妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版   作:tom200

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前回同様ネタバレありの小話が載っております。
ご注意ください。


プロローグ 幸せのカタチ

 

そのあとお兄様が戻り、あらましを聞き、様々な話し合いの末一度別荘へ戻ることになった。

四葉への連絡をして、帰りたくても完全に安全を確認してからでないと動きが取れないとのことでしばらく別荘に滞在するかもしれないと。

幸い食料は軍から新鮮な現地の食材を分けてもらえるそう。誰も料理ができなくともHARも備わっているので、しばらくここに缶詰となっても問題はなかった。

お嬢様育ちである母は窮屈ではないかと思ったが特に不満を言うこともなく従うつもりらしい。

というよりそもそもあれから体調は落ち着いたようだけどあれだけ苦しまれたのだ。すぐすぐよくなるわけもない。

 

「お母様、大丈夫ですか?ご無理はなさらないでください。何か欲しいものはありますか?」

 

ベッドで横たわる母に引っ付くように声を掛ける私の後ろには空気と化したお兄様もいた。

 

「そのように心配ばかりされては眠るに眠れなくてよ。少しは落ち着きなさい」

「だってお母様ったら我慢ばっかりなさるでしょう。少しは口にしたらどうです?」

 

苦言を呈する母に怯むことなく返す姿はまるで何年も連れ添った間柄のようであるが、実質家族だけで傍にいる時間なんてトータルしたら1年もないんじゃないかしら、と思わなくもない。

だがあの家じゃそれも仕方がないことだろう。幼少期、常に誰かしらが母のそばに控えており、偶の二人の時は次期当主候補として学ぶことが多かったし、そもそも体の弱い母はよく安静にと休まれていたから家族としての時間なんてそもそもほとんど存在していなかった。大きくなってできるようになったこういった旅行の時が家族として過ごせる唯一の時間だ。

背後では初めて聞く気安い私たちの会話にお兄様が驚いているのか、空気が動いた気がした。

 

「ここはプライベート空間、でしょう?だったら」

 

立ち上がってくるりと振り返ると、動じていませんよと言わんばかりの姿勢を崩さぬお兄様の元に足早に近寄ると後ろで組んでいる手を引っ張って母のベッドにまで連れていく。

 

「お嬢様、」

「深雪、ですよお兄様。お母様は言いました。プライベートな場所であれば自然体で過ごしていいのだと。ここには耳目もありませんしね」

 

にっこり微笑んで母を見れば母はあきれた表情で見つめ返してくるけれど以前のような恐ろしさは感じられない。

それは捨てられる、嫌われるのではなんて疑念がなくなったからだ。

 

「ここには家族しかいません。つまり取り繕うこともないのです。だからお母様もカッコつけなくていいのです」

 

私の暴論に今度は呆気に取られたらしい母は瞬きの回数が増えた。

 

(あらやだ私のお母様ったらかわいい)

 

アンニュイな美女のお目目ぱちぱち可愛すぎない?

なんて考えていたら母に睨まれた。

 

(え、どうして?!エスパー?そういえば魔法使いだった!)

 

「いえ、声に出ていますよお嬢様」

「そんな!」

 

お兄様に指摘され慌てて口元を抑えたけど時は戻らない。

 

「…やっぱり深雪が壊れたのは達也の再構築が原因ではなくて?」

「深雪が壊れた…?あ、いえお嬢様が」

「深雪で構いませんよ。ここには、私たちしかいませんからね」

 

お兄様がすぐさま言い直そうとしたのを母が止める。

表情は相変わらず無表情のままだが。

母の返答にお兄様は驚愕…しているのでしょうけど、うん。表面上ピクリって眉が動いただけだね。

 

「お母様大成功です。お兄様ったら飛び上がるほど驚いてますよ」

「…これのどこがそう見えるのかしら。癪に障った、と言われた方が納得しますよ」

「わかりづらいのは親子そっくりな特徴でしょうか。でも私にはわかりますもの」

 

(お母様の戸惑いもお兄様の困惑も今の深雪ちゃんにはまるっとお見通しなのです!)

 

と決め台詞みたいなものを心裡で決めてみるも当人たちは困惑しっぱなしだ。

こうもすごい人たちを翻弄できるのはちょっぴり楽しい。

もしここに穂波さんがいてくれたらきっと一緒に揶揄っていただろう。彼女は茶目っ気ある人だったから。

 

「深雪?」

「何を考えているのですか」

 

ちょっと心が他所に移っていたことに気付いたのか二人の顔が真直ぐこちらに向いていた。

二人とも無表情に見えるけど、どことなく心配しているような?あれかな、ミリ単位で二人とも眉尻が下がっているとか?

もしそうなら気付ける深雪ちゃんの目ってすごい。

っと、そんなことを考えている場合じゃなかった。

 

「もしここに穂波さんがいたら、と思ったのです。きっとお母様の事もお兄様のことも揶揄ったはずですよ。『奥様、鏡をお持ちしましょうか?達也君も』とか」

 

少し無神経かな、とも思った。

まだ正直心の整理はついていない。

実感なんてその時が来るまでわかない、何が起きたか知っていてもわかないのだと。

それは私の想像力が足らないのかもしれないし、認めたくないだけなのかもしれない。

だから、こうしてするりと名前を出したのか。

しかし二人にそういった動揺は見られなかった。

むしろこちらを気遣っているような、そんな雰囲気さえある。

 

「明るいあの人が好きでした。彼女がいるだけで空気が軽くなるような気がして。羨ましかった。私の憧れです」

 

吹っ切れたわけじゃない。

でも悲しい思い出に埋め尽くされることは嫌だった。

ただそれだけ。

 

「あ、もちろんお母様も憧れの女性です。私の目指す淑女はお母様なのですから」

「………それにしては随分と人を揶揄うのがお好きみたいですが」

 

可愛いと言ったことが気に障ったのかたぶんジト目を向けられている。見えづらいけどこれは美女に向けられてるジト目!

慌てて弁明しようとするが、母なりのジョークのようだった。

 

「違っ、からかってなんて!」

「でも、そうですね。貴女の気持ちも少しわかる気がします」

 

窓の外に目を向ける母にはいったいどんな穂波さんが映っているのだろう。

私たちより長い時間共に過ごした分、きっと知らない彼女を知っているのだろう。二人はただの主従よりも親しい間柄だったから。

いつか聞いたら教えてくれるだろうか。

 

「お兄様も、お疲れさまでした」

 

バタバタして伝えられなかった言葉を伝えるとお兄様は首を振る。

 

「大したことじゃ、ない」

 

ありません、と言いそうになったのを直したんだなとわかる。

まだこの状況が飲み込めていないのか、考えがまとまっていないのか。

何でもそつなくこなすお兄様にしては珍しい。

けれどそこがとても人間味があって嬉しく思う。

 

「あのね、お兄様。私死を迎えそうになった時思ったの。ちゃんと伝えればよかったって」

 

お兄様がいないあの場所で何を話したのか、搔い摘んで説明した。

私があの瞬間何を思い、どう行動に移したくなったか。

直接、お兄様を幸せにしたい、なんてここでは言わない。

 

(言えない。それは押し付けになってしまうから。これは私が思っていればいいだけのこと)

 

原作ではいつもお兄様の為、と口にしていた。

だけれどあれは一種の鎖だ。お兄様に離れてほしくない妹のわがまま。執着の表れ。

それはどこか強制的でお兄様の選択肢がなくなってしまうように思われた。

私はあくまでもお兄様自身に幸せを掴み取ってもらいたい。

与えられただけの幸せだけではない、数ある幸福を見つけてほしい。

ヒーローはいつだって自分の幸せは自分で掴み取るから。

だからあえて私は言う。

 

「私は幸せになりたいんです」

 

私の幸せはお兄様を幸せにすること。

母にも幸せになってもらうこと。

そしてこれから出会う皆も笑顔で笑っていて欲しいから。

 

「そのためにもまず、私はお二人の誤解を解きたいと思います」

「「誤解?」」

 

二人の声が重なったことに当人たちは若干気まずそうだけれど、今は置いておくとして。

 

「お兄様はきっとお母様は自分に無関心だとお思いかもしれませんが決してそんなことないですからね」

「深雪さん」

 

(鋭いお母様の声が突き刺さるけど気にしない。だってわかるから。これはお母様の照れ隠しだと!)

 

声が低いけど、冷気が漂っているような気がするけどエイドスだって書き換えられてないからこれは本当にただの思い過ごしだ。

 

(めっちゃ怖い圧感じるけど!こういうところが誤解されるんですからね!)

 

「お母様はお兄様が傷つかないようにいつだって自分から距離を作っていました。お兄様を気遣って、多少傷ついても深く傷つかないよう無関心に見せて。でもお兄様がいないところではそうは聞こえないようさりげなく自慢したり、自分たち以外と仲良くする姿にはやきもちだって妬いちゃうんですから」

「深雪!」

 

めったに声を荒げない母が大きな声を出せばどうなるか、――当然噎せる。

予測できていた私は母の背を擦り、お兄様はすぐ水を用意する。

一糸乱れぬ動き、阿吽の呼吸だ。

 

(初めてのお兄様との共同作業!…ちがうか)

 

私は冷静さを取り戻した。

涙ぐむお母様、

 

「可愛すぎない?」

「…深雪、ちょっと座りなさい」

 

(あれ?なんでお母様おこなんです?)

 

「口に出てるよ深雪」

「あら」

「全く反省していないようですね」

 

どうやら思ったことを伝えたいという気持ちは口をゆるくさせるらしい。

困った。素直な気持ちが漏れ出てしまう。

母は先ほどよりわかりやすいジト目になって、お兄様はしょうがないなと言わんばかりだけど許してくれるような優しい笑みを口元に浮かべて。

 

(…ああ、ここに幸せはあったんだ)

 

小さな変化にまだ気づけていない二人に、私は諭すように、けれどそうは取られないよう無邪気に言う。

 

「噎せたお母様にお水を出すお兄様の行動は考えるよりも先に手が動いていた、そんな早さだったでしょう?お兄様だってお母様を心配しているんですよ」

 

二人は表情を強張らせた。

きっと母の脳裏には深雪が関わっているから、何もしなければ私が悲しむから行動したのだと過っているに違いない。

そして当のお兄様は自分の行動に『後付け』で理由をはじき出そうとしている。

 

「お二人とも考えすぎなのです。自ら迷宮に入ろうとしないでください。

お兄様、人は理屈なく動くことがあります。理由付けなどいらないのです。

お母様も、そんなはずはないなんて可能性の芽を潰さないでください。

二人とも、もし認められないのでしたらいっそのことこう考えたらいいのです。

 

――『そう思った方が深雪が喜びそうだ』、と。

 

事実、私は嬉しいです。二人が仲良くしているところをこれから見られると思うだけでも、もう嬉しくてたまらないのです。

そもそも愛なんてものは勘違いでも生まれるの。盛大に勘違いしていきましょう」

 

傲慢に言い放つ私に二人は開いた口がふさがらないようだった。

とはいえ二人は大きな口ではなく、ほんのうっすら、開いているような…?レベルではあるが。

二人って本当は私に隠れてずっと一緒にいませんでした?傍にいない限り親子ってだけでこんなに動作って似るものなんです??

それともこれも妹の欲目ってやつなのかしら。

ちょっと首を捻っていると母のため息が耳をかすめた。

 

「貴女は案外当主に向いているのかもしれないですね」

 

初めて言われた言葉に思わず母をじっと見る。

 

「当主とは時にわがままを言って周囲を翻弄するものです」

「…それは現当主様のことをおっしゃってます?」

「さあ、どうでしょうね」

 

あらやだお母様ズジョーク?笑って大丈夫?ミーティアライン飛んでこない⁇

流石にコレは漏れ出たらまずいと口元を覆って抑え込む。

母と叔母の仲はどうあっても修復不可能レベルだ。これはお兄様たちと違って一年二年でどうこうできる問題ではない。

いずれは、と考えなくもないけれど少なくとも母の生存中には難しそうな課題だ。

 

「それではお母様がわがままを言わないようではないですか」

「私がいつわがままを申しましたか」

「これから言うのですよ。それを私とお兄様でちょっとでも叶えていくんです」

 

ね、お兄様に微笑めばちょっと困惑気味に口角を上げられていて(ひきつった笑いにも見えなくない?)、もう一度母の方へ顔を戻せばわずかに顔を顰めて。

 

「ちょっと、だけですか?」

「叶えられるわがままでしたらいくらでも!」

 

母のことだからきっと無茶は言わないだろうけど、これはちょっとした言葉遊び。

母もわかっているから乗ってくる。

 

「なら少し疲れたから休みます。夕食の準備ができたころ呼びに来なさい」

「はい、お母様」

 

お兄様からは言葉はなかったものの躊躇いがちに頷いて返答していた。

それを見てからベッドを操作し横になる。

私たちは静かに部屋を退出した。

 

 

――

 

 

「その、深雪」

 

声を掛けられたのは母の休んでいる部屋から離れたリビングで、念のため窓からも離れたソファに座ったところだった。

しかし座っているのは私だけでお兄様は背もたれ側で立っている。

今まで通りのポジションだ。

お兄様はガーディアンとしての職務を全うしているのだと理解しているし、その方が今は気が楽なのではと私も無理に座るようには言わなかった。

 

「なんですかお兄様?」

 

少し体をずらしてお兄様の方を見て訊ねれば、口を開いては閉じて、を二度ほど繰り返していた。余程口にし辛いのか。

お兄様にしてはありえない行動だが、今お兄様にも変化が訪れようとしているのだろう。

 

「…母さんが言っていた、再構築の後壊れたのでは、とは…?もしや俺の魔法が失敗して」

「そんなことありません。お兄様の魔法は完璧でした。お兄様から見てもおかしなところはないのでしょう?」

 

お兄様の眼ならば私の体に異常がないことは分かるはずだ。

だけどお兄様の返事は返ってこない。

 

(もしやお兄様も私が壊れたと心配してる…?)

 

確かに純粋な深雪ちゃんだった頃と今では違いすぎる、か。

…あれ?ずっと成り変わりだと思っていたけれどもしや乗っ取り?所謂憑依なのでは?それだと深雪ちゃんを私が殺しちゃったことになる!?と怖い考えが過ったが、どうにも乗っ取りにしては違和感が少ないような気がした。

こうして『深雪ちゃん』と『私』と分けているけれど、それはあくまで原作の深雪ちゃんならこうだろう、ということであり自身が司波深雪であることは間違いなく、前世のことは過去のことであり、今は別の人生を歩んでいるという実感がある。

生まれる前に乗っ取ったといえばそうなるのかもしれないけれど。

意識はなかったけどこうして生きていたのは私のはずだ。つまりこれは成り変わりでいいってことでおk?あれ?ちょっとわかんなくなってきた。

 

「…き、深雪」

「あ、ごめんなさい。考え事してました。えっと、私が壊れてるかってことでしたよね。あの時も話しましたがそれは違います。壊れたのは確かに壊れたのでしょう。ですがそれは私が、ではありません。私の中にあった常識が壊れたのです」

「常識、」

「とはいえ私にもまだ世の常識というものが分かったわけではないですが、自分を覆っていた四葉という箱の中で身に着いた常識はどうにも違うらしいことを認識した、というところでしょうか」

 

箱入りだった深雪ちゃん。

孤独に怯え、周りの勝手な期待を裏切らないように努めていた深雪ちゃん。

嫌われないよう必死に居場所を探していた深雪ちゃん。

自分がしたいことをいつだって我慢して、自分の考えがおかしいのだと思い込もうとしていた深雪ちゃん。

 

「そういえば言い忘れていました。お兄様、おかえりなさい」

「…ああ、ただいま」

「ご無事で何よりです」

「だけど、桜井さんは」

「そのことですけどお兄様」

 

失礼だとは思いつつお兄様の言葉を遮って、私はお願いをする。

 

「明日穂波さんをお迎えに上がるのですよね。できれば最後にお顔を拝見したいのです。私は彼女にいってらっしゃいと言って送り出したのです。だからちゃんとおかえりなさいと言いたい。…自己満足ですが」

「いや、――そういうことならそのように手配しよう」

 

言うや否やお兄様は急いでどこかに電話をした。

もしや検死してすぐに荼毘に付す予定でした?作業の邪魔をしたのなら申し訳ないけれど、間に合ったのならよかった。

 

「明日の朝早くになるけれど」

「はい。大丈夫です。お母様を説き伏せてでも行きます」

「…深雪は少し見ない間に強くなったね」

「強くなるのはこれからですよ、お兄様。私は幸せになるためにこれからいろんなことを学ばなければならないのですから」

 

これからだ。

楽しそうに笑う私に、お兄様は眩しそうに目を細めた。

 

「でも私は今、幸せを感じ始めているのです。お母様に嫌われるのではと終始怯えるのではなく軽口を叩けるような今の関係は奇跡のようで。お兄様にもこうして話しかけることを遠慮せずにいられる今が、とっても幸せなんです」

 

昨日の自分なら信じられなかっただろう。

素直に思うまま大好きな人たちと話ができるなんて。

兄をお兄様と呼べるなんて。

 

「ずっと傍に青い鳥はいたのに、目をふさいでいたのは私。きっかけがこんな物騒な場面だったのが残念ですが、でもそこまでの衝撃がなければ気づくことができなかった。高い勉強代――ってそうでしたお兄様!!」

 

あまりに幸せで呆けていた脳が一気に活性化した。

勢いあまってソファの上で跳ね上がり膝立ちになってお兄様に向けて体を寄せた。

バランスを崩したらいつでも支えられるようにだろうか、お兄様は瞬時に動いて手を差し伸べてくれていた。

慌てさせてごめんなさい!つい勢い余ったんです。

 

「お兄様、助けていただいて、命を救っていただいてありがとうございました。

けれどあれほどのすごい魔法です、リスクがないはずがない!」

 

そう、あのような法外な魔法を代償なしに人の身で使えるはずがない。

もし訊ねなければお兄様はきっと隠し通したはずだ。

けれどそうは問屋が卸さない。

お兄様は必死な私に根負けしたように語り始めた。

それは原作通り、とてつもない激痛を伴うというものだった。

それをたった13になったばかりの少年がまだ発達途上の身で受けたのだ。

普通なら一度で発狂していてもおかしくない。それを、三度も立て続けに受けるなど、耐えられるはずも無い。

だけどそれも偏にお兄様の感情が失われ、否希薄だったからこそ正気を失わずにいられたということ。

それを考えると母たちが行った手術は魔法を暴発させないためという話だったが実のところ――と思考は逸れかかったが今はそこではない。

 

「ごめんなさいお兄様。私があの時呆けてさえいなければ」

 

躊躇うことなく魔法を行使していればあんなことにはならなかった。

己の身を守るためだという場面で、敵の身を心配できるほどの力などなかったというのに。

 

「それは違うよ深雪。あれは俺の落ち度だ。深雪を絶対に守ると、そう誓っていたのに」

「お兄様は私を救ってくれました!私だけでなくお母様も、そして穂波さんも。それだけじゃありません。戦場の方々だって」

「それは俺の報復に――って、それはいいんだ。俺がしたかった。後悔はないよ。だから――泣かないで」

 

深雪、とそう言われて初めて自分が泣いていることに気付く。

だって、あんまりだ。

なんだってお兄様ばかりこんな苦痛を味わわなければならないのか。

理不尽だ。

この世界は理不尽なことだらけだ。

こんなにすごいお兄様が、世の中のおかしな基準のせいで劣等生にされるだなんて。

小学校や中学校ではお兄様は何でも一番で、いつだってすごいのに。

狂った魔法界の現行の常識のせいでお兄様の評価は地へと堕ちる。

 

(それが悔しい。悔しくてたまらない!)

 

そっと、遠慮がちに頭に触れるお兄様の手は温かい。

撫でられればちょっとぎこちなさもあるけれど気持ちいい。

そして頬に触れられ、涙をぬぐわれ、その優しさにまた涙が溢れる。

 

「泣かないでくれ深雪。深雪が泣くと俺まで悲しくなってしまう」

「ちがう、の。おにいさまが、やさしいから、だからなみだがとまらない、のっ」

 

お兄様が困っているのがわかるのに、泣き止むことができない。

呼吸が苦しい。

いつの間にか呼吸を乱しながら泣いている。

こんなの、ただお兄様を困らせるだけなのに。

するとお兄様は背もたれ越しだが私の背に腕を回し肩に私の顔を押し当てた。

 

「優しいのは深雪だよ。こんな俺のために泣いてくれているんだろう?ごめんな」

 

とん、とん、となだめるように背を叩く。

 

「深雪の願いは俺が叶えるよ。絶対深雪を幸せにする」

 

(ねえ!この人本当に私のこと泣き止ませるつもりかな!?嘘だよねボロボロに泣かそうとしてるよね?!)

 

忘れていたけれどお兄様は天然の、いや野生のモテ男だった。

血の繋がった妹さえ恋愛脳に堕とす魔性のお兄様だったわ。

あ、いや。深雪ちゃんは特別製ってこともあるんだけど、たぶんそれ抜きでもあれほど甘やかされればおかしくもなるよ。

だってそういったことに興味のなかった人であろうとも顔を赤くさせてたからね!壬生紗耶香ちゃんだっけ?一巻のヒロインちゃん。あの子だって初恋ドロボーされちゃってたもんね。部活や二科生問題で頭一杯だったはずなのに!

あ、そうだ。

お兄様の幸せを考えるならやっぱり恋人だったり結婚相手も重要よね。

原作ではいろんな思惑が絡みついて深雪ちゃんを選ばざるを得なかったけれど、あれは数少ない選択肢の中あみだくじのように紆余曲折してたどり着いた唯一の生きる道だった。

でも私はこの世界の運命に抗うと決めたのだ。

お兄様に選択肢を。

もっと他にも幸せになる道があるはずだ。

その道を増やすのがこれからの私の使命。

 

「お兄様もですよ」

「ん?」

「お兄様も幸せになってください」

 

けして深雪が、私が幸せにするなんて言わない。

お兄様の幸せはお兄様が決めるべきだから。

 

「俺は今十分に幸せだけど」

 

(そういうとこだぞお兄様―!)

 

「けど、うん。そうだね。もっと幸せになろう。深雪も、母さんも一緒に」

 

本当に悪気はないのだろうけど、私はさらにお兄様によって泣かされ、夕食に呼びに行った母に目の腫れを心配された。

その時お兄様が悪いと搔い摘んで説明すると、母は複雑な顔をして私の頭を撫でたのだった。

本当、この数時間でみんな感情表現豊かになりましたね。

 

(顔は無表情から数ミリ動く程度ですけれど)

 

ちなみに夕食時、母は実はピーマンや苦みのあるものが苦手と判明し、わがままを少しだけ叶えようとお兄様と二かけを残した残りを半分こして食べた。

 

「全部食べてくれてもいいのですよ」

「そこは頑張ってお母様らしさをお見せください」

「ひとつなら食べられますか?」

「お兄様、ここは甘やかしすぎてはいけません」

 

 

――

 

 

 

翌日母の手を引いて、お兄様が警戒しながら後に続き、穂波さんに会いに行った。

彼女の顔には苦痛はなく、穏やかに見えた。

 

「おかえりなさい、」

 

穂波さん、と名前を呼んだつもりだけど、最後まで言葉にならなかった。

母は優しく肩を抱いてくれ、見守ってくれていたお兄様は手続きに向かった。

魔法は便利で一瞬だ。

灰となった穂波さんを彼女の遺言通りに沖縄の海に撒く。

これは彼女の、四葉には細胞一つも渡してくれるな、という意思にも感じられる。

そこまで彼女は言ってはいないだろうけれど、お兄様は最後の一粒も残さぬように器をひっくり返してすべてを撒ききった。

その後私たちは沖縄を離れた。

あの攻撃が『四葉』深夜を狙ったものなのか次期当主候補を狙ったものなのか本家では様々な憶測が飛んだが、調べつくしても四葉の、アンタッチャブルと呼び恐れた名については出てこなかった。

おそらく偶然だろう、と思われるが念には念を入れるべきだと距離のある東京の家ではなく大雑把に本家寄りの場所に一時的に移り住むこととなった。

 

(原作にそんな話はなかったと思うのだけど…)

 

首を捻るがこれは決定事項。こちらの意見など関係ない。

母はガーディアンが不在になり、体も弱っていたこともあって四葉の息のかかった一般総合病院で療養するのだという。調子が良ければ一時帰宅も可能とのことだけど当分は難しいとのこと。

そして仕事が忙しいと嘯き愛人宅に入り浸る父は、私たちが住んでいた家にわざわざ戻ることもなければ、これから住む家に来ることもない。つまり東京の家には誰も住まず約三年空き家になるということ。広い家なのにもったいないと思うのは前世の貧乏性からか。ま、HARがあるのだから家は清潔に保たれるのだろうけど。

 

(あれ?中学一年でお兄様と二人きりの同せ、ゲフンゴフン。同居生活です?え、四葉と勘繰られないために使用人もなし?いえ、それは構わないのだけど普通義務教育中にこんな放任あります?前世独り暮らししていた身としては全然問題ないですけど普通大問題じゃないですかね?え、四葉が普通なわけねぇだろ?確かにそれな!!)

 

「深雪、何か足りない物でもあったかい?」

「いえ、問題ないです」

 

正確には問題だらけで考えられないです、なんだけども。

お兄様的には問題なしです?そうですか。

引っ越すにあたって荷物はすでに新居に運ばれていた。いつの間に。

ああ、そういえば御当主様とのお話し合いは怖かった。

中学生が受けていい覇気じゃない。

圧迫面接が優しく思える日が来るなんて思わなかったよ。あれはあれで怖かったけど命の危険はないものね。恐れるほどのものじゃなかったのだと知った。

 

「地下を見てきたけどあの設備を使いこなせってことか」

「!申し訳ありません。そんなプレッシャーを掛けたかったのではなくて」

「ああ、わかってるよ。深雪はただ俺のために提案してくれたんだろう。これから軍でも学んでくるつもりだしすぐに使えるようになってみせるさ」

 

(あああ、私のばか!お兄様があの時CAD自体に興味を持ったみたいだからって調整できる設備を『お古』でもいいので融通できないか、なんて!あの御当主様がお兄様にお古なんて与えるわけがないのに)

 

挑発ととられたのか、あの時の当主――真夜様の麗しいお顔に一瞬稲妻が走って見えた、気がした。

そして不用意発言によって用意されたのが、地下の最新設備である。

まだお兄様は技術を身に着けていないというのに。

 

(ついうっかりお古とか言ってしまう前世の貧乏性が憎い)

 

しかしお兄様は存外喜んでいるようだ。まるで新しいおもちゃを手に入れた少年のようにはしゃいでいるように見える。

たぶん、普通の人が見ればちょっと口角上がったかな?くらいにしか見えないだろうけど、うん、お兄様めっちゃ喜んでるね。プレッシャーなんて感じてないね。

なら何にも問題ない。

私は思考を放棄した。

こうして私とお兄様の二人三脚同居暮らしは始まったのだけど、学校と軍を行き来するお兄様(さらにガーディアン業務も当然含む)と、学校と四葉から派遣された家庭教師やら習い事やらで忙しくする私。

そして週末のどちらかは母のお見舞いというハードスケジュールをほぼ二年間ちょっと繰り返すのだけどここでは割愛させていただく。

休む暇なんて全くなく、当初考えていた幸せ計画は予定通りにいかずいくつか頓挫したわけだけれど――

 

 

「お母様、大好きです」

「私もですよ。そしてありがとう。…達也も――深雪を頼みましたよ」

「はい。――母さん、貴女の分も深雪を幸せにします」

「…最後まで面白くない冗談を言わないで。私の分は私の分。勝手に背負わないで頂戴」

「もう、お母様ったら。お兄様につれないことばかり言って。でもそんなお母様もやっぱり可愛いです」

「貴女も最後まで私を揶揄うのですか?」

「おちょくっても揶揄ってもおりません。真実であり真理です」

 

決められた運命に描かれたような不幸な母なんてどこにもいない。

最期に笑って逝った母は私と約束を交わした通り、運命に抗い勝利していった。

 

「ありがとう」

 

愛する子供たち、と。

息子を愛することができないと嘆くこともできなかった母などいなくなっていた。

 

 

プロローグ END

 




以下本編シリーズ読了後の方はそのままお進みください。
お読みになっていない方は盛大なネタバレになります。自衛願います。


「というとこで座談会第二弾です。作者は不在の為、急遽司会進行をわたくし、深雪が務めさせていただきます。ゲストにはお兄様に来ていただきました」
「過去を振り返って話をするんだったな」
「はい。さっそく振り返っていきたいと思うのですが…この時のお兄様はとても困惑なさってましたよね」
「そうだな。数時間前に深雪を失うかもしれない恐怖を味わい、報復しなければということで頭がいっぱいになって、戻ったらお兄様と呼ばれて笑みを向けられて。正直何が起きたのかよくわからなかった」
「そ、そうですよね」
「だが、深雪に微笑みかけてもらえるようになったことはとても嬉しかった」
「!!も、申し訳ありません!もっと、もっと早く素直になれていれば、」
「俺がもっと頼りになる兄であればよかっただけだ」
「そんなことはございません!お兄様はずっと――っ、すみません。ヒートアップしてしまいました。ですが、これだけは言わせてください。お兄様は以前より頼りになる、素晴らしいお兄様です。今までも、これからもずっと」
「ありがとう。――だが、それだけか?」
「はい?」
「俺は頼りになる男としても見てもらえると嬉しいんだが」
「ちょっ、近いですお兄様!司会進行の仕事が――」
「少し距離を詰めただけだろう?それで、次は何だったか。ああ、そうだ。母さんとも普通に話すようになって驚いたんだったな。お前は母さんにも遠慮している節があったから」
「そう、ですね。大好きなお母様でしたけど、お体も弱かったですし、昔からあまり我侭を言って困らせてはいけないと思っておりましたから」
「だが、急に可愛いと言い出した時はどうしたのかと思った」
「うっ…まさか心の声が漏れているとは思わなくて」
「意味が分からなかったが、後に羨ましいと思うようになった。アレは深雪の本心が聞こえる瞬間だからな。いつか俺のことも言ってくれるのでは、と期待したんだが。高校に入るまで無かったな」
「それはっ、…お兄様相手には特に気を付けていたのです」
「なぜ?」
「…お兄様のことが、その…好きすぎて、口に出したらおかしな子と思われてしまうのではないかと…(だって、お兄様が一番の推しだったんだもの!)」
「………」
「お兄様?」
「その当時から、そんなに好きでいてくれたのか?」
「、はい」
「そう、か」
「お兄様、照れてます?」
「というより、不思議だな。ちらちらと見られていた記憶はあるが、そんなに好意的な視線を向けられているのだとは思わなかった」
「…チラチラ見ていたことには気づかれていたのですね」
「それはそんなに照れる事か?」
「い、居たたまれないと言いますか、恥ずかしいです…」
「恥ずかしがる深雪も可愛いね」
「お兄様!お仕事中はお触り禁止です!」
「…おさわり……、気を付ける」
「ごほん、それで、あとは気になったことなどございますか?」
「そうだな。母に言われた再構築した時に何かしたんじゃないかとの言葉に、俺は何か失態を犯したんじゃないかと不安にはなったか」
「お兄様の術式は完璧でした!でもそうですね。私の変わりようは心配になりますよね。ですが、これはお兄様が原因ではありません。私の目が覚めたのです(本当に、あの時私は生まれ変わったのだから)。ですのでお兄様が気に病むことではございません」
「そうか」
「その他気になったことはありますか?」
「そうだな。深雪の幸せになりたい宣言と、桜井さんが羨ましく思ったことくらいか」
「幸せ宣言はわかりますが、穂波さんが羨ましい、とは?」
「先に断っておくが、今の俺は別の考えを持っているだが、当時は深雪を守り抜くこと、そして深雪の為に死ぬことが俺に許された最高の幸せだと思っていたんだ。だから、あのように死を惜しまれている姿が羨ましいと、俺もああ思ってもらえたら、と思った」
「…今は、違うのですよね?」
「ああ。今はお前を守り抜き、共に生きること、これが最高の幸せだ」
「…はい。共に生きましょう。でも、一方的に守られるのではなく、支え合えることの方が嬉しいのですが」
「悪いがそこは譲れない。俺のアイデンティティでもある」
「人生、まだ長いですからね。変化が起こるかもしれませんし、今後に期待しましょう」
「そうだな。母さんも最期には変わっていた。あんな笑みを見られるとは思わなかった。お前が変えてくれたんだ」
「いいえ、皆で変わったのです。私一人の力ではございません」
「深雪は謙虚だな。そこも良いところではあるんだが、兄としては心配だ」
「まあ。困らせてしまいますか?」
「構わないさ。そんなお前を守るのも俺の仕事だ。――仕事と言えば、もうこの話はここで終わりか?」
「え?ええ。そうですね」
「ではお前の仕事も終わったな」
「きゃっ、お兄様?!」
「深雪の頼りになる男であると認めてもらわないといけないからな」
「み、認めていないわけでは」
「時間はたっぷりある。じっくり時間をかけて、確認してもらおう」

―達也が退室しました―
―深雪が退室しました―


――


作者?ああ、いい奴だったよ…と言ってもらいたいだけの人生でした。

お兄様も急な深雪ちゃんの変化に驚かれたことでしょう。急に自分を『お兄様』と呼び向けられるはずのない笑みを向けられ、絶対的信頼を寄せられるようになるのですから。
天変地異でも起こったのかと思いますよね。
受け止めるにはお兄様をもってしてもそれなりに時間を要したのではないかな、と思います。
しかも同時に深夜様とも距離を縮められてましたからね。もう何が何やら。
でも三年の月日によって関係は変わり、自分が嫌われていなかったことを受け止められるようになり、深雪ちゃんを取り合う関係性になっていました。
「俺の妹です」
「私の娘ですけど?」
が鉄板の流れ。深雪ちゃんは仲が良いなぁ、とにこにこしてたので彼らとしても一種のパフォーマンス化してた。

ちなみに座談会後、真夜様との関係性についても追及されるし、自分の為に泣いてくれたことが嬉しかったと言っては撫でまわし深雪ちゃんを追い詰めていく。
自覚して許されたお兄様は止まらない。中学生だったお兄様には信じられない未来ですね。

お粗末様でした。
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