妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
「まあ、うふふ」
とはいえご機嫌なお兄様に水を差すことも無い。無難に微笑んでおく。
とりあえず流してお茶を一口飲んでから、話は少し先の話題へ。
「お兄様は論文コンペに出場されませんけれど、手伝いは頼まれそうですね」
「まあ、それくらいなら手伝えるだろうな」
お兄様は自身の研究で忙しいので論文コンペに初めから参加していなかった。
周囲は驚いていたけれど、抱えている物が抱えている物だったからね。
お兄様からどのような研究をしているかは聞いていた。リーナちゃんのブリオネイクを元に新たな攻撃魔法を構築しているのだと。
着手を始めたのはリーナが帰国してすぐの頃からだった。
まずは理論の解析からとのことだったが、お兄様でさえその作業だけで三か月も要した。
見るだけで大抵解明できてしまうお兄様が、である。いくらつきっきりで没頭できなかったからと言って三か月という日数は信じられないくらい、お兄様にしては時間がかかり過ぎているように思えた。
この難題にぶつかってお兄様は頭を悩ませるという感覚に高揚し、楽しんでいるようにも見えた。…だから余計に止める気になれなかったのだけど。
理論を読み解いたお兄様は、続いてすぐに魔法式の構築に取り掛かったのだが、その頃がちょうど論文コンペの応募締め切り時期だった。
学校での功績など興味もないお兄様は悩むことなく論文コンペを諦めた。
一応魔工科の生徒には選考論文の提出が義務付けられていたが、お兄様はすでに四月の恒星炉実験で提出義務が免除されていたからそのまま流しても問題なかったのだ。
それに、元々京都で行われる論文コンペは純理論的なテーマが評価されやすいとされている。
技術的なテーマよりも魔法そのものの原理に関するプレゼンが主となれば自分よりも他に適任者がいる、とお兄様はお考えになったようだ。
別に論文コンペで優勝しないとその年の生徒会長の評価に影響するわけでもない。
よってお兄様の優先順位の中でもかなり低いところに入るのも仕方のないことだった。
だがきっと本人は出場しなくとも、手伝いには駆り出されるだろうことは予想できた。原作でもそうだったしね。生徒会役員としても学校の為の協力は業務の内だ。
「……」
危うくまた、心配だと口にしそうになって、お兄様の右腕に寄りかかる。いくら心配でも、これは避けてしまえば周囲の心証は悪くなる可能性がある。お兄様の不利益になる可能性を私の我侭で高めるわけにはいかない。
最近この行動が癖になりかけていることを自覚しているのだけれど、止められそうにない。
(離れないと、ってわかっているのに)
今だけ、この間だけは、と自分勝手な行動を取ってしまう自分に嫌気がさす。
お兄様の腕からはもう焦げた臭いなどしないはずなのに、つい匂いを嗅いでしまうのもここ最近の癖だ。
「深雪には全て知られている気がしてならないな」
苦笑しながらお兄様は太腿に乗ったままの私の手に自身の手を重ねた。
慰めてくださっているのが伝わって胸が喜びと後悔で苦しくなった。
「全てなんて、分かるはずがありません」
流れは知っていても、結果が同じであっても、そこまでの過程が何か違っている。
それは人との関係であったり、些細な行動であったり。
原作にないことがたくさん増えてきた。
その影響により周囲との関係は良くなる一方で、周辺は基本的に平和な空気が漂っていていい変化ばかりが起きている。
私の夢の現実にまた一歩と近づいている――。
(…とはいえこれからまたすぐに厄介事が絡んでくるのだけど)
主人公のお兄様に、事件が近づいてこないわけがないのだ。
「せっかくの休みなのに、お前にそんな顔をさせてしまうなんて、俺は兄失格だな」
「!…それは私の方です。すみません、せっかくの休日ですのに辛気臭い顔をしてしまいました」
お兄様の腕から離れると、今度はその腕に肩を抱かれてのぞき込まれる。
なんだろう?
「今日は普段よりも肌が見えにくい服なのに、どうしてかな。いつもより気になって仕方が無い」
「!!お、お兄様!めくろうとしないでくださいませ!」
何か気になることでも、と思っていた矢先にこの言葉と共に首との間に指を指し込まれ、慌てて身を引こうとするも、お兄様の腕の力が強く身動きが取れない。
いくら空気を一変させようとしたのだとしてもこれはないでしょう!?
内心パニックになりながらも、表面は――、うん、大して取り繕えてないね。めっちゃ狼狽しています。
「こう、首元を覆われるといつもよりほっそりして見えて心配になるな。すぐに折れてしまいそうだ」
「怖いことをおっしゃらないでください」
そしてそれお兄様なら魔法無しで簡単にできちゃうやつー。深雪ちゃんには絶対しないけど、発言が怖い。
「怖がらせてしまったならすまない」
安心させようと抱き込んで背中を撫でてあやすお兄様だけど、お兄様から見て私は何歳児でしょうねぇ。
「もう、お兄様ったら」
「子ども扱いしているわけじゃない。ただ口実にこうしてお前に触れたいだけなのだから」
…お兄様の誤魔化しってどうしてそう、いかがわしく聞こえるようなことを言うのかな。
そういった言葉に免疫が無いから混乱することを前提に言われているんだとしたら策士すぎる。
それからしばらくソファで過ごしていると、来客用のチャイムが鳴った。
すぐに水波ちゃんが玄関に向かう音がする。私たちはこのままここで待っている予定ではあるのだけど。
「お兄様、もうお客様が来るのですからそろそろお放しくださいませ」
「そんな赤く染まった愛らしい顔のままでは、親戚とはいえ二人に見せてしまうわけにはいかないよ」
それは!お兄様が離してと言っているのに撫でたり、キ、キスしたり耳元で囁いたりしたからでしょう!?
私だってこんな真っ赤な顔で二人を招き入れるなんて事態は避けたい。
そろそろ来る頃だろうからって何度も言ったのに、それでも手放さなかったのはお兄様だ。
今度こそ力の限りお兄様の身体を押すと、ようやく離れた。急いで顔に手を当てて冷却しようとするのだけど、
「顔の赤みもだけれど、その潤んだ目もどうにかしないとね。ここは俺が対処しておくから整えておいで」
「…はい」
…もしかして、追い出されてます?え?こんな流れ原作になかったよ。二人で出迎えるシーンだったはずなのに。
一旦席を外すにしたって、いつのタイミングで戻るのが正解?何か密談予定でも?と、お兄様を見るけれどただ苦笑して見つめるのみ。
何か裏があるわけじゃなく?…よくわからないけれど、どちらにせよこのまま会うのでは気まずいので、言われた通りに席を立って洗面所へと移動する。
ギリギリのタイミングで彼らとすれ違うことなく洗面所へ着いたのだけど、…うん。頬がバラ色に色づき瞳は潤んでいる。
触れてもわかる頬の火照りはこのまま自然に時を待つだけでは収まりそうにない。
お兄様の言う通り確かにこんな顔でお客様の前に顔を出せない。
熱を疑われれば良い方で、あのままの雰囲気でいればたとえ兄妹であろうと何かやましいことしてました?と疑念を抱くこと間違いなしだ。
それは流石に亜夜子ちゃんどころか文弥くん、そして水波ちゃんにも見せられない。…今後しばらくの食事が洋食か中華になってしまう。
メイクが落ちたわけでもないし、とりあえず魔法を使って頬を冷まし、ティッシュで余分な涙を吸い取れば、まあ何とかいつもの顔に近づいたかな。
微かに聞こえる楽しそうにおしゃべりする声。内容は一切聞き取れない。魔法は特に使われていないようだから純粋に距離のせいだろう。
顔だけでなくボディもチェックして、うん。問題なし。
急いで部屋に戻ると、水波ちゃんがお茶を配り終えたところだった。
お兄様と文弥くんが、というより文弥くんが一生懸命お兄様に話しかけ、亜夜子ちゃんがそれを微笑まし気に静かに見守っている。
…なんというか、この三人にしか出せない空気が漂ってましてですね。私がいては邪魔してしまう気がひしひしと。
どうしようかと思いながらも、お兄様の横に座るしか選択肢はない。気分的には水波ちゃんと並んで立ちたいと思ってしまうのは甘えかな。
「あ、深雪さん」
文弥くんが気付いて立ち上がる。それに一瞬遅れて優雅に立ち上がる亜夜子ちゃん。
お兄様は私の全身を確認して頷いているけれど、反省の色は一切見えない。
「文弥くん、亜夜子さん、いらっしゃい。ごめんなさいね、タイミング悪く席を外してしまって」
原因に触れられると困るので、ちょっといつもよりキラキラしくご挨拶を。
「深雪お姉さま、お邪魔いたします」
「深雪さんも、お久しぶりです」
そうだね。私とは九校戦ぶりだから。あの時は挨拶を交わしたのみだし。
でも二人の空気が真面目なものに変化したので雑談もできそうにない。
二人に座ってもらって、私もお兄様の隣に腰を下ろした。水波ちゃんがすっとお茶を出してくれる。
今日は全てにおいてタイミングがばっちりだね。今褒めてあげられないのが残念だ。でも微笑みかけることくらいは許してね。
「御当主様より直々にお預かりしてきました」
着席すると早速とばかりに単刀直入――いや、その前の話はお兄様がすべて引き受けて下さったのだろう――用件から入った。
文弥くんは日曜だというのにきっちりとしたジャケットを羽織っており、その内側から普通サイズの封書を取り出した。
表書きは空白。それを受け取ったお兄様は裏返しにして軽く眉を顰めた。
そこにははっきりと四葉真夜の文字。
水波ちゃんが持ってきたペーパーナイフで開封し、便箋一枚に素早く目を通したお兄様は私に渡してくださった。
そこには周公瑾の捕縛について協力を依頼する内容が記されていた。
ついに来た。――お兄様に対しての試験である。
命令ではなくとも四葉からのお願いに手を貸すか、成果を出すか。
どんなチェック項目があるかは知らないけれど、私のガーディアンとして、四葉の人間として相応しいかどうか試されている――表向きは。
そんなもの、未だお兄様の存在を危険視している分家を納得させるための理由にすぎない。
今度の慶春会までに準備をしているということだ。――私も、そろそろ覚悟を決めないと。
私がつらつらと考え事をしている間も会話は続く。
文弥くんはこの内容を知っていて、お兄様は依頼という言葉に引っかかりを覚えて改めて確認をすると、二人の使者は頷きをもって返した。
「御当主様よりわたくしがご伝言をお預かりしております」
「伝言?書面にも残せないということか?」
一般に、電子データより紙の書面の方が秘匿性は高い。
その書面に残すことすら憚れる伝言とはいったいどのような内容のものなのか、構えてしまうのも無理はない。
そして亜夜子ちゃんはもったいぶることもなく伝言を口にする。
「今回のお仕事は、お断りになられても構わないそうです」
それは、どれほど衝撃な言葉だっただろう。
亜夜子ちゃん達は淡々と言っているつもりだろうけど微かに反応があった。
これを断ったらどうなるか、亜夜子ちゃん達は知っているのかもしれない。
本来ここで深雪ちゃんは、四葉の力を絶対視しているため命令に逆らうことは許されないことと勘違いするはずだけれど、私は原作知識が、というよりも裏事情を知る機会を得ている。
お兄様の件について軍と四葉の契約もきちんと把握させてもらっているのだ。勘違いしようがないので黙ってお兄様にお任せする。
お兄様にとって四葉の命令は順守しなければならないものでもなければ忠誠心など全くない。
ただ、敵対する時期でもないから大人しく従っているふりをしているに過ぎない。
だから今回も、その対応は変わらない。
「文弥、叔母上に『承りました』とお伝えしてくれ」
亜夜子ちゃんがお兄様に意外だとばかりの眼差しを向けるけど…あれ?断ったら不味いって思ってたんじゃないの?それともすんなり了承するとは思わなかった、とか?
亜夜子ちゃん達ってどこまで知ってるんだろう?
「確かにお伝えします。…すみません、達也兄さん」
そして文弥くんは、お兄様に向かって深々と頭を下げる。
…文弥くんも複雑だよね。
周の捕縛は元々黒羽のお仕事で、叔父様が追い詰めたけれど腕を食い千切られて逃げられる失態を犯した。
すぐさまお兄様が再生させたけどね。だからこそ、文弥くんは憤りを感じるだけで済んでいる。ウチの失態だと、不甲斐無いとばかりに。
そのことにお兄様は他人の手を借りることは悪いことじゃない、と諭す。
(…それ、同じようなことを九校戦で私が何度も伝えた時には聞き入れてもらえなかったんだけどなー。もう終わったことだからねちねち言うつもりはないけどね)
お兄様、人のことになるとそうやってちゃんと周囲が見えるのに、自分のこととなるとなんとでも一人でできる、もしくはしなければと思いがち。
周囲を頼れる立場になかったことと、大抵は自分で何とかするスキルが身についてしまっているから仕方ないのかもしれないけれど、それにしても自己完結しすぎだ。
自分じゃなくてもできるところは人任せにしてほしい。
「これが黒羽の仕事だというのならなおのこと、お前は自分の感情を押し殺してでも積極的に俺に頼るべきだ」
「達也兄さん…?」
「自分たちに任せられたことは自分たちだけでやり遂げたい、と思う気持ちは理解できる。だが任務を成功させることの方が優先される」
プロに徹する人間の言葉だった。
…こんなこと言うのもなんだけど、そういうことなんですよ、貢叔父様。
叔父様はお兄様に手を借りることを極端に嫌がるけれど、仕事と割り切ってください。
何故お兄様がいつか裏切ると思うのか。…裏切られて当然のことをしている自覚があるからなんだろうけどね。
その事情をお兄様は知らないし、心が無いと思っているのならなおのこと裏切るなんて感情があるはずないのにね。
彼らは心の無い兵器だと、人間扱いをしていない割に自分たちが一番人間扱いをしていることに気付いていない。
まあ、思い込みというヤツだ。自分たちがしてきたことがいつか復讐されるんじゃないかと思い込んで怯え、震え、理不尽に恨みを向けている。
大の大人が子供相手に恐怖を抱いているなんて、認められないのかもしれない。
でも、もうその子供も数年で成人となる。そして近々次期当主選別も控えていることもある。
彼らとしては猶予が無いと慌てふためいているのだろう。
実に滑稽なことだ。
(そもそもお兄様が貴方達に関心なんて寄せてないことくらい、はたから見ればわかることなのに)
周囲からアンタッチャブルな一族と恐れられている少数精鋭の優秀な彼らも人の子ということ。
叔母様はよくそんな彼らを好き勝手させずにまとめられてるよね。
当主になるって大変だ。
将来的に私なりの彼らを掌握する方法を見出す必要がある。
全ては、お兄様を自由にするために。
(誰にもその邪魔はさせない)
そんなことを考えている間にも、お兄様は文弥くんを諭していた。
「お前や俺の仕事には、失敗が許されないものもある」
だから俺にこの仕事が回ってきたのを申し訳なく思う必要はない、ということ。
声はこんなに厳しいのに、なんて温かい言葉なのだろう。少し文弥くんが羨ましくなった。
「そうですね、失言でした」
そう謝ってから文弥くんは頭を振って。
「すみません、…ではありませんね。達也兄さん、ありがとうございます」
お兄様は満足げな頷きを返して、これまでに判明していることを確認した。
全く。息子さんはこんなに素直なのに、どうして叔父様世代はそこまでねじれてしまったのか。
…その答えはなんとなくわかっているのだけど。先ほどの勘違い含め、今度ちゃんと指摘してあげないと。
そして話は周の居場所についてに変わった。
京都方面に逃げたってさ。本当、都合がいい展開だ。ちょうどコンペと時期が合うってどういうことなのか。
支援者についての情報も、『九』の一族と対立関係にある古式魔法師の組織『伝統派』が逃亡を支援しているところまで得ているらしい。
お兄様は伝統派について自分の知っている情報とのすり合わせをした。
その際、九島の寝返りを心配したようだけれど、それは今後利用することを踏まえての確認でしたか。
文弥くんはそれに答えることができずに、亜夜子ちゃんも戸惑いの声を上げたけれど、お兄様は会話を切り上げて。
「いや、すまない。参考になったよ」
労いの言葉に終了の合図を感じた二人は雑談に興じることもなくそのまま立ち上がり帰っていった。
それを玄関まで見送ってから戻ると水波ちゃんが、今度は紅茶を入れて待っていてくれた。
だけど用意されたカップが二つであることにお兄様が一つ追加をさせて水波ちゃんも座るように指示をする。
今後のことを話し合うために。
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