妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
「すみません、僕もお昼のことをすっかり忘れてました」
そう言って光宣君に案内されて着いたのは、個室完備のちょっとお高いお店でした。
言われてはないけれど、多分私と同じ理由かな。
防犯もかねてという理由もあるだろうけれど、光宣君も大変見目麗しい。
ここまでずっと視線に晒されてきたこともあったので、人目を気にしなくていい空間で休憩したくなるという気持ちはよくわかる。
いくら仕方のないこと、と諦めていても四六時中誰かに注目されっぱなしというのは疲れるというもの。この身体に生まれて初めて知った新事実。
光宣君は体調のこともあって外出する機会は少ないだろうけど、その分たくさんの人たちからの慣れない視線に晒されるわけだから精神的疲労が多いかもしれない。
ランチ時だからコースではないメニューを選んで待っている間、話題は伝統派のことではなく、学校のことについてだった。
光宣君、高校の学校生活に対して憧れが強かったらしい。小中も残念ながら大半を登校できず卒業したのだとか。
大人たちも慰めからか身体が大きくなったらきっと大丈夫と励ますことしかできず、その期待を胸に小中の学生時代を過ごしてきた。
彼は単なる病弱なわけではない。体が大きくなれば、というのも単なる気休めではなく、可能性はあったのだろう。
しかしながら、現実はそう甘くなかった。
ベッドの上での時間は多少減っても誤差程度。高校生になってもほとんど通えていない現状が残念で仕方が無いようだ。
一学期も合わせてひと月くらいしか行っていないんだって。通えても保健室登校もあったのだとか。
授業は問題無いそうだけど、学校で親しいと言える人が居なくて寂しいみたい。
だから私たちの学校生活がどんな感じか聞いてみたかったのだということなのだけど…。
うーん、どんな感じか、かぁ。説明が難しいね。
お兄様も水波ちゃんもどう説明したらいいか考えあぐねている様子。
「あ、その…話しづらいのであれば」
「そういうわけじゃないんだが、俺たちの場合、光宣君が期待している話ができるかが心配でな」
光宣君がお兄様の言葉に首を捻っているけれど、そうなんだよね。
私たちの学校生活は普通というにはちょっと色々とおかしな点がある。
授業を受けて友達とお昼を一緒にして生徒会活動に精を出して帰宅して。
それだけ聞けば普通の学校生活と言える範囲だ。
学校に行って皆と授業を受けて、教え合ったりしてお昼をおしゃべりしながら食べて、と。
友人たちと過ごす様子だけを聞けばごく普通の学校生活に聞こえるだろう。
しかし、そこに周囲からの反応だったり、集中する視線の意味だったり、生徒会選挙でどのようなことがあって生徒会長に選ばれた、とか、お兄様が学校でどのように慕われているかとか、水波ちゃんが同級生や先輩たちから色々と聞かれて大変だ、なんて話をしようものなら、どうして?となるわけで。
詳しく説明するとなると、あのエピソードだったり本の説明が無ければ話が繋がらない。
別段話したところで光宣君が誰かに言いふらすこともないだろうし、知ったところでどうというわけでもないのだけど…自分たちの口から説明するのはかなり恥ずかしい。
入学直後の騒動の内容をオマージュして小説が出ました、なんて。いじられネタである。
それに、きっと彼が聞きたいのって変わった学校生活のエピソードじゃなくて、どう一日を過ごしているかという『ごく普通の』日常生活だと思うから、余計な話が付属で付いてくる私たちの学校生活の話をこの短時間で伝えきれるかと言われると…色々と伏せて話さなければならなくなるわけで。
伏字ばかりの話って気になるし、変に隠されてる感が更なる疎外感を生むよね。
そういった要素を外して説明するとなると授業内容だったり、どんな部活があるかくらいしか説明できない。
それじゃ学校説明会と何も変わらない味気ない話になってしまう。
きっと彼が聞きたいのは憧れの学校生活がどんな感じかを知りたいのだろうから。
私たちの話を聞いて、追体験のように、学校を感じたいのだろうから。
もし、そういうことならば――古のコミュニケーションツールが役に立つかもしれない。
少し目を瞑ってシミュレーションをしてみる。
(…今後を思えば、意外と良いアイディアかもしれない)
「光宣君。もしよかったら、の提案なのだけど――交換日記って知っているかしら?」
前世から引っ張り出した知識に、光宣君のみならず、お兄様と水波ちゃんもピンときていない様子だった。
集中する三人の視線を感じながら、すまし顔でお吸い物を一口。…すっごく美味しいね、香りが物凄く良い。
「交換、日記、ですか?…日記を交換するんですか?」
「ええ、そう。一人書いたらグループ内で回して次の人が書いていく――文字通り交換して順番に日記を書いていくの。人が書いた日記に、楽しそうだね、とか大変だったね、とコメントを添えながら会話形式にしていくのも醍醐味の一つね」
どうやら興味を引くことはできたらしい。光宣君の目には好奇の色が浮かんでいた。年頃の少年にしては珍しく隠しもしない。
もしかしなくてもこの短時間でだいぶ気を許してもらえているのだろうか。案外チョロインさん枠です?
「それは、メールのやり取りやチャットとは違うんですか?」
「メールだとラリーのように返さないといけないでしょう。これは日記だから、あった出来事を順番に交換していって、共有するっていう楽しみがあるの。別に毎日する必要は無いわ。特に決まり事も無い。
今日は何もなかった、と書いたっていい。一日中暇だった、とかね。その時思ったことを綴るだけでいいの。
要は、話題の共有が目的でね。もし空白が気になるなら、質問したいことを書いたりとか、自分の興味のあることを書いて、皆に感想を求めたりというのも有りだと思うわ。
どんなことをした、それに対してどう感じた。それを繰り返していけば、相手がどんな人かがわかってきて仲が深められる、という一つのコミュニケーションツールね」
メールでのやり取りも、電話でのやり取りもそれぞれの良さがある。
だけどこの二つに共通するのはその場でのやり取りで終わってしまうこと。残る余韻が少ないのだ。
その点提案した交換日記は一晩自分の手元に置いて、皆の意見をしっかり読み込み、相手が何を思うかじっくり考える時間があって、自分の考えを纏めて、次の日自分の周りで起きたことを書いて、皆がどう返してくれるかをワクワクしながら次の人に回す。
その間色々書き換えることもできるし、日記に書くためにいつもと違う行動を取ってみたりする変化も起きるかもしれない。
端末上で一瞬にして共有できてしまうこの時代。便利だけれど情緒を味わう間というものが無い。
何もかもその場で即共有が全てではない。
ゆっくりと時間を掛けてその日一日、どう過ごして何を思ったか。その為人を知りたいのであって、何をしたかの報告書が目的ではないのだ。
それを説明すると、光宣君は先ほどよりもかなり興味津々になったみたい。キラキラお目目もそうだけど彼の腰の辺りにもっふもふの尻尾が大きく揺れ動いているのが幻視できますね。
「別に心を全てさらけ出せということではないの。書きたくないことまで書くことはない。知ってほしいこと、聞いてほしいことだけで十分。――想いを綴るってね、それだけでその時の感じたことを形にして、気持ちの整理がついたりするの。自分でも言葉にしてみて初めてはっきりすることもあるのよ」
言葉にしようとしたことで初めて気づく自分の思いもあるだろう。
「僕は日記とか書いても書くことが無かったので…深雪さんのお話はとても興味深いです」
おっと、相変わらずぺろっとなんてことないように闇をぶっこんできますね。
同情を引くためではなく本気で思ったことを口にしたら闇でした、っていう。
「よければやってみない?」
「…いいんですか?僕は、その、書けることがあまりないと思うのですが」
「さっきも言ったけどその時は、質問したいこととか、自分の好きなことを書くのも手だけど、もっと単純に今日の天気とかでもいいと思うわ。地域が違うからこちらには新鮮だったりするだろうし。あとは何を食べた、というのも十分日記になると思うわ」
九島家の食卓?やだ、とっても気になる。
これ、情報漏洩で光宣君怒られたりしないよね。
光宣君は書くことが無いと落ち込んでいるけれど、学校生活だけが全てではない。体調管理だってなんだっていいのだ。その時の気持ちが書かれていて、共有することができれば。
何を思い、何を感じ、どう過ごしたのか。
「そんなことでもいいんですか?」
目を見開いて驚く姿も美少年、間抜けには全く見えない。美人さんな上に可愛らしい。
「むしろ何を食べたかは気になるわ。昨日いただいた夕食とても美味しかったもの」
「深雪は深窓の令嬢に見えて、料理が趣味なんだ。他にも裁縫とか。物を作ることが好きでな」
おや、今まで黙ってお話を聞いていたお兄様が参戦してきました。
でも深窓の令嬢に見えて、って…ガワが深雪ちゃんだけど中身が庶民と言われているようで内心ドキドキする。
お兄様にそんな意図が無いことはわかっているのだけれどね。日常お嬢様然として擬態している身としては狼狽せざるを得ない。表には出さないけど。
「料理、をするんですか?」
「ええ、水波ちゃんも上手なのよ」
「み、深雪姉様!」
「へえ。料理をするって珍しいと思うのですけど、お二人は凄いですね」
「わ、私は全然すごくなんて!深雪姉様の足元にも及びませんっ」
「それは流石に言い過ぎだな。水波の料理も十分だろう」
「十分どころか、お店を開けるレベルですよ」
お兄様の言葉に付け足せば、水波ちゃんは必死に否定し、私とお兄様が微笑ましく見守り、光宣君が素直に感心して、と賑やかな空間に。
和やかな、楽しい時間だった。
食事も九島家の通うお店だけあってとても美味しかったことをご報告いたします。
「もし皆さんがよろしければ、やってみたいです。その、交換日記を」
デザートを食べながら、光宣君は恐縮しながら言った。
「提案したのは私だもの、私はぜひ参加するわ。お兄様はいかがです?一言コメントを添えるだけでもしていただけると私は嬉しいのですが」
お兄様はお忙しいので。それに、お兄様が日記を書くと――
「そうだな。俺が書くと恐らく業務報告みたいな形になるだろうから、コメントだけでいいのなら俺も参加しよう」
ですよね。なんとなくわかってました。でも参加してくださるんですね。嬉しいです。
「水波ちゃんは――」
「わ、私もコメントがいいです!」
お、断られなかった。…これは脈ありってことでいいのかな?心の中の恋愛センサーが微かな乙女心を感知している。
でもね。
「あら、水波ちゃんが一年生のクラスでどんな感じで過ごしているか、私も気になっているのだけど。光宣君も同じ一年生だし、一高ではどんな授業内容なのか、というのも興味深い内容になるんじゃない?」
「そうですね。もし教えていただけるなら。学校は違えど同じ一年生ですから」
光宣君は交換日記が楽しみで仕方がないのか必死のお願い。とはいっても強引に、ではなく是非やってみたい!と期待を込めたキラキラ笑顔で。
「……わ、私でよろしければ…」
うふふ。水波ちゃん陥落。
光宣君も罪な男の子ですよ。アシストしたとはいえ見事ゴールを決めてくれました。…まあ『強引に』ではなくとも光宣君のお願いを断れる人間はそういないでしょうけど。
これで水波ちゃんとの交流が定期的に続けられるね!
いつか――もし、この後光宣君が思いつめるような事件が起きたら、原作通りパラサイトとなってしまう時が来るかもしれない。
この
魔法師として生まれ、最強と呼べるだけの力を持っているにもかかわらず、その力を持て余し発揮できない体に対する絶望は、きっととてつもない苦しみだと思うから。
それを一生背負って人として生きろ、と言えるほど、私は彼の人生を背負えない。
彼には彼の人生があり、自身で選択できるだけの判断力もある。
正直に言えばパラサイトになっても自我を保てる光宣君を知っているので、どちらでもいいのだ。その後お兄様の為に働いてくれるからね。
彼の身体が奇跡で保っていることを知った今は一層、丈夫になって好きに体を動かせるのならばそちらでもいいのではないかと傾いている。
だが、水波ちゃんに関しては――。
(彼女も、彼女の選択を尊重してあげたいけれど――いなくなったらきっと、しばらく枕を濡らす日々を送ることになるんだろうな)
それくらいには彼女のことを気に入っている。
さっきの告白は、本当に嬉しかったのだ。この先を知っていたからこそずっと傍に居てくれると聞いて胸に思いが込みあげた。
でも、原作通りに事が進む――強制力が働いて、あのような未来になるのだとしたら、その約束は叶わない。
彼女は地上を離れなければならない理由ができてしまうから。――光宣君と共に生きる選択をするから。
(残ってほしいと、傍に居て欲しいと思う。だけどそれは私のわがままだから)
私にできることは、光宣君に、居場所があることを伝えて、二人が仲良くなるきっかけを与えて、そして人としての生活に執着するならそれも良し。人を止めて幸せに暮らすのなら、それを応援する。
…考えるだけで寂しいけれど。
「深雪?」
「!申し訳ございません。日記に何を書こうか考えておりました」
「それは随分気が早いな」
危ない。意識を飛ばし過ぎていた。まだ来ぬ未来に思いを馳せ過ぎた。
今はまだ悲しむ時ではない。その未来はまだ確定していないのだから。
「トップバッターですもの。お手本になる様に書かなければ、でしょう?例として3日分くらい書いてみましょうか。その次に光宣君に書いてもらって、次は水波ちゃんで」
「そんなにパターンがあるのか?」
「パターンで言えばいくらでもあるでしょうけれど、今パッと浮かぶのはそれくらいでしょうか。あとは皆それぞれ自分の書き方を見つけてもらえれば」
さっきも言ったけれど決まりもルールもない。でも何も知らないままで書き始めるのでは書きづらいだろうからね。
そんなこんなで学生らしく交換日記を始めることになりました。…なんて健全な高校生だろうね。今時交換日記から始めるって。
文通でもよかったのだけど、文通だと水波ちゃんが断りそうで。
この時代のお手紙ってそれだけでハードルが高すぎる。しかも相手は末っ子であっても十師族直系。身分のことを考え弁えちゃう彼女は直接のやりとりなんて恐れ多いと辞退するのが目に見えていた。
それで言えば交換日記は複数人でやるものだから二人以上が賛成すると断りづらいだろうからね。
何より水波ちゃんのことだけでなく、人との付き合いに飢えている光宣君にはこのくらい初歩的なお付き合いから始めた方が適切に思う。
昨日のいきなり泊って行ってほしい発言は、今まで人付き合いをしてこなかったから距離感が掴めなかったせいだろうから。
まずは低いハードルのところから学んでいきましょうね。
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