妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
…お兄様に女性として愛されていたのだという驚くべき事実を胸に深く刻み込まれた翌日。
朝からおめかしされて大忙し。
昨晩の余韻に浸っている時間などほとんどなかった…わけでもなかったのだけれど。
朝起きたら腕枕をされた状態でお兄様のどアップからの微笑みを向けられて、これは夢だなともう一回目を閉じたのは仕方のないことだと思う。
でも閉じたのは大失敗だった。
お兄様、目を閉じたらキスしていい合図だと思っているのか、顔の至る所に口づけられた。
慌ててだめだと、止めてとお願いしても宥めすかされ最終的に何度も唇を啄まれ、新年早々意識を失うところだった。
そう、新年だ。年が明けた。
だから初日の出をお兄様と見たいのだと訴えればお兄様はようやく止まってくれた。
そして抱き上げられて窓へ移動し、いつの間にか手にしていたデバイスを操作して飛行魔法で屋根の上に。
寝間着のままだったので冬の早朝は寒すぎる。お願いしていいか、とお兄様が取りだしたのは私のCADで。流石お兄様、準備が良い。
すぐに二人の周りから寒気を退けて明るくなりかけた空を見上げた。
もう寒くはないようにはしたけれど、それとは別でぴたりとくっついた身体は互いの熱を上昇させる効果があるのかポカポカと温かい。
眩しい光に照らされて、今年も二人で新年を迎えられた。
けれど昨年とは違うことも。
例年のように新年の挨拶をするよりも早く、お兄様が訊ねられる。
「キスしてもいいか」
「…先ほどは聞いても下さらなかったではないですか」
「あの時は深雪が目を瞑ってくれたからね」
…これからはお兄様の目の前で不用意に目が閉じられなくなったらしい。
つまり私が今目を閉じるのは、意識をして、とのことになるわけで。
大変、たいっっへん恥ずかしいけれど、自身の羞恥心よりもお兄様の要望に応えたいと思ったので、震える瞼をゆっくりと下ろした。
そっと触れるキスは優しくて、恥ずかしいけれど気持ちがいい。
「そんな顔をされてしまうと、止まらなくなってしまいそうだ」
そう言いながらも顔を離したお兄様は、キス同様優しい笑みを浮かべられていて、昨夜のような強引さなど微塵も見られなかった。
おかげで強張るほど緊張することなくお兄様の腕の中に身を委ねることができるのだけれど。
「明けましておめでとう」
「明けましておめでとうございます、お兄様」
新年の挨拶をして。
「今年の目標はお前に恋をしてもらうことだな。そのためにもどんどんアプローチをさせてもらおう」
「…お手柔らかにお願いします」
昨夜、まだ自分の気持ちがわからないという私に焦ることはない、とお兄様は猶予をくださった。
婚約してから結婚するまでの間に、恋をしてもらえるよう努力すると宣言されたお兄様だけれど、今年の目標がそれとは気が早すぎませんか。短期決戦を希望されてる?
…というか、すでにもうその淵に立たされているような気がするのは私の気のせいでしょうか。今にも落っことされそうなのだけれど。
まだ落ちてないと言えるのは、深い沼にはハマっているのだけれど、そこはオタクの粘度の高い泥沼であり、恋の沼とは別種だと思うので。
(お兄様の幸せは願えるのだけれど、恋をしてるかって言われると、違うのでは、と思わなくもない。これまでお兄様に近づく女の子に嫉妬したことが無いし、今後そんなことがあるのか、想像もつかない)
愛は向けることができても、まだ恋を抱いてはいないのではと思うのがそこだ。
恋とはずっとほわほわ温かいだけではなく、じとじと湿っぽい部分もあるはず。じりじり焦がれたり、つんつんしてみて気を引きたくなったり。
一方的に与えるのではなく駆け引きをするのが、恋。
そんな深雪ちゃんは絶対に可愛いと思うけど、自分が、と思うとまだその域には達していないように思う。
難しいね、恋心。私にもその芽は植わっているのだろうか。
本人でも不安になるそれを、お兄様は待っていてくれるのだという。
まだ、この先のことはどうなるかわからないけれど、これも一つのお兄様の選択肢。
お兄様のその配慮に感謝しつつ、期待に応えられるよう、私も努力しよう。
全てお兄様任せにするのではなく、私からも歩み寄ろう。
(私の目標はずっと変わらない。全てはお兄様の幸せのために)
どれだけ周囲の状況が変わろうとも、それだけは変わらない、私の指針。
――
お互い正装を身に纏い、互いに見蕩れて頬を赤らめるという恥ずかしいイベントを熟しつつ始まる慶春会。
そこからの流れはほぼ原作通りだった。
控室での年の近い親戚同士のやり取りは和やかだった。
この場に勝成さんは顔を見せなかったが。毎年ここにきているんだけど、とは夕歌さん情報。
今日は彼らも主賓の一人…とまではいかないだろうけど、話題の人になる予定だから。こっちには顔を出さないのだろう。
…けして、私たちにぐちぐち言われる可能性があるからとかではないと思いたい。
そして夕歌さんからの謎のアドバイスね。
そうですか、これから腹筋を鍛えられる試練が待ち構えているのですね?お兄様、一緒に頑張りましょう!
そう気合を入れて出陣したのだけどね。
そこを出てからいつもと様子の違う水波ちゃんに案内されて会場入りした時の、あの笑ってはいけない24時感がヤバかった。
時代錯誤もいいところ。白塗り麻呂眉がいないことが信じられないくらい時代トリップしたような儀式めいた挨拶。
深雪ちゃんとしてあるまじき噴出し方をするところだった。夕歌さんにも教えられ、原作知識を知っていてもこの威力。本当、ヤバかった。
考えたけどあのお兄様が堪えている時点で異常事態だよね。
だけどそれもすぐに見慣れた光景に早変わり。お辞儀から顔を上げるだけで魅了してしまう深雪ちゃんの美貌よ。飾り立てた正装だから一層視線が集中する。
こういったかしこまった会でいつも以上の歓声が上がるのは、周囲を気にしなくてもいい、本当に身内だけの会だからか。
私たちが案内された席は叔母様の両隣という、とんでも席。
当然私の容姿で盛り上がった時と違い、どよめきが起こるけれど、新年の挨拶を叔母様がすると皆一斉に声を揃えて挨拶を唱和する。
軍人並みの統率された挨拶だった。すでに赤ら顔のおじ様おじい様方もいるのにね。身に染みついてますか、そうですか。
三つの重大発表があると宣言して始まった会。
一番に喜びの報せとして発表されたのは勝成さんの婚約とそのお相手。
ざわめきこそ起こったものの浮かんでいる表情は非難するモノではなく喜ばしいと祝うものばかり。
…勝成さん、やっぱり根回ししてたんだろうな。普通ならこんなに満場一致で受け入れられないよ。
なにせガーディアンとの婚約なのだから。平民、というより奴隷に近いか?のお相手がお貴族レベルの分家次期当主とくれば格差は歴然。
だけどここまで受け入れられているということは、それだけ勝成さんが根回しをしまくり彼女のことを大事にし、彼女も分を弁え礼節を重んじていたから反感を買わずに受け入れられたのだろう。
本当に分を弁えるならば身を引くのが筋なんだけどね。勝成さんが離さなかったのか、はたまた彼女も残りわずかな命を自由に生きたくなったのか。調整体だからって今すぐ儚くなるかはわからないけれど。
そんなシンデレラみたいなお話だが、四葉は身内に関してだけ愛情深い一族。愛があれば多少のことは目を瞑る。
…だからこそ、愛があるから禁忌である身内殺しに踏み切るかまで行っちゃうやべぇ一族なんだけど。訂正する。多少じゃないね、愛があればたいていのことは目を瞑る一族でした。
彼らの結婚の話題を温かく受け入れられた会場の空気は、しかし続くご当主様からの『めでたい』『良い報せ』によって一変する。
次期当主の発表、次期当主の婚約、その相手が身内にさえ隠されていた現当主の息子であるという、立て続けに無造作に放り込まれる爆弾発言で会場は大混乱となった。恐慌状態とも言える。
叔母様楽しそうね。流石愉快犯。あげて落とすはお手の物。
三つの重大発表って勝成さん含まれてなかったのね。ひどいひっかけ。
とんだ爆弾発言が落とされた場でも大して糾弾するような言動が飛び交わなかったのは、叔母様がこの場をコントロールしているから。
…私も、その手腕を見習わなければ。
いくつか飛んでくる質問、疑念の声に、叔母様は一つ一つ丁寧に答えていく。全て台本が用意されていたと言わんばかりに。
お兄様を息子と呼ぶ理由、迎え入れるとの発言は今すぐにではないこと。
まだしばらく司波の姓のまま高校生活を今まで通り送らせると説明した。
「婚約者とはいえ、高校生の男女が同居というのも道徳的にどうかと思いましたが、」
過ちは起きない、と続くのでしょう。それはそう。昨夜こそあんなことがあったけれど、お兄様の鋼の精神があれば問題など起こらないだろうし、そもそもうちは水波ちゃんを含めて三人暮らし。
そのようなアレは水波ちゃんへの配慮もあって行われないはずだ。
だから大丈夫――
「そもそも魔法師は人手不足。いつでも大歓迎よ」
………。
…あれぇ?台本を読み間違えていませんか叔母様。コロコロと愉しそうに笑っておいでですけれど周囲を見てください。赤と青が点滅してますよ。叔父様方器用ね。
そして――亜夜子ちゃんは反論しようとする貢叔父様の横で可哀想なほど青ざめていた。
これは確かに心配になる顔色だ。叔母様がすぐに席を退出させるために口を開くのかと思ったが、これまた筋書きとは違うセリフが美しく微笑みを形作る唇から飛び出し空気を凍り付かせた。
「ふふ、深夜が抱けなかった孫を私が抱いてあげられるのね。楽しみだわ」
叔母様の口から再び母の名が上がるが、先ほどお兄様の出生の説明で代理で産んでもらったと話した時とは違う、優しげな笑みに周囲は困惑した。
叔母様の声からは母をあざけるような感情は一切混じっていなかった。むしろ優しく響いて聞こえたくらいだ。
こんな彼女を、彼らはもう20年は見ていなかった。だからこそ信じられない。葬式の時でさえ作り物めいた表情を浮かべていた彼女が、自身の片割れを思って自然と微笑む姿が。
叔母様たち姉妹の関係性を昔から見てきた大人たちがまだ完全に受け入れられてはいない状況の中、叔母様が手を叩く。
すると控えていた葉山さんがカートを押してきた。ちょこんとそこに乗っているのがプロジェクターであることはこの場の誰もがわかったことだろう。
ただ、これから一体何が行われるのかは誰一人としてわかっていなかった。
「皆さんに見ていただきたいものがあるの」
叔母様の号令で場が一時的に暗くなる。
そして、そこに映し出されたのは――懐かしき、麗しの母の姿。
あの、儚くなる直前の、美しき輝きを放つ、叔母とそっくりでありながらも、その儚さと表情から別人を思わせる貌。
誰もが息を飲んだ。
その美しさと、これから何が行われるかわからない恐怖に呑まれていた。
「皆さま、ごきげんよう」
懐かしき、美しい旋律。
力こそ無いものの、だからこそ素の声の良さが際立つ。
「この映像が流れているということは、真夜の夢が叶った、というところでしょうね。おめでとう、真夜」
懐かしき、その微笑みに涙がにじむ。
けれどその笑みは家族にはよく見られたものでも、親戚一同が見るのは十数年以上前のことだったのだろう、動揺を口にするも無意識のようで画面に釘付けになって動けないでいた。
それに、叔母様に向けての言葉も彼らを混乱に陥れる要因だったのだろう。
叔母様と母は最期まで和解できなかった、姉妹の仲は冷え切っていた、そう思われていたから。――事実、心内はどうであれ表面上はそうであったから。
私たち兄妹が外で暮らすようになったのは叔母様が母を厭うてのことで、母が死んでも戻されなかったのはそういうことだと皆信じていたのだ。
事実、私が把握しているのも同様。最後まで叔母様は母に温度の無い笑みを向け、母も表情を動かすこともなく、笑みも返さなかった。最期の、その時まで。
でもそれが母の意地だったことを知っている。
双子の姉として、妹の意思を尊重し、彼女に遺恨を抱かせないために、印象を残らせないよう静かにフェードアウトするように。
傷つけた己が、許しを請うなどできないと。
それに、母は後悔などしていなかった。あの時の選択は間違っていないのだから謝罪することはできないのだと。そう自身を戒めて。
「そして、このような機会を与えてくれたこと、感謝しているわ。ありがとう」
親愛の笑みを浮かべる母は美しかった。
私の理想、嫋やかであり、強かでもある貴婦人。
誰もが画面に映る母の姿に釘付けだった。
「さて、皆さんにお伝えしたいことがあって、このような映像を残すことにしました。
私がこのように皆さんの前に顔を出すこと自体ほとんど無かったから、もう私のことを覚えてもいないかもしれないですね。それほどまでに、晩年の私は表に出ることを避けていましたから。
――嫌でたまらなかったの。皆さんからの、可哀想な女と見下すような視線が」
口元に笑みを残しながらも放たれた冷やりとした視線と声は、魔法を使っていないはずなのに私たちを身震いさせるだけの効力をもたらした。
ただその口元に、その眼差しに感情を乗せるだけで雰囲気をがらりと変える。
見事な印象操作。その場にいることが無くとも、場を掌握する母の姿に、最高の指導者だったのだと改めて実感する。
まあ、この場で感動に身を震わせているのは私だけだろうけど。
「勝手に不幸な女と決めつけられて、同情されて。とても惨めな気持ちにさせられたわ。とはいえ、それを悲しむような心は持ち合わせていなかったけれど、怒りのような強い感情は揺れ動くみたい」
この場で、映し出された映像を青い顔で見つめる大人たちは、皆お兄様に施された手術を知っていて、それが原因で母の感情が希薄になったことを知っている人たちなのだろう。
その彼女が、怒りを持っていたという。
それが今、彼らにどれだけの衝撃を与えたことか。大の男が蒼い顔をして身を竦ませている。
「次期当主、現当主の真夜に嫌厭されていると遠巻きにされて、生んだ息子は出来損ないと蔑まれ、優秀な娘ができたら今度は次期当主になるだろうと褒めそやかしながらも、不出来な兄を傍に置くのは教育上よろしくないのでは、なんて忠告まがいのわかりやすい牽制。
――全くもって愚かしいこと」
冬の寒さも手伝って、この空間は極寒の地へ変わり果てた。吐き出す息が白い気さえする。
この撮影をした当時。死を間近に控えているはずなのに、生命力を感じられないほど弱っているはずなのに、畏怖を抱かせるほどのこの迫力。
「私はあなた方に同情される謂れも、不幸だと思われる理由も全くないわ」
母は誇り高い人だった。
同情や哀れみなど屈辱以外の何物でもなかった。
「努力を惜しまず、逆境に抗いながら邁進する自慢の私の子供たちよ。愛する子供たちに囲まれて、楽しい日々を送っている私を、自分たちの勝手な思い込みや思惑で不幸にしないで」
勝手に決めつけられるなんてまっぴらごめん、と不快感をにじませてから、蔑視するような視線を向けた後、
「私は今、十分すぎるくらい、幸せなのだから」
嫋やかに微笑まれた。
(ああ、お母様に叱られてしまう…)
涙が頬を伝う。
それをお兄様がどこからか取り出したハンカチで拭ってくれているけれど、チラリと見るお兄様の表情が、今のお母様のお顔とそっくりな笑みをされていて、それがまた私の涙を誘い、お兄様の笑みが深くなって――この繰り返しにここは四葉の本陣ど真ん中だというのに心が隠しきれない。
次々とあふれる涙がハンカチに吸い込まれていく。
その間も、母の言葉は途切れない。
「皆さん誤解しているようだけれど、私の息子はね――誰も恨みもしてない。元よりできるわけがないのだから恐れることなんてなかったのに。
貴方達が真に恐れるべきは達也ではなく深雪なのよ。達也には深雪しか残されていない。その深雪が四葉を大事に思っている限り、達也は四葉を滅ぼさない。しないように立ちまわる。我が一族の最強の矛であり盾になるでしょう」
お兄様に衝動的感情が残されていないのだから、人を恨むことすらできないのに、一体今まで何を恐れていたのか、と呆れているとばかりにため息交じりで話しているけれど、実際はもう疲労により言葉が続かないのだろう。
撮影をした日のことを覚えている。
体調が良いということで残せるものを残したい、と機材を用意させたのは母だ。
その頃はすでに体調が良いと言っても起きていられる時間が長いというだけであって、何かができるほどの体力はなかった。
撮影時は部屋を追い出されていたので、終わったと知らせるベルの音に入室した際のぐったりとしている母の姿に、一体どんな無茶をしたのか、と思ったものだが。
これを見て、すべて合点がいった。
母は、見返してやりたかったのだ。そして自分がどれほど幸せなのか、見せつけたい、と。
映像が終わってしまう予感にまたポロリと涙がこぼれ落ちた。
「後悔なさると良いわ。私の、いえ、正しくは私と真夜の息子ね。私たちの息子に対しありもしない影にひたすら怯えて過ごした日々を。自分たちが苛め抜いた復讐をされるのだと自分勝手に恐れ戦いていたことを」
最後に見せたのは、お母様渾身の悪役顔。蔑むような冷笑は、去年九校戦で私が見せたモノよりも数段美しくも恐ろしいものだった。
雫ちゃん達にあれは悪役を演じただけだろう、と言われるのも納得だ。私にはまだこの迫力が足らなかったのだから。
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