妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
「…お兄様、本当にするのですか?」
「深雪、そんなに不安がることはない。あとは俺に任せろ。お前はただ寝ていてくれればいいんだ」
お兄様、何か事件でも起こすつもりです?
怪しげなことを言いながらお兄様が枕元に仕掛けるのは、お兄様の誕生日にプレゼントしたネクタイピン。
お兄様のいざという時に使用されることを期待して贈ったのだけど、まさか私に使われる時が来るとは予想もしていなかった。
…緊張して眠れるかどうか。
お兄様はそんな緊張する私にくすっと笑うとベッドに座らされてそっと抱きしめられる。
「そんなに気負うことはない。お前はただいつも通りに眠ればいい」
「ですが、それでまた同じようなことになったのだとしたら」
「その対策も考えるための実験だよ。それに、お前に抱きしめられるのは役得だと思うがな」
「お、お兄様!」
急に色男モードになって頬を撫でるのは止めていただきたい。また眠気が遠ざかってしまう!
すり、と撫でられるだけで頬が熱くなる。
「今日はベッドを離しているから、もしかしたら潜り込まないかもしれないだろう?」
「そう、かもしれませんが」
ベッドの距離は私の身長程離れている。どうあっても転がれない距離でチャレンジするのだそう。
「それとも、俺の腕の中では安心できないか?」
…今は猛烈に安心できていないと答えたい。
お兄様が手を出すとかそんなことは考えてもいない。
それは原作知識云々ではなく、いくらこのようにお兄様が色男モードになっていようとも、お兄様はお兄様であって、お兄様以外になることはないのだから、妹を愛でる範疇を超えることはない。
お兄様にとって如何に溺愛しようともそこにあるのは兄妹愛のみ。それだけは勘違いしようもない。
ただ私が一人慌てているだけなのだ。
こうして抱きしめられていても、今のお兄様は妹に甘い表情と声で羞恥を煽られてしまう。
ドキドキして落ち着かない。…せめてストレスをため込んでいない、いつものお兄様だったならまだ心落ち着けられたのに。
「お兄様は時折ひどく意地悪です」
「そんな俺は嫌いかい?」
嫌いと言えないことがわかっていて態とそう訊ねるのだから本当にお兄様は意地悪だ。
だからたまにはちょっぴり反撃をしたくなるわけで。
お兄様の胸に顔を埋めて。
「…心配なのです。お兄様はただでさえお忙しいのに、その上寝不足の原因を傍に置くなんて」
ぐりぐりと頭を押し付ける。
どうだ、痛いだろう、と思ってちらっとお兄様を見上げたら、…あらヤダ。無表情で見下ろされているからちょっと、というかかなり怖いですね。
お兄様どこに表情落っことしてきました?その反応は想定外です。
キュッと心臓にブレーキがかかる。…いつも負担がかかる心臓が心配。いつも負担を掛けてすまないね。
「深雪は一体どこでそういうことを覚えてくるのかな」
そういうことってどういうことですかね?
私としてはちょっと痛い思いをしてもらいたかっただけなのだけど。
ほら、深雪ちゃんと言えばちょっとしたお仕置きに心臓止めちゃうお茶目さんだから。私にそこまでの踏み込みはできないけど、心臓の上からぐりぐりしたら痛いよね、って。
なのにお兄様は痛くもかゆくもないご様子。無表情だから堪えてる可能性も?
ぎゅう、と抱きしめられて頭上から大きなため息が聞こえた。
「お兄様、また幸せが出て行ってしまいましたよ」
「いいんだ、今吐き出さないと破裂してしまうから」
昨年もそんな話をしたけれど、理由が違うね。あの時はすぐに回収できるからと言っていたけれど、今は溢れんばかりにある、と。
…その言葉が私をキュンキュン苦しめる。
お兄様、幸せいっぱいなの。嬉しい。
喜ばしいと思うのに、苦しいです。――ってお兄様、これ物理的に苦しい。締まってる。
タップして腕を弛めてもらう。
力加減誤るなんて珍しいミスだ。やっぱりストレスがマシマシです?
「すまない」
「…いい言葉が聞けたので許して差し上げます」
お兄様のお陰で胸も体もぽかぽかだ。ちょっと体は熱すぎる気もするけれど、まあ許容範囲だろう。
「眠れそうか?」
「…頑張ります」
先ほどよりも手足があったまったので寝ることができそうではある。
あとは心が落ち着くだけだ。って、それが一番肝心なのだけど。
「寝るのに頑張るのか」
お兄様はくっ、と笑って楽しそうですねぇ。どうしてそんなに気楽にいられるのだろう。
確かにこれだけ離れていれば転がってはいかないと思うけどね。こっちは原作の深雪ちゃんが寝ぼけて?お兄様のベッドに入っていくことがあると知っているので安心なんてこれっぽっちもできないのだけれど。
「深雪、異変があったら迷惑なんて考えず絶対に俺を起こすんだ。いいね?」
「わかりました」
パラサイドールがいつ搬入されるかわからないし、その時点で起動しているかもわからないけれど来るタイミングがわかったら動きが変わるかもしれないから。
お兄様の真剣な眼差しに応えて頷くと、お兄様は頭を撫でてから自分のベッドに向かわれた。
「おやすみ」
「はい、おやすみなさいませ、お兄様」
…不安だ。深雪ちゃんの愛されボディにまさかこんな欠点があったなんて。
いや、恐らくこの場合欠点ではなくある意味メリットなんだろうけども。
お兄様の為に作られたボディにまさかこんな形でラブハプニングが仕組まれていようとは。四葉は恐ろしいモノを作ったね、本当に。
絶世の美少女に無意識に求められたりしたら、どんな朴念仁でも一発で情が移るだろうから。他人だったらほとんどの確率で恋に落ちる。
お兄様も妹にそんなことをされては困るだろうけど、慕われているのだということは伝わるだろうから。
一人にでも絶対的に愛されているとわかれば、世界に繋ぎ止める枷になる。その枷があれば、遠くに離れていくこともない。
――全てはお兄様を生かすために、この世に繋ぎ止める為だけに作られた存在であり、唯一のコントローラーである存在。
それが司波深雪なのだ。
(責任重大だ。私に世界の命運がかかっている)
冗談でも何でもない。それだけの力がお兄様にはあるのだから。
だから私はけして何からも傷付けられないように己を鍛える。周囲に気を配る。
そして――世界が私だけではないのだと、お兄様の世界を広げる。
お兄様に大切な人が増えるたびに、お兄様の私が傷つけられたことによって沸き起こる破壊への衝動が、少しでも押さえつけられる理由になるはずだから。
(お兄様の交友関係はどんどん広がってきている。関係だって深くなってきた)
以前は会話なんてその場しのぎのようだったのに、今では気を許した話ができるようになった。
冗談軽口が飛びかい、年相応の顔をするようになった。
紛れ込もうとしなくても、もう自然と彼らの中に溶け込んでいた。
(このまま…ずっとこのままぬるま湯に浸っていたいけれど、来年にはきっと――)
ごろり、と体を横向きにする。お兄様から体ごと背けるように。
今は、余計なことは考えない。九校戦のことに集中しよう。
深呼吸をして、ゆっくりと息を吐きだして――意識は闇に呑み込まれていった。
――
目が覚めて一番に確認したのは、お兄様がどこにいるかだった。
視線を巡らせても姿が見当たらない。お兄様の姿はすでにベッドにはなかった。
そして自分を見下ろして、ほっと胸を撫でおろす。
よかった、ここは私のベッドだ。
「…だけど、昨日もそうだったのよね」
そうだ、昨日も自分のベッドで起きたはずだった。…お兄様が運んだのだそう。安心はまだ早い。
昨日と同様お兄様の匂いが残っているけど、同室で過ごしているからこれが先ほどまでのものかなんてわからない。
…なんか、お兄様の匂いが残ってるってすごいアレな気がするけれど、そんなんじゃない。そんなつもりは一切ない。
私は変態じゃなくて、そういう感覚に優れているだけだから。
誰に聞かせるでもないが昨日に引き続き言い訳をしながら頭を抱える。
ベッドでじたばたしていないのが不思議なくらい。…自分の家じゃないからね。それくらいの分別は付いているつもりだ。
…昨日は悶えるくらいで済ませたのでノーカウントでお願いします。
とりあえずいつも通りに過ごそう、と服を着替えて顔を洗ってストレッチから。
徐々に頭が覚醒していく。
今日から九校戦が本格的に始まる。生徒会役員としても、一選手としても――そしてお兄様の妹としてもサポートを頑張らねば。
今日の予定を組み立てながら体をほぐしていると汗ばんできた。今日の身体の調子も万全のようだ。
軽くシャワーで汗を流して扉を出たところでお兄様とばったり。
…よかった。きちんとした格好で出て。
いや、深雪ちゃんの姿で下着で出歩くなんて元々無いのだけどね。ほら、気が緩んだ姿でばったりなんてよくあるラッキースケベの一つじゃないですか。日頃から気をつけていますとも。
回避できてよかった。
「おはようございます、お兄様。おかえりなさいませ」
「ただいま、深雪。おはよう、よく眠れたか」
お兄様はすでに汗を発散させたようだけれど、米神に汗が一筋流れている。
朝から気温が上がってきているから、運動直後も相まって飛ばしても飛ばしても流れてくるんだろうね。
「眠れたと、思うのですが…お兄様はいかがでしたか?」
私はね、朝までぐっすりコースだったのだけど、眠ってる間の記憶なんて全く持ってないのでね、何かしでかしてもわからないわけで。
お兄様はそうか、と口にして。
「その話は汗を流してからでいいか」
「もちろんです。準備は整えておきましたので」
「ありがとう」
お兄様がバスルームに消えていくのを見送ってからはっと気づいた。
そういえば昨夜は録画機能を備えたネクタイピンがお兄様のベッドに仕掛けられていたはず。
それなりに振動が無ければ作動しない設定ではあるけれど、昨夜お兄様が作動するか確認していたから恐らくベッドに人が乗り上げる振動で動くのではないかと推測される。…起動してないといいのだけど。
まさかお兄様の窮地を救う手立ての一つにと思ってプレゼントしたモノが、このような使われ方をするとは思ってもみなかった。
前世のオタク心を出したのが悪かったのか。大抵私のミスはそこが理由な気がしてきた。入学前の下着事件とかね。
己の欲を出さず、お兄様の幸せのために動けばこんなことにはきっとなって――ないことはないか。うん。考えたけど、これはおそらく原作強制ルートだ。
それに、逃れようとしてもお兄様のラッキースケベの呪いは必要以上に彼に襲い掛かるのだから。
いや、今回のことに限って言えば私の四葉の呪いが原因か。深雪ちゃんの身体がお兄様を求めてしまうというDNAに仕組まれた私のプログラム。
…困ったね。自分の意思ではどうにもできないということ?
恐ろしき原作の強制力に、恐ろしき四葉の技術結晶。これをどうやって避ければいいというのか。
お兄様にとってはただの妹の奇行としか映らないだろうけど、健全な体を持つお兄様の負担にはなるのだろうから避けられることなら避けたい。避けてあげたい。
(今回は不安要素が多いな)
特に今回は強制力が働き過ぎている気がする。原作から遠ざけるタイミングが早すぎたからかな。
お兄様の業務の負担を皆に分散したつもりだったけれど、結局のところお兄様が新たに仕事を見つけては手を差し伸べてしまわれるので仕事量は減っていないように思う。
お兄様回遊魚かな。動いてないと死んじゃう?
学生内でお兄様が嫌悪対象ではないことによって、話しかける人が増えたことも要因か。いいことのはずなのだけど、それでお兄様が相談を受けて案を考えてしまう時点で仕事が増えている。
九校戦関連についてだけならハードワークだけれど、これだけならまだ許容範囲は越えていないように思う。
問題は、お兄様を悩ませるパラサイドールの実験だ。
本来であればお兄様は全くの無関係であり、何処からの依頼も受けてなどいないのだからお兄様が対処する理由などどこにもない。
四葉は新兵器として興味はあるみたいだけれど、これをどうこうしろという依頼は来ていないようだった。
彼らがしたいのは強硬派の鎮静化だ。
独立魔装大隊が藤林さんを使ってお兄様を動かすつもりならばと、ついでにこっちの用事も片しちゃおう♪軍のことなんだから後始末はそっちに任せるね、と強硬派に責任をなすりつけをされそうだった独立魔装大隊に押し付けちゃう辺り、叔母様はとんでもない策士だ。
一つの石で何匹もの獲物を撃ち落とす。
でもこれって結果だけ見ると、お兄様が所属する部隊を守りつつ、危険分子も片付けてしまえってことになる。
分かりづらいけど叔母様悪役ムーブしていてもお兄様の為にも繋がってるんだよね。これも一種のツンデレです?
流石四葉。フォローの入れ方も複雑怪奇。愛が伝わらない。…本人自覚してない説?…まさかね。
軍の方でも、初めこそお兄様に何かをさせるつもりはなかった。
軍にとってお兄様は劇薬だ。取扱注意の最強兵器。
お兄様の部隊のトップの佐伯さん、佐伯閣下?はきちんとお兄様がどういう存在か理解して、危険視しながら慎重に登用するよう心掛けているようだ。十師族の中でも四葉だもんね。慎重にならざるを得ない。
だが、お兄様という存在こそ知らないまでも最終兵器があることをなんとなく気付いている強硬派は、それを利用し、国を守るために、この勢いに乗じて大亜連合を潰したいと思っているようだけど、強い兵器を使うことが世界平和に繋がるならとっくに世界は争いが無くなっている。
抑止力としてならまだしも、使い方を間違えてはいけない。魔法師の十三使徒は正にそのためのもの。
秩序が布かれることによって、ルールを守る意思によって形上平和が保たれるのだ。
こんな小さな国の内部で足並み崩して抜け駆けなど考えている時点で、うまくいくはずがない。
まずは何事も根回しが必要だと、なぜわからないのか。
軍のように縦社会の文化が色濃く残るところは、いつの時代も変化を嫌うものだからね。石頭が多くて頑固者ばかりが仕切っている現状。
柔軟な考えを持てるだけの余白が無い大人たちが多い職場です。
兵器とは時に暴発することもあるのだと知っている佐伯さんは、お兄様の使用に酷く慎重だ。だからこそ、強硬派の策には特に賛同できない。罪を擦り付けられるなんて許せるはずも無い。
だから四葉(この場合はお兄様になるわけだ)が、彼らを止めることを黙認することにした。
部下を使って情報を流させ、名を使わせずに利用する。――十師族、その中でも影響力の強い九島と軍との関係を少しでも引き離すために。
(ああ、やだやだ。いろんな思惑が絡んでくる)
というか九島閣下はこの実験で、どういう流れを望んだのだろう?パラサイドールに確かな実力があると証明したいだけならこんなところで高校生相手にする必要は無い。
イレギュラーの起こりそうな自然体のままの学生たちを使って実験をしたかった?暴走しないことを証明したかった?
お兄様が止めなかったら最悪、本体を失ったパラサイトが暴走して大会どころではない大事件が起こるところだった。
学生たちがパラサイトの倒し方を知るはずないから、止めるとしたら破壊するしかない。
その後どうなるかと言えば。器を失ったパラサイトが抜け出し、誰彼構わず憑依する。
ここに集まるのは魔法師たち。パラサイトにとっては憑依できるかもしれない依り代がたくさんいるのだ。これほど都合のいい展開もないだろう。
16体ものパラサイトが純粋なる祈りが多く集う九校戦という会場内で、その願いに惹かれ人の身体を乗っ取って『優勝』を目指して争い始める――かもしれない。
彼らは大会ルールなんて知ったところで縛られない。勝つことに拘って大暴れでもするのかな。
目的の九校戦が無くなったその後はどうなるのだろう。ここには魔法師を利用する人間に対して不満を抱いている子供たちは少ないだろうから、そこからは平和に――なるのだろうか。
彼らの目的は仲間を増やすことにあるというのだから、魔法師が次々狙われて乗っ取られていく?そうしたら――最終的にどうなるというのか。
想像もつかないが、彼らが仲間を増やすということは、宿主に選ばれた人は自我を失い、死に繋がってしまうのだから殺人に変わりはなく、最悪アメリカの時のように不満を抱いている魔法師に寄生したのなら悲劇が幕を開けるだろう。
コントロール下にあるパラサイドールの身体を抜け出してしまっているのだから、九島にコントロールされることは無くなり手綱を握り直すことは不可能。
コントロールを離れた
もし、運よく回収できたところで欠陥品の再利用なんてできるはずもない。
乗っ取られた生徒の生死など二の次で事態を早急に収拾しなければならないのだから世間からの非難も必至。
この実験は初めから破綻していたのだ。
全てはお兄様が彼らを止めるために用意された駒――神の用意した試練。
結局のところ、放たれてしまえばどうあっても避けられない衝突だということ。
だからせめて、私ができるのは万全の状態を整えることなのだけど、…それが今、一番難しい。
それも、原因が自身だというのだから、頭も痛くなる。
「深雪?どこか痛むのかい」
「!!いえ、大丈夫です」
思考の海に呑まれていたらしい。お兄様がいつの間にかシャワーを終わられて傍にまで来ていたことに気付かないなんて。
「…いえ、今からお話を聞くことについて考えていたら頭が痛くて」
反射的に大丈夫と答えていたけれど、嘘はよくない。正直に答えると、お兄様は眉を下げて頬を掻く。
その眼差しに…一気に高まる不安感。
お兄様の表情に私を安心させる要素が見当たらない。あるのは心配と同情か。
「そうだね。お前には聞きたくない話かもしれないが」
お兄様は前置きをしてから私の隣に腰かけて。
絶望的な結果を報告する。
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