妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
時を戻して。
「兄さん」
声を掛けたことでお兄様は花音先輩に向かって放っていたプレッシャーを抑えた。
完全に引っ込めていないのは、この場がトラウマを作った九校戦の敷地内であることも関係しているのだろう。
でもよかった。少し落ち着きは取り戻したよう。
「兄さん、大丈夫だから」
もう一度声を掛けると、お兄様は目を閉じて剣呑な気配を引っ込めた。
去年のあの事件を詳しく知っているのは十文字先輩と渡辺先輩、そして七草先輩のみなのだから、ちょっとした軽口でお兄様がこの状態になってしまうことなど誰も予測できなかっただろう。
「先輩、すみません。以前私のCADに細工をされて以来、私の調整を人に任せられなくなってしまって」
九校戦で起きた事件だとは言わないけれど、出来事自体は素直に話しておいても問題ないことだからペロッとしゃべる。
こんなところで変に蟠り残してもしょうがないからね。
お兄様は別段、ジョークが通用しない人間ではないのだ。妹に関して以外なら、と注釈が付くだけで。
軽く冗談交じりで言った先輩には変に緊張させてしまって申し訳ない。
そう謝罪すると、先輩はばつが悪そうに、けれどちゃんと謝ってくれた。花音先輩は思い付きで口や行動に出ちゃうけど、悪気はないのだ。
それにきっと先輩だけじゃない。他にも同じことを考えていた人はいるはずだ。私もそのうちの一人だったし。
「それにしても、司波さんって本当、いろんな事件に巻き込まれるのね」
ん?ああ。花音先輩にとっては九校戦のバス移動の話も私が影響しているんじゃないかって、当時も疑ってたっけ。
私たちが入学する前の一高は小さな学生間トラブルがあったかくらいだったからね。私たちをトラブルメーカーと捉えている節がある。
ほぼ正解です。神がお兄様の為にご用意した極上のトラブルたちですので。
私が、ではなくお兄様が、と訂正できないのが悔やまれる。
「私たちはただ穏やかに暮らしていたいのですけれど、どうにも星の巡り合わせが良くないみたいで」
四葉に生まれた時点で逃れられない運命です。
でも改めて言われるとほんとにね。
こんなに平穏な暮らしを望んでいるのにトラブルばかりが舞い込む。いやになるったら。
「ですけど先輩、冗談でも兄にこれ以上の仕事をさせないでください。いくら頼りになる兄でも、すでにオーバーワークです。一高の優勝のためとはいえ、これ以上仕事を増やして兄が倒れたら、それこそピンチになってしまいますよ」
「そ、そうですよ!ただでさえ二人とも働き過ぎてるんですから、これ以上この二人ばかりに仕事を押し付けちゃダメです!」
あら、中条会長が珍しく注意をしている。可愛い。
頬を膨らませて腰に手を当てて、なんて普通ならあざとく映るだろうに、先輩がやるとただただ可愛い。語彙力が溶ける。かわいい。
でも、お兄様が忙しいのはわかるけれど、私はそこまで忙しくしていないのに。
あれかな。いろんな競技に顔出したからそう思われてる?
「今大会、司波さんの纏めてくれた各競技のレポートはとても役に立った。良く分析されていて、参考になってるんだよ」
「それぞれの手配も補充をマメに行ってくれたおかげで物資が足りないこともなくて助かりました」
私たちもそこまで手が回らなくて、と会長始め皆さん褒め上手。お役に立てたのならなにより。
と、空気が和んだところでずっと黙っていたお兄様も参戦。
「今日の様子を見た感じでは、一周目の練習走行が成績を大きく左右するようです。その辺りをペアの選手からソロの選手にアドバイスをしてもらうだけでも違うのではないでしょうか」
参謀としてのお仕事をきっちりこなしてますね、話の流れをぶった切って軌道修正。
本来の作戦会議に戻りました。雑談ばかりして申し訳ございませんでした。
凍てついた空気を入れ替えすぎましたね。慌てて作戦会議に戻り、明日の計画を立てた。
――
会議の内容は会長たちが通達するというので、私たちは皆で集まろうと話していた作業車に向かっていた。
「深雪は、随分と精力的に動いていたんだね」
「兄さんには負けるわ」
周囲には疎らに人がいて、皆一度はこちらを見る。
今年は恋人の振りはしていないので去年のようにくっついてはいない。おかげで去年のような気まずさが無い分気楽でいい。
しかし、お兄様の言葉はそのままそっくりお返しさせていただきたい。
私がしたことと言えば先ほど話に出たことくらいしかしていない。それもほぼ大会前に終わっている。
比べてお兄様は選手たちの特性から何から全てチェックし、それに合わせた作戦を立て、CADの調整から指導までを行っている。
明らかに一人の仕事量ではない。大会中もメンテナンスや、作戦の変更だったりとまだまだ作業がある模様。
その上パラサイドール問題に手を延ばそうとするのだから、お兄様の疲労はかなりのもののはずなのに。
お兄様自身がその事実に全く気付いていない。
「あまり無理はしないで。なんでも一人でやることは無いのだから」
この言葉はこのひと月で何度もお兄様に伝えているのだけれど、あまり効果はない。
わかったよ、とかありがとな、とか返ってくるけれど一向に改善されることが無かった。
相変わらず親しくない人に頼ることが苦手のようだ。
これが親しくなるとガンガン頼みごとをするのだけどね。あ、でも利用する時は親しくなくても関係ないか。
だから生徒会副会長として、行く先々で選手たちに自身でできることをと役割を分散させてきたつもりだったけれど、現状を見るに大した効果はなく、原作同様お兄様の疲労は着々とピークに近づいているようだった。
服部会頭にもお願いしていたんだけどね。生徒の自主性を尊重するように、お兄様ばかりに任せないようにと。
残念ながら先輩の手が届く前に、優秀なお兄様が先回りしてしまっていたようだけど。
見た目には普段通りに見えなくもないけれど、万全でないことは誰よりもわかっている。
ずっと、お兄様を見てきたのだ。
一ミリの違いにだって気付くこの深雪ちゃんの目を以てしてみれば、お兄様がいかに疲れた表情をされているかが一目瞭然だった。
…むしろなぜ今回に限ってこの状態になるまで気づけなかったのか、後悔しかない。じっと見れば簡単に気づけたのに。
お兄様の妹としてとても悔しく思うけど、もうここまで来てしまって悔いても仕方ない。
今からでもできることをせねば。
作業車のところに着けば、すでに椅子とテーブルが用意されていた。ホテル側に前もって予約しておいたのでセッティングまでしてくれたらしい。
これから閉会式前日までレンタル予定なのでセッティングしてもらえたのは今日だけだろうけど、サービスが良い。
すでに私たち以外はほぼ到着していてピクシーが給仕をしていた。
「あ!達也さんお疲れ様です。先に始めてます!」
「深雪もお疲れ様」
ほのかちゃんと雫ちゃんは本当にいいコンビだねぇ。
美月ちゃんと吉田くん、それに水波ちゃんとケント君がちょこんと座っていた。
一年生コンビも可愛い。水波ちゃんは彼らとは何度か会っているので紹介してあげてたのかな、ちょっとお姉さんな雰囲気を醸しておしゃべりをしていた。めっちゃ可愛い。ケント君は皆の弟って感じの可愛さがある。可愛い。
彼とは、一年生ながらエンジニアとして参加しているので生徒会役員として挨拶は済んでいる。
新歓が初対面であるけれどあの時は挨拶どころじゃなかったからね。
「あら、エリカと西城くんはまだなの?」
「あ、それが、エリカちゃん野暮用があるとかで今日はパス、だそうです」
「レオは僕の方から声を掛けたんだけど、まだ来てないね」
ああ、ローゼン絡みだっけ。何と言うか、エリカちゃんのお家事情も複雑だね。
こちらについてはノータッチで。エリカちゃん達はきちんと自分たちで何とか出来ることを知っている。
せいぜい彼女たちのストレス発散には付き合ってあげたいとは思う。それくらいしか力になってあげられないから。
「あの、西城先輩でしたらここに来る途中でお見掛けしましたが」
ケント君は西城くんのことをどこで知ったのだろう?お兄様の近くにいるからケント君が知っていてもおかしくはない、のか?
いや、シールドダウンの選手ではなく練習相手としてエリカちゃんと二人、かなり活躍していた。一年生の中で噂になっていてもおかしくなかった。
彼らの活躍も、二科生でも実力があると知らしめる良い切っ掛けになっていた。容姿も手伝って目立つ二人組でしたから。
顔を合わせるだけで痴話げんかになっていたのも有名になったんじゃないかな。ふふ、青春だね。
「ロビーでローゼン日本支社長に呼び止められていましたよ」
「ローゼンの?」
お兄様と吉田くんが顔を見合わせる。
一瞬のことだからおかしく映ることではないけど、二人の脳裏にはとある情報が過っただろうからね。
「ええ、あの人は間違いなくエルンスト・ローゼンでした」
この会場には有名人が多く、青田買いに走る起業家もいたりする。
だから九校戦会場付近だったり、ホテルでは大人が学生に話しかけるシーンはそれなりに見かける。
その中でもその人物は大物だろうからケント君が興奮気味にお兄様に報告するのも肯ける。…今年出場しない学生に話しかけるのは稀だろうけどね。
ケント君はほめてほめて、と言わんばかりの笑顔。これは愛でたくなるね。お兄様撫でないのです?
「西城先輩、なんだか迷惑そうな顔をしてましたけど」
「俺がなんだって?」
ケント君が追加情報を伝えていたら、ご本人が登場。
お疲れ様です西城くん。ただタイミングがタイミングだっただけにケント君がぴゃっ、て飛び上がっちゃってます。可愛い。
やっぱり中条会長の男の子版って感じで小動物感がとってもグッド。
と、見つめていたら隣からツンツンと。どうしたの雫ちゃん。
「深雪、撫でたいなら代わりに撫でさせてあげる」
……欲求に気づかれていたことに羞恥が襲うけど、それよりも先に手が撫でてましたよね。ありがとう雫ちゃん。でもね。
「代わりなんてとんでもないわ。雫を撫でるのに理由なんていくらでもあるもの。今日はお疲れ様。全く危なげない試合運びだったわね」
「深雪が練習相手になってくれてたから」
あら嬉しいことを言ってくれる。撫でるだけに飽き足らず、ハグをさせてもらった。
ら、西城くんたちとお話ししていたお兄様が隣から低めの声で名を呼ばれた。
「深雪」
「どうかした、兄さん?」
ゆっくり雫ちゃんの体を離すと、お兄様から恨めしそうな視線が。
「俺も我慢しているんだが、雫ばかりずるくないか」
まあ。ちょっぴり拗ねも入ってます。
でもそれだけならかわいく見えるはずなのに、そう見えないのはお色気モードになりかけているからですね。危険です。
…周囲からの痛い視線がこちらに向かっています。
あ、一年生ズは違うよ。ケント君はきょとりとお兄様を見つめ、水波ちゃんはじとりとお兄様を見つめています。両極端。
「しかたないわね。疲れてるみたいだし、今日はこのまま兄さんを部屋に送ってくるわ」
いくら公然の秘密となっていようとも、一緒に部屋に戻るというのはまずいだろうからね、そういうことにしておいて、と皆を見れば皆心得ているとばかりに頷いた。
理解ある仲間たちで助かります。
「達也さん、疲れてるんなら無理してないですぐ休んで」
「あ、あの!明日もよろしくお願いします!」
「俺らのことは気にすんな、適当にしとくから」
「水波ちゃん、後片付けはピクシーに任せていいから」
「…深雪姉様、私も行きましょうか?」
「大丈夫よ、今日は早く休むから」
水波ちゃんが心配して付いてきたそうだったけれど、お兄様の横に立って手を振る。その申し出は大変ありがたいのだけれどね。
少し早いけれどおやすみの挨拶をして別れた。
そんな中でもお兄様はピクシーにサスペンドモードに移行する前までに何かあったら連絡を入れるように指示をしていた。
パラサイドールの案件はこんな状態であってもお兄様には気にすることなのだ。
――
部屋に戻ると、ここまでの道のりでほぼ相槌しか打っていなかったお兄様に背後からがっちり抱きしめられた。
「向かい合わずによろしいのですか?」
「待てなかった」
…そんなにぎりぎりでした?ぎゅむぎゅむ抱かれてます。
「お兄様、やはりよく眠れていないのでは?」
もう一度別の部屋チャレンジをしたくて水を向けるけれど、首元で首を振るのは止めません?髪が触れて擽ったい、チクチクする。
「朝も、いつもより早く起きて運動されているのでしょう?ただでさえ九校戦でお忙しいのです。しばらく落ち着くまで、せめてそちらにだけ集中されてはいかがです?」
だったらせめて、直前までパラサイドールのことなど調べなどせず放っておいたらどうかと提案するのだけれど、今度は肩に頭を押し付けられて黙ってしまった。
これも嫌ですか。困ったね。
「心配なのです。どうか、少しでもおやすみになりませんか?もし離れるのがお嫌なのでしたら僭越ながら膝をお貸ししますから」
「…その提案は嬉しいが、深雪だって疲れているだろう?」
「今日は何の競技も出ずに観戦だけでしたから疲れなど出るはずもありません」
私の出場するピラーズの場合、純粋な魔法勝負のため体を動かすこともない。
練習が必要なのは魔法だけだから演習場を借りて発動の精度の練習くらいしかやることが無い。あとはイメトレくらいか。よって疲れるほどの練習などまずないのだ。
今日のペアの予選はイメトレのいい参考にはなったけれど、深雪ちゃんパワータイプなもので。
正直この競技に関して言えばなんの練習も意味をなさない。力任せに塗り替えてしまえばいいのだから。でも一応加減はするよ。
圧倒的に瞬殺するのは簡単だけど、それをしては相手にただトラウマを植え付けるだけ。ある程度試行錯誤する予定だ。
以前のように直前で思いついてアイテムを作ってもらうようなことはない。今年は前もってそういう術式を入れてきた。問題ない。
今問題なのはお兄様が働きすぎ、この一点のみなのだから。
「お兄様は働き過ぎです。もっとご自愛くださいませ」
「俺が愛せない分、お前が愛してくれればいい」
……、なんて言葉を耳元で呟かれるんでしょうねこのお兄様は。
本当に困ったお兄様だ。
「もちろん私は愛しておりますけれど、その愛する方をあまりに蔑ろにされてしまうと、如何なお兄様がお相手でも怒りますよ」
「深雪が?俺を叱ってくれるのかい?」
何でちょっと嬉しそうなのお兄様。私は全然嬉しくないですよ。
「それで、どうするのです?そんなに時間も無いですよ」
「お願いしてもいいか」
はい喜んでー。…なんてね、めっちゃ恥ずかしいよ。なんでこれを提案した?って自分に問いただしたいけれど、これなら確実に横になってくれるかなって。
「どうなさいます?すぐに寝られるようシャワーも浴びてしまってからの方がよろしいでしょうか」
打ち合わせの後そのままお茶会でしたから制服のままだった。
どうせこのまままったり過ごすなら着替えた方が良いだろう、と提案したのだけれど、お兄様がすぐに回答しなかった。珍しい。
目元を手で覆って少し上向きになってしばし考えてから。
「先に入っておいで」
女性の方が何かと支度がかかるからね。先に入れって。
言われた通りにバスルームへ。
もうね、お兄様が近くにいるからシャワー一つ浴びるのも緊張するんだけど、そんなことも言ってられないよね。早くこの環境に慣れなければ。
お兄様、よく意識しないでいられるね。兄妹ってそんなものなんだろうか。前世一人っ子だったものでよくわからない。
(というかお兄様は推しでもあるから意識せずにはいられなかったりもするのだけどね)
妹だと認識してから四年、ずっとお兄様を幸せにするために生きてきたけれど、幸せにするどころか幸せにしてもらっている毎日で、これ以上ないくらい幸福に包まれて暮らしてきた。
これだけの幸せがあれば、これから先どんなことにも耐えられるだろうというくらいの幸せをもらった。
もう十分に幸せにしてもらっているのに、お兄様はこれでもかと追加で幸せにしてくれる。
今回もそう。降りかかる災厄を事前に振り払わんとしてくれている。
それはガーディアンとしても兄としても見逃せることではなかったのだろうけれど、ただ私を守るだけならばその瞬間を守ることに集中するのが一番正しい判断だった。
何故ならば事前に止めたところで次のパラサイドールが送り込まれるだけだから。
相手はガイノイド。人ではない。ボディの予備が無いはずないのだ。
休眠させたところでどこかに運ぶ場所などない。風間さんの部隊が持ち帰ることなどできないし、ここに四葉は絡まない。下手なしがらみが生まれるからね。
だから結局のところ封じたところで放置することしかできず、封印を解く術を九島は有している。
回収したら新品にそっくり移し替える。
その際、予備だからうまく馴染まず暴走する率も高くなるだろう。余計に危険になる可能性が高い。
お兄様は魔法師を守る願いを込められて誕生したという経緯がある。
精神干渉に長けた一族が純粋に願ったことが何かしら影響を及ぼしてしているのか、お兄様は――司波達也という存在はどんな目に遭っても人間を嫌いになれない。
関心が無かろうとも目の前で無為に殺されることを良しとはしない。反射的に守ろうとする。
妹のついでだと思っているのかもしれないけれど、それでも唯一残された兄妹愛以外にも守ろうとしている時点で願い通りに――否、これはもう呪いと言って良いだろう――無意識に呪われた通りに遂行しようとしている。
この呪いは解くべきか――それが問題だ。
原作で深雪ちゃんも言っていた。この行動は人間的には正しいのだ。倫理的にも間違っていない。
(――ただし、自己犠牲を前提としていなければ)
お兄様は自分の身体に無頓着だ。いつだって自分の身体は再生するからと大怪我だろうと気にしない。
人に魔法を使うよりも自動に回復する分、手間が省けて便利だとも思っているのかもしれない。
それはイコール人が傷つくより自分が傷ついた方が良いという考えでもあり、それがお兄様を独りよがりに自己完結で終わらせようとする負のループを築く原因となっている。
自分を大切にしてほしいと何度お願いしても、お兄様には届かない。
それがどれほど悔しいことか、お兄様はわかっていない。
これに関してはどれほど私の心を苛んでいるか、いつまで経ってもお分かりになってはくださらないのだ。
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