻いても産まれる事の無い子供、駆け落ちたと云ふ事の負い目、さう云つた物が、御二人を心中に導いて仕舞つたのではないでせうか、私にはさう思えて仕方がないのです」
曽根崎様は、かう云われました。
「慥かにさうかも知れぬ、其れが一番近いのかもしれぬ、だが、だが」
さうして告げたのは、私にとつても予想外の事でした。ですが、其れならば、警察が動機をつかめなかつた事にも納得がいきます。
「遺書が無かツたのは何故だ?」
完
いかがでしたか?
文体が明治〜昭和ちっくになっているのは、単純にそんな風に書いてみたかったからです。
一応ミステリとして執筆はしていますが、主題はあくまで二人が何者だったのか。つまり、ワイダニットというやつです。動機さえわかればそれでいい。だから、手段は、主人公には一切調べさせませんでした。その代わり、曽根崎の知り合いの警官に情報を横流してもらったというわけですが、まあ不良警官ですよねこれ。金で情報を流すなんて、バレたら結構やばいことになりそうです。少なくとも現代なら、夕方のニュースになること間違いなし。
最後に一つ謎が残りましたが、ぶっちゃけていうと、その答えは一切考えておりません(オイ)。ただ、これは、別に解かれなくてもいいかなと思ってます。気が向いたら、それを解く続編を書くかもしれませんけど。
感想をよろしくお願いします。