妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
お兄様が戻られたのはそれから30分後だった。
いきなり立ち上がった私に水波ちゃんは驚いたようだけれど、私の表情と、手にCADが握られていないことに気付いたはずだ。
待合室を飛び出てすぐ、お兄様も駆け寄ってきてくださった。
激しい戦闘をしたのだろう。
お兄様の恰好に今走ってきた以上の乱れはないが、漂う香りは激しい戦闘があったことを教えてくれる。それでも、再生を使うような怪我はされてないことが救いか。
抱きつきそうになるのを胸の前で手を組むことで抑えて見上げると、お兄様は微笑みを浮かべられて、
「すまない、待たせた」
そう頭を撫でてくださった。
「ご無事で、何よりです」
乗せられた手に頭を押し付けるように擦り付けると、更に笑みを深めたお兄様はその手を滑らせるように肩に置き、抱き寄せられるようにして水波ちゃんの待つ待合室にエスコートされる。
水波ちゃんにも労いの言葉を掛けたお兄様は一旦座るように促してから自分も腰を下ろした。私の肩にお兄様の腕が回ったままなので隣に座るのは必然だった。
それを水波ちゃんがジトっとした視線を向けるまでがセット。いつものやり取りにほっとする。
「迎えの車は返したのか」
「はい。襲撃の模様は元からあの場で争うことを想定していたでしょうから問題ないでしょうが、向かう途中の姿は街頭カメラに撮られていたに違いありませんので、念のため本家へ直接戻らぬよう言い含めて。…留めておいた方がよろしかったでしょうか?」
「いや、お前の判断は正しいよ」
正解、というように頭を撫でられる。わーい。
水波ちゃんの視線が鋭いのは、それ以上の接触をさせない、というプレッシャーが込められているのだろうね。
お兄様はそれを含めて楽しんでいる様子。あまり水波ちゃんを困らせてはいけませんよ、お兄様。やり過ぎると晩御飯から和食のメニューが消されちゃいますよ。
「今日は一旦、自宅へ戻る。明日出直すからその迎えを依頼してくれ」
お兄様や水波ちゃんから本家に掛けると遠回りになるから直接私が掛けた方が早い。
スチャッと携帯情報端末を取り出して本家へピポパっとね。
電話に出たのは小原執事。落ち着いた良いお声、なのだけれどね。
電話口で散々私のみ安否を問われ、大丈夫だと言っているのに言葉を重ねられればうんざりもする。
その上不手際を詫びられるけれど、そちらは何にもないでしょうに。運転手だって悪くないんだから。
そこまではまだいい。面倒だけれど執事として謝罪したい気持ちは受け取りましたとも。
だけど迎えの車を寄越すと繰り返される主張がしつこ過ぎた。
映像付きではないにもかかわらず、にっこりと微笑んで。
「それはどなたからの指示でしょう?私を今日中に迎えいれるようにと、ご当主様がご命じになられたのですか?それは存じ上げませんでした。今すぐご当主様にお詫びを入れないといけませんね」
わざとらしく叔母様をご当主様呼びで強めに訴える。
わかっているよ。叔母様はそんな命令を下しては無いものね。
「、そのような指示はございません!」
「ではなぜ、そこまで執拗に本日迎えを、と?私に命令をできる方は限られています。それとも、私はいつの間にか次期候補から外されるのだと、皆様の周りで噂にでもなっているのでしょうか」
「けっして、そのようなことはございません!!」
これは教育し直しが急務な気がする。
おかしいよね。私帰るからいらない、明日の手配お願いね。叔母様には帰宅してから報告するからって言ってるのにどうしてそんなに迎えを寄越すって言われるんだろう。
もしや警察に絡まれて足止めを考えられてる?流石にそれは無いか。どのみち明日の襲撃があるんだし。
…その襲撃ポイントに向かわせたい、とか?今の内からチェックを兼ねてスタンバっている可能性もあり?でもそのまま真直ぐ向かえば妨害空しく本日中に本邸に着いてしまうよ⁇
単なる小原執事一人の暴走なのかな。今日中にこちらに来れば襲撃はない、とかこちらを心配して?
だとしたらいじめ過ぎたということになるのだけれど…、それにしても気に入らない。
都合を押し付けられたような気持ちにさせられるようなやり方は仕える者としていかがなものか。
「再度、お伝えします。本日はこのまま帰宅しますので、明日の車をお願いします」
「は、何時なりと、お心のままに」
何やらびしぃっ!と音が聞こえてきそうな畏まり方。普段から大袈裟な言動が目立つ人だったけれど、なんだかな。見えなくても煩い気配。
葉山さんの洗練された動きを見習っていただきたい。
お兄様に何時がいいかと視線を向ければ端末の画面を見せてくれた。
「では午前十時にお願いできますか」
「畏まりましてございます」
不安になる即答っぷり。今なら無理難題もyesと言いそうだね。思いつかないから言わないけれど。
「明日、よろしくお願いします」
「はっ!深雪様、お帰りの道中、お気をつけて」
…知ってる?それ、フラグって言うんだよ。
まあ、別にいいけどね。この人が仕掛けるわけではなく、本心で心配してくれているのだろうとわかったから。
さて、キャビネットもいいタイミングで来たようだし、乗りましょうか。
…帰りは残念ながら水波ちゃんの横に並べられた荷物に触れることもできず、水波ちゃんとお兄様に取られてしまった。
――
襲撃されることもなく無事に帰宅。荷物の中身はほぼ変得る必要も無いからこのままで。
服だけは着替えたいので一旦部屋に戻ってからリビングへ。久しぶりにお兄様にコーヒーが淹れたい、と水波ちゃんにお願いすれば今日のストレスを鑑みてか、譲ってくれた。
二人の時間の時は私が淹れさせてもらえるのだけれどね。水波ちゃんがいる時は彼女の担当なので。
ガリガリとしたこの振動が、ささくれ立った心を落ち着かせてくれる。それに、いい香りだ。
わかっている。小原執事が悪いんじゃない。アレが四葉の普通なのだ。…その中でちょっと彼がオーバーなだけであって。
徐々に意識改革をしても数十年積み重ねてきた習慣には敵わない。
改めて自分の影響は弱いのだと思い知らされるけれど、変わっている部分もあることはわかっているから。
地道な活動は無駄にはならない。させないためにも、私は四葉の次期当主になる。
「どうぞ、お兄様」
「ありがとう」
お兄様にコーヒーを運ぶタイミングで水波ちゃんが私と自身の紅茶を淹れてきてくれた。ありがとうね、私の我儘を聞いてくれて。
そう微笑めば、水波ちゃんも慣れたもので目礼で返してくれた。
全員が着席したことでお兄様は今日起きたことを纏めてくださった。
襲撃犯は国防軍が開発に失敗した身体強化併用型人造サイキックを主力とする、国防陸軍の士卒だったこと。
何故襲ってきたかは警察の介入が早く確認できなかったこと。
そもそも人造サイキックとは何かの説明もしてくださったけれど、水波ちゃんには酷な話だっただろう。
彼らの開発自体は既に打ち切られて40年になるが、その間ずっと軟禁状態で過ごしていたのだと。実験当時は二十歳そこそこだっただろうから皆60を超えていること。
そして軟禁施設が諏訪・松本方面にあったのだろうということ。
「なんの役目も与えられず、ただ閉じ込められて…」
現役で研究を続けている四葉の人間である私が、彼女を慰めることはできない。
顔を伏せ、目を固く閉じた彼女を抱きしめる権利はない。
「…しかし、そのような施設から被検体を連れ出せるものでしょうか?仮に全員が志願者だったとしても、人体実験の生き証人です。私たちから見れば今更ではありますが、軍としては世間、特にマスコミには絶対に隠しておきたい存在なのでは」
そうだね。ばれたら一大事。だからこそきっかけを作って早々に処分という決定になったのだろう。
今は人間主義者の動きも活発になっている上に、軍内部に随分と余計な異分子が入り込んでしまって変質してしまったから。
我が国のためにならない者は徹底的に処分・隠ぺいってことなんだろう。こういうのはぐずぐずしていると再編に時間がかかってしまうから。
…御上の都合で人の人生をコロコロ変えてしまうのだから、変えられた方はたまったものではない。
しかしそんな事情を深堀しても誰も幸せになれない。
「まさかとは思いますが、私たちを襲撃するのに国防軍が関与しているということは」
「それはない。国防軍の幹部層が黒幕なら、あんな中途半端な戦力を俺に向けてくるはずが無い。実験体を投入するとしても、もっと強力な駒を用意するはずだ。それこそ、強力過ぎて処分に困っているようなヤツらを」
お兄様の実力を知っていて、今お兄様を消そうとするなど愚の骨頂だ。強力な戦力を失えるほどほど我が国に余裕はないのだから。
セーフティが正しく作用している状態のお兄様をどうこうするよりも、制御しきれない危険物の処理をお兄様に任せるという方がまだ真実味がある、ということのようだけど、どちらにしてもお兄様を掃除屋として使うのはどうかと思う。
しかもこれだけ働いて無料奉仕ですよ。…やっぱり今回の件、叔母様に相談しよう。
彼らのお仕事を片付けるのはお兄様なのだから。満額分家に渡るのは納得いかない。
「夕歌さんは私たちが襲われることを知っていて誘ってくださったのですね」
「そうだろうね。そして、自分が一緒にいれば襲われない、とも考えていたんだろうな」
それは…どうだろう。夕歌さんの車で行ったとて、ターゲットが私たちであればやむなし、で巻き添えになっていた可能性。
どのみち誰も怪我しないだろうけどね。夕歌さんも自分の身を守る術があるから。
「黒羽さんの忠告の件もある。考えたくはないが、今日の襲撃は分家の誰かが糸を引いている可能性が高い」
高い、と言いながらお兄様は既に確信しているのだろう。
正解です。
まったく。どこもかしこも内部が乱れ過ぎだ。きっちり早めにまとめ上げねば。
「目的がどうであれ、私たちは慶春会に参加しなければならず、妨害されようとそれを突破しなければならない、ということですね」
結局のところ、私たちにできることはそれしかない。投げ出すことなど許されないのだから。
そう言えば、お兄様は少しばかり目を見開いてから微笑まれた。
「その通りだ。さ、そろそろ叔母上に電話した方が良い」
おっと、結構話し込んでましたね。
画面越しで対面する叔母様はそれはそれは妖艶で美しく――じゃなく、私の謝罪を受け入れ明日会えるのを楽しみにしていると微笑まれていた。
裏でニヤニヤ顔が見えるのは多分私の気のせいではない。明日も来れないとわかってますね。
…分家の皆さん、バレてますよ。まあ本日の戦闘に関する映像処理があるんだから情報は上がってくるでしょうからね。ばれないわけがなかった。
――
翌日、予定を変更して少し早めに到着した先には、無理を言ったにも関わらずちゃんと車が待機していた。
昨日のようにすぐにマークがつくようなことはなかったが、人家や工場が無くなったところでお兄様が反応した。
使い魔の尾行が付いたとのこと。
気配を辿っても、うん…これはわかりづらい。擬態されていると封印されたままでは読めない。
古式魔法ってすごいね。化成体だろうが想子情報体だろうが方向さえわかれば凍らせることはできるんだろうけど、それをしたら煩いだろうからこのまま気付かぬふりで敵を油断させることに。
「こちらを見つけ出すのにこれだけ時間がかかっているんだ。敵の陣容はそれほど厚くないはずだが、油断するな。すぐに来るぞ」
その言葉は私たちにも向けられていただろうけど運転手に聞かせる意味もあったんだろうね。彼は落ち着いて見えるけど忙しなく視線を走らせ体に程よく緊張を走らせていた。
若いのになかなかできた運転手さんだ。怯えもしないだけで十分すごいよ。自信をもって。
それから10分。緊張が解けかける頃合いにそれはやってきた。
「ヘリか」
後方にローター音、らしいけど…お兄様特別仕様の高性能なお耳をお持ちですね。
だいぶ近づいてきてようやく聞こえた。後ろを追い立てるように来たってことは、前方に仕掛けられるということ。
お兄様もその定石に則って運転手に声を掛け――
「ブレーキ!」
今日の運転手はお兄様の号令に従った。命の危機を感じていたのかもしれない。
その選択は正しく、横の道からトレーラーが信号無視でツッコんできた。進路妨害の意味なのだろうけど、昨日の運転手ならこれに突っ込んでいた可能性があったことを思うとぞっとする。
「水波、俺が離れたらシールドを張れ!」
「分かりました!」
息ぴったりだねー。私は大人しく邪魔をしないよう自衛とサポートに務めさせていただきますとも。
お兄様と水波ちゃんからの視線を受けて頷いて返すと二人は目の前の敵に集中した。
(…仲間外れにされてないようで嬉しい)
そんな配慮する時間なんてないのに、こうして気遣ってくれる二人に甘えてばかりだ。おかげでこんな緊迫した場面でも恐怖を抱かずにいられる。
お兄様は車を飛び出し敵の前に躍り出る。手を翳しては敵の攻撃を無効化していく。
水波ちゃんはお兄様の指示通りシールドを展開。
質量フィルターは対物に優れ、更に毒ガスなどの攻撃も防げる。爆風などの熱に関しては私がいるからサポートできることを踏まえての布陣だった。
命を守る防御としては完璧だ。――ただ、対人以外の攻撃を見逃していただけであって。
EMP爆弾――電磁波爆弾。現行の車は電子装置の塊であり、まあ、喰らったらひとたまりもない。
携帯端末が無事なのはガワだけ市販の四葉印の物だから。だからこそ、この車が仕様外なことに驚くのだけれどね。
昨日狙われたのだから最も防御に特化した車を用意されておかしくなかったのに。
これは何か仕掛けられたと考えられちゃうよ。例えば、謀反とかね。――全く、四葉の分家ともあろうものが、こんな隙を見せるとは。
本家からも遠ざけられた女子高生なら気付かないと思った?残念中身は前世と通算して――やめよう。女子高生だろうとたくさん勉強をしていれば気付くこともある、ということで。
「申し訳ございません…」
「水波の所為じゃないから気にするな。俺もこれは予想外だった」
「そうよ。水波ちゃんはきちんと自分の役目を果たしてくれたわ」
戦闘を終えて戻ってきたお兄様が見たのは、故障して動かなくなった車を前に落ち込む水波ちゃんとそれを宥める私の姿だった。
さっきまであんなに張り切っていたのに、今ではしおしおです。水波ちゃんは悪くないよー。これも予定調和だから。
端末が使える状態で無事なんだからそこまで落ち込まないで。
そして運転手もね。あなたにはどうしようもないことだから。
「深雪、とにかく次の車を呼ぼう」
そうですね、何時までもここにいるわけにはいかないから。
端末を取り出したところで着信が。本当、見計らったようにタイミングが良いったら。
お兄様を見れば、出るように促される。
「こんにちは、深雪さん」
ナイスタイミングですね夕歌さん。
でものんびりお話する時間はないようで。
「道を塞いでいるトレーラーを動かすなり消すなりして、退かしてもらえないかしら」
唐突な発言に、けれど私は躊躇わなかった。
運転手にトレーラーを退かすよう指示をして――現れたのは一台の車。その運転席には夕歌さんが乗っていた。
車は故障車の隣に付けて、窓から夕歌さんが顔を出し、叫ぶ。
「乗って!」
…映画かな。昨日からもしかして四葉は総出演で映画撮影でもしてました?リアルでそんなセリフを聞くことがあると思わなかった。
って、そもそもここは創作の世界か。あって当然だった。でもおかしいな。ジャンルはお兄様が主人公のスクールラブコメじゃなかった?
ちょっと呆けてしまったせいで夕歌さんがブチギレた。
「早く乗って!警察を遠ざけておくのはもう限界なんだから!」
この言葉にいち早く動いたのはお兄様だ。トランクの荷物を移動させて私たちに乗る様に促した。
お兄様は既に包囲網が布かれ始めていることに気付いていたのかもしれない。
まだ戸惑う水波ちゃんを連れて後部座席に滑り込む。
バタン、と締まる音と同時に今度は助手席の扉が開いた。お兄様は乗り込みながら、運転手は?と夕歌さんに尋ねた。
扉が閉まり切るよりも早く、夕歌さんはアクセルを踏み込んでいるのが見えた。その顔には不敵な笑みが浮かべられている。
「自分で何とかしてもらいましょ」
…運転手さん、頑張って。
彼が無事生きて帰ったら年明けの休暇とボーナスが出るように打診させてもらおうと心にメモをしながら、車は走る。本家とは逆方向へと。
お兄様は車に乗ってからずっと音声ユニットと端末を操作していた。
たったそれだけのアイテムで警察のやり取りが傍受ができるなんて恐ろしい世の中ですね。
窓の外の景色がビュンビュン通り過ぎていく。
(バイクは無理でも車の免許を取るのは良いかもしれない)
街中を走らせることはさせてもらえないだろうけど、四葉の村を走るくらいならいいんじゃないかな、と流れる景色をぼぅっと眺めながら夢想する。
オープンカーで風を切って走るなんてきっと気持ちがいいだろう。いいストレス発散になるかもしれない。
水波ちゃんが心配そうにこちらを見ながら視線を揺らしている。できるなら手を握って安心させてあげたいけれど、夕歌さんの前でそれはできない。
淑女は下手に隙を見せられないのですよ。使用人に甘い主人なんて、恰好の獲物と取られておかしくないから。
だから、建物が視界に入るようになったところで笑みを湛えて沈黙を破って話しかける。
「本家とは逆に向かわれているということは、こちらには警察がいない、ということでよろしいのでしょうか」
しかしこの問いに答えたのは夕歌さんではなかった。
「そのようだ。警察は本家の方向に検問を張っている。だがこちら側には手を回していない」
傍受してリアルタイムの情報を手に入れたお兄様からの言葉に、夕歌さんは呆れ交じりの苦笑で応えた。
「全く、私の説明なんていらないじゃない」
「そんなことはございませんわ。たくさんお聞きしたいことがございますもの。例えば、何故このような妨害を受けなければならないのか、と」
「あら、深雪さんはご存じじゃないの?」
これは、この間の件を突いているのだろう。お兄様に隠し事をしているなんて、何かやましいことでもあるのでは、と。
ええ、ええ。やましさいっぱいですとも!暗躍なんてやましいことばかりなもので。
「なんて、意地悪だったわね。――貴女を本家に行かせたくないのよ」
夕歌さんは意趣返しができたことに満足してか、大人の余裕を見せて応えると、軽く踏み込んで速度を上げた。
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