妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版   作:tom200

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四葉継承編⑨

 

 

堤姉弟を見下ろしていたお兄様のもとに小走りで駆け寄り、声を掛ける。

 

「お兄様、お怪我は」

「問題なく。巻き戻さねばならないような傷は一つも」

 

微かな笑みを浮かべて応えるお兄様に、勝成さんたちには見えないようこっそりと安堵の笑みで返す。

手を伸ばせば触れられる距離にいるのに、この状況がもどかしい。

水波ちゃんがすぐに駆け付けてハンドタオルをお兄様に差し出した。

これだけ動いても勝成さんは動かない。

動けないのだろう、人質に取っているように見えなくもないから。だけどね、そんなことをする必要は私たちにはない。

 

「不問には致しません。どうせこの後顔を合わせることになるのです。この件については日を改めて追及するとします」

「深雪さん!」

 

彼らの処遇について追及しなくて良いの?と夕歌さんが言うけれど、この場は良いんです。

 

「急がなければならないのでしょう?そうですね、お兄様」

「ええ。このまま彼らをこの場で放置すれば後遺症が残るでしょう」

 

倒れている二人は死にはしていないけれど重傷は負っている。それはもちろん、後を追ってこさせないための力加減でもあった。

初めからここまでがお兄様の策だったのだ。

勝成さんがガーディアンを大事にしているからこそ立てられた作戦――罠であった。

勝成さんは四葉の魔法には恵まれなかったものの普通の魔法は全般的に優秀だった。

『普通の魔法師』としてではない。『普通の魔法』がどれも高レベルなのだそうだ。

ここで使用された魔法も、スピードも正確さも一流といっても差し支えない精度。

この実力があれば大抵の魔法師は相手にならない。だからあれだけ自信があるのも無理からぬこと。

恐らくだけどちゃんとお兄様の実力を把握され、二人と連携して攻めればお兄様をそれなりに苦戦させることは可能だったのではないかな。

そんな優秀な彼は当然治療の魔法にも長けているはずだが、これだけの重傷だ。魔法治療を二人に交代で掛け続けていなければならない状態で私たちを追いかける余裕などない。

今も必死に彼らの治療に集中している。

そんな様子を横目で見ながら夕歌さんにお願いして車を運転してもらい、私たちはこの場を去った。

向かうは、四葉本邸。

彼が妨害の最後の砦だったようで、その後トンネルを潜った後も何の仕掛けも無かった。

車を走らせてしばらくして、夕歌さんが口を開いた。

 

「糾弾しなくて良かったの?」

「あら、私は後日に回したまで。しないとは言っておりませんよ」

 

にっこりと笑って答えると、沈黙が車内を包んだ。

利用できるものは利用しませんとね。でも本来利用できるものでもないのですけど。

 

「そもそも私たちに彼を責める理由なんてないのですよ」

「え、どうして?彼がやったのは不意打ちで、立派なルール違反じゃない」

「そのルールなんて初めから守る必要は無かったのです。なぜなら、彼らの目的は私たちが四葉本家へ行くことの妨害だったのですから」

 

ご当主様への反逆行為ですよ?死に物狂いで攻撃したっておかしくない。

それをしなかったのは勝成さんがこの妨害自体に不信感を抱いていたから。家を傾けてまでするべきことと思えなかった迷いからだろう。

だから彼は甘い作戦を立てた。意識的に甘くしたつもりはないのだろうけどね。

本気でも試合レベルの本気では必至さが違うから。

彼らには決死の覚悟をもって止めなくては、という理由が無かった。

 

「…私、深雪さんの敵にだけは回らないようにする」

「良い関係であり続けたいものですね」

 

お兄様が説明しなかったことで、お兄様の策略が注目されることもなく非難の目が向くことは無かった。

 

 

――

 

 

なんやかんやあったけれど到着したのは15時だった。もう日が傾きはじめている。

到着してすぐ夕歌さんは別の使用人に案内され、水波ちゃんとも別れてお兄様と二人、母屋の客間へと通された。

いつもとは違う、二間続きの和室…。

脳裏をよぎるのは、あの(・・)とんでもシーンだ。深雪ちゃんと婚約が決まったその夜の――

 

(ないないない!そんなシーンは絶対に!私たちの間じゃ起こらないから!!)

 

「深雪、どうした?」

「!何でもございませんっ」

 

落ち着け。これはただの聖地巡礼だ。

あのシーンは原作にはあるけれど、それを変えるために行動を起こしてきたのだから。

お兄様が私以外の選択肢を得られるよう、四葉から抜け出し自由を手に入れられるように。

そのために準備をしてきた。私はお兄様と兄妹の関係は望むけれど、それ以上のモノを望むことはない。

愛している。誰よりも大切に思っている。でも、それは『お兄様』だから。

叔母様から打診されたとしても、お兄様をあのように望むことはない。

 

(もし婚約が成立したとしてもそれはあくまで仮なのだから)

 

お兄様が結婚をしたい相手が見つかり、結ばれるまでの延命措置の仮契約。

ベストは今回次期当主の婚約者が発表されない、または別の人間との婚約なのだけど。果たして叔母様がどう動かれるか。

 

(――全ては今夜。そこで、未来が変わる)

 

原作とは決定的に道を違える。

 

(「司波深雪」が兄を婚約者と望まなければ、運命は断ち切られる)

 

その結果、どう転ぶかなどわからない。

それでも、お兄様を幸せなルートに導くのが、私の生きる意味。私の全て。

頬を冷まし、落ち着きを取り戻したところで先に座卓の前に座っているお兄様の許へ。

座布団がふかふかで少し座りが悪く感じた。…実際は座布団のせいではないのだけれど。ちらっと覘く襖の向こうをね、考えないようにはしているんだけどどうしても煩悩ががが。

いけない。ここは敵陣なのだからしっかりしなくちゃ。

 

「お兄様、この3日間お疲れ様でした」

「深雪も疲れただろう。お疲れ様」

 

互いに労い合い、笑い合っているとお兄様が表情を引き締めた。

 

「失礼します」

 

そう声を掛けて入室したのは使用人の恰好に着替えた水波ちゃん一人だった。

すでに彼女はガーディアンではなく、四葉の使用人にクラスチェンジしたらしい。このバイト代ももちろん出るんですよね叔母様?

 

「達也様、深雪様」

 

額を畳に付けるほど深くお辞儀をする彼女は、すでに身も心も四葉の使用人に変わっているということなのだろう。

いつものように接することはできないという説明の込められた礼に思えた。

 

「水波、ここではその言い方を止めた方が良いのではないか?」

 

お兄様は自分の名を先に呼ぶ水波ちゃんを、彼女の立場を考えて注意をしたようだけれど、その優しさを今の彼女は瞬きを深くすることでこっそりと胸にしまったのだろうと思うのは、都合がよすぎるだろうか。

 

「いえ、白川夫人からご伝言を預かっております」

 

白川夫人はこの四葉本家の家政婦を統括する女性のこと。簡単に言うとメイド長。

使用人の統括に於いて葉山さんの補佐をしているのだから、油断できる相手ではない。

 

「達也様と深雪様は七時になりましたら奥の食堂へお越しください。奥様がお待ちです」

 

水波ちゃんが口調を変えて機械の音声のように抑揚なく告げた後、「とのことです」とそのまま伝言を繰ったのだと結んで伝える。

白川夫人がお兄様のことを、様をつけて呼んだことはない。

他の執事や使用人たちのようにそっけなく対応するでもなく、私の兄として接していた人だけれど、常に達也殿、と呼んでいたはずだ。

しかも先にお兄様の名を呼ぶなど序列を重んじる彼女が間違うはずもない。

お兄様は今、言い知れない何かを感じているのだろう。それを不安と取るか不気味と取るか。

 

「奥の食堂で叔母様がお待ちになっている、と。そう仰ったのね」

「はい」

 

先に明日の話をするだろうことは明白だった。

お兄様はそのメンバーをそれとなく尋ねるけれど、水波ちゃんは文弥くんと亜夜子ちゃんは昨日から滞在していることは答えるけれどそれ以外は不明だとしか答えなかった。

 

「その会食には俺も呼ばれているのか?」

 

食堂に来るようにとの伝言だが、そこで食事するとはまだわからない、との抵抗だろうけど、それは残念ながら否定された。

お兄様も一緒に、とのこと。初めて尽くしでお兄様も困惑。

何が起ころうとしているのか、といろいろ考えているんだろうね。きっとお兄様の考える数多の可能性を飛び越えることを画策されているので、そのシミュレーションは止めた方が、とは言えないことが苦しい。

 

「御用がお有りの際は、そちらの呼び鈴をお使いください。すぐに参ります」

 

言って立ち上がる水波ちゃんを呼び止めたお兄様は、さっそく黒羽の叔父様との面会を希望された。

お兄様が知りたいと思うことを止めることなどできない。お兄様にとって知らないことこそ、不利になることだとお考えだから。

引き留めることなどできはしない。

水波ちゃんが退室して、お兄様ともう一度向き合う。

目の前のお兄様の様子に変わったところはない。お兄様にとってはただ約束通り、自身にまつわるあれこれを聞きに行くだけと思われているのだろう。

 

「何か言いたげだね」

 

私の視線を受けて、お兄様は困り顔をされていた。

私には言いたくないのだろう、とわかるからこちらも口を閉ざしていたのだけれど、私の心内などお兄様にはお見通しだった。

 

「深雪は物分かりが良すぎる。時折、全て見透かしているんじゃないかと思うよ」

 

(見透かしているのではないのです。ただ、知っているだけで)

 

そう言えたなら、どれだけ楽だっただろう。

 

「気になることがたくさんあるのは事実です」

 

けれど訊ねられてはお兄様が困るのでしょう?と言うのは嫌味になってしまうから。

 

「お兄様がお話しできることがあれば、教えてくださいませ」

 

いい子ちゃんの答えに、お兄様は先の困り顔を更に深くされた。困らせたかったわけではないのに。

そのことが心苦しい。

 

「今、ここが家であったなら、と思わずにいられないよ。お前を抱きしめて安心させることもできない」

 

……うん、それは、無くて大丈夫、かな。お兄様に抱きしめられて得られるのは安心よりも先に緊張と心臓の負担です。

特にこの部屋では、例のアレを彷彿とさせてしまうので遠慮したいところ。

オチが付いたところで水波ちゃんが入ってきた。準備ができたって。

お兄様、お気をつけて。そう一礼すると、お兄様は安心させるよう笑みを浮かべて水波ちゃんと共に部屋を後にした。

戻られるまでしばらく時間がかかるだろう。

私は立ち上がって端末を持ってきて、この時間を利用して暗躍に勤しむのだった。

 

 

 

 

お兄様は朗らかな笑みを浮かべられて戻ってきた。

けれど何か楽しいことがあったわけではない。私と目が合ったことにほっと安心したような、そんな笑みだった。

 

「おかえりなさいませ、お兄様」

「ああ、ただいま。――おや、お茶を飲んでいるのか?」

「和室でしたらお茶の方が落ち着くでしょう」

 

お兄様もいかがです?と訊ねると、先ほど飲んできたばかりだ、とのこと。

七時までまだ時間があるけれど、大丈夫かしら。

 

「深雪、手を貸してもらえるか?」

「?はい」

 

向い合せに机を挟んで座っているけれど互いに手を伸ばせば余裕で手を繋げるくらいの距離だった。お兄様であればまっすぐ伸ばすだけで私に届く距離。

差し出された手に乗せるように重ねると、包み込むようにもう片方の手が重ねられた。

温かい手だ。大きくて、いつも私に安心を与えてくれる魔法の手。

 

「――なんとも回りくどい話をされた」

「!!」

 

まさか、お兄様の口から聞いてきた話を聞けると思っていなかっただけに驚きが隠せなかった。

お兄様にとっては理不尽であまり気持ちのいい話ではなかったはずで、お兄様大好きな妹に聞かせたら不愉快になること間違いなしの話だから、聞いたところではぐらかされると思っていたのに。

とはいえ全貌を話すわけではないのだけど、それでもだ。

このように感想を述べられるだけでも十分驚かされる。

 

「俺もお前に愚痴を言う日が来るなんて思わなかったよ」

 

愚痴をこぼすなんて、弱音を吐くようなものだから自分には必要のないことだと思っていた、と。

 

「深雪に格好悪いところなんて見せたくなかったしな」

 

…浮かべられたほろ苦い笑みに、胸が大きな音を立てた。

何時か見られたら、というお兄様の弱った姿は想像の遙か上を行っていた。苦しくなる心臓を胸の上から手で押さえる。

 

(離れていてよかった。いつものように傍に居たら、きっといつもみたいに息が止まってた)

 

「…お兄様に、格好悪い所などございません」

「深雪には一体俺がどう見えているのか不思議だよ」

 

不思議と言われても、お兄様はどこも素敵すぎて『悪い』ところなんてせいぜい『意地悪』なところくらいだ。つまり、格好悪いところなんてない。

その後二人して無言で手を繋げるだけの時を過ごした。

叔父様との詳しい話の内容も、これまでのことも、そしてこれからのことも何も話さない。

寄り添うわけでもなく、ただ手を繋いで、目を閉じてはその手の温かさの心地よさを感じ、目が合えば微笑み合う。

ここ数日忙しすぎて取れなかった二人の時間を充電するように繋がっていた。

たったそれだけでも時間はあっという間に過ぎていった。

幸せな時間ほど瞬く間に過ぎてしまうもの。

するり、とお兄様が手の甲を撫でて離れていく。

 

「もう時間か」

「準備をしませんと」

 

入ってきたのは水波ちゃんだった。着替えの手伝いをしてくれるらしい。

こういう時二間続きの部屋で助かるのはお兄様を部屋から追い出す必要がないことだ。

持ってきていた服に着替えて、アクセサリも付けてもらって、準備は万端。

いつもならお綺麗です深雪様、と褒めてくれる水波ちゃんも、本家では必要以上の言葉はなく沈黙を貫いていた。

 

「綺麗だ。――水波、ご苦労だった」

 

すい、と頭を下げて水波ちゃんは一歩下がる。

代わりにお兄様は私に一歩近づいて。

 

「美しいが、寒くは無いか」

「この恰好で外に出れば寒いでしょうが、室内だけですから」

 

手を伸ばしかけたけれど、お兄様は触れることなくその腕を下ろした。

そして今度は手を差し出して。

 

「エスコートくらいはさせてくれ」

「よろしくお願いいたします」

 

手袋を身に付けているためお兄様の手のぬくもりはあまり感じられない。

たった一枚の布だというのに、私たちの間に壁ができたように感じた。

 

 

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