妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
捜索再開と歩き始めたお兄様と光宣君の後ろで落ち込む水波ちゃんにこっそり話しかける。
こういう時は下手に慰めるより、別の話題で気を紛らわせた方が良い。
「ねぇ、水波ちゃん。光宣君のとこ、どう思う?」
「っえ!?ど、どう、とは?!」
あら、予想以上の動揺した反応。四葉家の使用人として教育された彼女でさえ一般の女の子になってしまっている。でも無理もないのかもしれない。
光宣君の前にはこれまで培った教義云々よりも人としての本能の方が勝ってしまうだろうから。見惚れて立ち止まる女の子たちをチラ見しながら頷いてしまう。
彼の美しさはすべてを魅了する。思考を奪う暴力的な美しさ。
水波ちゃんが戸惑ってしまっているので、まずは私から。こういうのは言い出しっぺが言わないと難しいよね。
「私はね、とても寂しそうに見えた」
「!!」
視線を水波ちゃんからお兄様と肩を並べて歩く、男性らしい体格なのにどこか弱弱しく見えてしまう背を見つめながら言った。
それは彼の放つ清浄な空気感、だけでなく彼自身の背景を知識として知ってしまっているからか。
水波ちゃんは思いがけない「寂しそう」との言葉に驚いたようだけれど、すぐにその表情は引き締められる。
彼女もチラリと彼の方へと視線を向けてその背を見つめると次第に眉が顰められていき、戻る瞳が心配そうに揺らいでいて同感だと伝えてくる。
「勝手な話だけど、同情しているんだわ」
環境に、境遇に、――彼の孤独に。
(でも、私はそれ以上に、感じてしまっている――彼の、傷つき痛いと上げる悲鳴が聞こえるよう)
多分、彼の内包されているとてつもない想子量だったり魔法力だったりが尋常ではないのだろう。
パラサイトほどではないにしろ、わずかにあの波動のように伝わってくるものがあるのだ。
やはり、お兄様の言うように私の力は原作の深雪ちゃんを上回っていて、封印を解いていない状態だというのにこれだけの感受性を発揮してしまっている、ということなのか。
この辺りの深雪ちゃんの心情は描かれていないので比べようも無く、よくわからない。
「だからってこっちの感情ばかりを押し付けるのは良くないと思うから、彼の方から歩み寄れるよう、水を向けられたらなと動いてしまうみたい」
余計なお世話かもしれないけれど、と。
光宣君の反応を見て思う。彼は同情され慣れている。
だから本人にとって同情なんて、もううんざりなのかもしれない。
だけど人から気にかけてもらえること自体を否定したいわけでもないようで。…難しいよね。人の心というのは。
「…深雪姉様は、いつもそうですね」
「?何のこと?」
ふ、と水波ちゃんの表情が曇る。
「必ず、相手の意思を尊重される、ということです」
「それは、何かいけないこと?」
人とコミュニケーションを取る際、うまくいくコツは自分の意見ばかりを押し付けないことだと思っている。
主張の苦手な人には手を引いてあげる強引さも時には必要だけど、そこに自分はこうだからこうしろ、とはしてはならない。
価値観の共有はあっても押し付けであっては相手の個性を尊重することにはならないから。
「そのお考えは素晴らしいと思いますが、私のような使用人には必要ないことです」
あー…、そういうこと、か。
水波ちゃん、初めの時は戸惑っていたっけ。
だけど、勘違いをしている。私は主人として、それを否定しなければならない。
「私、水波ちゃんには押し付けてるつもりよ」
「え、…?」
「強制的に私のやり方を受け入れなさい!って。――初めに言ったでしょう、心を許せるような関係になりたいと」
使用人と思って押し付けたつもりはないけれど、これから私の傍で一緒にいてもらうのだ。心を通わせられるパートナーであってほしかった。
水波ちゃんにとって初対面の時点で意思を尊重しているように映ったようだけれど、それは大いに誤解というもの。
納得のいっていない水波ちゃんが顎を引いて、言葉を重ねる。
「…それでもあの時、深雪姉様は私の意見を聞いてくださいました」
「選択肢に自由のない意地悪な問いかけをね」
逃げ道なんて初めから用意されていなかった。
選択肢を与えているようで、実質彼女は首を縦に振る以外の道などなかったのだから。
「……」
沈黙が流れる。
彼女の足取りがだんだんと重くなっていく。重い枷を嵌められているかのよう。
「我侭を言って、水波ちゃんを困らせたわ」
「…そう、ですね。あの時は、とても戸惑ったのを覚えています」
さらに落ち込んだように俯く水波ちゃんに、やっぱりあの時とんでもなく困らせてたんだな、と改めて実感する。
申し訳ないな、と思う。けれど、それからの水波ちゃんとの生活が楽しくて、私は水波ちゃんが心を許してくれているんだな、という気になっていた。
こうやって自分は使用人だ、と仕切りを用意する水波ちゃんにとって私は仕える主人であって、友人のような関係ではないのだと改めて思い知らされる。
そのことは寂しいけれど、この区別は確かに必要な区別。受け入れなければならない立場。
私は、四葉家次期当主だから――
「――でも、嫌だと思ったことはありません」
拳を握ったところで耳に入った言葉は、直前の力ない声とは違っていた。
ばっと顔を上げて、水波ちゃんは強い視線で私に訴える。
「やはり私の考えは間違っていないように思います。――私の主人は、優しすぎます。見ているこちらが心配になるほどに」
感情を表に出さないよう無表情を心がける彼女には珍しく、口角を僅かに上げて。
「…優しいと、心配になるの?」
「なりますとも。それはきっと、達也兄様も同じかと思います」
「お兄様も?」
何故ここでお兄様が出てくるのだろう、と首を傾げると水波ちゃんは目を細めた。
仕方のない主に諭すように。
「押し付けとおっしゃられるそれらは、私にとってどれも都合のいいものばかりでした。私は『主』にお仕えするのだと、自らの仕事に誇りをもって完璧に熟すことばかりを考えておりました。そこに『主』の意思など考えもしませんでした。
『主』が快適に過ごせるよう場を整える。それが私の仕事であり、命じられるままに動く。それが私の仕事だと。
けれど、深雪姉様を『主』としてお仕えするようになって、その考えは変わりました。
人にばかり優しい主は自身には無頓着に見えて、何をすれば喜んでもらえるのか、どうすれば悲しませることなく過ごしていただけるか、どのようにすればお支えできるのか。…深雪姉様のために何をしたいかを考えるようになりました。
これは以前までの自分には到底考えられない変化です。『主人』のためどう動くか、ではないのです。貴女のために何ができ、私が何をしてあげたいか、を考えるようになったのです」
この二つは、明確に違います。そう言って水波ちゃんは足を止めた。
釣られて私も足を止める。
一歩離れた距離で向かい合う形になった。
「私は、使用人の身でありながら、毎日が楽しい、と…充実していると感じております。お仕えできることが嬉しい、と。それは、深雪姉様が心を砕いてくださるから、その気持ちに応えたくなるのです。――改めて、貴女様にお仕えできることに感謝を。そして、できることならばこのまま未来永劫貴女様のお傍に置いていただければと、そう願います」
最後の締めくくりに、浮かべられる笑みはとても綺麗な、強い意志を宿した微笑みで。
胸のぐっと迫るものがあり、目頭が熱くなる。
「…水波ちゃんにプロポーズされちゃった」
水波ちゃんによる突然の告白に顔を淑女の仮面が剥がれ落ち、顔を覆ってしまった。多分今は耳まで真っ赤だ。
おかしい。私が水波ちゃんに光宣君のことを訊いて慌てふためいてもらうはずだったのに。
顔を両手で覆ったまま呟かれた声はとても小さかったと思うのだけど、目の前の水波ちゃんにはばっちり聞こえていたようで、彼女の跳ね上がった気配を感じた。
「え…ええっ!?あ、あの!そ、そんなつもりではなくっ!で、でも間違ってもいないような……?いえ!やっぱり違います!誤解です!!」
「――何を話しているんだ?」
慌てふためきながら目の前で手を振っては否定している水波ちゃん。
きっと可愛いけれど、それを眺める余裕はない。
そこへ少し先を行っていて離れていたお兄様たちが戻ってきた。
そこには顔を覆って俯いている私と、さっきまで素敵にカッコよく決めていたはずの彼女が混乱しておろおろしている姿。
これだけ見たら何が起きたかわからないだろう。
そこまで大きな声ではなかったはずだから内容は聞こえてないと思うのだけど、お兄様の耳は特別製ですからね。
「その、何かあったのですか?」
光宣君も心配して声を掛けてくれる。優しい。
「…水波ちゃんからお話を聞いて嬉しさのあまり、つい。申し訳ございません」
「嬉しい話が、水波からのプロポーズだと?」
ぼかして言ったのに、お兄様が詳しく、と言及してくる。
水波ちゃんが更に小さくなってしまった。
「え、ええっと…プロポーズとは、確か結婚などの申し込みをされる言葉を指すものかと…」
思うのですが、と。うん、光宣君、戸惑い混乱してるけどその認識は間違ってないよ。
というかお兄様、私の小声のつぶやきの方をよく拾えましたね。
「ご、誤解です!私はそんなつもりではなく、」
「プロポーズには、申し込み、という意味もあるのだから、間違ってはいないでしょう?――水波ちゃんが、今後も一緒にいたいって言ってくれたんです」
ちょっとまだ熱い頬を押さえながら、水波ちゃんに訂正を入れて、お兄様に解説をする。
お兄様は初めからわかっていたのだろう。
そんなことだろうと思った、と私の頭を撫でる――というか押さえつけられている気がするのは私の被害妄想によるものか。
「本当に、深雪は水波がお気に入りだな。だが、あまり水波にかまけてばかりいると、また水波を困らせることになるぞ」
「う、それは気をつけます」
水波ちゃんを構いすぎて真っ赤にさせたり怒らせたりしているのは私です。気をつけます。
水波ちゃんも徐々に落ち着きを取り戻したのか、騒がせたことに謝罪した。
私も同罪なので頭を下げる。お兄様の手から解放された。
――
変なところで時間を費やしてしまった。ただでさえ時間がないのに。
境内からまたロボットスクーターに乗り、次の場所へ移動する。
当然のようにまたお兄様の腰に腕を回させられて。
「司先輩はお元気そうでしたね」
「そうだな。でも、もう司ではなく鴨野に戻ったらしい」
話題は先ほど偶然再会を果たした先輩の話に。
先輩の最後に見た顔は憔悴した顔だったので、あまりに印象が違っていて声を掛けられた時、一瞬誰かわからなかったくらいだ。
良い方向に変わられて、穏やかな文系青年に。環境が彼に良い変化を与えてくれたようだった。
「…あれだけのことがあったのですから、戻られた、ということでしょうか」
「今はこちらで修行されているそうだ」
細かく省いた説明だが、お兄様の声は軽やかに聞こえた。
一年の時のあの出来事は学校が襲われるという大きな事件にこそ発展しなかったものの、魔法師の置かれている状況を認識させられる事件ではあったから。
四葉にいるのだから認識自体はあったけれど、どこか他人事に感じていた。それを、こんなにも身近に感じさせる、そんな事件だった。
お兄様にとっても、私が直接関わることになってしまった事件でもある上に、学校という箱庭にもこのような陰謀が潜んでいることに危機感を抱き、『妹だけを守れればいい』という考えが甘かったこと、根本をどうにかしなければならないことを強く意識した事件でもある。
「――よろしゅうございましたね」
「うん?」
「先輩は、あのまま魔法を厭う暮らしをされる可能性もあったはずです。ですが、その道を選ばれなかった。目を逸らすのではなく、正面から向き合う選択をなさったのですね」
その選択は簡単なものではなかったはずだ。
魔法での洗脳、近しい人からの裏切り。自分を利用するために親に近づいた可能性も、きっと彼を苦しめたに違いない。
「そうだな。――いつか禊が済んだら謝罪に来る、とも言ってた」
「その時には、何か用意したいですね。新しい門出のお祝いに。その時はお兄様、一緒に選びましょうね」
「ああ」
今回の旅で一番の収穫――それは、道を外れかけた魔法師が魔法を捨てることなく正道へと戻ろうと努力する、彼の姿――未来に進むその姿勢。
お兄様にとって自身の魔法は不幸を招く呪いそのもの。この呪われた力も、いつか呪いが解ける日が来るのでは、と希望を抱かせるエピソード。
これは小さな希望のかけらかもしれないけれど、それがお兄様の心の清涼剤となるのであれば、この出会いは良いものだったのだろう。お兄様の心を晴らしてくれる一筋の光。
お兄様はとても穏やかに微笑まれていて、絡ませていた腕にも力が籠る。
すると、まさかのこのタイミングで私のお腹が鳴った。
この雑音の中、いくら至近距離とはいえ音は聞かれなかっただろうけれど、触れているのだから奇妙な振動は伝わってしまうわけで。
羞恥のあまり顔を伏せてお兄様から離れようとしたのだけれど、お兄様の動きの方が早かった。
腕ごと抱き寄せられて耳元で囁かれる。
「可愛らしいアラーム音だったよ。恥ずかしいだろうが教えてくれて助かった」
ううっ…音もばっちり聞かれてた模様…。
お兄様の地獄耳…。羞恥で体を縮こませるとお兄様にさらに抱き込まれた。
「俺はその辺の感覚が鈍いからすっかり昼を回っていることに気付かなかった。一度休憩を挟まないとな」
お腹が鳴ってしまったことは十分に恥ずかしいことだけど、更にその音をお兄様聞かれた上、「可愛いな」と抱き込まれるという、この密着している事実も羞恥心を煽った。
何コンボ決められてます?壁嵌め並みの鬼コンボを決められ心と心臓が瀕死状態。耐えられない。もっと深く頭が下がってしまう。
そこにお兄様が畳みかけるよう追撃を仕掛ける。
「水波のプロポーズにはそこまで恥ずかしがっていなかっただろう?」
甘く、囁くように。それだけで体温が上昇した。
身じろぎをするも、お兄様の腕は外れない。それどころか密着面が増えたことで動くことも封じられる。
「あれは嬉しさが溢れたのであって恥ずかしかったわけで…」
何とか言葉をひねり出すのだけれど、それは悪手だった。
「俺も同じように告白したら、深雪は喜んでくれるか?」
……
…………
(――ちょっと、待ってほしい)
走行中にお兄様が本気で仕留めにかかってきます。何を?私の命を。
息の根が止まってしまいます。それ以上はお止めください。
「…供給過多です」
これ以上は受け付けておりません。本日は営業を終了しました。
もう許容量がパンパンで苦しい。
萌えはいくらあってもいい。それは同意するけれど、その日摂取できる量は決まっている。上限を越えたらたとえ良薬だって毒になるのです。
お兄様の腕の中、震えながら訴える私の言葉にお兄様はふむ、と頷いて。
「では後日、日を改めてチャレンジするか」
だって。
…お兄様に心臓を止められる日も近いかもしれない。
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