妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
今日は土曜日ということもあって喫茶店であれだけおしゃべりしたのに、家に着く頃にはまだ日が落ちるところだった。
しばらく夕焼けを眺めてから玄関へ。なかなかこの時間に帰ってくることが無いから新鮮だ。
「ちょっと食べ過ぎてしまいました」
「そうだな、今日はもう夕食は無しにするか」
長い時間軽食を摘まんでましたからね。そんなこんなで今夜は夕食を無しにしてゆっくりと過ごすこととなった。
着替えてリビングに下りてくれば水波ちゃんがベストなタイミングでお茶を淹れていた。いい香りだ。
お兄様は三人掛けのソファで端末をいじっていた。
さて、今日はどこに座ろうか、と思っていたらお兄様が顔を上げて手招きを。隣に来いということですね。
節度をもって半人分くらい空けて座ったのだけど、お兄様はどうした?という顔で腕を伸ばして腰を引き寄せようとする。
「お兄様?」
「なぜ離れて座る?」
「離れてますか?」
指摘されるほど離れていないと思うのだけど、お兄様はもしやぴったりくっついてないと離れてる判定?それはちょっと距離感がおかしくなってますよ。
「…雫とはあれだけ距離が近かったじゃないか」
「?今日は隣に座っては――あ」
ああ、あの食べさせてあげた時のことを指しているのか。確かにあれは距離が近かったね。
「こんなに顔を寄せ合って」
そう言ってお兄様は触れそうなほど顔を近づける。
「こ、ここまで近くはありませんでしたよ」
ちょっ、いきなり困ります!そんなに顔を近づけないでいただきたい。
腰も抱き寄せられたままで、私の手が唯一の防波堤になっていた。
ドキドキと音を立てる心音がお兄様に届いているんじゃないかとハラハラする。たすけて。
「達也様!深雪様をお放し下さい。深雪様が困っておいでです」
救世主―!違った。私のガーディアンだった!ありがとう水波ちゃん。務まってるよー!
…それに引き換え同じガーディアンのはずのお兄様が今一番私を脅かす相手になってます。おかしいね?深雪ちゃんの絶対的守護神のはずなんだけど。
お兄様はあっさりと解放してくれた。ほっ。…としたらお兄様が切なげな視線を向けてくる。
(うう…その視線に弱いことを知っているでしょうに)
「水波ちゃん、ありがとう。お茶も、ちょうどミルクティーが飲みたかったの」
お兄様に注意をしつつお茶を持ってきてくれた水波ちゃんにお礼を言って今日はもう下がっていいと伝える。水波ちゃんも夕食が無くなったことで今日のお仕事は無いからね。
お風呂はその時にまた声を掛けると伝えれば、水波ちゃんは下がっていった。
その間お兄様は水波ちゃんが用意してくれたコーヒーに口を付けて大人しく待ってくれていた。…心の中で気合を入れなおして。
「久しぶりにこうした時間が取れましたね」
ぴたりとお兄様の隣にくっつく形に座りなおして頭をお兄様の肩に乗せる。
…ええ、とっても心臓がせわしなく動いておりますが、これもお兄様に機嫌を直してもらうため。
これから忙しくなるお兄様の心労を少しでも減らすために必要なことだ。だから心臓さん、表情筋さん頑張って耐えて。唸れ、私の淑女力!
「最近のお兄様はより一層忙しそうで、もう構ってもらえないものかと思っておりました」
「そんなわけがない。そんなことをしたら俺が参ってしまうよ」
黙って動かないポーズを貫いていたお兄様だけど、私の発言に黙っていられなかったみたい。
だけどお兄様はまたそんなことを言って。
ご自身の仕事がどれほどか把握していなさすぎる。ひどく忙しくなってますよ。今幾つの作業を抱えておいでで?
「新しい魔法の研究に加えて、学校では論文コンペの手伝いも頼まれてましたし、生徒会の仕事はお兄様にとって片手間のお仕事かもしれませんが、四葉からの依頼の件と、軍の方は九校戦の一件でのごたごたもまだ完全には片付いておられないのでしょう?FLTの方でもこの間発売が始まったデバイスについて落ち着いてはいないのでしょうし…。これだけお仕事を抱えられてはまたお兄様が参ってしまいます」
わあ、軽く並べてもこの分量。明らかに一人で抱えるお仕事量ではないですね。
それなのにお兄様は事も無げの様子で私の髪に手を伸ばして梳くように指を差し入れ頭の形に添って撫でながら。
「魔法開発については、まだ形になっていないからな。確かに模索状態でまだ形を成していないところではあるが、コンペについて俺はまだ声を掛けてもらった段階だし、やるにしてもただの手伝いであってサポート要員でもない。生徒会での作業はむしろ息抜きだな。四葉からの依頼についてはまだ俺の動く段階でもないし、九島家と話が付かなければ動きようもない。軍の方は、確かにそろそろ呼び出しはかかるだろうが特別なことなどはないだろうし、新デバイスの調整は俺よりも牛山さんの方が忙しいだろうな。九校戦の時のような慣れない仕事は無いからペース配分を間違えるようなことは無いと思うぞ」
「…やはり、お気づきになられてない」
体を起こしてお兄様を至近距離から見つめる。
お兄様の表情はいつもと変わりない。肌の健康状態も、何もかもいつもと同じ。でもね。
「以前にも申しましたでしょう。ご自愛ください、と。私の愛する人を蔑ろにしないで、と」
前回口酸っぱく伝えたはずなのに、どうしてもお兄様は忘れてしまう。
「倒れてからでは遅いのです。お兄様、ギリギリまで頑張ろうとなさらないでください。私の大好きな人を私から奪おうとなさるお兄様は…好きじゃないです…」
「っ!」
ここは弱気になっちゃいけない、そう言い聞かせて言葉を紡ぐのだけど、どうしても最後がね…強く言えない。
だけどお兄様には何か響いたらしい。目を見開いて衝撃を受けている。だからここは畳みかけるようにして。
「確かにお兄様にとってこれしきのこと、オーバーワークとは呼べないのでしょう。熟せない仕事量じゃないと、そうお考えなのは今のお話を聞いてわかります。けれど、『できる』と『大丈夫』はイコールではないのです。休むのも仕事の内だということを忘れないでくださいませ」
心配なんです、と伝えてお兄様の胸へと縋るように身を寄せた。
お兄様は何度も疲労を自覚できず、大変な思考回路になってしまうことを前回の事件で嫌というほど理解したはずなのに、また同じ過ちを犯そうとしている。これは妹として看過できるものではない。
…被害に遭うの、断トツで私ですしね。他人事じゃない。
と、言うのもあるのだけどそれよりなにより、お兄様は自分の痛みに鈍感すぎるので、今のうちにどの程度のラインから危険なのかを自身でも判断できるようになってもらわなければならない。
いつまでも妹が管理しているようではだめなのだ。将来のお嫁さんにばかり任せるのはよろしくないと思うのでね。
「…すまない」
「それは何に対しての謝罪です?」
「お前に、言いたくない言葉を言わせてしまった」
うん、そうですね。お兄様を嫌いだなんて口にも出せない私の、精一杯の言葉でしたから。
お兄様はそう言うとガラス製品を扱うかのような繊細な手つきで肩に触れる。
「お前の言う通りだ。休むことの大切さを俺はいつも忘れてしまう」
ため息交じりで懺悔するように零して、徐々に腕の重みが背中に乗る。
「深雪との時間が減っていることは気付いていたのにな」
うん?そうですね。
食事後のコーヒータイムくらいしか二人でおしゃべりする時間も無かったですものね。
あとは、私はわからないけれど寝ている間?でも顔を見るだけなのよね。
「癒しの時間が減れば、それは疲労しかたまらない、か」
「…お兄様、まず一番は睡眠ですよ」
おかしいな。お兄様一番の回復方法を勘違いしている。
お兄様に今一番足りていないのは睡眠だ。夜遅くまで新魔法の研究をされて体も酷使して、早朝はいつもと変わらず朝の鍛錬。
実質睡眠三時間を何日間連続してます?いや、脳内はずっと動いているのだからもっと短い⁇
お兄様の身体がいくら超人染みているからと言ってもお兄様は人間だ。きちんと三大欲求はある。…どれもこれも後回しにされるくらいうっすいけれど。ぺらっぺらの半紙より薄いけれど。
「睡眠か…深雪が一緒に寝てくれるなら両方が一度に取れるな」
「…お兄様、そのような思考になっているという時点で疲労しているのだとお気づき下さいませ」
おかしくなってた。すでに疲労ラインは限界を超え始めている。これはいけない。
お兄様を仰ぎ見れば何がいけないんだ?と不思議そうなお顔。うん。だめだね。休ませねば。
困った風を装って、ため息を吐いてから大きく息を吸う。気合を入れないと言えないから。
「お部屋で早めの睡眠を取られるのと、ここで膝枕でもして一時的な休息を取られるのと、どちらがよろしいですか?」
「それは実質、選択肢が一つしかないのと変わらないな」
ぶわり、とお兄様からお色気オーラが舞う。
頬に触れる手つきも大変危ういモノを感じます。危険です。
なぜ私も膝枕なんて提供しようと思ったのか。一応理由はある。
…いえね、ふと思い出したんですよ。アニメオリジナル回でお兄様が疲労で倒れた時って深雪ちゃんの膝枕で休まれてたな、と。
この前の九校戦の時も自然とやってましたし、何でかなと思ったら、恐らくその記憶が頭に残ってたんだね。
その所為でどうやら私の中でお兄様が極度に疲労した時は膝枕で休むのが一番、という方程式が成り立っているらしい。
まあ、お兄様も望まれているし、何より添い寝よりはましだ。うん、添い寝は永眠しちゃう可能性がある。
心臓が無事な気がしない。…前回のアレは無意識だからできたことだ。
「お部屋でお休みされますか」
「深雪がついてくれるならそれでもかまわないよ」
「…残念ながらそちらには私はついていけませんね」
「ならここでお願いするよ」
くすくすと笑うお兄様はご機嫌になられたようだけれど、空気が怪しいままだ。大至急休んでもらわないと。
体を起こしてもらって離れるとお兄様はもう少し離れたところに座りなおしてから横になった。
太ももに確かな重みが乗る。
「九校戦の時と高さが違うな」
「あの時は正座をしてましたからね」
お兄様、あんな状態であっても記憶がしっかり残ってる。…だからこそ後で頭を抱えることになるのだけど、今回もまた抱えられるのかな。
そう言う意味では原作のお兄様の方が膝枕のような触れ合いに違和感がないのか。
…あっちのお兄様の感覚もおかしくなっちゃってるよね。妹との距離感どうなってるのか。
「だめだな、頑張るとこんなご褒美がもらえると知ってしまったら俺は倒れるまで働いてしまいそうだ」
「…まあ。お兄様がボロボロになってしまわれるのは私のせいですか」
というかお兄様の中でも膝枕はご褒美に入るの?…普通に考えれば美少女の膝枕はご褒美だけども。相手は妹だよ。
「そんなつもりはなかったんだが、このところ結果的に深雪に甘やかされてばかりいるからな」
「それは、お兄様がご自身に厳しくなさるからでしょう」
お兄様がスパルタすぎるんですよ。自分の身体を苛め抜き過ぎるから。お兄様の右腕が痛めつけられているとこ知ってるんですからね。
早く感覚を掴みたいのかもしれないけれど、あまりにもやることが酷い。再生できるから何度でもチャレンジできる、じゃないのです。
「…すまない。お前には心配ばかりかけている」
表情に出てしまったらしい。お兄様が表情を改めて私の頬に触れる。
「心配くらい、させて下さいませ。それしかできませんけれど、その少しでもお兄様の重しになるのでしたら私は――」
「少しなんてもんじゃない。深雪が心配してくれるから俺は生きられる」
「!!」
「俺の身体は誰にも傷を残すことがないだろうが、お前が居なければとっくに心は死んでいた。お前が俺を愛してくれるから、俺をこうやって心配してくれるから――お前が生かしてくれているんだ」
(…ああ、なんて…)
お兄様はいつだって私の喜ぶ言葉を与えてくれる。
心が幸せだと叫び出しそうだ。
私が、お兄様のお役に立てていると、そう言ってくださっている。それだけで十分だと思えた。
「俺はどうして口下手なんだろうな。お前に感謝を伝えたいのにそんな苦しそうな顔をさせてしまうなんて」
「ちが、うのです。これは、嬉しすぎて苦しいのです」
悲しそうに歪むお兄様の顔を前に、胸を押さえて何とか言葉をひねり出す。
「嬉しいのに、苦しいのか?」
お兄様は言葉の意味が解らないとじっと私を見つめる。
これはお兄様が感情に疎いからとかそういう理由ではない。こんな複雑な思考回路はこうなってみないとわからないものだ。だからお兄様が特別理解できていないわけではない。
「私も、こんな想い、初めてで…胸がいっぱいで苦しいのです。お兄様のお役に立てているのだと、そう思ったら嬉しくて、…幸せで」
涙が零れそうになって慌てて顔を覆おうとしたのだけれど、それよりも先にお兄様が動き出す方が早かった。
両手首を大きな右手一つで取り押さえられ、左腕で抱き寄せられて、目尻に口付けを落とされる。
息が止まった。たぶん、同時に心臓も。
その間お兄様は驚いた拍子に零れそうになった、というより零れた涙が落ちる前に吸い取るように、もう一度右と左とキスをされる。
「本当だ」
ゆっくりと体を離したお兄様はぺろりと自身の唇を舐めて、一言。
「しょっぱくない」
何を言われたのかわからなくてぱちぱちと目を開閉させると、お兄様は苦笑して。
「涙は感情で味が変わるらしい。涙のナトリウム成分の濃度が変わるんだとか。この間泣かせてしまった時は塩味を感じたが、今日のは甘露だな」
アレもアレで甘く感じたが、今日のは比ではない、と……――っ!
「顔が赤くなったね。熱でも上がったかな」
ぼぼっと赤くなっただろう顔を見て、お兄様は愉しそうに笑っている。確実に確信犯。
「また呼吸の仕方も忘れてしまっているようだし、今度こそ俺が一から教えてあげようか」
「~~~そ、そう言うところがお兄様が疲れている証拠です!!もう!妹相手に、変なことをなさらないでくださいませ!」
口説こうとしないで、と言いそうになったけれどこのお兄様にそんな自覚なんてあるわけがない。この!お兄様の天然女ったらし!!
「怒った顔も可愛いな」
ほらぁ!こうやって人の怒りを削ぎに来る。元々恥ずかしいだけで怒っているのはポーズだけなのだけどその気も萎えさせられた。とんだデバフ効果。
「お兄様、大人しく休まれないのでしたら冷凍睡眠という方法もございますよ?」
私の首にはお兄様から頂いた完全思考操作型CAD。ポッケにはいつものCADがちゃんと入っている。
もういっそのことお兄様を凍らせてでも休ませた方がいいのでは、と思うくらいには私も追い詰められています。
この対応にお兄様は、ゆっくりと私の手を解放し両手を上げて降参のポーズ。
「調子に乗り過ぎた」
そうですね。調子に、というよりテンションが壊れたと言いますか。とにかく全て疲労が悪いのです。
お兄様は大人しく、私の膝の上で30分ほど睡眠を取り、すっきりと目覚められた後、深々と頭を下げたのだった。
頭がはっきりしたようで良かったですね。そのまま予定通り四葉に連絡を取っていたらと思うとぞっとします。
疲労したままの頭では回転が鈍って下手な言質でも取られかねませんからね。
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