東方奴像劇 ~幻想入りする奴ら~   作:オチンギンデカ男

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見た目でお嬢様と謁見叶う夢なし大学生って奴

 これは魔理沙が屋敷に侵入する、少し前の紅魔館でのお話。

 

 

 春のポカポカ陽気に当てられ、思わず立ったままうたた寝をしていた「(ほん) 美鈴(めいりん)」。

 ハッと眠りから覚め、垂れていた涎を拭う。

 

 

「あーいけないいけない、危なかった……咲夜さんに怒られるところだった……」

 

 

 彼女の役目は紅魔館の門番。

 屋敷に侵入しようとする不埒な輩を撃退するのが仕事だ。

 とは言え、いつもメイド長の目を盗んでは昼寝をしているので、タイミングさえ合えば侵入は容易だ──尤も美鈴に門前払いを受けていた方が、侵入者にとっては幸運とも言えるが。

 

 

 涎を拭き、凛とした表情で門番を務める美鈴。

 すると、こちらへゆっくりと向かって来る人影を発見した。

 

 

「む……今日は客人の予定はなかったハズだが……」

 

 

 アポを取っていないのならお帰りいただくまでだ。

 人影がこちらへ近付く毎に見て呉れが鮮明になる。どうやら相手は男性で、白いシャツとジーンズと言った洋服を纏っている。

 

 男が門のすぐ前まで寄る。

 すぐさま美鈴は彼の前に立ち塞がった。

 

 

「待ちなさい。ここは幻想郷の紅き月……かのレミリア・スカーレット様の邸宅。残念ですが許可なき者は──」

 

 

 しかし彼の顔を見た瞬間、彼女の言葉が止まる。

 

 

 その男の顔には、とても貫禄に満ちていた。

 整えられた口髭と顎髭、セットされた髪、鋭い眼光、そして刻み込まれた額のシワ──ゆったりとした立ち振る舞いが、平民とは違う気品と余裕に溢れていた。

 

 男がすぐ目の前まで来る。思わず美鈴はたじろいだ。

 

 

「あ、あの……えと……!」

 

「………………」

 

 

 男は美鈴を一瞥してから、紅魔館を物憂げに見つめている。

 どう話しかけようと戸惑う美鈴。

 

 

「え……あ、あの、れ、レミリア様とお約束、とかは……?」

 

「………………」

 

 

 男が美鈴を見やる。その眼光に、思わず背筋が伸びる。

 

 

「あっ! た、大変失礼しました!! されてますよね!? いやぁ、すいません!! こちらの伝達ミスでした!! 申し訳ありません!!」

 

「……あの……」

 

「さぁさぁどうぞっ!! お入りください!! 屋敷に入ればメイド長がご案内しますので!! このまま真っっっっ直ぐ玄関までお進みください!!」

 

 

 急いで門を開ける美鈴。

 男は会釈をすると、そのまま門を潜り抜け庭園に足を踏み入れた。

 

 

 庭園に咲く薔薇の花壇、そして見事な彫刻で作られた噴水の前に佇む男。

 それを門の向こうから見て美鈴は感嘆の声を漏らした。

 

 

「うっっわぁ……絵画の一場面だ……もう、この庭があの方の為にあるような気さえして来る……なんて気迫、そして場を支配するほどのオーラ……あれは只者ではない……!!」

 

 

 男が薔薇の花弁に指を添える。

 

 

「うわわわわ……自然への慈しみも備えていらっしゃるとは……! 間違いなく四千年以上は生きている方だ……もう、勝利に勝利を重ねて、『私の辞書に背水の陣と言う言葉はない』とか言える人だ……いやもう言ってる!!」

 

 

 美鈴の賞賛には気付かず、男は紅魔館の玄関先まで歩いて行った。

 

 

 

 

 

 屋敷のメインエントランスでは、メイド長の「十六夜(いざよい) 咲夜(さくや)」がハタキを片手に掃除をしていた。

 その時、玄関扉のドアノッカーを叩く音が鳴り響く。

 

 

「……? 今日は客人の予定はないハズだけど……」

 

 

 とすれば博麗の巫女か誰かだろう。

 そう思い、咲夜はハタキを持ったまま扉まで向かい、ガチャリと開けた。

 

 

「はいはい。どちら様でしょうか──」

 

 

 扉の前には、あの鋭い眼光と気迫を持った男が立っていた。

 瞬時に咲夜は姿勢を正し、ハタキを後ろ手に隠す。

 

 

「た、大変失礼致しました……なにぶん、来客の予定は聞いていなかったものでして……」

 

「いや……いいんですけど……」

 

「さぁ、どうぞ中へお入りください。長旅でお疲れでしょう」

 

「いや……あぁ……お邪魔します……」

 

 

 軽く会釈すると、彼は屋敷の中に入る。

 そのままエントランスの中央まで進むと、上部にあるシャンデリアを険しい顔付きで見上げた。

 

 

 扉を閉めた咲夜が、そんな彼の少し後ろから話しかける。

 持っていたハズのハタキはいつの間にか片付けられている。そのまま彼女は両手を下腹部に重ね、恭しく頭を下げた。

 

 

「レミリアお嬢様にご到着の旨を報告して参ります」

 

「………………」

 

「紹介が遅れました。私、当屋敷のメイド長を務めさせていただいております、十六夜咲夜と申し上げます。ご滞在中はお気軽に、この私めに何なりとお申し付けください」

 

「……あ……はい……」

 

「ではお嬢様をお呼びして参ります。それまで、他の者に案内させますので、応接室でお待ちください」

 

 

 咲夜が手を叩くと、廊下から「はいはーい」と軽い口調で妖精メイドたちがやって来る。

 

 

「呼びましたか〜咲夜さ──」

 

 

 だらしない感じだった妖精たちも、男に目を向けられた瞬間に姿勢を正し、真面目な顔付きとなった。

 そのまま咲夜から応接室へ通すよう言いつけられると、「かしこまりました」と恭しく返事をしてから、部屋への先導を始めた。

 

 

 それを見て咲夜は驚いた様子で、

 

 

「……あのだらしない妖精たちを一瞥しただけで正させるなんて……あれがカリスマと言うもの……私もお嬢様に忠誠を誓っていなければ跪いていたかもしれない……」

 

 

 底知れないあの男に対し、畏怖さえ抱く咲夜。

 次に彼女が取った行動は、レミリアへの報告。彼女の自室へは、時を止めて一気に向かった。

 

 

 

 

 

 暫く経ち、報告を終えた咲夜は釈然としない様子で応接室に着く。

 ノックをし、「失礼致します」と一言入れてから入室した。

 

 

 男はソファに座り、淹れられた紅茶を嗜んでいた。

 香りを嗅ぎ、口に含み、目を細め、息をつく。優雅な貴族の振る舞いだ。

 

 更に彼の傍らには妖精メイドらが一列に並び、ピシッと立っていた。いつもはもう少しヘラヘラしている彼女らが、だ。

 

 改めて彼が、人を従わせる気質を待った、普遍ではない存在だと咲夜は察する。

 その雰囲気に飲まれぬよう気を強く持ちながら、男に話しかけた。

 

 

「申し訳ございません……その、どう言う訳かお嬢様に確認を取ったところ……やはり来客の予定はなかったものでして……」

 

「………………」

 

 

 紅茶を飲むのを止め、咲夜を鋭く見やる。

 一気に場に緊迫した空気が流れる。

 

 

「……しかし、お嬢様にあなた様のお話をしたところ、ぜひお会いしたいと仰られまして……こちらの勘違いのお詫びも込め、お昼がお済みでないのならランチをご一緒にと仰せつかっております」

 

「……あぁ……はい……お昼はまだ……」

 

「では、お嬢様とは……?」

 

「あ、はい……お会いします……」

 

 

 咲夜の肩の荷が降りた。

 

 

「かしこまりました。では、あなた様のお食事もご用意させていただきます」

 

「はい……あ、はい……」

 

「ではお嬢様がお待ちですので、謁見の間までご案内させていただきます」

 

 

 咲夜が促すと、男は立ち上がった。

 部屋から出る前に、今一度妖精メイドらを見やる。彼女らは綺麗な角度で、丁寧にお辞儀をしていた。

 

 

 

 

 

 紅い廊下を進み、屋敷の奥へ奥へと進む。

 もはや窓はなくなり、日光は遮られ、まだお昼だと言うのに夜の帳が下りた後のようだ。

 ただ、壁に据え付けられた燭台の火が、穏やかに廊下を照らす。

 

 

 一際大きな扉の前に着く。

 咲夜がノックをしようとすると、

 

 

「構わないわ。そのまま通しなさい」

 

 

 中から幼い少女──しかし威厳の込められた声が聞こえた。

 それを聞き咲夜はノックを止め、「失礼致します」と一声かけてから扉を開け、男に中へ入るよう促す。

 

 

 

 美しい装飾の施された長テーブルと、高級椅子。

 その向こう、玉座に座る一人の少女がいた。

 

 

「待っていたわ……あなたが咲夜の言っていた男ね」

 

 

 彼女こそがこの紅魔館の主人にして、恐るべき吸血鬼「レミリア・スカーレット」だ。

 幼い見た目だが、既に何百年も生きている人外の存在。それ故、見た目に反した威厳と妖艶さが滲み出ていた。

 

 並の人間であればそのオーラと邪悪な紅い瞳にやられ、震えて跪き許しを乞うだろう。

 

 

「ほら、おかけなさい」

 

 

 しかし男は並の存在ではないので、臆する事なく堂々とテーブルを挟み、彼女と向かい合う形で椅子に腰掛けた。

 

 

「ふふ……やはり、只者ではないと言うのは本当のようね」

 

 

 男は真正面からレミリアと目を合わせる。

 その眼光たるや、彼女と引けを取らないほど。

 

 

「良い目をしてるわね、気に入ったわ。その目で今まで、数え切れないほどの喜びや悲劇を見て来たのでしょうね」

 

「………………」

 

「……ふふっ。すぐに自らを明かさない……駆け引きも心得ているようね」

 

 

 レミリアがベルを鳴らすと、用意させていた昼食が咲夜たちによって運び込まれる。

 ラインナップは、スパイスの香りが芳しいグリルドチキン、そしてほうれん草のソテーと、綺麗な生クリームの円が中心に描かれたコーンスープ。

 

 

「お口に合うかしら?」

 

 

 レミリアに促され、男はまずナイフとフォークを握った。

 そして黙祷するように目を閉じた。まるでこの世の食材の全てに感謝を込めているかのようだ。

 

 それが済むとチキンを切り分け、口に含む。

 ゆっくりと、味わうように噛み締める。傍らに控える咲夜が、緊張した面持ちで見守っている。

 

 

 そして、嚥下。

 

 

「……どう?」

 

 

 レミリアに評価を聞かれ、ナプキンで口を拭いながら男は、

 

 

「……美味しいです」

 

 

 安心したように咲夜が息をついた。

 レミリアもどこか誇らしげだ。

 

 

「そうでしょうね。私の、最高にして忠実な部下が作ったのですもの」

 

 

 咲夜にウィンクするレミリア。

 それが可愛かった嬉しかったのか、彼女は胸を押さえた。

 

 次にレミリアは何か思い付いたようで、咲夜へ命じる。

 

 

「そうね……せっかくだし、ドリンクはアレにしましょ?」

 

 

 いつの間にか彼女は瓶を持っていた。

 そして二人の前に置かれていたワイングラスに、並々と赤ワインを注ぐ。

 男は驚いたようにそれを見た。

 

 

「これ……」

 

「外の世界のワインよ。向こうだったらウン百万で取り引きされる代物らしいわ」

 

「いや、あの……飲めないです……」

 

「ここに来て遠慮? それともあなた、シャンパンの方がお好みかしら?」

 

「いやあの……そうじゃなくて……」

 

 

 男は手を振りながら、

 

 

「……僕まだ、十九なんで……」

 

「十九?」

 

「はい……」

 

「あぁ……一族の十九代目なの? 由緒正しいじゃない!」

 

「いやいや、十九代目じゃなくて……」

 

「ん?」

 

「歳です、歳……十九歳です……」

 

 

 それを聞いて、控えていた咲夜が顔を顰めながら、

 

 

「……ええと。ご子息様が、ですか?」

 

「いや、あの……僕がです」

 

「心はまだその時の気持ちを忘れていないって意味よ。察しなさい、咲夜」

 

 

 レミリアがそう解釈を口にするが、男は大きく手を振って、

 

 

「いやいやいや、気持ちとかじゃなくて……」

 

「え?」

 

「僕が……十九歳の大学生です」

 

「……十九歳の時に飛び級で大学を出たって事よね?」

 

「い、いや……現役です。現役の大学生で、十九歳です」

 

 

 絶句するレミリア。

 これには咲夜も驚いたようですぐ彼の隣まで行き、今一度確認する。

 

 

「……え? ほ、本当に十九歳……なんです、か?」

 

「はい」

 

「……あ。ご子息様じゃなくて、ご息女様の方でした?」

 

「いやだから……僕がそうなんです」

 

「嘘でしょ」

 

 

 思わずそう呟く咲夜。

 レミリアも思わず玉座から立ち上がり、身を乗り出しては男の顔をまじまじと見る。

 

 

「……いやいやいや。十九歳の人間って言ったら咲夜とほぼ同じくらいじゃない。なんでそんな顔になれるのよ。十九歳の額の皺じゃないわよそれ」

 

「……え? えと、六十五歳くらいの、大公爵の方、ですよね?」

 

 

 まだ諦め切れない咲夜にそう聞かれるが、男は首を振って、

 

 

「十九歳の、友達のいない大学生です」

 

「嘘でしょ」

 

 

 思わず顔を背けてしまう咲夜。

 更にレミリアが、

 

 

「いや……あ! 良く見たら本当にそうじゃない! 肌ツヤ良いし! それに肩幅も良く見たらそんなにないし! と言うか肩幅以前に身体うっすいわよ!」

 

「え、じゃあ……なんでこんな顔なるのよ!?」

 

 

 咲夜が砕けた口調で男を追及する。

 

 

「その……無駄に整った髭なんなの!? え? 家系はやはり、由緒正しい一族で?」

 

「いえ。全然普通です」

 

「普通だったわ。スカーレット家に迫らんばかりの血筋かと思っていたわ……えと。昨日の昼食は?」

 

「ラーメン食べました」

 

「めちゃくちゃ庶民だわ。庶民だったわ。豪勢に作り過ぎたわ。それだったら適当に野菜炒めにでもしたら良かった」

 

 

 咲夜がそうぼやく隣で、男はもう一口グリルドチキンを頬張る。

 途端に苦しい表情でお腹をさすり始めたので、レミリアがツッコむ。

 

 

「少食過ぎるわ。まだ二口じゃない。人間の十九歳だったらそれ、あっという間に平らげるでしょ。寧ろ足らないでしょ」

 

「……ちょっと……量多くて……」

 

「多くないわよ。老人でももっと食べるわよ」

 

 

 それでもまだ諦め切れない咲夜が、

 

 

「え? 一族を作り上げた人、ですよね?」

 

「いえいえ、結婚してないですし……」

 

「肖像画が外の世界の教材に載っていますよね?」

 

「いや全然」

 

「嘘でしょ。アポなしの何でもない人にお嬢様とのランチ取り付けてしまったわ。なんでこんな顔になるの?」

 

 

 男は両肘をテーブルに乗せて両手を絡ませ、そこに口元を乗せた。

 レミリアがたまらず、

 

 

「起死回生の一手を考えてる軍師じゃない。部下を失う事に心痛めつつも、それを飲み込んで残酷な決断を下す瞬間の顔してるじゃない」

 

「……大戦を生き延びた歴戦の英雄の方、ですよね?」

 

 

 咲夜にそう聞かれるが、

 

 

「いえいえいえ……喧嘩とか、やった事ないです」

 

「お嬢様との謁見取り付けてしまったー!」

 

 

 頭を抱える咲夜。

 

 

「見た目でお嬢様との謁見取り付けてしまったわ!……え!? 応接室にいる時、優雅に紅茶を楽しんでいたわよね!?」

 

「猫舌なんであんま飲めなかったです」

 

「飲みなさいよ。え、あれ、紅茶を楽しんでいるように見えてたの、ただ熱くて『あちっ』となって目を細めていただけだったの?」

 

 

 レミリアが考え事をしながら、

 

 

「ええと……いやいや、そんな目付きになるのよ。若いけど家が没落したり、そこから立て直したり、人間の汚いところを見て来ながらも復活を遂げてここにいるって事よね?」

 

「いやいや、全くそんな……山とか谷とかもないです」

 

「なんで平凡な人生歩んでる十九歳の大学生がそんな鋭い目付きになれるのよ。必要であれば人殺しも厭わないって目してるじゃない」

 

「そんな物騒な事、考えた事ないです……」

 

「でしょうね。良く良く見れば受け答えもオドオドしてるし、虫も殺せないって感じして来たわ」

 

「蚊とかはさすがに殺せますけど……」

 

「そんでその服よ。なんで襟立ててるのよ。第二ボタンまで胸も開けてるし」

 

「暑いんで……」

 

 

 釈然としない様子ながらも、レミリアは改めて玉座に腰掛け、溜め息。

 

 

「ハァ……面白い客人が来たと思ったのに……いいわもうこの際……それで、あなたの名前は? 名無しじゃ気持ち悪くて仕方ないわ」

 

「名前……ペンネームでいいですか?」

 

「は? ペンネーム?」

 

「『夢なし大学生』です」

 

「「いやいやいやいや」」

 

 

 レミリアと咲夜が揃って首を振る。

 先に咲夜が、

 

 

「夢ありますよね? 夢、叶えて来た人ですよね?」

 

「いや……本当にないんです……」

 

 

 次にレミリアが、

 

 

「いや夢あって、叶えて、新たな夢を見つけたけど、協力者と思っていた人に裏切られて、人間不信になって、それでも何とか振り切って這い上がって、最後にとうとう夢叶えた人よね?」

 

「そんな壮大なドラマないです」

 

 

 呆然とする二人。

 男──こと、夢なし大学生は咲夜と向かい合わせになり、

 

 

「あの……メイドさんになろうって、いつぐらいに決めたんですか?」

 

「え? わ、私? いや……なんと言うか、メイドになったのは成り行きなところもあって……」

 

「どう言う経緯でメイドになったんですか?」

 

「それは、その……ごめんなさい。人に話せる話じゃないのよ……」

 

「じゃあ、今メイドになって、新しい夢が出来たりとかしたんですか?」

 

「めっちゃ聞いて来るじゃない。自分に夢がないから働いている人に質問して来るじゃない」

 

 

 次に彼はレミリアと顔を合わせ、

 

 

「あの……レミリアさんは人じゃないんですよね? 羽根生えてますし」

 

「え? え、えぇ……吸血鬼よ」

 

「吸血鬼って、人より長く生きるじゃないですか。長く生きているからこその夢とかってあるんですか?」

 

「全然この人間臆さないわね。普通目の前にいるのが吸血鬼だったら恐れ慄くでしょ。どれだけ夢見つける事に必死なのよ」

 

「直近の夢ってなんだったんですか?」

 

「んー……夢と言うか計画と言うか……幻想郷に来た当初、紅い霧であの忌々しい太陽を覆い隠してやろうとはしたわ。邪魔が入って失敗したけど」

 

「一つの夢諦めてもまた別の夢って見つかるんですか?」

 

「本当にめちゃくちゃ聞いて来るわね。ちょっと面白いわこの人間」

 

「教えてください。夢見つけたいんです。大学生なのに夢なくて、なんとかしたいんです」

 

 

 レミリアは大きく溜め息を吐く。

 すぐに咲夜が彼を止めようとしたが、レミリアはそれを手で制す。

 

 

 

 

「……夢って言うのは、要は欲望の主張よ。夢を叶えるって綺麗に言ってみたところで……結局はワガママを認めさせる過程に他ならないの」

 

 

 ワイングラスを手に取った。

 中で真紅が揺れる。

 

 

「それで言うと夢がないって言うのは……誇るべきよ。数多の聖職者が押し付けて来た、純真無垢の無欲を抱いているって事なんだから。あなたは誰よりも清いって事だわ。人間ならそれを誇りに思うべきじゃない?」

 

「………………」

 

「ただし……生物を上へと押し上げる原動力……それが欲望ひいては夢、と言うのも事実」

 

 

 ワインを口に含み、舌を湿らせる。

 

 

 

 

「……あなた既に、『夢を見つけたい』って欲望を待ってるじゃないの……どう頑張っても清くなれないんだから、もっとワガママになっても良いんじゃないかしら?」

 

 

 レミリアは震え上がるような笑みを浮かべ、口から溢れたワインの雫を舐め取った。

 夢なし大学生はジッと静かに、それを見ている。

 

 

「…………やっぱその顔で十九歳は違うって」

 

 

 耐えられずレミリアはぼやく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢なし大学生は桟橋にいた。

 紅魔館は霧の湖にある島に位置している為、湖畔に向かうには桟橋からボートで行かなければならない。

 

 門番の美鈴がボートのセッティングをしてくれた。彼はそれに乗り込み、オールを握った。

 桟橋にいる美鈴が言う。

 

 

「あの向こうに見える道を進みますと、人里に着きます。まぁ〜……四、五時間は歩かなくちゃなりませんが」

 

「……あ……ありがとうございます……」

 

「と言うより……あなた、来る時はどうやってここまで?」

 

「いや……気付いたらここにいて……近くの屋敷に……」

 

「あーー……幻想入りしちゃったんですねー」

 

 

 夢なし大学生は美鈴に礼をすると、オールを漕いでボートを進めさせた。

 その様を屋敷のバルコニーから、咲夜に日傘を差して貰っているレミリアが眺めていた。

 

 

「本当に面白い奴だったわね。暫く屋敷に置いてやっても良かったかしら?」

 

「しつこく夢についてアレコレ聞かれたら、こちらの身が保ちませんよ……」

 

「それもそっか」

 

「しかし……行かせて良かったのかとは思っております。何の能力もない外来人が、ここから人里まで無事に行けるのでしょうか……」

 

「それも含めて、彼の夢を見つける為の試練って事で良いんじゃない?」

 

 

 意地の悪い笑みを浮かべるレミリア。

 視線の先、ボートを漕ぎ、陽光で煌めく湖面を進む夢なし大学生の姿が。

 

 

「……いや絵画じゃないの。クロード・モネの絵の題材になった奴じゃない」

 

「……あ! お嬢様、アレを……!」

 

 

 夢なし大学生が向かう先には、二人の存在が空を飛んで遊んでいた。

 氷精のチルノと、闇を操る妖怪のルーミアだ。

 

 

「これは……早速とんでもない試練に当たってしまいましたね。珍しく調停役の大妖精もいないようですし……」

 

「チルノの性格上、絶対彼に絡むわよね。そんでルーミア……あーお腹空かせてそう。そんな時に人間が通りかかったら秒で襲いかかるわね」

 

「どうしましょう? やはり、湖畔までは護衛して──」

 

 

 咲夜がそう提案した時だった。

 自分たちに近付くボートに気付き、チルノとルーミアは興味津々に近寄った。

 

 

 しかし彼の顔を見た瞬間、その場で直立不動となり、道を明け渡した。

 

 

「嘘でしょ……あの二人が人間を見逃しましたわ」

 

「ええ?」

 

 

 夢なし大学生を見送るチルノに、レミリアが言及する。

 

 

「あいつのあんな表情、初めて見た。放心してるじゃん。見た事ない物見た時の猫みたいな挙動と顔してるじゃない」

 

「ルーミアも襲い掛かる気配がないですね……あぁ……そのまま彼が湖畔に行くまで見送っています……」

 

「なんなのあの人間? やっぱりあの顔、なんかの能力じゃないの?」

 

 

 この調子では問題なく、彼一人で人里に辿り着けそうだ──湖畔に着き、ボートを降り、一度物憂げな表情で空を見上げる彼を見て、二人はそう思った。

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