妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
「ふふ、皆さん随分と顔色が悪いようね」
四葉真夜が笑う。
ふふ、と初めは小さく上品に。
けれど徐々に笑いが大きく高くなっていく。
それが周囲の恐怖を煽る。
誰もが何も言い出せない空気の中、打ち破るのも彼女だった。
「なら深夜の復讐ついでに私も晴らしちゃおうかしら」
「ふ、復讐!?ご当主様、これは一体?!」
「これが復讐でなくて何だというの?16年以上もの間ずぅっと、黙っていたのよ。皆さんに腹を立てていたことも、ありもしない恐怖に怯える必要は無いと伝えることもせずに」
貴方達が苦しむのを楽しんでいたのね、なんて意地悪く嗤っている。――彼女も、腹を据えかねていたのだ。
「我が姉ながら天晴だわ。こんな素敵な幕引きを用意していたなんて。最高よ」
そして仲違いをしていた姉を映していたスクリーンを嬉しそうに見つめ、褒め称える彼女の顔には負の感情など一切ない。
曇りなき晴れやかな笑みに呆然となって見つめるのは、復讐対象者たちだけではない。
何も含まないだろう叔母様の笑みを、皆初めて目にしただろうから。
でも、それも一瞬。
そんな皆の様子をこれまた楽しそうに眺めながら叔母様は手に扇子を持って口元に運ぶ。
広げられていないのでにんまりと吊り上がる口元が良く見える。
「皆さん、ずっと不安だったんじゃない?私がこの四葉を守ってくれないんじゃないか、って。運営自体は回っていたけれど、不安要素を抱えているのにそれをいつまでも自由にさせているようにしか見えないから。私からも恨まれているんじゃないかって思っていたのでしょう?とんだお門違いだけれど」
くすくすと笑う目は、ひどく冷ややかだ。表情は違ってもその目だけは先ほどの母とそっくりだった。
「私が恨んでいたのはこの残酷で理不尽なこの世界。姉を恨んだことが無いと言えば嘘になるでしょうけど、今では綺麗さっぱり。むしろ感謝しかないわ。だって、あの人は愛する息子を生んでくれた。そして私と二人の子だと、認めてくれた。それだけで蟠りなんてなくなったの。今ではもっと早く仲直りをすればよかったと思わなくもないけれど、私たちにはこのくらいで良かったのかもね。流石、姉さんだわ。本当――
そこで言葉をいったん切って、つん、と顎を上げた。
「姉は、深夜は四葉の誰一人として恨んでなんかいなかった。疎ましくは思っていても、ね。優しい姉なのよ。昔から、ずっと変わらない。そのことを皆さん忘れてしまったようでとっても悲しいわ」
その言葉に数人の男性が俯いた。
仲の良かった双子をよく知る人たちなんだろう。黒羽の叔父様も目を逸らしていた。
「ああ、そうそう。達也の力を侮るのも良いけれど、私と深夜の息子だということを忘れられては困るわ。さっきも姉さんが言った通り、深雪さん同様とても勤勉で、とても優秀な自慢の息子なの。今まで故あって意図的に不出来ということにしていたけれど、こうして息子として公表できたからには考えを改めていただけると嬉しいわ」
お兄様の魔法力は世間で言えば劣等生なことには変わりない。それは叔母様もわかっているだろうに実力を認めろと言うことは、ある程度の情報を解禁することにしたのだろう。
――これから起こるだろう事件に四葉全体で立ち向かうために。
「今年はどうにも波乱が多いようです。国内だけでなく国際情勢が不安定になるだろう情報も耳にしています。内部で争う時間など在りはしないのです。我ら四葉一丸となって、乗り切りましょう」
新年らしく今年の抱負を語る。
それは予言のようでいて、裏付けの取れている確かな情報であった。
そして叔母様は先ほどの母とそっくりな、けれども母よりも少々毒を含んだ笑みを浮かべて告げる。
「どんな手を使っても、我らの四葉を守りましょう。力とは壊す為だけにあるのではないのです」
この言葉が差す意味を、分家の当主たちは深く理解させられただろう。
――破滅に導くという力を使ってでも、退けねばならぬだけの危機が迫っているのだ、と。
静まり返る会場に、叔母様はある程度満足されたのか、隣に座る私に向けて毒気を抜いた笑みを向けられた。
「深雪さん、先ほどまでの反応を見るに、貴女は深夜の遺言は見ていなかったの?深夜の映像をくれたのは貴女でしょう?横浜の騒動の後に」
貰った時は驚いたわ、とくすくす笑われているけれど、ちょっぴり視線が鋭いのは驚かされたことへのちょっとした意趣返しか。
何も言わずわざわざぬいの衣装とセットで手渡しでお渡ししましたからね。
だって、もし亡くなった直後に叔母様宛です、なんて渡したところで観なかった可能性が大きかったでしょう?
直前見舞いとして現れた時の冷戦風景見させられたらそう思いますって。
だから時期を見計らって、二つの映像記録を渡したのに。
中身は知らないが、恐らく一つは叔母様にだけ残したメッセージ。そしてもう一つが、今回のドッキリ映像だったのだろう。
ええ、ドッキリです。皆復讐ビデオだと思ってるみたいだけどそうじゃない。
なぜなら彼女は、この撮影をすると話した時、――それはそれは見事な企み顔をしていたのだから。
「母は私たちには秘密だと、部屋を閉め出してお一人で撮影しておりました。ですがその様子が、いたずらを思いついた子供のような雰囲気でしたので楽しいことを企んでいるのだろうと思っておりましたが、まさかこのようなものをご用意していたとは…。母を亡くしてからもまだ新たな一面を知ることができて嬉しゅうございました」
「あらあら。私にはいたずらを思いついたような楽しそうな姉さんというのが想像つかないのだけれど。昔からあの人はこっそり仕掛けるのが上手かったから」
こっそりと仕掛けては人を驚かせるのにいつも怒られずに済む要領のいい姉だったわ、と。新たな情報。…お母様、昔はかなりやんちゃだった模様。そして、なんとなくだけれどそのターゲットは黒羽の叔父様が多かったのではないだろうか。
叔母様相手だといじられキャラになるのは多分そういった過去があるからなんだろうな。
「今度、姉さんの命日にうちへいらっしゃいな。私も姉を偲びたいわ」
「叔母様から母のお話を聞けるのですか。それはまた――」
「ねぇ」
叔母様がここぞとばかりに扇子を開いて口元を隠し、目を弓なりにして遮った。
…あら、それとそっくりな表情を昨夜寝る直前や、年明け早々見たばかりなのですが。
「いつものように呼んでくださっていいのよ。わたくし達の仲でしょう?」
ここは公開処刑の場所でしたでしょうか?叔母様ここぞとばかりに色々とバラしたがりに。
静まり返っているのを気にもせず雑談を始めた私たちに、周囲は奇異なものを見るような目で見ていたけれど、話す内容にだんだんと顔色を変えていく。
元々正月の挨拶には参加していても慶春会を冒頭から参加したことは無かった。
しかも私たち兄妹の存在は四葉本家からは離されていたからいくら叔母と姪の関係であったと言えど深くないと噂されていた。
次期当主候補の有力候補とされながらも、四葉として深くかかわったことのない、箱入りの娘と思われていた私が、堂々と当主と話す姿は、彼らにどう映っただろうか。
「いくら嬉しいからと、少々浮かれ過ぎではないのですか?――真夜姉さま」
真夜姉さま、と呼べば正解、とばかりに笑みを深くして。
「ふふ、良いじゃない。ようやく息子を公表できたんだもの。浮かれもするわよ。こうして、貴女との関係も明るみにできた事ですし」
「関係と言われましても私たちは正真正銘の叔母と姪でしょう」
あとはぬいの製作者と顧客の間柄?
「そして私の息子の嫁でもあるわ。つまり貴女も数年後には私の娘になるの」
わぁ、とっても愉しそうですね。まるで何かに勝利したような笑み。何か素敵な大会で優勝でもされました?
「まだ婚約者ですよ。それに、もしそうなれば真夜姉さまのことはお義母様と呼ぶのが妥当なのではないでしょうか?」
「お義母様、も良いけれど、やっぱり姉様呼びも捨てがたいのよね。外では義母で良いから、私的なところではいつも通りに呼んで頂戴」
「…だとしても当分先のことになりそうですけれど」
気が早すぎやしないだろうか。まだ結婚どころか昨日婚約が決まったばかりだというのに。
そう忠告すると、叔母様は扇子を扇いで。
「あら、そうなの?――ちょっと達也、貴方まさかまだ告白できていないのではないでしょうね」
矛先がお兄様に向かってしまった!というか、このやり取りお兄様も初めて聞く話だから周囲並みにお兄様も混乱しているのでは――
「告白は昨晩のうちにしました。ここからはプライベートなことになりますのでご容赦を」
…お兄様の精神オリハルコン製だった。平然と返しているように見える。って言うか告白って!!
顔に熱が集中する。落ち着け、と心で念じるけれど、ほんのり染まった頬に視界に入ったお兄様の表情が和らいだのが見えた。
「ふぅん?良かったわ。ウチの息子までヘタレだったらどうしようかと思ったけれど杞憂だったようね」
…それはどこの何条さんちのお坊ちゃんのお話でしょうか。叔母様の情報網は相変わらず広いこと。
宴会の空気が徐々に緩和していく。
誰も彼も緊張感を保てるほどの気力を失ったようだ。驚く気力も失せていた。
だから葉山さんが私たちに婚約の祝いの言葉を掛け、お兄様が葉山さんにしきたり等の教えを乞うたりとの寸劇も演目を流し見るように見つめていた。
「そういえば達也様、覚えておいででしょうか?この慶春会の席で、新しい魔法をご披露いただけるお約束だったと記憶しております」
この言葉に食いついたのは叔母様だ。キラキラと輝かんばかりの美貌でお兄様を見つめる。
しかしその瞳の熱は愛おしい息子を見るというより新たな魔法を見せてもらえることに対する期待の熱だった。
うーん、この姿は叔母様って言うより真夜姉さまがぴったりだ。若々しい!下手すると二十代半ばに見える。…恐ろしい魔女様だ。
これってお兄様の実力を疑っている人たちに力を見せつけるデモンストレーションなんだろうね。
お兄様が非難の視線を向けているけれど叔母様が乗り気なのと、
「、達也さん…あの、私も拝見したいです」
私が便乗することで、お兄様の逃げ場はなくなった。
しかし…以前にも呼んだことがあるけれど、こうして婚約が決まってから名を呼ぶとまた違うね。とても気恥ずかしい。
恥ずかしさが隠しきれなくて目が泳いでしまったけれど、それを見てお兄様は固く目を閉じて覚悟を決めた。見世物にするようなことをさせて申し訳ありませんお兄様。
でも、これは必要なことだから。話を早くするためにはやはり見るのが一番なのだ。
お兄様が準備をしている間に、会場もセッティングに移っていた。前もって準備が良いことで。
何気なく視線を巡らせていた――その時だ。イノシシの入った檻を運んできた使用人の一人が目に付いた。
執事服を身に纏っている壮年を少し過ぎたくらいの男性は、元は軍人なのかと思わせるがっしりとした体格で、きっちり染められた黒髪を撫でつけたような髪型の所為かかっちりとした印象だ。
私は、容姿が多少変化しているがその男性を知っていた。昨年の秋、その名を新聞で見たはずの男だ。
檻を指定の場所に置いた男はその場で一礼して戻っていく。
その足取りはけして乱れのない、しっかりとしたもので、リハビリが順調に進んでいることを証明しているよう。
葉山さんがタイミング良く近くを通りかかる。
そしてそっと教えてくれた。
「あちらの新入りは、とても筋が良く目端もよく利くようです。指導員としての歴もあるようでして、教育係にも向いているかと」
四葉に連れ込んだからには経歴はすべて洗われると思っていたが、経歴だけでなくどんな人間なのかまで晒されるのか。すごいな、四葉。
「それは…なんともタイミングの良いことですね。このところ四葉家の使用人として相応しくない言動があらゆる場面で目立ちましたので叔母様に進言しようかと思っていたところです。このままでは四葉存続の危機にもなります」
本当、うちの教育が疑われるレベルの隙がいっぱい。これは由々しき事態です。
そう告げれば、うっすらと微笑した。ほんの僅か、口角を上げただけなんだけどね、それだけで賛辞が込められていると分かる。向けられる視線がね、まるで教師のようによくできました、とも言っているようで…ちょっとときめく。
…葉山さんっておいくつなんだろう。そこまでお歳ではないと思うのだけど、容姿に合わせてるのかな。優秀な老執事として理想の姿。
堅物に見えて茶目っ気も見せる、この方も演技の幅が広い。
「深雪様が次期当主となられて、この家も安泰ですな」
「そうでありたいと思いますが、まだまだ若輩の身。兄…婚約者共々ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
葉山さんは穏やかに微笑まれ、自分で良ければと答えて次の指揮に向かわれた。
これも一種の儀式。叔母様だけでなく葉山さんからも一目を置かれるところを周囲に知らしめると、周囲に受け入れやすくなるだろうから。有難い配慮です。去っていく背に黙礼をしてピピっとアンテナが反応した方向を向けばお兄様が会場に戻られた。
CADのケースを持って現れたお兄様だけど、羽織袴の恰好の所為か、正月の大道芸人の営業に見えなくもない。
見世物にされるのは嫌だと思うお兄様の気持ちに同情した。これが終わったらいの一番に労いに行こう。
始めるにあたってお兄様は一応祝いの席に相応しくない血腥いデモンストレーションになることを忠告したが、誰一人としてその場を去る者はいなかった。
皆が注目する中、お兄様が変わった形をしたCADを構え、檻の中の巨体のイノシシに向けて引き金を引いた。
たったそれだけに見える動作に魔法のプロセスが一瞬にして駆け抜ける。
光が走り、地響きを立ててイノシシが倒れた。
お兄様はそれを無感動に見つめて自分の仕事は終えたとばかりにCADを片付けようとするけれど、観客は衝撃を受けしばし呆然と見つめた後騒めきながら何が起きたのか考察を始め、勝成さんに至ってはお兄様に食って掛かる勢いでこの魔法の危険性についての検証をしていた。
現役防衛省職員としても見過ごせなかったのか。余計な火種はないに越したことはないから。
最終的にはこれだけの凄い攻撃魔法があったのになぜ自分たちに使われなかったのか、と訊ねられていたようだけど、使われていたら慶春会どころではなかったでしょうに。
自分たちがどれだけ手加減されたのかようやく認識した彼は、自身の能力を過信していたこと、お兄様の力を過小評価しすぎていたことを改めて実感したらしい。よかったですね。早いうちに知った方が傷は浅いですよ。
新魔法の素晴らしさに、叔母様は、いや。真夜姉さまは飛び跳ねる勢いで大喜びの声を上げていた。テンションがたっかい。
ご当主様が喜んでいるのに、周囲が未知の魔法にケチをつけられるわけも無かった。
…ふむふむ、こうして場をコントロールする方法が。勉強に…いえ、参考にはさせてもらいますね。私にはここまではっちゃけられる気がしない…。したところでただの道化となるだろう。
お兄様はCADのケースを持ったままこちらに戻ってきた。置きに戻るのも億劫だったのか。
「お疲れさまでした、お…達也さん」
「ああ」
口元に笑みを浮かべて私が差し出すグラスを手に取った。さっき水波ちゃんが持ってきてくれたものだ。
それからお澄まし夕歌さんが挨拶に訪れ、後でいろいろ詳しく聞かせなさいよ、と口にできない代わりに目が訴えていた。
文弥くんも訪れたけれど、やはり亜夜子ちゃんは体調が優れないようで下がってしまったらしい。…申し訳ない。私も昨日まで応援さえしていたのだけれど、まさかの結果になってしまった。この状態で応援できるほど頭はお花畑でもない。
それからこちらからも挨拶に回り、一部引き攣った笑みや強張った態度で迎えられたりしたけれど、蟠りがすぐになくなるなんて普通は無いからこんなモノだろう。
ひとしきりの挨拶を終わらせて戻ると、叔母様からの締めの挨拶があり慶春会の終わりを告げた。
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