妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
お兄様はこの部屋にある唯一の椅子をテーブル代わりにトレイを乗せるとベッドに腰を下ろした。
…他に置き場になりそうなものは無いですもんね。テーブル代わりの椅子を挟むような形で座る。
「…落ち着いてきたようだね」
「水波ちゃんは頑張ってくれてたのですけど」
お兄様のご指摘通り、体の火照りは治まった。
初日で深雪ちゃんに慣れろ、なんて無茶だよね。
一般人の言う美人は三日で飽きるって、まず三日は最低でもかかるってことだと思ってる。
徐々に慣らされたわけでもないのであればなおの事難しいかもしれない。
ちなみにオタクは一生美人に弱い。完全に慣れることなど永遠に無い。
意識ぶっ飛んで逆に平気になるか、息を止めるか。
あとは仕事モードになるか、かな。一時的な対処法はそれくらいしかない。
「それを思うと、穂波さんとは全然違いますね」
「それは、あの頃の深雪と今の深雪では美しさが違うからね。あの頃の深雪は幼く可愛らしかったから」
するり、と名前を出すが、お兄様に動揺は見られなかった。むしろ見られたのは私です。恥ずかしい。お兄様臆面もなくあっさり可愛いとか美しいとか言うからどう反応していいのか困る。
それを微笑ましそうに見つめられつつ言葉は続く。
「それに、彼女の場合、母さんとの付き合いも長かったからな。深雪の美しさにも免疫がありそうだ」
母は、それはもう美しかったから。
確かにあの母の傍に居たら私なんてお子様過ぎて水波ちゃんのようにはならないだろう。
「深雪は前に言っていたね。彼女が憧れだったと」
「ええ。あの人だけでした。私たち兄妹を、兄妹として普通に接してくれていたのは。
お兄様を一個人として尊重してくれ、私をただの女の子として扱ってくれた。
それがどれほど稀有なことか、あの頃の私にはわかっていなかった。――後悔は山ほどあります。返せない恩もたくさんあります。
もっと、もっとたくさんおしゃべりもしたかった。もっともっと、感謝を伝えたかった」
彼女だけだった。私たちをなんの柵もない普通の兄妹として接しようとしてくれたのは。
彼女はきっと知らなかったはずだ。私たちの出生の秘密を。だけど彼女はわかっていた。私たち兄妹がすれ違って向き合えていないことを。
前世を思い出す前の私は、深雪ちゃんはお兄様が気になって仕方なかった。
惹き付けられる気持ちが強くても、関わるな、と周囲からの圧力を読み取って近づいてはいけないと自身を律していた。
お兄様はお兄様で、妹への兄妹愛はあるものの、妹の反応に遠慮して遠くから見守るしかなかった。
それを気にかけてくれていたのが穂波さんだった。
「…最後、彼女を穂波さん、と呼べたんです。でも、本当はもう一つ、呼びたい名があって」
「それは?」
「穂波お姉ちゃん、と。お姉さまとも、姉さんとも違って、――普通の姉妹みたいに、穂波お姉ちゃんと呼んでみたかったのです」
初めて二人きりで、外に出かけた時のこと。
その際、この方が自然ですから、と手をつないで歩いた。…それが、とても嬉しかったことを覚えている。
周囲を見ればそれは普通の光景で、だけど自分には縁遠いものだと思っていた。
私を、普通の女の子として扱ってくれる。
誰もが特別扱いをする私を、唯一お兄様の妹として扱ってくれた。
そして一番、私が望んでいることを、本人が気づかぬ願いを汲んで私たちを結び付けようとしてくれた。
「今でも穂波さんは憧れの女性です。あの人のように、人の心に寄り添って支えられるような人になりたい、そう思います」
彼女との別れはとてもつらかった。悲しかった。
けれど悲しいだけの思い出じゃない。たくさんの優しさと温かさを彼女から貰った。
気づいたのは、母と思い出話をしていた時だったけれど。
お兄様がコーヒーカップを両手で包んだまま動かない。
お兄様も思い出す何かが、あったのだろうか。
「…深雪の優しさの原点は、桜井さんだったのか」
ここでお兄様が今日初めて穂波さんの名を呼んだ。お兄様にとって桜井と言えば穂波さんなのだ。
水波ちゃんをいきなり名前で呼んだのはそういった経緯がある。
「お兄様にとって穂波さんはどんな人でしたか?」
「…気を悪くしないでほしいのだが、当時の俺には彼女が理解できなかった。なぜ自分なんかに声を掛けてくるのか、業務連絡だけでいいのに世間話をされたり、怪我を心配されたりもした。
よくわからない人、それが、俺が彼女に抱いていた感想だ」
困ったような表情のお兄様。けれど、
(――ああ、やっぱり。お兄様の中で彼女は特別だったんだ)
お兄様の心は擦り切れ、感情が鈍り、衝動的感情が私しか残されなかったあの頃に、彼女はどうでもいい有象無象のカテゴリから外れていたのだ。
お兄様の周りにはお兄様を嫌悪する人間や見下す人間、恐れる人間ばかりで、人を人とも思わないような、ある意味わかりやすい人たちしかいなかった。
だけど穂波さんは違った。だからお兄様にとって未知の存在だった。
「気を悪くするどころか。お兄様にとって穂波さんは大事な人だったのですね」
あまりに嬉しくて頬が緩んだ。
同時に切なくなる。お兄様は大切な人だったのだと認識する前に、衝撃的なお別れをしてしまったのだ。
そしてそれが今も傷となってお兄様の胸に残っている。
「大事、ということになるのかはわからないが、印象には残っているな。今思えば随分と気にかけてもらっていたのだとわかるが、当時はそんなことに全く気付かなかった」
「自分のことでいっぱいいっぱいだった、と言えばそれまでなのでしょうが、当時は視野が狭すぎましたね」
お互い子供で、周囲を見る余裕なんてなかった。
大きくなってから気づく、さりげない気遣い。
それが憐みや同情から来たものなのか確認することなんてできないけれど。
それから、私たちは穂波さんとの思い出話をぽつりぽつりと語った。
初めて、映画鑑賞を体験したのはいつ頃だったか。彼女が映画好きで連れて行ってもらったこと。
甘いお菓子をこっそりとくれたのも彼女。秘密ですよ、と飴玉やキャラメル、初めて食べる地方土産のお菓子。
お兄様も同じものを貰っていたらしい。
私たちの前でそのようなことはできなかったからこちらもこっそりと、だけれど。
兄妹で何かを共有させたかったのだろう。
まるで私たち兄妹が仲睦まじくなるのを予見していたかのような心配りだ。
「穂波さんは、お兄様を気にかけることで、私たちがこうしてまたお互いを知るきっかけを作ってもくれていたのですね。
この時間も、――穂波さんを偲ぶことのできるこの時も。彼女のことを語れるのはお兄様とだけですもの」
一番深く付き合っていた母はもういない。
プライベートなことまでは知らないが、母のガーディアンとなってからはほとんど外部との関係は無かったはずだ。
確か原作では彼女の死後、母は体調を崩しやすくなっていったはず。母にとっても彼女は特別な存在だったから。
(お母様も気落ちしていたよね。でも私たちの手前落ち込む姿を見せないようにしていた)
淑女としての矜持ではなく、母として、子の前で情けない姿は見せたくない、と。
格好つけなくてもいいと言ったのにね。でも、それは彼女ができた精いっぱいの見栄だった。
三年の年月が、母の心を動かして、時折思い出を語ってくれるようになった時は嬉しかった。
そして話してくれた穂波さんは私の知らない彼女の姿で、あの母の心に寄り添えただけのことはある武勇伝ばかりだった。
憧れるな、という方が無理だ。
それだけ彼女はあの母を変えた素晴らしい女性だった。
「…そう言われると、深雪が彼女をリスペクトする理由がわかるな。彼女のお陰で、俺は知らぬ間にたくさんのものをもらっていたのか」
お兄様が感心したように零した言葉は、私の胸をさらに温かくしてくれた。
彼女が与えたのは後悔だけじゃない。
その先の強さも、この思い出に浸る時間も、優しい気持ちになれるのも彼女がいたから。
「水波ちゃんは確かに彼女に瓜二つですが、彼女は穂波さんではない。きっと同じガーディアンとなっても全然違う未来を歩むでしょうね」
「仕える主がお前なんだ。深雪に合わせるとしたら同じにはきっとならないだろう」
「まあ。それは一体どういう意味です?」
「さあ、どういう意味だろうな」
母のような淑女でも体が弱くも無いから、対応は変わってくるだろうけれど、お兄様のニュアンスはまるで苦労するだろうな、と言っているように聞こえた。被害妄想かな。
それから長い時間、思い出話に花を咲かせて過ごしてしまった。コーヒーは空だし、マドレーヌもなくなっていた。
「それではお兄様、お付き合いいただいてありがとうございました」
「――深雪」
立ち上がろうとしたところでお兄様に呼び止められ、振り向くと同時に抱きしめられる。
お兄様のベッドの上で、という事実をお兄様は忘れているのではないだろうか。
実際お兄様が忘れるなんてことはないだろうけど、確信犯であってもそうでなかったにしても心臓が暴れ出すわけで。
「お、お兄様」
「俺にとって、彼女のことは後悔でしかなかった」
「っ!」
無表情に見えて、そこには苦みがあった。
しかし、続けられる言葉と共にその表情は綻ぶ。優しく、解けていく。
「だけど、今日。その考えは改められた。――後悔は変わらない。ずっとあの日を悔やむだろうが、感謝することもたくさんあったのだと知った。
だから、ありがとう」
(…ああ、どうして)
これ以上お兄様を好きになりようはないと思っているのにまだ深みに嵌るなんて。
嬉しさをどう隠せばいいのかわからずお兄様にしがみつくように体を押し付けた。
抱きしめる腕が強くなる。
うん…思っていたよりも強いですね。仕掛けたのは私ですが、これはいつ外れますか?
初めこそドキドキしつつも安心していたけれど、安心成分が徐々に抜けてドキドキしか残らなくなってきたのですが。
「いつもと違う香りがするね」
すんっ、て音が耳元で聞こえた。嗅がれてる!!
「ちょ、お、お兄様!」
「髪の滑りもいつもと違う」
そうなの!?その違いは判らなかったよ。じゃなくて!
「お兄様!お戯れもその辺でよしてくださいませ。恥ずかしくてまた気を失ってしまいますっ!」
「その時はベッドまで運んであげるから安心しなさい」
「だめです!」
何一つ安心できないから!いや、お兄様が危険だとかそういうことじゃなくて意識失う時点で危険だから!
お兄様が私に危害を加えるわけがないからね。そこは安全だろうけど、そうじゃないんです。そういうことじゃないんです!
「ほら、あまり興奮しすぎると寝つけなくなってしまうよ」
「誰のせいですか!」
「俺のせいだと嬉しいね」
…お兄様、妹いじめが愉しくなってきましたか?よくない兆候ですね。
まずはその駄々洩れになっているお色気オーラを仕舞ってください。
中てられると体が思うように動かなくなるのですから。
「自覚がおありなら抑えて下さいませ。それとも私を困らせることをお望みですか?」
「そんなわけはない。俺なりにお前を可愛がったつもりだが、困らせたなら悪かったな」
くすくす笑いながらようやく解放された。
お兄様の可愛がり方は大変危険です。気を付けていただきたい。
「もう、お兄様ったら」
「すまない」
全然悪びれてないね。笑ってるもの。
…でも楽しそうなお兄様を見ていると、だんだん気を許してしまうのは我ながら甘すぎるな、と自覚していてもどうしようもなくて。
いつもならこのまま許してしまうんですけどね。
今の私は女神から知恵を授けられたのです。
「あまり悪戯が過ぎますと、私にだって考えがございますよ」
「それは怖いな。一体どんな考えだい?」
むむ、あまり怖がっていませんね。一体どんなことをしてくれるんだい?と愉しそうな表情。
ですが、余裕もそこまでです。お兄様の教育係として、ここは厳しく参ります。
「やむを得ない場合を除き、一週間触れ合うことを禁じます」
触れ合う、なので私も触れることはできない。私にも厳しくしないと平等ではないからね。
ビシッと真面目な顔で宣言する。
「…一日でも厳しいのに一週間だと…?」
わぁ。…お兄様から感情が抜け落ちました。すとん、って音がした。聞こえた。そして瞳が絶望を宿す。…そんなにですか?
私も辛いとは思うけど、でも考えてほしい。
そもそも普通の兄妹ってこんなべたべたと触れ合ってないよ。
この家に引っ越すまではこんなに触れ合うことなんて元々なかったはずだけど、お兄様はその事実もお忘れで?お兄様に限ってそんなはずないのにね。
一般の兄妹が喧嘩とかしたら視界に入れたくも無いんだとか。
無視とか睨みつけるとか当たり前なんだって。
だけどうちでは想像もつかない状態だね。
私がお兄様を睨みつけるなんてどんな状況?無視というか無言のスルーをしないといけない状況ならありますけどね。
聞こえない、聞こえないったら聞こえないっていう。…大抵そういう時はよく聞こえるように抑え込まれて耳に直に届けられてしまうけど。
って、この話は置いておこう。深堀しちゃいけない話だ。思い出すだけでぞくぞくしちゃう。
お兄様、自分の声が私の弱点だって気づいてるよね…。
と、それはさておき私もリーナちゃんから指摘されて気付いた。
それから普通の兄妹とは、というレクチャーを受けたのだ。
よっぽどお兄様との関係がおかしく映ってたんだね。
リーナちゃん、ファッションの常識は無かったけど人間関係はあったみたい。そういうところは流石人をまとめる総隊長さんなのか。
あまりに親身になって心配してくれるので、卒業式を迎える前にはリーナちゃんって親戚のお姉さんだっけ?という勘違いするくらいには過保護になっていた。
お兄様が私にちょっかいを掛けるたびフシャア!ってなってたもんね。可愛かったなぁ。
お兄様も途中から揶揄って遊んでたよね。
「兄妹が喧嘩をすると、大抵しばらく無視をするそうですよ。私たちにそれはできないでしょうから――」
「当たり前だ。深雪を無視なんてできるはずもない。だが――一週間?せめて耐えても一日じゃないか?」
お兄様的に罰が重すぎる、と言いたいらしいけれど、一日くらいじゃ罰にならないのでは?
「…お兄様が私を困らせなければよろしいのではないでしょうか」
「それは、そうなのだが…」
女神様…リーナちゃんの助言、効果絶大です。
困らせられたらこう言ってみなさい!と教わったセリフをそのまま言ってみたけれど、お兄様が絶望に打ちひしがれてます。
やり過ぎましたかね。
「限度を超えないようでしたら、発生しない罰ですよ」
「……」
「…ちゃんと、事前に警告しますから」
「……」
「…お兄様?」
「……気を付ける」
そんな苦渋の決断をしたみたいに。大げさですねぇ。
項垂れたままのお兄様の頭を撫でる。
「そんなに落ち込まないでくださいませ。今まで通り、いつも通りなら問題ないのですから」
困らせ度合いが高くなければ罰なんて発生しないと言っているのに、お兄様は一体何を危惧しているのだろうね。
「そう、だな。いつも通りでいれば問題ない、んだな」
ダメージが残っているみたいですけど、なんとか正常に戻りつつある?
「…深雪から接触禁止と言われるだけでもかなり辛いものだな。以後気を付けよう」
……そこまででしたか。
でも考えてみたら、お兄様にとって大事な妹にそんなことを言われたら、嫌いと言われる並みのショックを受けるのかもしれない。
いくつかリーナちゃんから授かった他の言葉も使いどころ気を付けないと。
トレイを持って部屋を出ようとしたらそれくらいさせてくれ、とお兄様に先手を取られてしまった。
そのまま私の部屋までエスコートしてもらって少し早いけれどおやすみの挨拶を。
「おやすみなさいませ、お兄様」
「おやすみ、深雪」
手がトレイでふさがっているので挨拶だけ――と思ったら身をかがめて額にキスを。
…避けなかったのは、さっきの落ち込みぶりを見たから。痛み分けではないけれど、これくらいは受け入れてあげないとね。
ドキドキヤバいけどね。お兄様、なんでそんな自然体でできるのか。お兄様の羞恥ってどうなってるのかな。
――
水波ちゃんのいる生活は今までとは違う潤いをもたらしてくれた。
まず女の子らしい会話ができる。
一緒に盛り上がる、ということはないけれど、お話を聞いてくれて、水波ちゃんの意見も聞かせてくれて。
その会話の中でちょっぴり勉強が不安という話が聞けたので、今度は勉強会を開いた。
水波ちゃんは初めひたすら恐縮していたけれど、教わっていくうちに集中して緊張感が解けていった。真面目だね。
不安という割にちょこっと教えるだけですぐに解答を導き出すので、私も教え方が上手いんじゃないかって気分が良くなりいつも以上に褒めてしまった。
褒められ慣れていない水波ちゃんの様子に、以前のお兄様を重ね、より構ってしまったのは計算外。
彼女からちょっと警戒されてしまった。ごめんね。
それから生活用品を含めたお買い物。
彼女は最低限しか持ってきてなかったからね。
本人もこっちに来てから買い足そうと思っていたみたいだけど、ネット通販で済まそうとしていたみたい。
せっかくだからショッピングモールへ行こうと話したら、いきなり二人では危険だ、とお兄様が難色を示した。
そうだね。私もそう思います。
水波ちゃんは一人で任せてもらえないことにちょっと不満だったけれど、体験すればわかるよ。
というわけでさっそく街に繰り出したのだけど。
「……認識を見誤っておりました」
買い物してすぐ、ではありませんでしたね。
入店前にすでにこの発言です。入店するまでから大変でした。
「わかればいい。次から気を付けるポイントはわかるな」
「はい。けっして深雪様に近寄らせないよう、まずは動きやすい恰好を用意しなければ。あとは一般的な撃退グッズを」
すまないね。深雪ちゃんがパーフェクトボディのせいで。いらぬ苦労を掛けさせてます。
一般的な撃退グッズとはアレですね。一般じゃないものは人前に出せないからね。
人に見せられる防犯グッズを、ということのようです。
でも動きやすい恰好か。可愛い恰好した水波ちゃんも見たいなぁ。せめてお家の中でも。
こっそりお願いしたらお兄様がいない時だけという条件で了承してくれた。ありがとう!優しい。
そんなこんなと過ごして二週間。すっかり水波ちゃんはうちの子として馴染んでいた。
…原作ってもう少し打ち解けるのに時間かかってなかった?
お兄様との関係ももう少しぎくしゃくしていた気がするのだけど、目の前の二人は自然に話している。
その話の中心が、私のことであるのはちょっと複雑なのだけれど。私ここにいるよ。
「深雪はなぁ――」
「やはりそうですか。今朝、深雪様は――」
「だろう?困ったものだが、そこも可愛いところではあるからな」
「…そうですね」
……いたたまれない。なんで水波ちゃんお兄様サイドに?
私のガーディアン予定なのにお兄様との距離の方が近くない?
「深雪、まだ水波はお前の褒めやかしに慣れてないんだ。やり過ぎたら警戒されるとわかっているだろう?」
先ほどのお話は私への構いすぎによる苦情と注意についてでした。
二人の間を取り持ったと思えば気は楽になるかしら。
「水波ちゃんが可愛すぎて、つい」
「っ!!」
「…深雪の可愛いモノ好きは今に始まったことではないが、気を付けないと逃げられてしまうよ」
「気を付けます」
なんか、思っていた関係ではないけれど、良好な関係ではあると思う。
「それで、雫の家に行く準備はできたのかい?」
「ええ。ドレスは決まっておりますので。一応ホームパーティーということですから煌びやかな装飾は避けて大人しめにしようと思います。ね、水波ちゃん」
二人で一緒に選びました。ね!と振り向いたら水波ちゃんは、それには答えずおずおずと言い辛そうに口を開いた。
「あの、…やはり控室で待つことは…」
「水波ちゃんの設定上させてあげられないわ。…こういう場面での護衛の練習と思って頑張って」
「はい…」
本当は表舞台に立ちたくないだろうけれど、今の私に――一般家庭の女子高生に使用人が付くのはおかしいので、設定通り親戚として傍に居てもらう。
前もって決めていたことだけど、初めての公式パーティーって緊張するよね。
「友人たちに貴女のお披露目も兼ねているから。皆いい子たちよ。仲良くしてくれると嬉しいわ」
「…はい」
あらぁ。緊張を解すつもりが逆に緊張させてしまった。
と、ここでチャイムが。例のものが届いたのかな。逃げるように水波ちゃんが玄関に向かった。
「水波ちゃんに悪いことをしてしまったようですね」
「だが、立場上これくらい慣れてもらわないとな」
私の傍に居るのだとしたら、パーティー等の出席は避けて通れないからね。今のうちに慣れておくのはいいことだろうけど。
「達也様にお届け物です」
確認しましたが、制服です。と戻ってきた水波ちゃんが持ってきたのは大きな箱。
開けられ出てきたのは、新設された魔工科の制服。
歯車のエンブレムがカッコいい。
「お兄様!着ていただいてもよろしいですか?」
「…今、か?三日もすれば着るんだぞ?」
「サイズがあっているかも確認したいですし!」
期待に目を輝かせると、お兄様は仕方ない、とジャケットを取り出して羽織って見せてくれた。
(かっっっっっっっっこいい!)
「お兄様…素敵です。かっこいい」
思わずうっとりしてしまう。
ただエンブレムが追加されただけじゃないか、と言うなかれ。
これはただのマークじゃない。お兄様の実力によって新たに創設された科のシンボルマーク。
つまりお兄様の為につくられたエンブレムなのだ。
流石お兄様!学校の在り方までも作り変えてしまう。
「今までの制服と変わらないと思うんだがな」
「重みが全く違います」
「…そんなものか」
二科生の扱いはだいぶ改善された。
今では卑屈に思う生徒は減り、自分の将来のためにどういった道があるか考えるようになった。
魔法に拘らず、普通大学に通うもあり。身体を鍛える部活に精を出すのもあり。
そして今回の魔工科は技術的なことが身に付くとあって就職にも有利になると考えられている。
その影響は一科生にまで及び、二科生に落とされると怯えるような生徒は少なくなった。
危機感がないわけではないけれど、二科生になったからと言って全ての道が閉ざされるわけではないのだと気付いたのだ。
それは偏にお兄様の活躍の影響だと言える。
二科生でも自身を生かせる道はある。それを証明したのだ。
本人は嫌がるだろうが、お兄様は今や学校の希望の光、英雄となっていた。
「…素敵です」
「お前にそう言ってもらえるなら、これも悪くないか」
うっとりと見つめていると苦笑しながらお兄様は私の期待に応えてポーズを変えてくれた。
夏のデートの逆ですね。お兄様もサービスがいい。
「…私が求められていたのはこれだったのですね…」
水波ちゃんが背後から遠い目でお兄様を見ている。
水波ちゃんの制服は三日前に届いた。その日の内に着てもらったけれど、水波ちゃんは勝手がわからずただひたすら困っていた。
とってもかわいかった。戸惑う姿がよりグッド。
恥ずかしがる女の子を相手にしているとイケナイ気分になるね。その扉の鍵は厳重に締めましょう。
でも要領のいいお兄様はさらっと熟して私を満足させてからジャケットを脱いでいた。
私、何も指示してない。それなのに確かな満足感。ありがとうございます。
心の中でお兄様を拝む。これを糧に頑張れます。
「ありがとうございました、お兄様」
「満足してもらえたならよかったよ」
大満足でしたとも。水波ちゃんは若干引いていたけれど、すぐに持ち直してお茶をお持ちします、とすっとキッチンへ。
二週間って人を成長させるね。
水波ちゃんの淹れるお茶も美味しくて好き。
「お兄様も、付き合ってくださってありがとうございました」
「お前が喜んでくれるなら構わないよ」
ソファに移動して、お兄様の隣に腰を下ろす。
徐々に日常が新たに構築されてきたことを実感しながら、水波ちゃんが見ていない間だけお兄様に寄りかかって幸せだなぁ、と瞳を閉じた。
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