東方奴像劇 ~幻想入りする奴ら~ 作:オチンギンデカ男
ここは人里。
妖怪、幽霊、妖精と魑魅魍魎が跋扈する幻想郷に於いて、唯一人間による営みがなされている町。
とは言え人外たちも面倒事を起こさない限りは里に入る事を許されているし、中には人に紛れて暮らしている者もいる。
ろくろ首の「
今の彼女はお昼に蕎麦を食べ、今は店前の長椅子で一息ついていた。
春の陽気が心地よい、昼下がりの事だ。
「ふぅ〜……程良く満腹……」
「あれ? 蛮奇ちゃんじゃない!」
そんな彼女に声をかけたのは、狼女の「
以前起きた異変に巻き込まれた者同士、と言う縁で今でも度々会っている仲だ。
「あー……あんたか……なにやってんのよ。いつもは竹林にいるでしょ?」
「お腹空いてたから、この間わかさぎ姫ちゃんに教えて貰った所でお食事してたの」
「あら、それは奇遇。私も今、お蕎麦食べ終えたところ」
「へぇ、そうなの!」
そう言って影狼は赤蛮奇の隣に座った。
それから二人は春の陽気に当てられて、一緒にぼんやりと目の前で咲く梅の花を見る。
赤蛮奇は穏やかに息を吐く。
「ふぅ……すっかりあったかくなったわね……」
「そうねぇ……こんだけあったかいとすぐ眠くなっちゃうわ」
「春眠、暁を覚えずってか」
「……それ、春の夜は心地いいから朝寝坊しちゃうって意味だよ? 今真っ昼間だけど」
「し、知ってたわよ……」
「またまたぁ!」
暫し会話は止み、穏やかな気持ちで梅を眺めていた。
昼食後の満腹感もあり、赤蛮奇はうつらうつらと舟を漕ぎ始め、壁にもたれて眠ってしまった。
「くぅ……」
「……あれ? 蛮奇ちゃん?……あらら。こんなところで寝ちゃって……」
呆れたように微笑む影狼。
しかし彼女も昼食後で、夜行性。寝不足気味なのも祟って眠気が襲いかかり、大きなあくびをする。
「ふぁあ……ホント……今日のお日様は……気持ちいいわね……」
眠気に勝てず、隣にいる赤蛮奇にしなだれかかる。
しかしそのせいで赤蛮奇の身体が動き、頭がカクッと落ちる。
しかもろくろ首である彼女には、首がない。
そのまま本当にぽろっと、頭が取れてしまった。
「あ」
咄嗟に気付いた影狼。
しかし眠気から覚めたと言う事もあり、一瞬反応が遅れてしまった。
「わっわっわっ!?」
手を伸ばそうとした頃にはもう、彼女の頭は地面に落ちようとしていた。
「蛮奇ちゃん危な──」
それをどこからともなく走って来た男がナイスキャッチ。
「──えぇええーーーーっ!?!?」
驚く影狼。
そのまま男は赤蛮奇の頭を抱え、走り去って行った。
呆然とそれを見送る影狼。
「………………」
ハッと我に返って立ち上がる。
「いや誰ぇーーっ!? 誰ぇーー!?」
頭がなくなったまま動かない赤蛮奇の身体と、男が走り去って行った先を交互に見ながら狼狽える。
「えーー!? 蛮奇ちゃんの頭持ってかれたーーっ!? ちょ……な、なんで持って行くの!? え!? 誰!? 今の人間!? 人間だったわよね!? 人間やっぱこわっ!? 人間こわーーっ!?!?」
落ちずに済んだが、彼女の頭は持って行かれた。
人里を流れる川の沿いを歩く、「
彼女は人間である──が、遥か大昔に一度死に、「
布都とすれ違う少年が一人。外の世界の学校制服を着ていた。
彼は振り返り、さっきすれ違った少女が布都だと気付くと、急いで追いかけ、おずおずと声をかけた。
「あの……も、物部布都、さんですよね?」
声をかけられ、布都も足を止めて振り返る。
「おお? いかにも、我が物部布都であるぞ」
「あ! や、やっぱり! あ、あ、あの! 僕、山下って言います!」
「お、おぉ……」
「あの、僕、歴史大好きで……あ、あの、本物の物部氏の方ですよね!? しかも子孫とかじゃなくて、正真正銘当時の!!」
それを聞き、「ほぉ」と嬉しそうな顔付きになる布都。
「いずこで我が物部の者と知った?」
「里の人に教えて貰ったんです! あの僕、幻想入りしちゃいまして……」
「外の世界の者か! さすれば知り合いもおらず、心細いであろう?」
「はい……で、でも! 本物の、物部氏に……し、しかもあの! 聖徳太子本人もいるんですよね!?」
「おるぞおるぞ! なんだ、太子様の御名は外の世界で広く知れ渡っておるではないかぁ! なかなか外の者と会えぬ故、案じておったのだ!」
興奮故か、山下の背中を無遠慮にべしべし叩く布都。
しかし尊敬する人物だと言う事もあり、山下は嬉しそうだ。
「ところでおぬしは道教を信奉しおるか? まさかあの忌々しい仏教の徒ではあるまいな?」
「あー……僕個人は無宗教ですけど」
「なんぞ! 信仰するものがないとな!? おぬし本当に我や太子様を慕っておるのか?」
「いやあの、今の日本人は無宗教なのが割と普通って言うかなんと言うか……」
「なんという事だ……ならばこの機会だ! おぬしも道士となり、我らと共に仙人を目指さぬか?」
「えぇ!? ぼ、僕に出来ますかねぇ!?」
「誰しもがその素質を持っておるものだ……あ。仏教徒は別だがな」
「ちょ、ちょっと考えさせてください! せ、仙人かぁ……」
仙人になると言うあまりにもハードルが高いお誘い。当たり前だが、山下は尻込みする。
そんな彼を見て布都は溌剌と笑い、またべしべし叩く。
「思い立ったが吉日と言うだろう! ここで決めてしまうが良い!」
「うわぁー、でもちょっと……うわぁ! どうしよ!?」
「仙人は良いぞぉ〜? 不老不死に千里眼、しかも霞を食べられるようになるから食費に困る事もない!」
「いやいやめちゃくちゃ大変そうじゃないですか!? もう人間辞めてますって!」
「そうだ! 人間を辞める、と言うより越えるのだ! 太子様の元で修行すれば確実だぞぉ?」
「ちょちょ、ちょっと保留で良いですか!? ちょっとゆっくり考えさせてください!」
「慎重な奴だなぁ……決めるなら早い内だぞ? 今なら三ヶ月は月謝無料だからな?」
話題がひと段落したところで、山下は抱えていた疑問を口にする。
「あの……聞きたいんですけど……」
「なんぞ?」
「えっと……え? 聖徳太子って、仏教の人ですよね? 法隆寺作りましたし。物部氏って、バチバチに仏教と対立していたハズでしたけど……幻想郷来て仲直りしたんですか?」
それを聞いた布都は関心したように片眉を上げ、そして不敵に笑った。
「ほっほぉ〜……我らの
「は、はかりごと?」
「実はな? 太子様は、表向きは仏教を広めながらも、裏では我らと同じ道教を信奉しておられたのだ!」
「えぇーー!? マジですか!?」
「まじだぞぉ? 故に当時の神仏を巡った宗教戦争も、我らが裏で操っておったからな」
「う、うわぁ〜! 凄い事聞いちゃった! 歴史ひっくり返りますよ!?」
素直な反応を見せる山下に気を良くしたのか、布都は更に続ける。
「太子様は人の命の短さを憂いておられた……だからこそ仙人を志され、人を次の位へ導かんとを決意されたのだ……」
「あぁー……そうなんですか……」
「我はそんな太子様のお考えに感動し、一生お仕えすると決め、そして太子様をお救いするべく尸解仙ともなった……」
「おぉ……あー、そうですか……」
「いやぁ、長く険しい道のりだった……自伝としてしたためて売りたいところだ」
「へぇー……」
「少年……人の生は短い。しかしそれを破る可能性と方法は確かにあるのだ。太子様に着いて行けば、それはまず確実!」
「…………」
「思えば我らは復活が遅過ぎてしまったのだ……もう千年ぐらい早かったら今頃太子様の悲願は達成され、神として──」
「あの」
「ん? なんぞ?」
「タメ口やめてくれ」
布都の動きが止まり、信じられないものを見るかの目で山下を見る。
彼の表情は、先ほどまでの尊敬の念に溢れていた笑顔はどこへやら、今は冷たい無表情となっていた。
「…………な、なんと?」
「タメ口やめてくれ」
「……え……? ええと……ためぐちとは……確か、敬語で話さない事をさす言葉だったか?」
「大体その通りや。タメ口やめてくれ」
「…………我、当時の物部氏の者ぞ?」
「分かってるわ。タメ口やめてくれ」
「…………」
「初対面やから」
どう言葉を返すか困惑している布都。
だが次の話題は、一転して穏やかな笑顔になった山下から話された。
「いやぁ、でも、布都さんのお話聞けて僕、めちゃくちゃ衝撃受けたと言うか!」
「お、おぉ……え……?」
「やっぱこう、歴史って裏があるんやなぁって驚いたと言うか……!」
さっきのは何かの間違いではないかと錯覚せんばかりの、山下の尊敬の念に満ちた態度。
布都もその雰囲気に飲まれ、自身も最初の頃の調子に戻る。
「まぁ、勝てば官軍負ければ賊軍とは良く言うものだ。歴史は常に、勝った者の都合に合わせられるからな?」
「ホントもう、ビックリしました! まさかあの聖徳太子が道教派だったなんて……!」
「それを今まで隠し通せたと言う事は、我らの勝利ともなるなぁ!」
「かもしれないですね! 多分、今の日本人みんな騙されてますもん!」
「ほほぉ……時に少年の時代に伝わっている太子様のお話には、例えばどのようなものが伝わっておるかのう?」
「タメ口やめてくれ」
またしても無表情で注意して来る山下。
耐え切れず苦笑い気味になり、彼の背中をポンポンと叩いて宥めようとする布都。
「い、いや……良いではないか」
「うん。タメ口やめてくれ」
「……お、おぬし、なかなか奇天烈な奴だな! そのような性格、太子様は気に入るハズだろ──」
「背中叩くのやめてくれ。痛いから」
「…………」
「やめてくれ」
背中を叩いていた手を離し、布都は気まずそうに目を逸らす。
「……我、おぬしの先祖の先祖の、そのまた先祖の先祖ぐらいの頃の人間だぞ」
「子孫代表して注意してんねん。タメ口やめてくれ」
「子孫代表って……いやいやいや……」
「子孫代表てか、現代人代表や。タメ口やめてくれ」
「……いや。我が先人なのだから良いではないか。多少言葉が砕けているぐらい……」
「タメ口やめてくれ」
「…………い、いや……」
「俺に尊敬させてくれ」
「…………」
圧が強い山下に、少しカチンと来た布都は口答えする。
「いや……おぬしかてその強い口調やめぬか。それもタメ口ではないか」
「こうせんと聞かへんから砕けとんねん。タメ口やめてくれ」
「道理がめちゃくちゃだぞおぬし……」
「こっちはずっと敬語使っててん。タメ口やめてくれ。尊敬させてくれ」
「そもどんな日本語なのだ、尊敬させてくれって……」
布都は煩わしそうにおでこを掻く。
「…………え。おぬし、歴史好きなのだろう?」
「はい、大好きです」
「我らの時代は?」
「飛鳥時代ですか? 大好きです」
「ほぉ〜……後年の者は戦国の世が好きと聞くが……」
「戦国時代も好きですけど」
「その飛鳥の時代の何が好きなのだ?」
「タメ口やめてくれ」
絶対にタメ口を認めない山下に対し、とうとう天を仰ぐ布都。
「……いや……だから……別に良いではないか」
「あかん」
「そんなハッキリ言わなくても……」
「あかん」
「……え。おぬし本当に、我や太子様を尊敬しておるのか?」
「はい。めちゃくちゃ。さっきのお話聞いてもう、一層」
それを聞いて布都は「しめた」と、ニヤリ笑う。
「……ならばこれを聞けば驚くぞぉ?」
「え……な、なんですか?」
「おぬしの時代には、恐らく太子様は男だと伝わっておるな?」
「は、はい。男の人だって……名前も
「ふっふっふ……ならば聞いて驚け……!」
「え……!?……えっ!? えっ!?」
「太子様は──女だったのだ!!」
「タメ口やめてくれ」
「なんで驚かぬか!」
衝撃の事実を伝えて出鼻を挫いてやろうとする作戦は、残念ながら失敗のようだ。
布都はまたしても天を仰ぐ。
「普通びっくりして腰抜かすだろ! 男だと思っていた人物が女だったら!?」
「『男だと伝わっておるな』って言った時点で大体予想付いとったわ。タメ口やめてくれ。勝手に俺の行動予想せんでくれ」
「どうなっておるのだ此奴……」
「此奴言うのやめてくれ。固有名詞で呼んでくれ」
「いや……」
「あかん」
「…………いや」
「あかん」
「…………」
布都は、道端に生えていた梅の木を見上げ、その花を愛おしそうに眺めて微笑んだ。
「もう、春なのだなぁ……」
「タメ口やめてくれ」
「おぬしに対して言っておらぬわ」
「自然にも敬意払ってくれ」
「どの立場から言っておるのだ……太子様だったら分かるが……」
「梅の木にもタメ口やめてくれ」
「めちゃくちゃな事っておるな。自然は全部受け止めてくれるだろて」
「やめてくれ。自然に敬意払ってくれ」
何か反論しようと口をもごもごさせるが、それを考える内に疲れてしまい、もう彼と別れてしまおうと思い立つ。
「……では、我はそろそろ……修行があるのでな……」
「あ、あの……僕、応援してます! 絶対、仙人になってください!」
「お、おぉ……応援はしてくれるのだな?」
「タメ口やめてくれ」
「そんな気しておったわ」
「お辞儀して、『これからも応援よろしくお願いいたします』って言ってくれ」
「とうとう所作まで決めてきおったぞ」
「お辞儀してくれ。応援させてくれ」
山下に背を向け、露骨に嫌そうな顔でぼやく。
「
「プライド口にせんでくれ。背を向けるのやめてくれ」
「もう本当に此奴めちゃくちゃだぞ」
「目を見て話してくれ。此奴言うのやめてくれ。名前で呼んでくれ」
「……もう千年早く復活しておったら……」
「ぼやくのやめてくれ。タメ口やめてくれ」
「…………」
「俺に応援させてくれ」
ぶん殴りたくもなったが、人里で問題を起こす方が面倒な事になる。
布都はそう判断すると山下と向かい合わせになり、おずおずと頭を下げた。根負けしたようだ。
「……これからも、応援、よろしくお願いいたします……ええと、山下殿」
それに応えるように、山下も深々と頭を下げる。
「は、はい! 応援してます! 頑張ってください! ぜ、ぜひ、太子様と一緒に不老不死になってください!」
「……おう……あっ、ではなくて……えと、はい」
それから二人固く握手し、布都がその場を後にする形で別れる。
山下から離れる間、ずっと布都は悔しさと飲み込めなさを織り交ぜた渋い顔をしていた。
彼女の姿が道を曲がって見えなくなるまで、山下は見送る。
そして一人、嬉しそうに小躍り。
「う、うわぁーー! 歴史ってやっぱ面白いなぁーー……っ!!」
上機嫌に彼は歩き出した。
feat...
【赤蛮奇の首、地面に落ちずに済んだ奴】