東方奴像劇 ~幻想入りする奴ら~ 作:オチンギンデカ男
人里にある広場で、寺子屋での授業を終えた子どもたちが集まって遊んでいた。
その子どもたちが囲む中心で、
「よっ、ほっ……アイ!」
彼女が掛け声と共に蹴り上げた鞠を、別の子が右足を伸ばし、地面に落とさぬよう蹴り上げる。
しかし鞠はあらぬ方へ飛び、地面に落ちてしまった。「あちゃ〜」や「あ〜」と言った声があがる。
「まぁまぁまぁ、十回は続いたんだ! 次こそ目標の二十回まで行けるわよ!」
手を叩いて励ます妹紅。
蹴鞠は勝負事ではない。如何に長くラリーを続けられるか、如何に相手が受け取りやすいようパスするか、と言った全員協力型の遊びだ。
その他の大まかなルールとして、「鞠を蹴り上げるのは右足のみ」「相手にパスする際は『アイ』や『オー』と言った掛け声をあげる」「鞠を受け取った人が蹴られる回数は最大三回」などがある。
シンプルながら、なかなか奥の深い遊びだ。
こう言った安らぎも確かに悪くないと、彼女自身、蹴り上がった鞠と子どもたちの歓声を受けながら思っていた。
そこへ一人の珍客が現れる。
逆に被った帽子、色眼鏡、そしてピッチリしたスポーツインナーの男。なぜか険しい顔付きかつ腕組みしながら、蹴鞠の様子を観察していた。
それに気付いた妹紅が一度蹴鞠を中断させ、おずおずと男に話しかける。
「えっと……あなた誰?」
子どもたちの注目を一身に受ける男。
男はやっと気付いてくれたかと言わんばかりに頷くと、
「えー、怪しい者じゃない。ここで蹴鞠をやっているって聞いて、少し訪ねて来ました」
「はぁ……?」
上半身を揺らさないのそのそとした変な歩き方で、男は妹紅らに近寄る。
見た事のない見て呉れをした男。そんな彼を見て、妹紅は「もしや」と思い、尋ねた。
「もしかして……外来人?」
「その通り」
男は格好良く指を開いたまま彼女に差し向けた。
「僕は昨日、幻想入りしました。しかし! だからと言って自己鍛錬を怠りたくはない! 寧ろ外の世界の技術ないし僕の技術を幻想郷の人々に伝える事が役目!…………そう思い、ここに来ました」
「……お、おぉ……なんか凄そうなのが来たわ」
妹紅はやや引き気味ではあったが、好奇心の塊である子どもたちは別だ。
滅多に見られない外来の人である彼に、彼らは「どこから来たの?」とか「変な服着てるー」とか話しかける。
男は手を挙げて子どもたちを一旦静かにさせると、
「僕は、外の世界では『リフティングの天才』と呼ばれています……リフティングと言うのはまぁ、一人でする蹴鞠みたいなものです。そして僕自身、仲間と蹴鞠をした事もあります……あー、少しその鞠、貸してくれる?」
「え? い、いいけど」
男は妹紅から鞠を受け取った。
「僕は、球や鞠を上手く飛ばす方法を知っています。事実、僕が蹴鞠をやった時、鞠が落ちるまで千回は続きました」
「せ、千回……!?」
妹紅含め、子どもたちからどよめきが起こる。
「そう! 千回です! 残念ながら仲間の一人が足を捻ってしまい千回で中断したが……それさえなければ、恐らくもっと続けられただろうと思っております」
男は「良い?」と言って注目させ、鞠を持ったまま説明する。
「人は何かをする時、必ず迷いが生まれる。蹴鞠の場合、『このパスを受け取れるだろうか』『ちゃんと上に飛ばせるだろうか』『上手く繋げられるだろうか』と、余計な不安が生まれてしまう……それがッ!」
持っていた鞠を真上に放る。
そのまま鞠は落下し、つま先に当たってポトンと地面に転がった。
「……ミスの原因」
男は再び鞠を拾い上げる。
「しかしそれさえ制する事が出来れば、どんなに悪い球でも──」
そしてまた鞠を放るが、落ちて来た鞠を今度はつま先で上手く蹴って浮かび上がらせ、手中に戻す。
「──上手く蹴られる。何度でも蹴られる!」
場は静まり返っていた。
それは男の、自信に満ちた講義に、皆が圧倒されていたからだ。
「その術を身に付けなければ……断言します。君たちが目標とする二十回にも届かないだろう。まずは己に打ち勝たないといけない!」
そして妹紅も、最初こそ訝しんでいたが、今では「ほう」と興味を抱いて彼の豪語を聞いていた。
「気持ちを制する事は確かに大事よね。だけど私たちは、その方法が知りたいんだ」
「安心してください、しっかり教えます。僕の指導を受ければ、明日からみんな……最低でも、百回は続けられるようになるでしょう」
子どもたちからまた「おー!」と、どよめきが起こる。
特に蹴鞠にハマっている数人の子からは、憧れの既に眼差しを受けていた。その子に向かってまた手を差し伸ばしてアピールする男。
そこまで彼が言い切ったところで、妹紅は「面白い」と言ってから、
「それじゃあまずはお手並み拝見と行こう。私と二人で、蹴鞠をするのよ……あんたが本当に上手いんなら、幾らでも続けられるハズ……でしょ?」
妹紅の挑戦に対し、男は臆する事なく頷き、了承した。
「良し! じゃあ、私から鞠を蹴るわ。上手く受け止めてくれ」
「もしかしたらどっちかが怪我するまで続くかもしれないけど大丈夫?」
「ははは……あいにく、その心配は私にしなくて良い。だからあんたはあんたの足の事を心配するべきだよ」
「なら、このゲームは永遠に続くかもしれない」
啖呵を切る彼に、本格的に面白くなって来た妹紅は高らかに笑う。男もまた、不敵に笑った。
彼から鞠を受け取ると、十分な間合いを取ってから、妹紅は蹴る準備に入る。
それを固唾を飲んで見守る子どもたち。一瞬の沈黙。
妹紅の手から鞠が落ち、とうとうそれは蹴り上げられた。
「アイっ!!」
鞠は綺麗な軌跡を描き、男の元へ弧を描く。それを確認すると、男も身構えて訴える。
「臆したら駄目ッ! 自信を持って挑むんが大事ッ! その気持ちさえあればどんな球でも何て事──」
鞠は男のつま先の横腹に当たり、真横に水平に飛んで行って、観客の子の足元に転がった。
それを確認するやすぐに彼はスッと妹紅に背を向け、歩き出した。
「…………え?」
唖然とする妹紅。それはこの場にいる子どもたちも同様だ。
しかし男は何を言うまでもなく、困惑の視線を浴びながら、背筋を伸ばした変な歩き方で広場を去ろうとしていた。
「……あ、あの、ちょっと」
呼び止めようと追いかける妹紅だが、男は立ち止まらない。そのまま里の大通りに出る。
「いや、あの、あんた……今、思いっきり失敗して……うわっ!?」
大通りの隅には一台の車──シトロエンが停まっていた。
「確か外の世界にあるって言う、鉄の車……って、あっ、ちょっと……」
男は妹紅を無視したままその車に乗り、エンジンを点け、走り出した。
「えっ……あ……あんな感じで動くんだ……」
関心する妹紅を他所に、男を乗せた車は颯爽と去って行った。
土煙とエンジン音が残る。
それがなくなってから妹紅は振り返り、一緒に追いかけて来ていた子どもたちを見やる。
「……えっと……な、なんか帰っちゃった……え。失敗したから恥ずかしくなって帰ったのかな? そうだよね?」
広場への道を戻りながら妹紅は半笑いで続ける。
「上手く蹴られるって、思いっきり豪語してたよね? ね? めちゃくちゃ横に飛んでってたよね?」
子どもたちとケラケラ笑い合う妹紅。
「自分から言ってたもんね? どんな球でも蹴られるって。私のミスとかじゃなくて……て言うか私の球、綺麗に飛んでたもんね? ね?」
あはははと、笑い声が響く。
「あー……あー、おもしろ……慧音にも後で話してあげよ」
そう言って彼女たちはまた広場に戻り、蹴鞠を続けた。
日も暮れ始めた里の外れ、足を押さえて泣く男の子が一人。
そんな彼の元に、
「こんな所でどうしたのかね?」
「ぐす……捻っちゃった……」
「んーと?……ありゃー。こりゃパンパンに腫れてるねぇ。立てるかーい?」
男の子はグズグズと鼻を鳴らしながら首を振る。
困ったように頭を掻くてゐ。
「あいにく私も忙しいからなぁ〜……酔狂な吸血鬼が宴会やるってんでモチ持って来いってうるさいもんで……」
背負っているありったけの餅米を見てぼやくてゐ。
だからと言って見捨てるのも後味が悪い。
特にここは里の外れで「迷いの竹林」の近く。日暮れも近い今の時間帯なら、ひょっこりイカれた妖怪が現れて彼を襲う、なんて事が起こりかねない。
それに涙目で訴えかけて来る男の子を突き放すほど、彼女は冷酷ではない。
ハァと溜め息を吐くと、
「分かった分かった……私は助けてあげらんないけど、仕方ないから『能力』使ってあげようかね」
「え……能力……?」
「まぁ、大したものじゃないよ。『運良く』、応急手当ての道具を持ったお医者さんが通りかかってくれる……ってだけの能力さ。期待してくれるなよ〜」
そう言って彼女自身の能力──「人間を幸運にする程度の能力」を発動。
効果はすぐに現れた。基本、人通りの少ないこの場所に、なんと男が一人、偶然通りかかった。
「ほぉ、もう来たよ! 日頃の行いが良かった証拠だね……おーい! そこのおじさーん!」
てゐが呼び、男は怪我をした男の子に気付くと、急いで駆け寄る。
「どうしたんだい!? ちょっと良く見せてくれるかな?」
「痛いよぉ……」
「あー……これは酷い捻挫だなぁ。立つのは難しいかな……ちょうどおじさん、治療の帰りだから応急処置は出来るよ」
どうやら本当に医者のようだ。男の子は驚いた顔で、てゐを見やる。
医者の男は彼の怪我をした足を見て、
「捻挫以外にもちょっと擦りむいてるなぁ……」
「え……ちょっと……えぇ……?」
なぜかてゐは医者の姿を見て、驚きと笑いを織り交ぜたような顔をしていた。
「えぇ……ほ、ホントに言ってる……?」
「傷口を洗った方が良いなぁ……ちょっとそこの、あー、兎の耳の君! この近くで水場はないかな?」
「えぇえ? なんで……えぇー?」
医者の頼みを無視し、てゐは彼を見てずっとニヤニヤしている。
さすがに気になった彼は、
「あー……ええと、君……私の顔になにか付いているかね?」
「いや、顔って言うか……いや顔もなんだけどさぁ……うわぁ! これも幸運って事で良いのかなぁ!?」
「は?」
「えー!? すごっ!? なんでそう……そう、よりによって今、全部揃った人が出て来るのさ!? うわーっ! 百年であるかないかの幸運だよ!」
「あの……全部揃った……? 君、何の事言っているのかね?」
「いや、だって、あんた」
「え?」
「ハゲデブメガネヒゲじゃないか」
てゐにそう突き付けられ、医者は呆然と黙り込む。
確かに彼女の言う通り、彼はハゲでデブでメガネをかけて、ヒゲまで生やしていた。
「……いや……私の見た目はいいから、水場の場所を……」
「え!? なんでそう四つ揃えられんのさ!? 大きな特徴の四天王じゃないか!? えっ、えっ、えっ、なんでなのなんでなの!?」
「私の事はいいから、とにかく水場の場所を……」
「え!? 本物!? カツラとか伊達メガネとかじゃなくて!? 本物のハゲデブメガネヒゲ!?!?」
「この子、怪我してるから静かに……」
「うわうわうわホントに!? ハゲデブメガネヒゲだっ!! これもう、三種の神器全部見られるぐらいの奇跡だよ!!」
「……あの……君ぃ……」
「えー……うわ何度見てもハゲデブメガネヒゲ!!」
ハゲデブメガネヒゲと連呼され、思わず失笑する医者。
とりあえず捻挫している箇所に布を巻きながら、興奮する彼女を宥めようとする。
「ちょっと静かにしようか、君。この子手当てしてるから」
「なんでそうなっちゃったのさ!? なぁなぁ教えておくれよハゲデブメガネヒゲ!!」
「いやあの、私はその、ハゲだとかそんな名前じゃなくて……」
「せめてヒゲはどうにかなったハズだろさぁーーっ!! ちゃんと切り揃えちゃってさぁ!!」
てゐの指摘に、気まずそうな顔でヒゲを撫でる医者。
「……あぁ、ボク、大丈夫だからね? ちゃんと手当てしてあげるから」
もう無視して手当てに集中しようとするも、てゐの追及は止まらない。
「えっえっ!? せめて二つじゃないか!? ハゲとデブは仕方ないにしても、ヒゲとメガネは努力次第でどうにかならないもんかね!?」
「傷洗わないとなぁ……消毒液あったかなぁ……」
「メガネ取ってヒゲ剃りなよ!!」
「あの……あー、ボク、あの子の言う事は無視していいから」
「ちょっとハゲデブメガネヒゲのクセに無視するんじゃないよ!! あっ!! じゃあさじゃあさ、予想したげる!」
てゐは医者を意気揚々と指差し、
「まずメガネって事は、子どもの時から目が悪かった、だからメガネが最初!」
「…………」
「でっ! 少し経ってから太り出して来たからデブが二番目!」
「……いや……あー、ボク、無視していいから……」
「それで〜……あっ! 歳取ってハゲて来たから、ハゲは三番かね!?」
「……無視して……大丈夫だから、治すから……」
「そんでそんな自分が嫌になって、変に洒落めかそうって考えて、ヒゲを生やし出した!!」
「…………」
「だから順番は……メガネデブハゲヒゲっ! どう!? 合ってんだろっ!?!?」
「黙れーーーーッ!!!!」
とうとう堪忍袋の緒が切れ、物凄い剣幕で怒鳴る医者。
しかしてゐは依然、キャッキャしながらハゲデブメガネヒゲをイジる。
「その反応は合ってるだろ!? 絶対そうなんだろっ!?」
「黙れーーッ!! その話やめろーーッ!!!!」
「だったら教えて! どれが一番最初なのさ!?」
「手当てさせろッ!! せめて一分黙っててくれッ!!」
「それとも……えっ!? まさかのハゲが一番最初なのかいっ!?」
「なにが目的やお前ッ!! なにがお前をそう突き動かすんやッ!?」
てゐは「分かった!」と手を打った。
「まず歳食ってからハゲ出して来た……でっ! そのメガネは老眼でかけ始めたっ!」
「もうええやろその話……!」
「そのデブは中年太りによるもの! んでっ! それでそんな自分が嫌になって、ヒゲ生やして洒落めかし始めたっ!!」
「…………」
「だから順番は〜……ハゲメガネデブヒゲっ!! これでどうさっ!?!?」
「帰れお前はーーーーッ!!!!」
とうとう男の子を放ったらかしに、立ち上がっててゐに詰め寄る。
それでもやはり、彼女は全く調子を変えない。
「えっえっえ!? そんな人生の後半で一気に手に入れた感じなのかいっ!? ハゲデブメガネヒゲ全部っ!!」
「もうええて帰れッ!!」
「だったら教えなよっ!! ハゲが最初!? メガネが最初!?」
「帰れと言っとるやろッ!! 集中出来ひんねんッ!!」
「教えてってばホント!! 一応言うけど嘘つかれんのは嫌いなのさ私っ!! ダイコク様の心で正直に答えてくれよ!!」
「誰やダイコク様てッ!?」
「多分ヒゲは最後だろ!? そうだろハゲデブメガネヒゲ!! なぁっ!? どうなのさァーーーーっ!!」
「ヒゲは最後やーーーーッ!!!!」
耐え切れず言ってしまう医者。
対して歓声をあげるてゐ。
「やっぱりやっぱり!! 最後に洒落めかし始めたんじゃないか!!」
「もうええやろッ!!」
「じゃあメガネはメガネは!?」
「メガネは最初ッ!!」
「わーいっ! 最初だった!!」
「帰れ帰れ帰れッ!!」
「ハゲは何番目!?」
「ハゲは三番ッ!!」
それを聞いて目を爛々とさせ、正解の順番を叫ぶ。
「じゃあ、メガネデブハゲヒゲっ!?!? こう言う事だろっっ!?!?」
「答えを出すなーーッッ!!!!」
答えが分かってスッキリしたのか、てゐは兎らしくぴょんぴょんと跳ねながら彼から離れて行く。
「あースッキリした! ありがとうメガネデブハゲヒゲーっ!! また会おうメガネデブハゲヒゲーっ!!」
「もう会いたないわッ!! 二度と現れるな妖怪ッ!! あとメガネデブハゲヒゲ言うなッ!!」
「さよならメガネデブハゲヒゲーーっ!!」
「消えろーーッ!!」
満足したてゐはやっと、竹林の方へ帰って行った。
戻って来ない事を確認してから、ドッと疲れた顔で男の子の治療に戻る。
二人の物凄い言い合いに、痛みを忘れてポカーンとしていた。
「あー……もう邪魔者はいなくなったから。ちゃんと治してあげようね」
献身的に手当てをしてくれる彼に、男の子は心を開いたようで、にっこり笑ってくれた。
「ありがとう、メガネデブハゲヒゲのおじさん!」
それを聞いて医師は泣いた。
feat...
【蹴鞠のパス上手く受け取れずそのまま帰る奴】