妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版   作:tom200

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来訪者編㉝

 

 

今夜は勉強もそこそこに切り上げて早く寝よう。

そう決めて食事を終えたテーブルを片付ける。学校で何かあったのか、お兄様は朝の状態が夢であったかのように何かを時折思案している様子が窺えた。

恐らく七草のところにパラサイトが確保されたことに対しての忠告を先輩にしたのだろうけど。

間に合わなければ最悪の事態がこの日本でも起こる可能性があるから、色々と考えてしまうのも無理はないのかもしれない。

だって、七草家や軍にパラサイトーー妖魔を封印や消滅させる術を持つ者はいないはずだから。

いたらもっと早く解決していいはずだもの。九島や四葉なら問題ないだろうけどね。

四葉は精神体が相手であればずっと研究してきた分野でもあるから強みがある。

九島は古式魔法のノウハウがある。

ま、だから大変なことになるのだけど、それが一般人を巻き込むことは無いからアメリカのようなことにはならない。

九島家のおじいちゃんにも困ったものだよ。根本は孫を、家族を、一族を、ひいては国を守ることであったと思うけど、危険性を考えられなかった時点で、未知の力を御せられると思い込んだ時点で彼は耄碌していたのだろう。

年齢は思考を熟成もさせるけれど行き過ぎると腐らせてしまう。

 

「深雪」

「はい」

 

思考の海に沈みそうになっていたところをお兄様に掬い上げられた。

手が止まっていたわけではないので、私の行動がおかしくて声を掛けられた様子ではない。

 

「このあと少し時間いいか?」

「はい。特に用事もありませんので」

 

大丈夫ですよ、と伝えるとお兄様は少しだけ安堵したように口元を綻ばせてから端に置いてあった布巾でテーブルを拭き始めた。いつもありがとうございます。

洗う食器はHARに任せてコーヒーを淹れにいく。お茶請けには冷蔵庫のチョコレートだ。

今日のは誰に貰ったチョコレートだろうね。感謝していただきます。

お兄様が既に移動されているソファに持って行くと、端末で何かを調べているようだったけれど片付けられてしまった。

 

「何か調べものですか?」

「大したことじゃないよ」

 

コーヒーを手渡すとお礼を返されて横に座るように指示され、言われた通りに腰を下ろした。

…のだけれど、なぜかじっと見つめられた。

 

「どうか、なさいましたか?」

 

今日は特におかしな恰好はしていなかったはずだけど、と自身の体を見下ろす。

うん。なんてことない深雪ちゃんのパーフェクトボディ。上品な服を着ていても、体のラインが出ていなくとも醸されてしまう色っぽさ。

…おかしいね?あれ?こんなだったっけ⁇私の欲目のせいかなぁ?姿勢を真直ぐに正してみるとちょっとだけ治まった気がする。

疲れてたからかな、姿勢が崩れてたみたいだ。色っぽさってボディだけでなくその仕草や姿勢から漂うものでもあるからね。

 

「…いや」

 

座り直してからお兄様を見上げる。

否定をするけれど、何もない顔ではない。どうしたのだろうか。

 

「お兄様、何か気になるのでしたら言ってください。口に出して楽になることもございますよ」

 

私に解決できることかどうかわからないけれど、と思いつつ声を掛ければお兄様は珍しいことに視線をさ迷わせてから口を開いた。

 

「こんなこと、男の俺が言うことじゃないのかもしれないが、身内として確認させてほしい」

 

思ってもみない発言に私は身構える。

男性が聞きづらいこと、と言われても何のことかわからない。一体何を聞かれるのか。

真剣なお兄様に、私も真剣に答えねば、と体ごと向き直った。

 

「お兄様に隠し立てすることはございません。どのような質問でもお答えします」

 

私の覚悟を受け、お兄様は重い口を開いた。

 

「触れられることが、怖くないか?」

「は、い。特に何も」

 

反射で答えたけれど、んん?どういうことだろうか。

昨日も今日も特に変わらず触れ合っていたと思うのだけど。帰ってきてのハグもいつも通りだったかと思う。

ドキドキだっていつもと変わらず相変わらず無くならない。安心しても慣れないって何なんだろうね。

いつものようにお兄様に撫でられていたと思うのだけど…?

 

「…こんなに距離が離れていてもか?」

 

ん?と私とお兄様の座っている間を見ると、二人分くらい空いている。

…ああ、それでか。初めに自分の体がお兄様に引き寄せられるように艶めかしくくねっていたのは距離が開いていたからだったのか。

と、妙な納得をしてしまったけれど、確かに。なんで今日はこんなに離れて座ったのだろう?

 

「昨日、俺のベッドの上でもこれくらい離れていた。あの時は夜も遅かったし、ああいう状況では警戒するのが当然だと思って気にしていなかったが、抱きしめた時も、違和感があった」

「…そう、でしたでしょうか?」

 

私にとっては何の変化もなかったと思ったのだけれど、そういえばお兄様は私の体温の変化にも気づくくらいでしたものね。

私が気付いていないことにも気づいていてもおかしくはない。

 

「もしかしなくてもだが、パラサイトの波動の一件がお前にトラウマでも植え付けたのかと」

 

あ~…確かに、男性には聞きづらい内容ですね。痴漢に遭ってトラウマになる人もいるから。トラウマまでいかなくてもしばらくは警戒したり強張ったりはする。

 

(…そっかぁ。気づかなかったけど、あっておかしくないことだった)

 

今考えると思い当たる節があった。

お兄様に撫でられるのを止めたり、動きを察知した時に先に立ち上がって離れたり。

お兄様に触れられるのが恥ずかしいから先回りして止めようとしてたつもりになってたけど。

…もしかして昼間お兄様から離れないとな、と考えたのはこれが根底にあったからだろうか。

触られるのが、怖かった…?避けたかった、とか。

 

「よく、わかりません。ですが、そうですね。アレは気持ちの悪いものでしたから。今は対処法がわかったので落ち着きはしましたけれど…」

 

ぽつぽつと話すと、お兄様は眉間に深く皺を寄せた。

ああ、そんなつもりは無かったのに。

 

「お兄様は何も悪くありませんよ。これは私の問題です」

「そんなことはない。お前に感知などさせなければ、感覚をカットさせていればよかったのに」

「それでは敵の接近に気づけません」

「そもそも俺が連れて行かなければよかったんだ」

「…置いていかれるのは嫌です」

「だが、」

「傷ついても、苦しくてもいい。――お兄様、私の力は役に立ちませんか?」

「!!…しかし、俺はお前のガーディアンだ」

 

本来守るべき者が、敵に対して最も有効な手段を持っているなんて、お兄様にとっては辛い選択だね。

でも情報体、精神体に攻撃できる手段は限られている。

現段階、お兄様が使える手札の対抗手段が私だけ、なんて。

 

「傍に置いてください。お兄様の傍が、私の安全地帯です」

「…守ると、言ったのにな」

「私が傷ついたなら、癒してくださるのはお兄様、でしょう?」

 

相変わらず酷い妹だね。無茶ばかり言う。全然お兄様の思う通りに動いてあげられない。

だけど、これもお兄様を守るためだから。お兄様を幸せにするためだからぜひ使ってほしい。

 

「俺は、お前に触れていいのかい?」

 

お兄様が、私に怯えの表情を向けている。

自分が触れてもいいのか、と。ちょっと前にいつも通りハグができていたはずなのに、トラウマなのではと気づいた途端、触れられなくなるかもしれないと思ったのか。

腰を少し浮かせてお兄様の隣に座ると、お兄様が体を緊張させたのがわかった。

いつもと反対だ。距離を詰めて緊張するのはいつだって私だけだったのに。

心臓は、ドキドキと音を立てる。けれどそれはいつものことで、トラウマかなんて見分けがつかない。

お兄様に向けて両手を差しだす。

 

「ちょっとだけ、実験に付き合ってくださいますか?」

「……怖かったら、ちゃんと言うんだよ」

 

恐るおそる、手を伸ばし、私の体を抱きしめる。いつもより慎重に、時間を掛けて抱きしめられた。

ほう、と息をついて、次の指示を出す。

 

「…背を、撫でて下さいますか?」

 

この状態からそんなことをされたことなどほとんど無い。こんなお願いをしたのも初めてだ。

あの触手が背中を這いまわる動きは気持ちが悪かった。でも、お兄様の手なら、きっとそんなことはない。

温かい、お兄様の手ならば。

 

「…無理をしてくれるなよ。嫌だったら、ちゃんと拒絶してくれ」

 

私よりも、お兄様の方が苦しそうだ。

とんとん、と宥めるように動かしてからそろり、そろりと手を動かす。

 

「ん、ふふ。お兄様、それはちょっとくすぐったいです。擽り合いっこをご希望ですか?」

「いや、そんなつもりは…じゃあ、もう少し力を入れていくぞ」

「どんとこい、です」

 

もう、私の中に恐れは無かった。むしろおかしくなってきて笑いさえ込み上げてきていた。

お兄様の手は、私を傷つける手ではないことがわかっているから。触れられるだけで嬉しくなる。

ようやく背中を撫でられて、私はお兄様の胸に擦り寄った。

 

「やっぱり、お兄様の腕の中はドキドキもしますけど、安心します」

「そう、か」

 

お兄様は安堵の溜息を盛大に漏らしてから、遠慮していたのが嘘だったように私を抱きしめた。

 

「…深雪に避けられたらどうしようかと思った」

「避けてたつもりは無かったのですが。無意識でした」

「……それだけ、お前が苦しんだということだな」

「私でさえ気づいておりませんでしたのに、お兄様は凄いですね」

 

感心すると、お兄様は私の首元に頭を擦り付けた。

…最近お兄様がするようになった甘える仕草だ。これをされてしまうときゅん、ってなる。

 

「深雪だけだ。俺には深雪しかいないから」

 

あらまあ。ここでそれをぶっこんできますか?確かに、精神を弄られたお兄様は衝動を抱くほどの感情が奪われ、唯一妹だけが深く愛せる存在となった。

けれど今では、いろんな繋がりができてきて、友情を育み、環境が変わってきたというのに。

 

「お兄様。もう私たちの世界は二人きりではありませんよ。確かに私はお兄様の妹で、ずっとこの関係が変わることはありませんけれど、お兄様の大切なものは、私だけではないでしょう?」

 

優先順位の一位は私が不動だろうけれども。

今回の件だって、西城くんが傷つかなければお兄様は傍観者のつもりだった。

自ら事件に飛び込む必要などなかった。

シリウスだって放置できたはずだ。パラサイトの件で外に出歩かなければ仕掛けられることなどなかったのだから。

けれどお兄様はわかっているはずなのにゆるゆると首を横に振る。擽ったい。お兄様の髪が私の首を擽った。

 

「お兄様、『好き』はいくつあってもいいのですよ。親愛も友愛も、恋愛も。兄妹愛ももちろんですけれど、ね。兄妹だけではなく家族愛も私たちは育んできたではないですか」

 

母と三人の生活は、確かに母とお兄様に変化をもたらしていた。

気を許し、仲間意識を持ち、時には反発し、仲直りし――。

 

「楽しいことはどんどん増えていきます。それはお兄様が心を豊かにされたから感じるのです。

心を豊かにする方法は好きを増やすことで生まれるのですよ。怖がることはありません。

私たちの関係は不変です。壊れることなどないのです。

だから、少し手を離したとて、安心していいのですよ」

 

お兄様と私の関係がおかしくなるとしたら、それは四葉の策略――叔母様によるお兄様の囲い込み作戦が決行された時だけれど、そんなもの無くても問題ない関係を新たに築ければ、私たちが原作のように婚約する必要などない。

兄妹のまま、お兄様に幸せになってもらえばいい。

怯えることなどない、とお兄様に伝えたくてお兄様の背をとん、とん、と叩きながら声を掛けるのだけれど、うーん。『抱きしめる』がいつの間にか『拘束』に変わってますね。何をそんなに怯えることがあるというのか。

 

「手を離したら、深雪はどこかに行ってしまうのだろう?」

「私がどこに行けるというのです?私はどこかに行くことなどありませんよ」

 

私はどうあっても四葉からは出られないだろうからね。離れる気もない。

第一離れたらお兄様を守るためのコントロールができなくなる。

 

「私の居場所は変わりません」

 

ただ、そこにお兄様がいてくれるか、いなくなるか、だ。

 

「私がお兄様を好きだという事実は不変ですから」

 

前世から持ってきてしまったこの愛が無くなることはない。

 

「お兄様が不安に思うことなどありませんよ」

 

私のトラウマがどうの、という話だったけれど、私よりもお兄様の方がトラウマになってしまったらしい。

守れなかったという気持ちが、別れを予感させてしまったのだろうか。

こんなことくらいでお兄様が解任されることなんてないはずだけど。というより誰がガーディアンになったところで守れる云々の話じゃない。

たとえこれから来るだろう水波ちゃんであっても、あの子も対物理と一般魔法しか防げないだろうから。精神体からの攻撃や精神干渉は別。それだけでも十分護衛は務まるんだけどね。

今朝まであんなにご機嫌だったのにいったい何が、と思い当たるのは七草先輩との話し合いくらいだけれど、何かあった?

アメリカみたいに非難を浴びるような事件が起きて窮地に立たされることでも想像して、その後を考えたとか。

もしパラサイトに繁殖でもされたら四葉も今以上に駆り出されるだろうからね。古式魔法師だけで間に合うとも思えないし。

一番手早く終わらせるなら私が出てコキュートスで消滅させること。

でもそうなると四葉と名乗って表舞台に立つことになるのかもしれない。

パラサイトを攻撃するなら精神干渉魔法が使えないと厳しいだろうし。人前で使うなら正体ばれるもの。

対抗手段のありそうな先生も、恐らく退治する術をお持ちだろうけど俗世に関わってくれるかは『上』次第だものね。手下の四葉の方が動く可能性大か。

でも四葉だとオープンにしたところで、皆とは疎遠になるかもしれないけれど、学校を変えることはないだろうし、お兄様との関係は変わらないと思うのだけど。

もしかして私の思いつかないことを、お兄様は予測されている…?

 

「まだ、何か不安なことがございますか?」

「…わからない。ただ、深雪が、俺から離れていくのではないかというのが怖いんだ」

 

はて、と考えたところで…心当たり、一つありましたね。あの時お兄様はいなかったはずだけれど。

ほのかちゃんと話していたお兄様離れ作戦、気づかれました?

 

(…あ、もしやそういう?)

 

「もしや、ほのかから聞きましたか?」

「…自分が余計なことを言ったせいで、俺たちとではなくリーナと食べると言い出すかもしれない、と」

 

あちゃー。放課後ほのかちゃんの様子がおかしいなとは思ってたけど、そこまで悩んでたんだ。

 

「お昼がバラバラになったからと言って、帰る家は同じだと伝えたんですけどね」

 

家族であることに変わりはないのに、お昼ご飯を一緒にしないというだけで何が変わるというのか。

 

「…深雪は俺から離れたい、のか?」

「お兄様から離れたい、というより交友関係を広げたい、でしょうか」

 

皆と食べるのも楽しいけれど、エイミィちゃんだったり千秋ちゃんだったりとも食べてみたい。

千秋ちゃんの場合、二人きりじゃないと多分食べてくれない気がする。

当然そこにお兄様はいられると困る。確実に千秋ちゃんは逃げるから。

お兄様離れをして、べたべた兄妹のイメージを払しょくさせてあげたいって気持ちがメインではありますけどね。

だけど、お兄様の拘束する腕がね、緩む気配が無いんだなー。嫌ですか。そんなに。

 

「お兄様が嫌ならば、このまま皆とお昼にします」

「…いいのか」

「お兄様に我慢させてまでしたいことではないですから」

 

お兄様の傍に居た方が、お兄様が守りやすいのは事実。

お兄様の意識をずっと向けたまま友達とお昼というのは休まらないかもしれない。

お兄様を幸せにしたいのに、お兄様に負担を掛けたいわけじゃないのだから。

 

「また、俺のわがままを許すのか?」

「あら。お兄様のわがままだったのですか?だとしたら妹として叶えなければなりませんね」

 

笑いたいけれど、締め付けが、ね?ぽんぽんと腕を叩いてタップすると、ようやく拘束が緩まった。ふう、これで息ができる。

 

「お兄様はもう少しだけ、妹の取り扱いに気を付けてくださいませ。あまり締めつけられると苦しいです」

「すまなかった」

 

そしてまた始まるうりうり攻撃。ずるい、かわいい。ゆるすしかないぃ…。

 

「こちらこそ、いろいろとご心配おかけしました。いつもありがとうございます」

「俺がお前の役に立てているならいいんだ」

「それはもう!お兄様のお陰で、私はいつもこうして笑えているのですから」

 

またきゅっと抱きしめられるけれど、今度は苦しくない。手加減できてえらいですよお兄様。感謝。

しばらく抱きしめ合いながらお兄様を撫でては撫で返されて、くすくす笑い合って夜は更けていく。

勉強をする時間は無かったけれど、寝る時間はいつもと変わらなかった。

けれど心が安定したからか、しっかり休めたと思う。

 

 

 

だから、耐えられた。

へらへらと笑う、雫ちゃんに近寄る虫の、一方的な挑戦状に――

 

 

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