妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
ほのかちゃんを部屋まで送り、ピクシーを元のガレージに置いてきて二人が家に帰ったのは日付こそ変わっていないものの真夜中と呼んで差支えのない時間だった。
普通に出歩いていたら補導される時間です。見咎められず帰ってこれてよかった。
お兄様とハグをしてから今日はぱぱっと着替えてぱぱっと食事。
そしてお風呂もささっと済ませて、遅いこともあって今夜はコーヒータイムを省略したのだけど、ここで問題が一つ。
お兄様との語らいである。
これまで夜遅くにお兄様に絡むことを避けてきた。
深雪ちゃんがお兄様に遅くに絡む話はどれもちょっとしたラブハプニングがつきものだったからだ。
原作の深雪ちゃんは何かと理由を見つけてはお兄様の傍に寄りたいのだから、時間なんて関係なかったけれど、夜の雰囲気は彼女を妖しくさせていた。
九校戦では部屋で密会擬きをしたり、横浜事変でも、疲れてソファに沈んだお兄様にふらふら引き寄せられちゃったりと、それはもう深雪ちゃんはお兄様という蜜に引き寄せられる蝶のように近づいては、なんてはしたない真似を!と羞恥に見舞われていた。
私がしっかりしていればそんなことにはならないだろうと思うだろうけれど、私だって深雪ちゃんに劣らずお兄様が好きなのだ。もちろんファンとして、だけど。
好きな人を目の前にしておかしな行動を取らずにいられるか、それは三年間過ごしてわかった。
(結構高い確率で、私はおかしな行動を取る)
夜はどうにも理性が緩みやすいらしい。
お兄様にだけではなく、大好きな母にもメロメロになって猫に木天蓼状態だった記憶がある。
母を相手にしてもあれだけ不審がられる場面があったのだ。何かしでかす可能性があるならば避けるべきだ。
母がお兄様と違って、私のすべてを受け入れてしまうことが無くてよかった。
妹のすべてを許容してしまうお兄様じゃ判断基準にならないからね。散々気の緩みを指摘されました。
だけど、今夜これから話すべき内容は重要なキーの一つでもある。
非魔法師と魔法師と人外生物の境界線がいかに曖昧であるか、お兄様に認識してもらうこと。
それが物語の重要なポイントとなる。
できることなら広い部屋で共にいる時間に済ませたかったけれど、タイミングが無かった。
なら明日にすれば、とも考えたが、この悩みは深く考える時間が無いからこそ、深みにはまる前にお兄様に吐露して解決してもらわないと、流れがおかしくなってしまう。
一晩寝かせて深刻な悩みになる前にお兄様に相談するから、意味がある。…つまり、今この時間がベストなのだ。
深雪ちゃんの頭脳は相変わらず優秀だ。結論を出すのが早い。心の準備が追いつかないほどに。
でも、大丈夫。私はこの先の展開が予測できている。
お兄様に寝かしつけてもらわないと寝られない、なんておねだりをしなければいいのだ。
相談だけしてすっと部屋を出ればいい。悩みを打ち明け、解決してもらっておやすみと笑い部屋を出ればいい。それでミッションコンプリートだ。
よし、と気合を入れてカーディガンを羽織って自室を出る。身に着けているのはいつものパジャマだ。
雫ちゃんに感化されてネグリジェなんて着ませんよ!あれは劇物。お兄様にどころか人様に見せられません。
こっそり自分で楽しむものです。あれは、うん。…眩しくて見れないほどにヤバかったとだけご報告します。
裸でいるよりエロいよね。魅了アップの装備ヤバい。
頭を振って邪念を吹き飛ばして、いざ、お兄様の部屋に。
深く深呼吸してお兄様の部屋の扉をノックした。
――
達也視点
ノックされるより早く扉の向こうの気配に気づいていた。
どうやら深雪も寝られないらしい。
机の上に広げていた教材はそのままに、中に入ることを許可すると、深雪はしずしずと部屋に入ってきた。
不安なのか、カーディガンの襟を掴んでいる姿は、今すぐ抱きしめてあげたくなるほど庇護欲をそそられた。
だが、今の時刻は零時を回っており、ここは兄とはいえ異性の部屋。
自制心を働かせて椅子から立ち上がると、ベッドに腰を下ろして隣を叩いた。
すぐに話して終わり、という雰囲気でないことは深雪の表情で分かったので、座るように促したのだが、彼女はためらいを見せて入り口から動かない。
だがずっと立っているのも、と視線をさ迷わせるも、この部屋の椅子は先ほどまで座っていた一脚のみ。
先ほどまで兄が座っていた椅子に座ることができないのだろう。
もう一度叩くと、深雪は意を決したように近づいて、「失礼します」と恐るおそる腰を下ろした。
ちょこん、と座るが、まるで空気椅子のようにほとんどベッドにのっていない。それではバランスが悪くないか?もう少し深く座った方が良い。
「深雪、遠慮することはないよ」
慎ましい妹らしい反応に苦笑して促せば、更に縮こまって少しだけ深く位置をずらす。
それでも半分くらいしか乗っていないのだが、これ以上無理強いすることでもないか。
手を伸ばしても触れることのできない距離を取っていることに、きちんと彼女も警戒心があるのだな、と感心するとともに、一抹の寂しさが過る。兄としてこの成長を喜ぶべきだろうに。
雑念を払って深雪の相談に耳を傾けようと顔を覗けば、不安に瞳を揺らしていた。
この時点でなぜ抱きしめられないのだろう、とすぐにまた雑念が湧くが、深雪の声に払拭される。
どうやら深雪は先のパラサイトたちの戦いの最中、違和感を覚えたらしかった。
それも、俺には思いもよらない発想で。
曰く、魔法とは、魔法師とは何なのかわからなくなったのだ、と。
「パラサイト――妖魔の使ったサイキック的な力と、私たちが使う魔法はプロセスは違えど、同じようなモノでした。最後のピクシーから放たれたあの攻撃も、だいぶ荒っぽいですが移動系魔法と同じ構成で…。妖魔が魔法師に取り憑いて宿主の魔法を行使しているのだと思っていました。けれど、そうではなかった」
ぽつり、ぽつりと零される言葉に、徐々に深雪が何を不安視しているのかが朧げに見えてくる。
「ピクシーの宿主はほのかではありません。機械の体です。けれどピクシーには移動系魔法は組み込まれていません。つまりあのサイキックは彼女の本体から生じたモノということになります」
魔法とサイキックは同じようなもの、と最初に確認されたのはこの定義を結び付ける為だったのか。
よって導き出した答えが、
「妖魔は私たちと同じ力を持っていることになります」
だから、わからなくなった。己が何なのか、と。――だが、俺はそれを強く否定したい。否定、しなければならない。
けして妖魔、パラサイトと魔法師は同じではなく全くの別物であると。
確かに魔法がなぜ使えるかなど根本はわかっていない。使えて初めてどのような理屈かは考えられても起源が何かなど辿れない。
妖魔が先か、人間が先か。なんて調べようもない。
だがこの二つの力が同じだからと言って短絡的に結び付けていいものではない。
同じものであるなどと、錯覚することはないのだ。
「そもそもパラサイトの正体は、人間の精神に由来する独立情報体、と考えられている。人間の精神に由来するものなら、その力は人間に与えられたものだ。魔法師の魔法が妖魔に由来するのではなくて、妖魔の魔法が人間の魔法に由来するという考えだってできるんだよ」
そう、言葉を尽くして伝えれば、深雪は目を開閉させて鱗を落としたようにすっきりした瞳の色を取り戻した。
(――ああ、なんて純真なのだろう。俺の言葉をこんなにすんなりと聞き入れて)
もしこれが深雪を騙すための言葉だったならどうなってしまうのか。
ちゃんと気づいて騙されないで済むだろうか。
心配だ。悪い男に簡単に騙されてしまいそうな深雪に、俺はどう教えていけばいいのだろう?
二人の間は手を伸ばしても届かない距離だ。
ちょうど二人の間辺りに手をついて身を捩って寄せれば、ぐっと距離が近づく。
ぎしり、とベッドが音を立てて軋み、下がった頭をもたげて深雪を見上げた。
何が始まるのか、と不思議そうに見つめる深雪の瞳は俺の動きを見逃さないようにと、しっかりとこちらを捉えていて、いつもとは違う視点で互いに見つめ合う形になった。
「深雪は深雪だ。俺の可愛くて大事な妹だよ。何も不安に思うことはない」
「…はい」
手を伸ばして彼女を支えていた手に触れると冷えていて、そういえば彼女は上着を羽織っているとはいえ寝間着なのだと思い出す。
きっちりと一番上までボタンを締めたシンプルな冬用のパジャマだ。
先日見た雫の寝間着とは違う、一般的なモノなのに、見慣れない恰好のせいか目が離せなくてじっくりと見てしまう。
上まで締められているといっても鎖骨の上あたりまでなので首がよく見える。
カーディガンを羽織っているから体のラインを見ることはできないが、胸元をつかんだままの手が少し引っ張っていることで、丸みが一部浮き彫りになってしまっていることに本人は気付いていない。
見つめ続けていると徐々に赤みが差していく様が可愛らしい。
深雪の瞳に映る自分の口角が上がっていることに気付いた。当然深雪が気付かないわけがない。
目が揺らぐのは現在のこの状況を理解したから。近くで見つめられているとようやく気付いたのか。
それだけ深雪には深刻な悩みだったのだろう。
だが、彼女は自らが妖魔かもしれないと恐れたわけではない。それだけははっきりと分かった。
もしそうならば彼女は俺に相談しない。自分の問題ならば自分で抱え込む。そういう子だ。
だから恐らくこの発言は、これから起こるであろう人心の変調が予測できたことからくる不安を払拭したかったのではないだろうか。
優しいこの子のことだから、これから魔法師の立場が悪くなるかもしれないことを危惧したのか。
俺の時もそうだが、この子は人が迫害されることをひどく厭う。
そこで反発するでもなく摩擦を生まないために堪え忍び、辛抱強く周囲の意識改革を促したりという回りくどい手段を取ってまで、周囲に気を配る。4月の事件が正にそうだった。
自分がどう思われても堪えて、爆発させたところをまとめ上げ、最終的に現在二科生を見下す生徒はほとんどいなくなった。
むしろ背後に控える二科生たちに危機感を覚えて授業に真剣に取り組む一科生が増えたと聞いた。
二科生だと蔑む前に、一科生として努力しなければ、努力し続ける二科生に抜かれてしまう、という危機感が強くなったらしい。
侮っていると足元をすくわれる、なんて、一年前の彼らが聞いたら一蹴するような笑い話が、今では真面目に取り組んでいるというのだから劇的な変化だろう。
おかげで人をひがむ暇もなく、互いに努力する姿を見るようになってお互い尊敬できる場面が生まれやすくなったようで、入学当時感じていた壁は無くなっていた。
深雪がその変化を自分のことのように嬉しそうに見つめていることを知っている。
生徒会室から窓の外を眺めては、一科生と二科生が一緒に帰る姿が増えたことを喜んでいた。
人のために、穏やかな生活のために、彼女はいつも自分が幸せになるためだと嘯いて、人の不幸を取り払っていく。
だから心配になる。彼女の優しさに気付く人間が増えれば増えるほど魅了される者は増えていくから。
(まさかその対象が人間のみならずパラサイトにまで及ぶとは思わなかったが)
深雪には聞き取れなかったようだが、あの時深雪と対峙していたあのパラサイトは確かにずるい、と言った。深雪を物欲しそうに見上げながら。
心配されるピクシーに、そして褒められるピクシーに対して嫉妬していたのだ。
それが宿主からもたらされた思考によってもたらされた感情なのか、今となっては知る由もないが、魔をも魅了する深雪にこれ以上触れさせてはならない、と何か訴えかけていたパラサイトの口を封じた。
深雪が悲しそうな目で見つめ、それを苦しみながらも眩しそうに見つめるパラサイトの様子に、駆け寄らずにいられたのは理性が働いていたからか、逆に思考が働かないほど衝撃を受けたからか。
ガレージにピクシーを戻した時もそうだった。
深雪はピクシーを労い、褒め、撫でて、抱きしめて。
彼女にとってはいつもの行動でも、ピクシーにとっては不明な行動だった。
何をしているのかわからない、とテレパシーを使ってまで伝えてきた。
感謝を伝えている、とだけ返すとピクシーは深雪を見つめ、深雪が体をもぞりと動かす。
視線を感じるだけでパラサイトの動きを察知してしまうらしいが、どうにも動きが普通ではない。
隠しているつもりだろうが、詰めた吐息を漏らす瞬間の深雪が頭から離れない。見てはいけないものを見ているような、そんな気持ちにさせられる。
それをピクシーも気にしているらしく、深雪の動向を動画に収めているがチェックするかと聞いてきた時には言葉に詰まった。
どうやら俺の心拍に影響したものを調べるため記録していたらしい。
聞いた時にはなんてことを、と思ったが、明日にでもそのデータを専用のメモリに移してデータを消去させねばならない。万が一にも流出したらと思うと恐ろしい。
ピクシーはほのかの家の時点ですでに俺の心拍数を乱す深雪自身にも興味を持っていたらしい。
帰り際にはガレージを出る際には俺をマスターと、そして深雪のことを深雪様、と呼んで頭を下げていた。一体どんな心境の変化があったというのか。
…これは確実にほのかの思念とは別のモノが動いている、と察するにはあまりある状況だった。
だからこそ、深雪にはパラサイトと魔法師は別物である、と認識させねばならない。
もしも、万が一にも共に迫害され仲間意識でも芽生えたりしたら、――俺でも排除できないモノが増える。そんな確信があった。
「さて、夜も遅い。もう寝ないとね」
身を起こしながらそう言うと、深雪は安心したように頬を綻ばせる。
「そうですね。お話を聞いてくださりありがとうございます」
「どういたしまして。では行こうか」
けれど、続く俺の言葉にこてん、と首を傾げた。
夜だからだろうか、いつも以上に幼い仕草が微笑ましい。
「行くって、どちらにです?」
「深雪の寝室に」
「…そうですね。私はもう戻ります」
「俺も行くぞ」
深雪が一人で戻るとわざわざ口にしたけれど、俺の言っていることがわかっていての発言だということは、その前の沈黙が物語っていた。
だからはっきりと言葉にして伝えると深雪がぴょこっと小さくはねた。…これは初めて見る動きだな。可愛らしい。もう一回見られないだろうか。
「な、何故です?!私は一人でも寝られます!」
「うん、そうだね。だけど俺が不安なんだ。俺の言葉で安心してくれたのは嬉しい。けれど触れていた手がそんなにも冷えていたんだ。すぐに寝つけるとも限らないだろう?お前が安心して眠るまで、傍に居させてくれないか?」
卑怯な言い回しに、深雪は抵抗できるだろうか――なんて、結果は読めている。
己の性格の悪さに深雪が気付かないことを祈りつつ。
「…子供ではないですよ」
もちろんわかっている。もう、深雪を子ども扱いなどしていないのに、深雪にはまだそのように映るのか。
「子供か大人かなんて関係ないよ。不安な夜はきっとこれからもあるだろう。そんな時に深雪を一人にしたくないだけなんだ」
俺がそうしたい、と更に念押しすれば、俺の意思を尊重する深雪は折れた。
こくん、と頷いてくれた深雪を抱き寄せたくなるのを我慢して立ち上がると、深雪も続いて立ち上がった。
この瞬間、恥ずかしがらせてしまうと逃げられてしまうかもしれない、等と懸念し自分を律しているなんて深雪には思いもよらないだろう。
やっぱり深雪は純真過ぎる――こんな悪い男に騙されてしまうなんて。
可哀想に思う。けれど受け入れてくれることに喜ぶ自分もいて。
「ありがとう。俺のわがままを聞いてくれて」
「…困ったお兄様のわがままを聞くのも、妹の役目ですものね」
兄ならばともかく妹にそんな役目があると聞いたことはないが…深雪の言う妹の役目とは一体?
聞きたいことが増えたが、今夜はもう遅い。眠らせてあげなければ。
深雪の部屋は可愛らしい装飾はさほど無く、机に並べられている本が、唯一学生らしさが見えるくらいの落ち着いた部屋だった。
それでも女性らしさは感じられる内装と、小物が綺麗に整頓されていた。それから香りか。甘い、特有の香りに男の部屋ではないのだと実感させられる。
真直ぐとベッドに向かわせて、カーディガンを脱ぐ深雪を直接見ないように体ごと背けて、終わった頃に深雪を見れば、彼女はすでにベッドの上に上がっていた。
彼女の部屋の隅には丸い背もたれのない椅子が一脚置かれていて、それを引っ張り出して彼女の横に置き、座るとちょうどいい高さで横になる深雪を眺められた。
自然と手が伸びて頭を撫で頬に指を滑らせる。
しばし続けると恥ずかしがっている深雪が熱に浮かされているように瞳を潤ませ、頬を上気させた。
こんな姿を世の男たちが見たら一気に勘違いするだろうが、深雪にそんな意図は欠片もないことは誰よりも俺がわかっている。
「…お兄様、手を、繋いでいてくださいますか?」
しばらく頬を撫でていると、深雪が手を伸ばしてきた。
可愛らしいお願いに、その柔らかい手を握ると、深雪はほっと安心したように微笑んでお礼を言う。
それだけで今日の疲れやいら立ちが浄化するようだ。
「あったかい」
はにかむ深雪に、思わず手に力が籠りそうになるのを抑えて代わりに両手で挟み込んだ。
柔らかくてほっそりとした小さな手だ。
この手には俺にも分析できない魔法が宿っている。
この手に触れられてしまうと、それだけで幸福を得られるのだ。
「今日はお疲れ様。悪い夢なら俺が追い払ってあげるから、安心して眠りなさい」
「はい…」
そんなこと、できるはずもないとわかっているだろうに、深雪は安堵の笑みを浮かべて目を閉じる。
なんて、可愛い妹だろうか。
欲目を抜きにしてもウチの妹が一番だ。
「お兄様」
「ん?」
自分でも信じられないほど甘い声が出た。余程甘やかしたいという気持ちが表に出てしまったのだろう。
「お兄様も、おつかれさまでした」
「うん」
「しゅぎょうのせいかが出て、よかったですね」
「ああ。そうだな」
もう眠いだろうに、俺を労おうというのか。どこまでも深雪は俺に甘い。――甘すぎておかしくなりそうだ。
「ぜんぶおわったら、またえいがでもみたい、です」
「いいな。楽しみだ」
映画、か。またあの可愛い深雪が見られるなら、疲れも一気に吹き飛ぶだろう。全ての苦労が報われる瞬間だな。
「やくそく…」
「約束だ」
そんな幸せが約束されているのなら、俺はどんな困難も乗り越えられるだろう。
それからすぐにすぅ、と深雪は眠りの世界に旅立っていった。手の力が抜けたところで手を離してやり布団へ戻してやる。
このまま握り続けてしまったら朝方までここから動けなくなってしまうから。
だけどもう少しだけ、と深雪の寝顔を見つめる。
俺の部屋で見たような不安など全く感じさせない、安心しきった寝顔だ。そんなもの、こんな兄に見せていいものではないのに。
起こすかもしれない、なんて過りつつも指の背で頬を撫でた。
(――しかし、深雪の不安は的中するだろう。すでにアメリカではその動きが活発だ)
人間主義者の発言に、まだ魔法師と妖魔を混同する内容のものは含まれていない。今は妖魔を引き込んだ魔法師のみをあげつらっている。だが、それも時間の問題だろう。
魔法師として高度な教育を受けている深雪が、魔法の一面だけを以て魔法師と妖魔を結び付けた。
魔法師を、人とは別のものとして区別して。
魔法のことをよく知っている深雪でもそういう思い込みに囚われるなら、魔法についてよく知らない、魔法師でない人々が、魔法師と魔性の人外を同列視しても不思議ではない。
魔法師を人外、「人ではない何か」と考えても、何の不思議でもない…。
「う、ん」
無意識に頬に触れるだけから弾力を楽しんでしまっていた。寝かしつけに来ていたのに、なんてことをしているのか。
「すまなかったね。もう邪魔はしないよ。おやすみ」
小声で謝って今度こそ手を離す。音もたてずに部屋を後にして自室に戻る。
深雪に触れていたからだろうか、あれだけ訪れなかった眠気が感じられた。今日はこのまま寝るとしよう。
そういえば、悪い男に気を付けるように注意するのを忘れたな。…しばらくはこのまま俺が排除すればいいか。
俺が傍に居て、深雪の傍に寄せるなど、ありえないのだから。
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