妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
長い廊下を小さな歩幅で歩く。少しでもこの間に心が落ち着けばと思うのに、一向に心も心臓も落ち着かない。
(こ、こんな恰好でお兄様の前に出ろと言うの…)
改めて恐ろしい現実に顔は熱くなるものの頭が冷えてきた。不思議な現象。
別に脱ぐことはないとわかっていても、これを身に付けているだけで羞恥心に焦がされる心地だ。
今すぐにでも逃亡したい。
けれどそれが許されないのはわかっている。…重々、理解している。
「こちらで達也様がお待ちです」
その名前にどきぃっ!と心臓が一番の音を立てた。
落ち着け。
何度も言うけれど別に何か起こるわけがない。たとえお兄様にラッキースケベの呪いが掛かっていようとも、いつも通り私が気を付ければいい。
お兄様が扉の向こうで先に待ってくれている。ただそれだけだ。
叔母様に真意を訊ねられたお兄様から説明を受けて、何事もなく寝るだけなのだから。
そう、寝るだけ…。
…この恰好で?……だめだ、それだけでも十分恥ずか死ぬ。
このまま白川夫人は下がるかと思いきや、扉を開けて中へ促したではないか。
逃げることは許されない、と――そういうことだ。これ絶対叔母様の仕込みでしょう。
私が怖気づくのわかってましたね。叔母様のニヤニヤ顔が見えるようだ。元々逃げ場なんてどこにもないのにこの隙の無さ。
肩を落としながらしずしずと中に入ると、お兄様の背が見えた。
私が入室する音はしていたはずなのに、迎えることなく背を見せているなど珍しい、と思ったらお兄様がばっと、これまた珍しく大きな動作で振り返る。
「俺が来た時にはすでにこうだった――」
謎の弁明をするお兄様の後ろには、一組の布団に二つの枕。
わあ、あれって本当に実在したんですね。
あの、時代劇で見るあーれーお代官様~、の時にバックに敷かれているヤツ。あれほど豪華なセットではない普通のお布団の色だけれど。
違和感があり過ぎてどこか現実味のない光景に遠く意識を飛ばしていたのだけれど、お兄様の声が不自然に途切れたままだと気付いて視線を戻せば、お兄様が呆然とこちらを見ていた。
眼を見開いて、凝視されている。
薄っすらと開いた口は、先ほどの言葉の後から開いたままになっているのだろうか。
まるで時が止まったかのようにお兄様は動かない。
昨年の正月にも、このように動かないお兄様は見たが、あの時とはまた違った反応。
あの時は驚いた、という表情は浮かべられていたけれど、それはすぐに笑みへと変わった。
けれど今のお兄様は息を止めて固まっていた。
お兄様が視線を向けられているのはもしや私ではないのでは、と後ろを振り返るもしっかり施錠のされた扉があるだけで特におかしな箇所は――って施錠!?
内側から掛かって見えるなら開ければ出られるはず、と思うけれどここは仕掛けいっぱい四葉邸だ。ドアのカギを捻って開錠の音はするけれどドアノブを回してドアを押しても引いてもびくともしない。
…閉じ込められた。
もちろん魔法を使えば開けられるだろう。緊急時に閉じ込めるようなことがあるはずは無いから。
今はそんな非常時でもない。無理にこじ開ける場面じゃ、ない。
扉から手を離してお兄様に向き直ると、お兄様は大きく深呼吸をしていたところだった。
良かった。お兄様は自力で呼吸を取り戻していた。
「お兄様…」
「すまない。あまりの美しさに魅入ってしまった。随分と磨き上げられたようだね。いつものままでも十分に美しいが、まだその上があったなんて、驚いた」
「……あ、ありがとうございます」
お兄様のお言葉があまりにストレート過ぎて静まりかけていた心臓がまた騒ぎ出す。いや、心臓が完全に沈黙してしまったらまずいんだけど。
いつまでも扉の前にいるわけにもいかず、お兄様の方へ歩くのだけど、そうなると嫌でも目に入るのがあのお布団で。
意識しちゃいけない、と思えば思うほど気になって仕方が無かった。
お兄様もそのことに気付いたのだろう。後ろ手でふすまを閉じた。
そして座卓を挟んで座布団に座る様に促される。
そのことに酷くほっとした。よかった。ふすまは閉めてくれたけれど、ここは知ってる原作軸。
さっきのお兄様の反応は違えど、やはり最終的には大筋は変わらないのだ。
お兄様に用意していただいた座布団に腰を下ろす。正座は苦ではない。むしろ落ち着くので姿勢を正して座った。
お兄様は向い合せに胡坐をかいて座る。
和室でこのように向かい合うことなどないのでいつもと違う様子が物珍しい。落ち着かない気持ちを散らすことで暴れる心臓を宥めすかしてお兄様を見つめれば、お兄様もどう口にすべきかとまだ迷われているようだった。
それはそうだろう。これからお兄様が口にされることはとても正気で話せるような話ではない。
せめてここにお酒でもあれば、お兄様は楽になっただろうか。お兄様がお酒に酔って口が軽くなるかどうかは知らないけれど。
お兄様はその重い口を開いた。
「結論から言う。俺たちは間違いなく兄妹だ」
お兄様の力強い断言に、私は心の底から安堵する。
お兄様と兄妹で無いことはありえないとわかっていても、それでもお兄様に断言されるということが大事だった。
胸を撫でおろすと、お兄様も優しい笑みを浮かべられていた。
だがその笑みも、すぐに曇ることになる。
「ただ、叔母上には俺たちを婚約させることができる根拠を持っていた。深雪、心して聞きなさい」
お兄様の言葉に胸の前で拳を握って深呼吸を一つしてから、お兄様を見据える。
「お願いします」
心構えができるのを待っていてくれたお兄様にそう伝えると、お兄様は一つ頷いて、再度重い口を開いた。
「お前は、調整体、らしい」
調整体。
ずっと前から知っていてもずっとピンときていなかった。
遺伝子を操作されて生まれたと聞いても特に体に不調と呼べる不調はなく、穂波さんたちは寿命が極端に短いらしいと聞いてはいたけれどその前に亡くなっている。
身近な人で調整体だからと短命で終えた人を知らなかったことで実感もわかない。記録としては知っていても、身近に無ければ実感できない。
水波ちゃんがきて、光宣君と知り合って、手を握って初めて自分が調整体とはこういうものである、と――手の温度が低いのは単なる冷え性ではなく、調整体特有のものだったのかと思ったくらいだ。
普通とは違う点がそこくらいしかまだ見えていないから、調整体であることの何が問題かはっきりとわかっていない。
私にとって大事なのは、
「私は、お役目を果たせますでしょうか」
私は私の生まれた意義を無事に熟せる身体か、ということだった。
私が生まれた理由はお兄様の為。
表向き(とは言っても知っている人数は限られるが)はお兄様が暴発した時に抑えるストッパー。けれどその実態は、お兄様を生かすために造られた安全装置。
お兄様を抑えられる力を持つ母はどうあってもお兄様より先に儚くなってしまう。
お兄様の制御装置が亡くなった場合、お兄様を生かすことを不安視した分家たちがお兄様を――と考えるのは想像に難くない。
だけど成長されたお兄様を始末するなんて、どれだけ骨の折れることだと思っているのだろうか。
簡単なことではないけれど、方法が全くないわけではない。
四葉の戦力がダウンするぐらいは犠牲を払わないと無理だろうが、彼らもただ成長を見ていたわけではない。攻略法を見出している。
魔法は無限ではない。限界は誰にでもあるのだ。再生ができなくなるまで削り切ればいい。
だがそれを実行するだけの余裕はないし、お兄様を今すぐどうこうしなければならないほど逸脱した行動もとらず、従順な姿勢を示している。
彼らも、お兄様が唯一心を傾けられる私のことを何より大事にしていると理解はしているようで、現状維持が保たれている状態――始末せず、静観状態で見守って(と、本人たちは思っている)きた。
それでもこのまま私が次期当主となれば、ガーディアンとして侍ることから何かしら意見を言うようになるのではないか、と不審を抱いている。それに、CADの開発のみならず、高校での新技術の実験等目立つ活躍も増えてきたことでこれ以上表舞台に立つのは危険と判断し、厄介払いのように隔離することを画策した。…随分と詰めの甘い計画でしたけど。
彼らとしたら世間に実力を認められて市民権を得られるようになるというのは黙って見過ごせない案件なのだろう。
(叔母様、先見の明がありすぎでは?)
四葉には時に第六感の鋭いものが生まれる。母も、直感力が優れていた。
このような事態も先読みして私を造られた可能性に身震いする。
いくらお兄様を守るためとはいえ、生まれてくる子供の能力なんて願ったとおりになることなんてないのに。
本当、都合よくおあつらえ向きな能力を持った妹ができたものである。
外見や性別はどうにでもなっただろうけど魔法はランダムだ。はずれを引く可能性の方が高いはずなのに…って、ご都合主義が発動するんだからそこは問題ないのだけどね。そうあるよう創られた世界です。
でもそんなこと私以外誰も知らない。
目の前のお兄様もつい先ほど、私が誕生した理由を聞かされたばかり。
お兄様の気持ちを整理してもらおうと調整体としてのデメリット、短命のことを確認するため「お兄様と同じ時を生きられるか」とお兄様に問うたのだけど、お兄様の反応が、その…おかしい。
戸惑っている?何か訝しんでいるような…?
「お兄様…?」
「…深雪、お前はどこまで知っている?」
「!!」
しまった。先ほどの発言は曖昧過ぎて、私が全て知っていると取れるような発言に思えなくもない。
あまり死を連想する言葉を発するのは良くないか、と思って婉曲に言ったのが仇となった。
…いいや、まだ挽回できる。
「調整体、と言うからには何か目的があって造られた、ということでしょう。それでしたら私にはお役目があるはずです」
私の言葉にお兄様は私をじっくりと観察してから小さく息を漏らした。
「…お前の頭の回転の良さには驚かされる」
お兄様にとっては言いたくないことだったのだろう。自分のために造られた存在であるなどと言うことは。
お兄様自身ずっと妹のために生きてきたと思っていたらまさかその逆だったなんて、青天の霹靂でもあっただろうから。
「では訊ね方を変えましょう。私の寿命は短いでしょうか」
こんなことならさっさとストレートに聞けばよかった。
「それはない、そうだ。お前は四葉が粋を結集させて造った完全調整体で、俺より先に死ぬことはないらしい」
まあ、安全装置が先に壊れちゃ意味が無いからね。
改めて聞くと本当に四葉ってすごいね。できないことは他者とのコミュニケーションだけですか?
「それは、よろしゅうございました。お兄様と同じ時を生きられるのですね」
調整体の悪いところと言えばそこくらいなので、ほっと胸を撫で下ろせばお兄様もこれ以上は言わなくて済むと安堵されて――無いですね。あれ?おかしい。思っていた反応と違う。
お兄様はむしろ苦しそうな表情を浮かべられている…?
「…お兄様?何か問題でも?」
「問題、ではないんだが…」
歯切れの悪い言い回しに言い知れぬ不安が過る。
一体お兄様が何に悩まれるというのか。
…あるね、悩むこと。そうだ。これが一番の問題であったではないか。
「もしや、婚約のことでしょうか」
婚約の二文字に、お兄様は眉を跳ねらせた。
「…深雪は、どう思う」
「そうですね。以前にも申しました通り、私個人としてまだ結婚について考える余裕がありません。いずれ四葉のために誰かが宛がわれる時が来るのだろうとは思っておりましたが、お兄様と婚約せよ、ということはまだ精査中なのでは、と愚考します」
「あの場でも言っていたね。俺との婚約が一時的だと。なぜだ?」
「なぜって…。あまりに周囲に混乱を招くからです。私たちは魔法界でもそれなりに目立った存在になっています。九校戦での活躍は魔法師のほとんどが知る所でしょうし。青田買いを狙う企業や軍などもお兄様は目をかけられておりました。司波兄妹は黒羽姉弟ほどではないかもしれませんが、個々として目立つ存在ではありましたから調べればすぐにわかるはずです。その兄妹が実は従兄妹であり、婚約するとなればセンセーショナルな話題でしょう。更にこれが他の十師族であれば避けられたかもしれませんが疑惑疑念の多い四葉です。疑われること山のごとし、でしょうから。きっと横やりが入ることでしょう」
「横やり…婚約に口を挟むか」
「師族会議も近いことですから、何かしらアクションはあるでしょう。七草が動く可能性も大いに考えられますね」
「…叔母上にちょっかいを掛ける良いきっかけだな」
きっかけと書いて迷惑と読んでませんかお兄様。そして苦虫を潰したようなお顔。そんなに七草がお好きでない?まあ私も当主好きじゃないですけどね。
「俺との婚約は世間には受け入れがたい、か」
「だからこその一時的な策かと」
私の婚約者を精査する間の時間稼ぎ。
何か問題があれば、婚約を下げても誰も文句は言わない。
だから、お兄様。私のことなど気にせず、むしろこれを起爆剤にして粉を掛けられハーレムのように女の子たちと関係を築いてくださってもいいのです。
必ず七草先輩は来るでしょう。親にも焚きつけられるだろうから。ただその場合反抗期真っただ中の先輩はちょっと引き気味になるかもしれないけれど、元々強く惹かれていたのですから畳みかけ時です。
ほのかちゃんはこの機を逃したら後が無いですからね。ガンガン攻めて欲しい所存。妹として愛していたのでしょう?!と、兄妹愛と恋愛は違うのだとお兄様に愛を教えてあげられるのは彼女が最適だ。
他にも十師族のみならず十八家も子女のいる家はアタックを掛けてくるかもしれない。
四葉ではあるお兄様だけれど、実力はあっても魔法力が無いことは調べればすぐにわかる。家の存続が危ぶまれているようなおうちの子であれば、うちでよければ、なんて恐ろしい四葉であろうとも力ある子女を送り家に入り込めば、と焚きつけられるかもしれない。
物語ではよくある展開だ。ジャンルは王宮ファンタジーか貴族モノか、女性向けラノベではよく見かけた。たいていそういうところのヒロインちゃんは努力家で、支えてくれる美少女と相場が決まっている。
お兄様の未来はきっと明るい、はず。
「お兄様、申し訳ございません」
「何がだ」
「お兄様にそのような役目が回されるなど、私の力不足です」
本当ならお兄様以外の候補が立つ予定だった。
叔母様の言ったように勝成さんはかなり有力だった。
提案したのはずっとずっと前なのに、叔母様はまるで最近思いついたとばかりにあの場で披露した。彼らの結婚を了承した時点でその意見が通るはずが無いとわかっていながら。
他にも文弥くん以外の年頃の男性にチェックを入れていたのに叔母様の目に適った人がいなかったのだろう。
結局白羽の矢が立ったのはお兄様だった。…違うか。叔母様は初めからお兄様一択だったから。
私は担がれたのだ。他にも方法があるのではと意見をし、それを賛成したように見せかけて、結局のところ泳がされただけでずっと掌の上だった。
だけど、全て叔母様の思う通りになんて――
「俺は構わない」
「…申し訳ありません」
お兄様を四葉から解放すると、お兄様を幸せにすると誓ったのに、抜け出すどころか体中に糸が絡みついている。でもまだ抜けられるはずだから。
私はまだ希望を捨ててはいない。
(お兄様がどなたか、良い人を見つけられたら――)
その時は必ず叔母様に逆らってでもお兄様を外に出す。そう、こぶしを握った時だった。
「深雪。叔母上が言っていた、お前の叶えたい望みとは何だ」
唐突な質問に、言葉に詰まった。
「そ、れは…以前お兄様にも申しましたでしょう。幸せになることです」
「お前はどうしたら幸せになる?」
私の幸せ、それは――お兄様が幸せなハッピーエンドを迎えられること。お兄様が自由に生きられること。好きなことをして好きなように生きられる世界。
それが私の描く最高の幸せ。
「私の望む世界が迎えられること、でしょうか」
「深雪の望む世界はどんな世界だ」
「…誰もが、笑っていられる世界、です」
嘘ではない。
この世界のヒーローとして生まれたお兄様は誰かが悲しむような事件に巻き込まれ、それを解決するために奔走しなければならない。
お兄様が幸せになるにはどうあっても世界がある程度平和にならなければならないのだ。
だからできるだけ摩擦を減らし、諸悪の根源たちを沈黙させ、争いのない世界を保たねばならない。
それができるのはダークヒーローである四葉の力が有ってこそ。そのために私はこの四葉に君臨する。
私には、力が必要だ。
「――なら何故、その“誰も”に深雪が含まれていない」
「え…?」
お兄様の視線がひたりとこちらを見据えて問われた。
――何故、笑っていられる世界にお前がいないのか、と。
「ずっと、疑問だった。幸せになるためにと勉強も魔法も頑張っていたのを俺は見てきた。傷つきながらもよくここまで磨いてきたと感心する。誇らしいと思う。時には努力するお前があまりに眩しすぎて直視ができないと思ったほどだ。
その努力が実り、人を笑顔にさせてきたのをたくさん見た。俺や母さんのみならず、お前の周りはいつも笑顔で溢れ、お前自身も嬉しそうで、これが幸せなんだと、そう思っていた。
だが、いつも幸せだと言いながら、今のお前を見ているとどうにもお前の幸せは二の次にされている」
「そんな、ことは」
「ではなぜ幸せの象徴である結婚が、お前の中で描かれていない?確かにうちの両親を見ていれば結婚が幸せには思えないだろう。あんな親父であれば夢を抱けなくても仕方が無いのかもしれない。だが、それにしてもお前は自分の結婚ではなく四葉のためになる婚姻にしか興味が無いように思う」
…それは、確かに考えていなかった。
結婚に希望を持っていないわけではなく、自分の結婚はお兄様の結婚を決めた後だと思っていたから単純に描いていなかったのだ。
「お前の望みは何だ」
「お兄様、私は」
「“誰の”幸せを願っている」
「!!それはもちろん、私、です」
「嘘ではないな。それはわかっている。深雪は俺に嘘が吐けない」
それは、そう。私はお兄様には嘘を吐かない。誤魔化しや誤解を招くことはできても嘘だけは吐けなかった。お兄様を信じることと嘘を吐かないこと。これは私が自身に課したルール。破ってはならない誓い。
冗談だったりは抜きにして、ではあるけれど、深雪ちゃんだけは絶対にお兄様の味方でなくてはならない。
こくりと頷く。お兄様に嘘は吐かない。
私は私の幸せのために。そこに嘘はない。
「深雪の思い描く幸せの中には俺がいる、そうだな」
それはいつだったか、お兄様に語った私の幸せ。私の幸せの中心には必ずお兄様がいる。
心臓が痛い。お兄様はどんどん真実に近づいていく。心の底を暴いていく。
「…お兄様、もう、それ以上はどうか」
これ以上、もう暴かれては困る。お兄様は既に真相にたどり着いているのがわかっていたがそれでも、無駄とわかっていてなお抵抗せざるを得ない。
だって、これ以上暴かれたら、お兄様は――
「一つ、訂正させてくれ」
「え?」
「さっき俺は構わない、と言った」
「…はい、おっしゃいました。この婚約について構わない、と」
「実際は大いに構う」
(んん?……お兄様、日本語が難しいです)
ちょっと置いてけぼりを喰らってます。先ほどまで名探偵お兄様が私の疑惑を暴こうとしていたはずなのに、途中脱線して婚約の話に戻ったと思ったら今度はお兄様、婚約に異議を申し立てたいってことでFA?
展開について行けなくて何度も瞬きをしてお兄様を見つめる。
お兄様は先ほどまで私を崖まで追い詰めていた空気を霧散させると、自嘲するように口元を歪めた。
「俺は情けない男だ。確証を得られないと動くこともできない」
「…それは、慎重で良いことなのではないでしょうか」
お兄様が情けないわけがない。何をもってお兄様が自身に対してそう言うのかが理解できなくて、先ほどまでの混乱をよそに前のめりになって様子を窺う。
下に落とされていた視線をゆっくりと私に合わせてくれたお兄様は、そうとも取れるか、と一旦固く目を閉じてから決意を固めたようにカッと目を開いた。
元々目力の強いお兄様が目に力を籠めると気迫まで伝わってくるようだ。気圧されそうになりながらも手と腹に力を込めて見つめ返す。
「今までの話を聞いてよくわかった。――俺はまだスタートラインにも立っていなかったのだと気付かされた」
「当たり前だな。お前には兄である俺が、なんて思うはずも無かった」
「俺自身、まだ信じられてもいないのだから無理もない」
「――深雪」
改めて名を呼び、強い眼差しは私を貫いて。
「愛している。妹としてももちろんだが、一人の女性として、お前のことを――愛しているんだ」
妹としてだけでなく、女としても愛している、と――告白なさった。
…………どうしてこうなった⁇
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