妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
「ロボットにパラサイトが取り憑くなど、思いもよりませんでした」
「ヒューマノイドタイプだから、なんだろうな。とんだ付喪神だ」
おお。お兄様から付喪神なんて言葉が出るなんて。
お兄様としても今回の出来事は予想外だったのだろう。眉間に皺が。そろそろ癖がついちゃいそうですよ。伸ばしましょうね、とそこを撫でるとアイロンのように伸びていく。
よかった。痕は付いてない。
今日はお稽古の日。ということでお兄様が購入なさった自動運転車で移動中。高級車ですよ。黒塗りの。良家の子女も大変ですね。習い事一つでも体裁を整えなければならないなんて。
その度におしゃれな恰好をしなければならないというのも一苦労。…何せ毎回お兄様よりお褒めのお言葉がかけられますからね。
服を着ること自体はそこまで大変でもない。慣れです慣れ。一人ででもそれなりに着飾れます。
でもね、お兄様の言葉に耐性なんて付かない。いつまで経っても慣れないのですよ。そろそろ手抜きをしてくれてもいいんですけどね。
着飾った装いの私に対し、お兄様は暗色のジャケットを羽織っていて、年相応。高校生にはとても見えない恰好だ。
十文字先輩程ではないけどお兄様もちょっとのことでは動じない、学生らしからぬ落ち着きがあるから、スーツに着られているのではなく着こなしている。つまりカッコいい。
…これで一人カフェのテラス席で新聞片手にコーヒーでも傾けられたら、私は延々とお兄様を眺め続けるだろう。ハマり過ぎである。想像だけでご飯がおいしい。
そんなことを考えていたからだろうか、お兄様の問いかけに反応が遅れた。
「我慢していたんだろう?」
「…え、」
「ピクシーの中の存在に」
「申し訳ございません…。はい、気づいておりました」
お兄様はいつから、とは問わなかった。
「お前のことだ、どこまで大丈夫か試したかったか」
「いえ!そんなことは」
流石に皆のいる前でそこまでの危険は冒せない。
かといってお兄様がピクシーに抱きつかれるシーンが見たくて、なんて答えられるはずもないのではぐらかす一択で。
「…お兄様は、どうなさるおつもりですか?」
「どう、とは、ピクシーをどう扱うかということかい?」
お兄様は何とも言えない表情で返した。
「家に連れて帰るわけにも行かないからな。適当な口実を作って、学校で情報を聞き出すことになるか」
「やはり、家には連れて帰らないのですね」
「それはそうだ。パラサイトが嘘をつかないという根拠も保証もない」
まあ、いくらお兄様の役に立ちたいと本人が自己申告してもそれが真実とは限らない。
私の害になる可能性のあるものを、しかもまだお兄様が対処しきれないかもしれないモノをテリトリーに連れ込むわけがない。
それは、わかるのだけれど。
「…お兄様、お願いがあります」
「聞くのが怖いな」
お兄様はすでに予想されているのだろう。けれど私も引くわけにはいかない。今後のことを考えれば避けては通れないから。
「パラサイトに対しての、訓練をさせてください。先生と対策は考えました。通用するか、確認したいのです」
「…それは俺が撃退する術を身に付けてからではだめなのかい?」
「ほのかの思念に感応した、とピクシーは言いました。どこまでその言葉を信じていいかは未知ですが、それでもあの時お兄様の言葉に従順に従い、尚且つ嬉しそうにしていました。…もしその、おかしな状況になったとしても感覚をシャットアウトすれば、感じ取ることはありません。――お兄様のおっしゃることはもっともです。お兄様が術を身に付けてからの方が安全だとも承知していますが、…そう待っていられる状況でもないと思うのです」
「…深雪の勘か」
勘、というより今回は原作知識です、とは言えない。
俯いていると、お兄様が私の手を取った。
爪の先まで手入れをした手がお兄様の手に包まれる。
「わかった。早いうちにセッティングしよう」
「ありがとうございます」
お兄様にとってこの決断は苦渋を伴うものだったのだろう。また眉間に皺が戻ってしまった。
申し訳ない。
あ、そうだ。忘れるところだった。
私はハンドバッグから一枚のハンカチを取り出した。
「お兄様、ちょっとこちらを向いてくださいませんか」
素早くハンカチの形を整えて、こちらに向き直ってくれるお兄様の胸に差し込む。
最後にちょん、と摘まんでふんわりさせて。うん、これならお堅いスーツが少し崩した形になる。ポケットチーフも使い方ひとつで印象が変わった。
「これは?」
「先日のハンカチと同じ素材の柄違いです。こちらは光沢もあってシルクに見えますでしょう?これなら畏まった席でもちょっとしたパーティーでもおかしなモノには見えませんから」
そう簡単に胸が撃たれるようなこと、お兄様に限ってないと思いますけれど、お守りです。
これから大変でしょうけれど、一つでも怪我が少なく帰ってきますように。
「ポケットチーフ一つでだいぶ印象も変わりますね」
「俺にはまだ早い着こなしだな」
「そんなこと御座いませんよ。素敵です」
確かにただの高校生では浮いてしまうかもしれないけれど、落ち着いた印象のお兄様なら、ちょっとした粋に見えなくもない。…老けているのではないですよ。大人びているからそう見えるのです。
到着したお屋敷のエントランスまでエスコートしてもらって、ここでお別れ。
いくら護衛といっても、ここは男子禁制。その分厳重に警備体制が敷かれている。
たった二時間しかない中で、お兄様はスターズのトップと使い捨てと言ってもそれなりの実力者数名とやり合うことになっている。…ちょっとくらい遅刻してもいいですよ。お兄様の体が傷つかない方が私には重要です、なんてこの段階で言えないですしね。
「いつも通り、時間になったら迎えに来るから」
「はい、お迎えお待ちしております」
見送るお兄様の視線を背に感じながら案内に従って付いていく。お兄様がそちらで戦うなら、私はここで戦ってみせよう。
この先に続く、お兄様の幸せへの道を作るために。
――
ピアノレッスンの合間に暗躍して、そしてまたレッスンに戻って。指が攣りそうです。あまりブラインドタッチ早くないので指が縺れそうでした。
静かに暗躍する時はキーボードが便利です。前世でやっててよかった。
時間がなくて焦るけれど、焦っても指は早くならない。日ごろの訓練がモノを言います。お兄様ってすごいと改めて実感。
その後続けてピアノですからね。鍵盤の上でも指が滑りそうになりましたよ。危ない。
先生は厳しい方なのでちょっとしたミスもできない。課題が増えてしまいます。気を付けねば。
何とか乗り切って先生に一礼をしてから控え室に向かう。
まだお兄様が迎えに来る予定時刻より少し早かった。
お兄様は今頃どうしているだろう?あらかた片付け終えて葉山さんに連絡を取ったところか、それも終えてこちらに向かっているところだろうか。
そわそわと落ち着かない。もちろん面には出さないのだけれど。
「紅茶はいかがですか?」
「お願いします」
カップが前に置かれ、紅茶を注がれる。この控え室には私ひとりと、給仕をしているこのお兄さんの二人きり。
すっと紅茶と共に差し出されたのは一枚のカード、に読み取り専用のチップが付いている。
わあい、隠密っぽい。
洗練された動きで一礼して去っていった。うん、カッコいい人でしたね。どうして四葉の人間って綺麗な容貌しているのにそんなに気配を殺せるのだろう?不思議。
端末を取り出して中を見れば、早いねー。一時間でこれだけ動いてくれましたか。
さっき指示出したばっかりだと思っていたけれど、いくつか既に着手してたみたい。
最近はこちらから指示を出す前に事前に調べてくれることが増えた。順調に育ってくれているようでなによりです。
前世の教育係をやってた経験が役に立ったね。…なんて、彼らが優秀過ぎるので私の功績じゃないだろうけど、心の中くらい鼻高でいさせてください。
データを消去してまたカードの裏側にくっつけてテーブルへ。お片付けよろしくお願いしますね。
頃合いだと席を立ち、エントランスへ向かえばお兄様が。
服装も髪型も乱れてません。
深雪ちゃんが相手でなければ気づかれなかっただろうけれど、申し訳ない。見逃してあげることはできない。
完璧淑女の挨拶を交わし、お兄様からエスコートを受けて車の中へ。この中に入れば耳目もない。
だから私は遠慮なく、お兄様に手を伸ばして、――体に触れていく。
「ここ、と、それからここも、ですわね」
鼻を近づけなくてもわかる癖に、お嬢様口調のままわざとらしくパフォーマンスとして近づけて。
「お顔にも傷を作られましたか」
触れそうな距離まで近づいて――否、鼻が頬に触れた。
「…深雪」
「リーナだけではないのですね。複数人、相手になさったようで」
顔からゆっくりと下へと移動して首筋辺りで問えば、お兄様は顔を逸らした。
「…すまなかった」
「お兄様は襲われただけなのでしょう?お兄様が謝られることなどございません」
「しかし、心配をかけた、から」
するり、と手を滑らせて、胸の上のポケットチーフへ添えて。
ここは傷つかなかったらしい。良かった。
「そうですね。これだけ臭いがしますと心配にもなります。こんな街中で仕掛けられるなんて。…お兄様のことですから被害が大きくならないように彼らを広い場所へと誘導したのでしょうけれど」
「本当に、深雪に隠し事はできないな」
嘘ばっかり、なんて浮気男をなじるようなセリフは言わない。
言ったところでお兄様は私に隠したいことはあるだろうし、私だってお兄様に隠していることがたくさんある。
「せっかくお兄様が隠したかったことを明かすような真似をして申し訳ありません。それでも心配なのです。いくら傷を残すことが無かろうとも、傷を負ったことは事実。痛みを受けたのは事実なのですから。心配くらいさせてくださいませ」
心臓の音を聞くが如く、お兄様の左胸に耳を当てて。
「ご無事で何よりです。お兄様」
お兄様は言葉で返さず、私を抱きしめた。
血臭がする。けれどお兄様の腕の中というだけで、私は安堵し力を抜いた。
ここはどこよりも安全な場所だから。
――
翌日の朝。
USNA海軍所属の小型艦船が日本の領海を航行中、機関トラブルにより漂流していたところを防衛海軍に保護された、というニュースが流れた。
それは、ただのトラブルだろうと推測も付け加えられていた。深く触れるな、とメディア側に圧でもかかっていたのかもしれない。
お兄様も私もそのニュースを目にして動きを止めた。昨日の今日のこのタイミングで何もないなど信じられるほど、知らないわけでもない。
「リーナは今日、学校を休むでしょうね」
今朝、お兄様が外出している間に叔母様とお話し済みだ。お兄様の願いを聞き届け、対応をした、と。
そして、昨夜のデータは有効活用させてもらうわ、と。
亜夜子ちゃん経由で届けてもらう予定のモノは、USNA内部に巣くっているであろう癌細胞の存在を臭わせるデータだ。ぜひ有効活用して自国の免疫力を高めてほしい。
日本になんてちょっかいを掛ける前に地盤を固めて下さい。
リーナちゃんも帰国したら忙しくなるだろう。今のうちにちょっとでも休んでもらいたいのだけれど、こんなことになってしまっては今日は会えないだろうね。明日は何を持たせてあげようかしら。
「そうなるだろうな」
「こんなことを気にしてもしょうもないのでしょうが、留学生がこんなに休んでしまって大丈夫なのでしょうか」
「どうとでもなるだろう」
お兄様ったら投げやりですね。まあそうでしょうけど。
元の彼らの目的はお兄様と私の監視と探りだったのだから。現在はパラサイトの滅殺という任務を課せられているから、そちらに忙しく本来の任務は後回し。付き纏われることはないのだけれど。
「こんな時ですが、リーナにはもう少し学校生活を楽しんでもらいたいです」
「…深雪はやたらとリーナに甘くないか?いくら雫の代わりとはいえ」
私の言葉に、お兄様は感情を隠さず面白くないと訴える表情で返す。
とはいえ人にはちょっと眉を顰めた程度しか見えないかもしれないけれど、瞳は雄弁だった。…ちょっとどころか、かなりきゅんと来たけれどすまし顔で隠します。
「雫の代わりと思ったことなど一度もありませんよ。雫は雫。リーナはリーナです。ですが彼女を誰かと重ねているとしたら――その相手はお兄様です」
「俺?」
あら、予想外でしたか。今度は目を見張って驚いている。
「リーナはあの若さでスターズの総隊長です。きっと過酷な訓練を耐え抜いて、今の地位まで上り詰めたのでしょう。お兄様が四葉の人間でなければ今のように特尉としてではなく、リーナと同じくらい上り詰めていてもおかしくなかったはずです。
リーナは愚直なまでに任務に忠実でした。そのように教育され、今日まで来たのでしょう。お兄様も同じ環境でいたのならその状況を受け入れ、疑問など抱くこともなく任務をこなす日々を送っていたかもしれません」
お兄様は四葉に生まれたことで、俗世から隔離され教育を施された。
もし深雪ちゃんとの関係が希薄なままだったなら、恐らく任務をひたすら熟すマシーンのように、それこそお兄様が言う兵器のように扱われ、表に出ることなく静かに暮らしていただろう。
名誉もなく、称賛もなく、ただ蔑みに塗れた世界で飼殺されていた。
リーナちゃんはその点、名誉と称賛を受けていた。けれどそこでも蔑みもあり、こうして嫌がらせのような任務も受ける羽目になっていた。
どちらも彼らに求められているのは兵器としての価値。彼らの意思など求められることなどない。
そこに、幸せはあるのだろうか。
年相応など知らず、同世代が何を考えているかも知らず、――よって羨むなんてことすらなく毎日忙殺されて過ごすのだ。
「お兄様はたまたま学校に通う機会がありました。通っていることでいらぬ苦労も背負ってしまっていますが、その分以前まで感じられなかった刺激を受け、生活に彩が生まれていると思われます」
「そうだね、確かに学校という場は、俺に知らないものを教えてくれた」
ふ、と口元を緩められたお兄様に感動しそうになるけれど、今は我慢。
「たった三か月ではありますが、リーナにも同じ機会があればいいと思ったのです。たとえ任務のついでであってもせっかく学校に、同世代の集まる学び舎に入学する機会が得られたのです。ここでしか感じられないことを体験してほしいと」
リーナちゃんの狭い世界をちょっとでも広げてあげたい。狭苦しいだけの世界で生きることが、彼女の唯一の選択肢だなんて、そんなことが許されていいはずがない。
努力した人間が救われない場面はもうたくさんだ。
「これは私のわがままです。リーナは望んでいないかもしれない。というより望んでないでしょう。彼女は外の世界を自分と隔離しているでしょうから」
お兄様がそうであったように。
「リーナに甘いのではなく、私は私に甘いのです」
結局のところ自己満足でしかない。
私は自分が嫌だから、好きな子が苦しむ姿を見たくないから、勝手に手出しをしているに過ぎない。
それで未来が変わらなくても、自分が何かしてあげたという押し付けをして、何かした気になりたいのだ。
なんて強欲なのか。自分勝手で傲慢な考えだ。
(…朝からなんて話をしてしまったのだろう。こんな妹で、お兄様は幻滅したかもしれない)
急に怖くなって話はこれでおしまいとばかりに食器を片付けるために席を立つ。
シンクに置いて、HARに後を任せて、その後は――
シンクの前に立つ私を、お兄様が背後から抱きすくめた。
気配無く行われた突然の抱擁に驚きすぎて硬直してしまう。
「っおに――」
「深雪。お前の自己満足は、それだけで俺を満たしてくれる。お前は好き勝手に生きているだけで人を幸せにするんだ。だからこれからも好きにしたらいい。お前の進む道を誰かが阻もうとするのなら、俺がそれを片付けよう。お前が何かを願うなら、俺はそれを叶えてやりたい」
私の顔の横に顔を寄せ、囁くように掛けられた言葉に心臓が痛いくらいに暴れまわる。
きっとこれだけ密着して触れているお兄様には伝わっているはずだけど、私は努めて冷静を装って。
「…お兄様こそ、私に甘すぎます」
何とか言葉を絞り出す。
「甘すぎるだなんて、これからまだまだ甘やかしたいぐらいだ」
ぎゅっと、更に力を込められて息が苦しい。苦しいけれど、肯定してもらえることが嬉しくて。
「あまり甘やかさないでくださいませ。調子に乗って困るのはお兄様ですよ」
「深雪に困らせられるなんて、楽しみでしかないな。一体どんな風に困らせてくれるんだ?」
…お兄様、妹に困らせてほしいだなんて。原作では深雪ちゃんに困らせられて結構大変な目に遭っていたのですよ?文字通り心臓を止められたりとか。
あれだよね、ラ〇ちゃんの嫉妬の電撃みたいな。
…心臓止まってるからあれほど可愛らしいものではないけれど。
あの様子では日常茶飯事だったのよね?原作の場面的には一度きりだったけれども。
…そう考えると結構とんでもないことする妹でしたよね、深雪ちゃん。
「期待していただいてるところ悪いのですが、もうお時間ですよ。そろそろ支度しませんと遅れてしまいます」
「仕方ないか。話の続きは登校中に聞こう」
あらぁ。逃れられないのですか。私の方が困ってしまいますよお兄様。
解放してくれたお兄様は、最後に頭を撫でてから離れていった。…朝からすでにお兄様の供給過多で苦しいのですけれど、心臓さん大丈夫かな。
今日一日このまま全力疾走だったら疲労で止まってしまう。休憩が欲しいです。
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