妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
とさ、と落ちる物音に視線を向ければ、氷の粒が消えた虚空を見つめて茫然と座り込んでいるリーナちゃんの姿があった。
全てが終わったことで安堵して力が抜けたのだろうか?
お兄様の体を押して、彼女に向き直ると――彼女の表情は安堵と正反対の、恐怖で強張り緊張したもので。
(…ああ、どうしてそんな勘違いができたのだろう)
安堵できるはずはない。彼女はアンジー・シリウス。シリウスとして教育を受けた者。
数少ない、私の固有魔法の脅威を叩きこまれている人だったのに。
彼女の目にはしっかりと驚愕と恐怖が浮かんでいた。
「こんな強力なルーナ・マジック…ミユキ、アナタ…いえ、アナタたち兄妹は一体」
先ほどまでお兄様と共有していたことによって視界の情報の多さに酩酊してしまっていても、その様子ははっきりと分かった。
――リーナちゃんはかつて私に言った。私が怖くないか、と。
怖くなかった。彼女が優しくて任務以外で人を傷つけられる人でないことはわかっていたから。
任務だとしても人を傷つける行為で心を痛めてしまうほど人間味のある子だったから。
人を殺せると言っても無差別でもなければ狂気を抱えてもいない。そんな彼女を恐れる理由が無かった。
だがそれは彼女が得体のしれないモノではなかったから。
(彼女は自分を兵器だというけれど、本物の兵器は私の方)
彼女は人として生まれ、強い力を持っていたからこそ上り詰めて今の地位にいる。
――私とは成り立ちが違う。
彼女をこれ以上怯えさせないために目を閉じた。
貴女には何もしないと伝えたかった。
お兄様が、彼女に他言無用を突きつける。
交渉と言うにはお粗末な、けれど彼女にとっては己の地位を脅かされずに済む、そんな唯一の希望に映ったかもしれない。
「…ワタシに拒否権は無いんでしょう?」
「そんなことはない」
そう、そんなことはない。
彼女は保身になんてものに走らなくても、標的は退治されたのだ。
目的をどういう形でも達成し、更に未知の魔法師を、ノーマークだった危険人物を二人も見つけたと報告すれば、彼女にお咎めがあるはずがない。
その判断力を失ってしまうほど、彼女は疲弊していた。
その様子に、お兄様も同情したのだろう。
リーナの進退に言及した。
――もし、辞めたくなったら手を貸す、と。
地位のある者が軍人を辞めることは容易ではない。力を遺憾なく揮える状態で自己都合で退職などまずありえない話だ。
だけどお兄様は手を差し伸べた。彼女の心にはまだお兄様がなぜそんな言動を取ったのかわからないだろう。
けれど確かにその言葉は、心は彼女の頭に残ったはずだ。
混乱する彼女をよそに、お兄様は私の耳元に「大人しくしているように」と物騒な脅し文句を告げてから横抱きに抱き上げた。
先に手段を封じ込められるとは…。
茫然とお兄様にされるがまま抱えられ、意味が解らないと叫ぶ彼女をちらりと見る。
彼女には困惑だけで怯えは見えない。でも、それはお兄様に対してだけ。彼女は私の視線に気づいてなかった。
このまま気づかせないでフェードアウトが一番いい。
…そう思うのに、気づけば私は口を開いていた。
「リーナ、…怖がらせて、ごめんね」
何も言えないくせに、どの口が謝罪できるというのか。言ってから後悔した。お兄様の服を握りしめて俯いた。
見せる顔が無いとはこのことか。
お兄様は空気を読んでかそれ以上何も言わずに背を向けて歩き出した。
ピクシーもその後に続き、戦闘の痕などほとんど残らぬその場所を後にした。
リーナちゃんも見えなくなり、酔った感覚も落ち着いたのでお兄様に下ろすようお願いしているのだけれど、一向に下ろしてくれない。
今回何か心配させたこともなければ体も不調は収まっている。敵も近くにいないのに、何故?
「結局お前に頼ってしまった」
苦みをたっぷり含んだ声に、お兄様が酷く後悔しているのが伝わってくる。
「お兄様のお役に立てたのなら、それは私にとっては望外の喜びです」
「だが、お前は傷ついた――リーナを怖がらせてしまった、と」
「それは…」
しょうがないことだ。誰だって防ぎようのない、対抗しようのない強力な魔法を持っている相手を恐れないわけがない。
お兄様の分解も、私のすべてを凍結させる精神干渉魔法も。使い方ひとつで世界を滅ぼすだけの強力な力を秘めている固有魔法。
「お兄様の気に病むことではございません。脅威が去った、それでいいではありませんか」
むしろ私はこの結末を知っていたし、パラサイトたちを消滅させたことにちょっと申し訳ないな、と思わなくもないけれど――、とそうだ。
「ピクシー、ごめんなさいね。貴女には嫌なものを見せてしまったわ」
今まで大人しくお兄様に付いてきていたピクシーが、私に視線を向けた。べろん、と舐められたような心地です。
…ちょっとした大きな獣に舐められたと思えば、まあ…悪くはない、のか?
「謝罪の意味が不明です。私が嫌だったのは、彼らに取り込まれること。自我を失うことです。深雪様は、それを排除して下さいました」
流暢にしゃべるのはテレパシーに切り替わったからだった。ブブッと小さな音と共に聞こえた彼女の声は平たんに聞こえるけれど、どこか柔らかさを感じた。
「…怖くはない?私は貴女を消滅させる力を持ってるのよ」
「深雪様は、私を消滅させますか?」
「しないわ。する意味がないもの。貴女はいい子で、お兄様のモノなのでしょう?」
「はい。私はマスターのものです。マスターに使っていただくことが私の喜びです」
「なら私にとって貴女は可愛いお兄様の…お兄様とほのかの子かしら?」
私の言葉にここで初めて振動を感じた。お兄様がものすごく丁寧に運ぶから揺れを一切感じなかったのだけど、動揺させちゃいましたか。
だけど山道で抱きかかえられてて揺れを感じないって、いったいどんな運び方したらそんなことできるのかな?魔法使ってる?筋力だけ⁇お兄様の筋肉ってどうなってるのか。
成人女性と変わらない体重のはずなんだけど。ってそうじゃないね。
「なぜピクシーが…そんな存在になる?」
「だってほのかのお兄様に対しての想いが生んだ意識を写し取った子なのですから、ほのかの子でしょう?」
「…そこまでは百歩譲ってまだわかるが、なぜそれが俺の子扱いになる?」
「ほのかのお兄様への想いによって生まれた子であれば、それすなわちお兄様の子と呼んでもいいのでは、と。そうなれば私にとって姪っ子にもなりますので堂々と愛でる理由ができますね」
「…そんな設定がなくともお前はピクシーを可愛がるだろう」
「それは、そうですけれど」
「俺はマスターにならなってもいいが父親役はごめんだ」
あらー。お兄様おままごと好きじゃなかった。残念。
ブン、とピクシーも続く。
「私も、親と呼べるのは彼女だけです。マスターは親にはなりません」
まさかのピクシーからも拒否が。…随分意思表示が上手になりましたね。えらいえらい。
こいこい、と手招きして近づいてくれるピクシーを撫でた。
うーん、触手の動きがやっぱり変わってきてるね。びったんびったん嬉しそうに跳ねてる。
表情は変わらないけれど、触手は雄弁です。…困ったことに可愛く思えてきてしまった。
可愛い姪っ子ではないけれど。
「可愛いペット枠でしょうか」
「…うちでは飼わないぞ」
「残念ですが、一応学校の備品ですからね」
連れて帰れないのは残念だが、一緒に登下校はおかしいものね。これ以上奇異な視線を集めることもない。
「そろそろ下ろしませんか?」
ここでもう一度地に足を付けられるかチャレンジをしたけれど、お兄様は首を縦に振ってはくれなかった。
――
辿り着いた先で、ようやく下ろしてもらえたけれど…見事な手際と言おうか、封印されたパラサイトは忽然と無くなっていた。
ピクシーも居場所がわからないとのこと。封印すると活動してない状態だから反応が分からなくなるのも当然だ。
謝る吉田くんたちだけど、無くなって困るのは持ち帰る準備をしていた吉田くんだけじゃないかな。エリカちゃんは敵が消滅したことで敵討ちは完了しているし、西城くんも同じく。
お兄様はサンプルを回収しろなんて依頼は受けていない。
私には黒い羽根は見つけられなかったけれど、お兄様はちゃんとシグナルを受け取ったみたい。亜夜子ちゃんとお兄様もいい関係だよね。
よってこの場は収まり、エリカちゃん達と合流。
ピクシーをガレージに戻すために、一旦外に出てから校門をくぐるという手間をかけたけれど、皆面白がって文句も言わないで付いてきてくれた。
夜の学校ってそれだけでテンション変わるよね。
皆でぞろぞろと校内を歩きながら、お兄様が切り出した。
「とりあえずケリもついたことだし、レオの退院祝いもかねて祝勝会をしないか」
お兄様からのお誘いに、ノリのいい皆が賛成の声をあげる。
いつもの喫茶店で放課後かと誰もが思っているところで、我が家を会場にと提案すると今度は驚きの声に変わった。
「元は深雪が発案なんだ。ほのかが一人で寂しいだろうって」
って、お兄様!どうしてネタばらしをするのです!!
お兄様を見れば、お兄様は穏やかに微笑まれていて開きかけた口を開閉させるしかできなかった。
うう…お兄様がいじめる。
ほのかちゃんが感激の声をあげるけど、ゴメンね二人きりにさせてあげられなくて。
「むしろいいのかお邪魔しちまって」
「うちは二人暮らしだが、一軒家だから多少騒いでも問題ないし、この人数で食卓を囲むくらいなら定員オーバーにもならないだろう」
家だけは広いですしね。何を想定してか、ホームパーティーができるだけの準備はあった。
椅子も机も問題ない。食器も10人分余裕で確保できている。紙皿も紙コップも必要ない。
あの家でいったい誰を招く予定があったというのか。
…あれらをあの両親が用意することなんてないのだから、穂波さんが手配したのかな。
だとしたらどんな意図があったのか知りたい。…いつか家が四葉の拠点になったりする予定があったとか?
「食事は?持ち寄り?それともデリバリー?」
「それも皆の意見を聞こうと思って。深雪は用意したいみたいなんだが、皆でジャンクなものを食べるのもやってみたいと揺れ動いているみたいでな」
だから、さっきからお兄様なんで私の内心をペロッと言っちゃうんですか!
しかもその理由は言ってない!確かに思ったけどね。皆でピザパとかタコパとか楽しそうだし。
お兄様の服を掴むけれど、何の効果もない。むしろ手を繋ぐか?と聞かれる始末。繋ぎません!
「ホームパーティーはイメージできるけど、二人の家っていうのが想像できないっていうか…深雪はどうしたいの?私はどっちでもいいわよ」
「そうね…初めてだし、もてなしたいかも。と言っても豪勢なモノなんてできないのだけど」
エリカちゃんが聞いてくれるから、希望が言いやすい。ありがとう、いつも助けられてます。
ほのかちゃんはお兄様と一緒に、というだけですでに舞い上がっているし、美月ちゃんは楽しそう、と喜んでくれている。そして男子二人は、というと…
「俺らもご相伴に預かっていいもんなのか?」
「深雪のご飯はうまいぞ」
「…達也が気にしてないなら大丈夫、なのかな」
何だか遠慮がち?手土産もいらないよ。こっちがしたくてしているんだから。
「でも、放課後帰ってから準備するのって大変じゃない?」
「仕込んじゃえばあとは形を整えるくらいで済むものにするから時間はかからないつもりだけど」
「おお~、慣れてる人の発言」
「お菓子も美味しかったですもんね」
「…やっぱり、私も料理できた方が良いよね…」
おっとほのかちゃんにプレッシャーが?でもお兄様結構食にそこまで関心ないから常に手作りじゃなくていいと思うよ。
ガレージに到着してピクシーとお別れ。
髪をささっと整えてあげると、ニコッと笑ってくれた。可愛い。ぬるっと動く触手も慣れてきた。可愛い。
それからみんなで日程を決めて三日後ならちょうど予定が合うということで、調整をしていたらあっという間に校門へ。
さっきはいなかった警備員さんに見つかったけど、ニッコリ説明したらわかってくれました。ありがとう。
でもこうして誤魔化されちゃうからセキュリティ不安、とも思えてきてしまう。警備体制今度見直しを検討しよう。
「そういえば、深雪はリーナも誘いたいんだったな」
その言葉に私は固まり、エリカちゃんははっきりと嫌な顔をした。
お兄様…今日はやけに饒舌ですね。
エリカちゃんにとっていくらリーナちゃんのことが詮索無用にされたとしても、自身のお兄様に膝をつかせた相手。
無視はできても仲良くおしゃべりなんてできないはずだ。
それに何より、彼女は私を恐れていたのだ。誘うことすらできない。
辻褄合わせのため、今後も学校には来るだろうけれど、仲良くこのままとはいかないはずだ。
「…リーナは、もう…私の顔など見たくないでしょうから」
口に出すと余計に悲しくなった。
ピリピリしていたはずのエリカちゃんでさえ、その空気を引っ込めたのだから相当表に出ていたのだろう。
皆はどうして私がこんなに落ち込んでいるかは知らない。吉田くん、美月ちゃん辺りは何かしら眼に見えていた可能性があるが、口に出すことはしなかった。
俯く私に、お兄様は手を握り少し強引に引っ張って早足に歩き出す。
「お…に、兄さん?」
久しぶりに皆の前でお兄様、と呼び掛けて何とか言い直しに成功したけれど、小走りでお兄様に続くとその先には――
「本人に聞けばいい。――少し前から聞こえていたんだろう?」
リーナちゃんが立っていた。恰好は制服に見えるけれど、着替える時間も無かっただろう。パレードでそう見せているようだ。
さっきまで一緒にいたという痕跡を無くしている。
「…ええ、聞いていたわ」
「!」
リーナちゃんが素直に答えたことに少なからず衝撃を受けた。突っぱねることもできただろうに。
…知らぬふりをした方が彼女にとっても都合がいいはずなのに。
「でも、私はタツヤの口からより、ミユキから聞きたい」
「だ、そうだ。深雪」
…これは、どういうことだろうか?私は、彼女に――
「…アナタが何を心配しているのか知らないけれど、怖くなんてないわよ」
「え…」
「と、友達なんでしょ?だったら、こわく、ない」
…
……
………
「リーナちゃん、やっぱり可愛すぎない…?」
頭がパーン、ってなった。
顔を赤らめて肘を押さえながらもじもじ答える姿に、私はあっさり正月の誓いを破ってしまった。
真っ赤になるリーナちゃん。可愛いね。好き。好きでしかない。一生推す。
顔を覆って俯く私に、リーナちゃんはさっきから「なっ、ななっ」と不思議な鳴き声を上げている。
そして駆けつける仲間たち。
「…何このカオス」
「無表情の達也が余計に怖いんだが」
え、お兄様?顔は見られないけどなんかプレッシャーを感じますね。なんで?
でもちょっと待って。呼吸を整えないと身動き取れない。
それに、その前に私はしなければならないことがある。
「あ、あのねリーナ」
「な、なに」
「今度、うちで祝勝会をするの。来てくれる?」
「……友達の家に招かれるのは初めてだわ」
片や顔を覆いながら、片や横を向きながら。
…来てくれるってリーナちゃん。嬉しい。
「~~~兄さん!」
「よかったな、深雪」
飛び跳ねて喜びたい衝動を抑えるためお兄様に寄りかかると、お兄様も落ち着かせるように抱きしめて背中を叩いてくれるけど、ごめんなさい。
お兄様にそんな風に抱きしめられると動悸がね。落ち着くのはもう少し時間がかかります。
「…こんなに喜んでるのを見たら、ヤダ、なんて言えないじゃない」
エリカちゃんが面白くないようにぼそっと呟く。
そうだ。エリカちゃんだって複雑なのに、と顔を向ければ、言葉とは裏腹に苦笑していた。
「リーナは、リーナだから。深雪のクラスメイトで短期留学生、でしょ」
…エリカちゃんも優しい。優しすぎる。好き。
「…ありがと」
お兄様からおずおずと顔を出して精一杯のお礼を。んぐ、と何かが詰まったような声が聞こえたけど、誰の声?
顔を向けた時には皆顔を背けてたので誰だかわからない。
とりあえずお兄様じゃないことは確か。そんな振動は無かった。
こうして約束をして、リーナちゃんとはここで解散。
皆とは駅まで一緒に行ってお別れした。
「…お兄様、ありがとうございました」
「何のことだ」
リーナちゃんに怖がられているのだとばかり思っていた私に、お兄様はただ言葉を掛けるでもなく示してくれた。
私の周りはこんなにも優しい人たちで溢れている。
私の、大切な、守りたい人たち。
そして何より大事なお兄様。幸せになってもらいたい人。――幸せに導くんだと決めた人。
お兄様の腕に絡んで寄り添う。
「お兄様の妹で、本当によかった。私は幸せ者です」
「…それは俺のセリフだよ。お前がこうして傍に居てくれる。それがどれだけ尊いことか」
コミューターを降りても私たちはぴったりとくっついて帰った。玄関を潜ればそのままハグをして――あ。
「ところで、封印解除するのに額にその、キスをしなくてもできるのですね」
疑問に思っていたことをぶつけてみると、お兄様は一瞬体を強張らせてから、力を強めて抱きしめて。
「アレは例外だ」
…うん?
「あの時限定だ」
「そう、なのですか?」
「ああ」
…次っていつその機会ありましたっけね?とりあえず、封印解除にキスは必要なんだそう。
今回例外だったのはどうしてだろう?しなくてもいい方法あるんじゃないのかな?と思わなくもないけれど、今回のアレも相当恥ずかしかったな、とどちらもそんなに恥ずかしさには変わらないことに気付いたのでこれ以上の口をつぐんだ。
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