妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版   作:tom200

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スティープルチェース編②

 

 

「今日はピクシーが私のことを守ってくださったのですよ。ピクシーにそのような指示を出されていたのですね。ありがとうございます」

 

就寝前、勉強も終えてのひと時を、お兄様の部屋で過ごす。

おやすみの挨拶もかねての僅かな雑談タイムだ。

本当は勉強の合間のコーヒーブレイクの時でもいいと思うのだけど、そうすると勉強に戻れなくなるアクシデントが発生したので、何もすることが無くなってから二人の時間を設けることになったのだ。

…アクシデントについては詳しくは述べられない。察していただきたい。

 

「…本来生徒会室で内部の人間相手には発動する予定などなかったのだがな」

 

泉美にはもう少し警戒度を上げるべきだったか、とお兄様は真剣に考えているけれど、警戒なんてしなくとも危害は加えられないと思いますよ。

一応、七草家の御令嬢ですし。

だけどお兄様には七草のご令嬢だということがさして防波堤になどならないと思われているよう。

ご令嬢なんだから立場とかお家のこととかが防波堤となって彼女を冷静にさせてくれると思うんだけどな。

 

「今日は図書室で過ごされたのではなかったのですね」

「ああ。レオと水波のところに邪魔させてもらった。水波も随分部活に馴染んでいたな」

 

水波ちゃんのお話はとても面白かった。美少女にお湯をぶっかけられるとか、ご褒美でしかない。今年の山岳部はハッピーだね。

その業務を嫌がらず仕事を淡々とこなす水波ちゃんは天使かな。疲れ切ったところに熱くてもお水をくれるわけだからね。きっと天使に見えるはず。小悪魔な水波ちゃんも素敵に違いないが。

その仕事自体結構ハードなお仕事だと思うけれどね。やかんにお湯がたっぷり入ってそうだし、それを皆に配り歩くのだから足腰とバランスがうまく取れないと出来ないことだ。

…まあ四葉での暮らしが役に立っているのだろうね。あそこも山々に囲まれてますから。

 

「水波ちゃんも学校生活を楽しめているのならよかったです」

 

ただの私の護衛としての仕事じゃなく、水波ちゃんの時間も取れているのならよかった。たとえそれが時間つぶしであっても、西城くんがいるならば気にかけてもらっているだろうから。安心です。

 

「深雪」

「はい」

 

安心していたのだけれど、束の間だったよう。

名を呼ばれてお兄様を見れば、…ここ最近の定番となったお色気モードのお兄様ですね。

 

「深雪が嬉しそうな顔をするのは喜ばしいが、俺がさせているのではないというのは悔しいね」

「…何を悔しがるというのです。お兄様がお話ししてくださるから知ることができて、私は嬉しいのですよ」

 

ぎしり、とベッドが音を立て、お兄様が近寄ってくる。

その表情には憂いが浮かんでいて、どうにかしてあげたいという気持ちも湧き起るのだけど、同時に脳内で危険だと母の声で警報が聞こえてくるわけで。

イマジナリーお母様のお声が聴けるのは嬉しいのだけれど、その時は大抵危機に見舞われる時だと学習したので今や恐怖のサイレンとなっております。地震予測のあの不安な音みたいな。麗しいお声なんですけどね。

人が亡くなるとまず記憶で一番に失っていくのが声だというけれど、このイマジナリーお母様のお陰で全く持って記憶が褪せない。そのことは嬉しいのだけど。

 

「ほら、また俺以外のことを考えている」

 

…なぜバレるのでしょうね?やっぱり心の中を読まれてますか⁇

 

「お兄様のお顔をこんなに間近に見ては、お母様を思い出すのはおかしなことではないでしょう」

「…俺との共通項なんてないだろうに」

「何をおっしゃいます。お二人の不満顔はコピーしたようにそっくりですよ」

 

顔のつくりはあまり似ていない二人だけれど、表情だけはそっくりな二人。思い出すなという方に無理がある。

内心では慌てているものの、表向きはくすくすと余裕あるように笑って。

 

「あまりそのように拗ねないでくださいませ。お兄様がそんなに可愛らしい顔をされてしまいますと、今すぐ抱きしめて撫でたくなってしまいます」

「可愛いというのは複雑だが、深雪に甘やかしてもらえるなら受け入れよう」

 

すっとを下げるお兄様の頭を胸に抱き寄せてサラサラの髪を撫でさせていただく。

シャンプーの香りが鼻腔を掠めた。

こうしてされるがままのお兄様は可愛らしく思えて、胸が高鳴る。

 

「深雪の心音はいつまでも聞いていたい」

「そんなに面白いものではないでしょう」

「そんなことはない」

 

そう言うとお兄様は腕を私の腰に回してさらに密着する。

 

「ほら、早まった。とても素直でわかりやすい」

「…心音は誤魔化しようがないですから」

 

…というか離れましょうかお兄様。今のこの状況、とってもよろしくないですよ。

妹の胸に顔を埋めて縋るように抱きついてます。事案です。

 

(というか心音聞かないで?!恥ずかしい!!)

 

ぺしぺしとお兄様の背を抗議の意味を込めて叩くもお兄様は動きを見せない。なんてお兄様だ。妹を恥ずかしがらせて何がしたいというのか。

すでにストレスをためていて揶揄って発散しようとしているのか。確かにお兄様は今、自身の研究でお忙しいはずだけど。

 

(止めていただきたい!死んでしまいます!!)

 

「ふっ、また早まったね」

「これ以上心臓に負荷が掛かっては、私は早死にしてしまいそうですね」

「それはいけない。…困ったな」

 

ゆっくりとお兄様が離れるけれど、お兄様の顔は…うん。まだお色気全開のオーラが漂ってます。殺しにかかって来てます?

するっと私の頬を撫でそのまま後頭部に手を回すと今度は逆転して胸に抱き寄せられた。

 

「それなら二人、早死にしそうだ」

 

どういう意味か、と尋ねるよりもその音は雄弁だった。

 

(…お兄様も、早い)

 

「…どうして」

 

気が付けば口から疑問が零れ落ちてしまっていた。

この距離で聞き逃すことなどないのでお兄様はすぐに答えをくれた。

 

「深雪と一緒にいて高揚するなという方が無理だ。特に最近はお前を独り占めできる時間は限られているしな。こうして触れられるだけで舞い上がってしまうんだ」

 

………だから、お兄様。それは妹へ向けるセリフじゃないですよ。

さっきよりも自身の心臓が激しく動き出した。やっぱりお兄様は殺す気だったのだ。止めを刺された気分です。

 

「嫌ですよ、早死になんて。私はお兄様が素敵なロマンスグレーのおじ様になるのを楽しみにしているのですから」

 

こんなハイペースで心臓を働かせては危険だ。母が警鐘を鳴らすのも当然だった。

このままじゃ母との再会が早まってしまう。早死にはダメ。絶対。

私の言葉に気が抜けたのか、お兄様はくすくすと笑って今度こそ私の身体を放してくれた。

 

「深雪がそう望むなら仕方ないか」

 

俺としては、共に死ぬのも悪くないんだが、との呟きは聞かなかったことにします。

 

(なんて言葉を呟くんですかお兄様!恐ろしい!!)

 

止めの後にまで心臓にナイフを突き立てに来るなんて。恐ろしいお兄様だ、本当に。

夜だから?夜のテンションだからおかしくなっているのだろうか。あるよね、そういう時。

いつもなら考え付かないアイディアが出て話を一本書き上げるんだけど、朝見るとなんでこんなのを書いたんだろう?みたいな、ね。オタクあるある。

あの時はとても素敵なものを作った気がしたのだけど。おかしいね。

 

「もうこんな時間か。深雪との時間はあっという間に過ぎてしまうね」

「そうですね。ではそろそろ私は部屋に戻ります。お兄様、おやすみなさいませ」

「ああ、おやすみ」

 

すっとベッドから立ち上がって、お兄様に向けて頭を下げて部屋を後にした。

お兄様のドアが閉まったタイミングで顔を覆って急いで私の部屋へ。

もうね、結構限界ギリギリですよ。お兄様は本当に妹をどうしたいというのか。普通に可愛がってほしい。

水波ちゃんがきて距離感が普通に戻ったと思ったのだけど、…多分時間が短い分濃度が濃いだけで、希釈すれば以前の触れ合っている時間と変わりないのかもしれないけれど、濃縮されるとより一層お兄様の甘さが際立つわけで。正直言って心も体も持たない。

カル〇ス原液は飲んではいけないのですよ。いくら体にピースであっても薄くしているからピースなのだ。原液は全然ピースじゃない。

アレは毒だ。過ぎたる甘さは毒へと変わる。

どろりとして、甘くのどに絡みついていつまでも存在を消さない。ひりひりとのどを焼く様にしゃべることもままならなくなる。

 

(お兄様に愛を向けられる人は大変だね)

 

あの毒のような愛を飲み干さねばならないのだから。

まだ見ぬお兄様の恋人に同情しながらベッドに突っ伏した。

 

 

――

 

 

九校戦は夏休みに行われるが、生徒たちの準備はそのひと月前の競技の発表前からすでに戦いは始まる。

だが、その期間には定期テストもあるわけで。

いつもバタバタしてしまうことを気にしていた会長は、生徒たちのために前もって準備を始め、生徒たちも納得の上でその志に賛同して共に着手していた。

おかげで七月に入る頃にはある程度選手が決まっており、傾向と対策もばっちり。後は練習を重点的に、と何もかも順調に思えた。

フライングで九校戦の準備をしてひと月、――その凶報はついに届いてしまった。

 

お兄様と生徒会室へ入ると、そこは絶望溢れる部屋でした。

 

まだ挨拶をしてくれる五十里先輩はマシに見えるけれど、彼の背負う絶望もなかなかなものだ。

中条会長はもう机から体を起こすことさえできないほど打ちのめされている。

一体何があったのかとのお兄様の問いに、五十里先輩は力ない声で答えようとしたのだが、歯切れが悪く、言い澱んでいたのを、まるで屍のように突っ伏していた中条会長が後を引き継ぎ答えた。

 

「九校戦の運営委員会から今年の開催要項が送られてきたんです」

 

近年競技種目が変わることなんてなかったからこそ、ひと月も前から準備をしていた。

すべて順調に思えた最中、運営委員会からの突然の競技変更の知らせ。

三種目も変更になるとはそれだけでも十分事件なのに、更に掛け持ちでの出場が一種目を除きできなくなるとあっては、選考はほぼやり直しと言ってもいい。

つまり、準備してきたことがほとんど無駄になったということである。

張り切っていたところにこの凶報、すべての準備が水の泡となっては絶望を抱いても致し方ないことだろう。

私は新しい種目がどういったものかを聞くのを後回しにした。

だって、今一番しなければならないのは、どう考えても絶望に打ちひしがれている先輩のケアだ。

お兄様の袖をちょんと引っ張って目礼すると簡易キッチンへ。ピクシーもついてきた。

紅茶を淹れてもらう指示をして、私は持ってきていたフィナンシェをお皿に並べた。

バターたっぷりの、幸せの味のするフィナンシェ。

ピクシーに運んでもらう後ろに付いて中条会長の元へ。

 

「会長。一息入れましょう」

「深雪さん~」

 

おおっと、いつもは触れ合い拒否気味の会長が抱きついてくれました。何とも庇護欲そそられる泣き顔とお声に私も全力で応えます。

 

「会長は頑張っていましたものね。お辛かったでしょう」

 

きゅっと抱きしめて。

 

「今年も連覇しなくては、とプレッシャーもある中、しっかりと準備をなさっておいででしたものね」

 

ふわふわの頭を撫でて。

 

「生徒たちも皆、会長の手腕に感心し、付いてきてくださってましたから、余計に申し訳なく思っているのですね」

 

その頭を胸に抱きかかえるようにして。

 

「…う゛ん!…う゛ん!」

 

しがみつかれる力がどんどん強くなってます。責任感の強い先輩ですものね。

重責に耐えながら頑張ってきたのにこの仕打ち。悲嘆と恐怖と怒りが入り混じって複雑な感情が渦巻いて発散することもできずにいた。

そこに水を向ければ、こうなっても仕方ないこと。

中条会長の方から抱きつかれたなら後はそっと背中を撫でる。

傷ついて怯えた小動物を落ち着かせるように。

その背後ではお兄様と五十里先輩が新しい種目について話し合っていた。こちらに気を使ってのことだろう。

全く、大人たちの勝手な都合で迷惑を被るのはいつだって子供たちなのだ。

軍事色の強い競技が増えたことで、世論にも疑惑を強めさせ、一体どうするつもりだったのか。

野党を喜ばせて日本を分裂させる狙いですか?人間主義者がうるさくなることも読めたでしょうに。

戦争に魔法師を投入したくないと掲げているくせにやっていることは火種を生むことなのだから、本末転倒もいい所だ。

バレなかったら何してもいいわけじゃないから。責任もちゃんと持って。いい年した大人なんだから。

九島は妄執に捕らわれ周囲が見えていなかったことが理由としてわかるけど、七草はもっと周囲を見てほしい。

四葉の力を削ぐことしか考えていないとはどういう了見なのか。こっちは完全に個人的な目的でしかない。何がしたいのよ本当に。

その先に何を求めているのかがさっぱりわからない。

 

「会長、この怒りは大会に向けて、私たちは前進しましょう。誰も会長を責めません。慣例を変えた大会主催者にこそ、その不満はぶつけるべきですもの。その不満を原動力に、一高は一丸となって優勝を目指しましょう」

 

そう、悪いのは勝手な都合で大会を我が物顔で利用する大人たちだ。

会長がそのことで気に病むことなどない。

――絶対、彼らの思う通りになんてさせない。

こんなに頑張った可愛い中条会長を泣かせたこと、後悔させてやる!

気合を入れたところでお兄様たちのお話もキリがよくなったようだった。

そこで改めて種目の話を聞き、三種目変更と掛け持ちがほぼ不可の話を聞いた。

軍事訓練に使用されているカリキュラムなので、お兄様はその種目がどういったものかを知っていたけれど、そのままのルールが大会に起用されるということはないようだ。

一応学生の大会だからね。怪我をしにくいようルールが追加されているようだ。

まだ今の段階では軽くしか知らないので、開催要項を熟読しないとわからない。

理解するには時間がかかるかも…と思っていたのだけれどお兄様が凄いスピードで読み始めましたね。

これならあっという間でしょう。

中条会長はこのころになってようやく顔を上げ、前を向けるようになっていた。

 

「…おいし~」

 

甘いものも心の回復に一役買ったようでなによりです。

だけどここでお兄様が息を吹き返した会長に止めを刺す。タイミング狙ってました?

 

「スティープルチェース・クロスカントリーは障害物競走をクロスカントリーで行う競技だ」

 

自然だけの障害物以外にも魔法や自動銃座が設置され妨害を受けるサバイバル競技。いや、競技なんて生易しいものじゃない、実戦を想定した軍事訓練そのものだ。

なぜこれの許可をした運営。

しかもこれの撮影は定点カメラだけでほとんど中継を流さないなんて、怪しいことしています!と言っているようなもの。

どうやって視聴率稼ぐ気だったんだ。大会運営費だって安くないのに。

九島や七草も資金はたんまりあるだろうけど、買収がバレたら大変なことになるだろうに。この時代にだって寄付にも限度がある。

 

「相当危険な競技と思われますが、その競技に一年生以外全員参加となるのですか?」

「ポイントは高いから一発逆転を掛けて、皆参加するだろうね」

 

五十里先輩が厳しい表情で応える。

この時点で五十里先輩も最悪の事態を想定できていたのだろう。

唯一理解できていなかったのは、大会のことで頭がいっぱいになっていた中条会長だけだったのだけれど。

 

「…余程しっかり対策を練らなければ、ドロップアウトが大勢出ますよ」

 

このドロップアウトの言葉に会長は大きく体を震わせた。

ドロップアウト――それは魔法師高校の学生にとっては恐ろしい単語だ。

人生を大きく狂わせる、魔法師生命を絶たれるということを指す言葉だから。

魔法は繊細で、肉体だけでなく精神からも影響される。精神的ダメージやストレスによって魔法が使えなくなるケースは毎年聞かれる話だ。

 

「そんな…」

 

そんな恐ろしい競技に生徒たちを多数出場してもらわなけらばならないなんて、と絶望に打ちひしがれる中条会長に、五十里先輩も何も言えないとこれまた辛そうな表情に。

…こんな時で申し訳ないけれど、先輩のそういった悲痛の表情は大変危険です。

お兄様とは種類の違う色気が漂います。なんだろうね、この細い肩を抱いて慰めてあげなければ!みたいな庇護欲が掻き立てられてしまう雰囲気は。しないけどね。

なによりも、この後の修羅場を生まないためにも中条会長のケアをもう一度。

 

「会長、兄さんが言ったように対策を練りましょう。九校戦の準備がリセットされてしまったことは残念ですが、ここは早めに切り替えてリスタートすればまだ間に合います。他校も同じ条件でしょうから」

「!!そ、そうですよね!とりあえず部活連と、各部活の部長たちにも説明しないと!」

 

そうですね。こういう時の報連相は迅速にせねばおかしなことになってしまいますからね。

落ち込んでいる暇はない!と奮起する中条会長。ご立派です。

五十里先輩もほっと一安心しつつ、準備に取り掛かってます。皆有能。

お兄様はいつの間にか私の横に来て頭を撫でてくれます。労われてる。

微笑んで享受していたら、そこにお使いに行っていたほのかちゃんと泉美ちゃんが現れてプチ修羅場が。

ほのかちゃんそんなどもって何してるか尋ねなくても。

泉美ちゃんも、そんな地を這うようなお声で何してるか尋ねなくても。

…どうあっても修羅場は回避不可能イベントでした。

でも五十里先輩たちに降りかからなかっただけマシかな。忙しそうにしていた五十里先輩に、現れた花音先輩は応援を送っていた。

 

 

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