妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
妹であったその時から、ずっとお前だけが欲しかった、と。
瞬間、今まで信じられないほど穏やかだった心が眠りから目覚め、慌てふためき騒ぎ出す。全身に血流が行き渡って熱くなり、心の震えが体に移るように指先が震えて、触れていた箇所からお兄様に伝わる。
するりと髪を解放した手で震える手を握り込まれた。
「だから俺は待つよ。深雪がいつか俺を兄としてだけでなく、俺個人を見てくれるのを。もちろん待つだけじゃなく、努力もするつもりだ」
覚悟していてくれ、と掴んだ指先にキスを落としてお兄様は表情から色だけを消してみせたけれど、本当に、お兄様の心の切り替えはずるいとしか言いようがない。そんな綺麗な切り替え、私にはできない。
お兄様の言葉に胸を震わせ、想定外のことが起こりすぎて爆発しそうな頭を必死に抑え込んで。
「…お兄様はずるいです」
まるで幼子のような舌ったらずな口調で非難する。それが精いっぱいの抗議だった。
お兄様は苦笑して。
「そうだな。俺自身、かなり卑怯だと思っている」
普通の人にはできない気持ちの切り替えを、お兄様は便利だとばかりに使いこなしている。
それは人として大事な物を奪われた結果から派生した機能だけれど、使い方次第ではお兄様に有利に働く。
絶望の中生まれたお兄様だけれど、今はこうしてすべてを内包して微笑まれているのだと思うと、ここに至るまでの全てが、このお兄様を作り上げる要素であり、その絶望さえも愛おしい。
重ねられた手に頬を寄せて目を瞑る。
お兄様の手はとても温かかった。
「いつまでもそのままの恰好では冷えるだろう。もう寝よう」
お兄様も睡眠不足なのかもしれない、と思い至って頷いて。
今日は自身で歩いて行こうと立ち上がろうとしたのだけれど、お兄様が掬い上げるように抱き上げられた。
「あ、あの!歩けます」
「俺がしたいだけだから」
俺の我儘だ、と言われてしまえば何も言えなくなってしまうわけで。こんな短距離だというのに持ち運ばれてしまった。
襖を開けると、またも畳の上に広がっているのはあのお布団で。
「…こんなに広いのであれば一人一人離れて眠ることもできますよね」
「できるだろうな」
可能性だけの話ならば、ということだとはすぐに分かった。だって、笑っているもの。愉しいとばかりに。…お兄様の苛めっ子。
「着替えてくる。先に布団に入って待っていてくれ」
…この布団に、一人で入れと…。それってすごく勇気がいるのだけれど。
でもお兄様に言われたし、と勇気を出して布団をめくるのだけど、直前まで温めておいてくれたのかな。
冷え切っていないお布団なので入ることに躊躇う必要は無いはずでも、このお布団、というだけでね、気後れすると言いますか。ただ寝るだけと言われていても躊躇わないわけがない。
布団とにらめっこしていたらお兄様は着替え終わってしまったらしい。くすくすと笑って近づいてきた。
「俺も信用が無いな」
「いえ!そういうわけではないのです!」
ただ私の煩悩がね?!これは、そういう関係の方々にものです!と訴えているのですよ。
おかしいな。昨日はお兄様だってこの布団に動揺していたのに。
「…お兄様も昨夜は動揺なさっていたではないですか」
「まあな。これに動揺しないのは意味を知らない子供だけだろう」
お兄様はあっさりとお認めになった。
そうだよね。いくらお兄様でも動揺しないはずが無かった。
「久しぶりに深雪の前で無様な混乱を見せたな」
「無様だなんて。誰だって動揺して当たり前ですよ」
でも確かにあれは滅多に見られない混乱っぷりだった。いきなり振り返ってからの言い訳だったから。
お兄様が布団を敷く場面なんて見てもいなかったし、そもそも四葉の家でお兄様が勝手をできるわけがないのに。
お兄様にとってあのような姿を見せたこと自体、恥ずべきことだったと落ち込んでいるようだけれど、そういうお兄様の人間臭い仕草を見るたびに、お兄様が心を許してくれているように思えて嬉しく思う。
「…嬉しそうだな」
「ふふ、お兄様にとっては嫌な記憶でしょうが、私にとってお兄様は言い訳をしたくなるほど気にしていただけているということですから」
浮かれて心情を吐露する。だって、嬉しいのだ。お兄様が感情を隠さず見せてくれることが。
あの、唯一強い感情を動かされるはずの妹に対しても、ガーディアンとして控えていたからと無表情を貫いていた少年が、こうしていろんな表情を、感情を見せてくれることが。嬉しくてたまらないのだ。
お兄様は大きなため息を吐くと、布団の端に膝をついている私の許へ一直線に向かい、目の前でしゃがんで頭に手を置いて。くしゃり、とこれまた珍しく髪を乱すように撫でた。
いつもと違い、手荒な扱いと野性味ある男くさい笑みにぎゅんっと聞いたことがない心臓の音を立てた。
手がどけられて現れた顔は悪戯を成功させたような、それでいて好戦的な色を瞳に宿らせていて――。
(お兄様本当に17歳ですか?高校生が滲ませる色香とは思えないのですけど!!)
恐ろしい。攻め攻めのお顔に心臓は今にもはじけ飛びそうだ、とぎゅっと握った拳で胸を抑えるがいまいち効果は無さそう。
「当たり前だ。お前にどう思われるかは俺にとって最重要事項だ。お前の前ではいつだってカッコ良くて『素敵な兄』でいてやりたかったんだから」
今は兄としてだけでなく男としてだがな、と最後だけ耳に直接吹き込むためギリギリまで身を寄せて、すぐに離れていくのだけど……お兄様、今日は何もしないで寝るんじゃなかったの?永眠させることが目的⁇今にも心臓がオーバーワークで止まりそう。燃料投下しすぎです。必死で抑え込もうとしているのに爆発しちゃう。
なんて殺傷能力の高い攻撃。もう息も絶え絶えだ…。
「ふっ、真っ赤だな。今日は息をしているか?」
いえ、息なんてとっくに止まってます。いやこれは止まるでしょう。
頬どころか全身が熱い。お兄様から視線を動かすどころか瞬きもままならない。
でも熱に浮かされているおかげか瞳が潤んでいるので乾く心配はなさそうだ、なんてどうでもいいことが頭をよぎる。
「なら、もう我慢しなくていいな」
お兄様が何を我慢していたというのだろうか。ここまで好き放題やっているようにしか見えないのに。
近づくお兄様に石化の解けていない私は、身動きもできず頬に手を当てられても顎を上向きにされても、お兄様から視線を動かせない。ついでに思考も機能停止に陥っていて何の危機感も抱けない。
そしてゆっくりと重ねられた唇からすぐに空気が送り込まれる。…まごう事なき人工呼吸ですね。これはキスじゃない。人工呼吸。
一旦離れ、もう一度口づけられて息を送り込まれ、を二三回繰り返されて酸素が脳に回って指先が動きお兄様の服を掴んでもう一回くるか、と今度送り込まれたならもう少し動けそうだと逃れる算段を立てて息を吸い込む準備に入ると、お兄様が離れて息を吸い込んで唇を重ねられたところで薄く開かれた唇から送り込まれたのは、実体無き空気ではなくしっかりとした感触のある舌だった。
「ん?!んん~~~!」
初めこそ何が起こったのかわからず混乱して息苦しくなったが、至近距離からも楽しそうに弓なりになっている目が向けられていることに気付き、衝撃を受けて頭が真っ白になった。
(ハメられた!お兄様の狡猾な罠に!!)
だが、それも一瞬ですぐにここまでの流れがお兄様に仕組まれた作戦通りなのだとわかり、一体何手先まで読まれているのか、と血の気が引いた気がするのだが、蠢く舌の動きに翻弄され体は反対に火照っていく。
このまま流されてしまうのか、と思われたが怪しく動く舌はその後口内をぐるりと一周しただけでそれ以上イタズラをせずに離れていった。
「お、おにい、さま…」
「呼吸を長く止めることは体に良くないからな」
人工呼吸の正当性を語りながら頬に、額にと音を立ててキスを落とされて更に顔が熱を帯びるけれど、今後お兄様の前で呼吸も止められない理由ができた。…もともと呼吸は止めちゃいけないものだけど。
目を閉じることも、呼吸を止めることも命以外の危険にさらされてしまう。気をつけねば。
「何も、しないと、おっしゃったでは、ないですか」
息も絶え絶えに訴えると、お兄様はしれっと答える。
「まさか深雪が呼吸を止めるとは思わなかったんだ」
ならしょうがないか、とはなりませんよお兄様。
さっき我慢しなくてもいいと言っていたのをちゃんと聞いてましたからね。息を止めるつもりで行動をしていらしたのだと確信しております。
…だって、お兄様の行動があまりにも私のツボを突いたものだったから。私の弱い声色で、いつもと違う男らしさを滲ませて。
これで息が止まらないわけがない。お兄様は対私用のお兄様の使いどころを熟知しすぎだ。
「嘘ではないぞ。本当に止まるとは思わなかった。可能性はあるとは思ったがな」
あるどころじゃございませんよ!命中率100%のスナイプでしたとも!!
「~~~もう!お兄様は意地悪です!」
「こんな意地悪な兄で婚約者の男は嫌か?」
判り切った答えを聞くお兄様に、ぶつけられる言葉が見当たらなくて。
でも答えることなく知らんぷりなんてできなくて。
ちょっと強めにお兄様の肩に額をぶつけてからお兄様の首元に顔を埋める。お兄様が笑ったのが振動で伝わった。
「本当、深雪は可愛くてたまらない」
お兄様の温かな腕に閉じ込められて、引き倒される形でそのまま布団に二人して転がった。
「こうしていると寝るのがもったいなく思えてくる。ずっと、ずっとこのままお前を感じていたい」
「…ダメですよ。ちゃんと寝てくださいませ」
抱き寄せて耳元で囁かないで欲しい。かすかに耳に唇が当たるのはわざとですね?恐ろしいったら。
お兄様、本当に私を待ってくれる気ある⁇速攻で落としにかかってませんか?ついうっかり体がお兄様に全てを委ねようとするのを、何とか崖っぷちで堪える。
「私は逃げませんから」
「うん」
頷きながらもお兄様の腕が私を逃がさないとばかりに強く絡みつく。
信じてもらえてないわけではない、のだろう。ただ不安なのだ。お兄様は今まで奪われてきた人生だったから。
だから抵抗せずに大人しく腕の中に納まって。
「私は、お兄様と共にありますから」
「…ああ」
蕩けるほどの甘い声で、ありがとう、と呟いたお兄様はきっと私の心臓が激しく音を立てたことに気付いただろうに、それ以上の接触をしなかった。
互いの心音が追いかけっこをするようにリズムを刻んでいたが、何時しか意識は遠のいていった。
心音が眠りに誘うというのは本当らしい。あれだけ眠れるか心配していたのにあっさりと夢の国へと旅立った。
――
頭を撫でられる感覚に意識が浮上して、まだ暗い中瞼をゆっくりと持ち上げると浴衣の隙間から肌が覗いていた。
全貌が見えずともわかる鍛えられた身体と、覗く傷跡がお兄様のものであると深雪ちゃんの優秀な頭脳が正解をはじき出す。
「ぅ……おにいさま?」
「まだ早いから眠ってていいんだぞ」
声のする方に顔を上げればとろけるような笑みを浮かべるお兄様。朝からとてもえっちいですね。何のスチルです?朝チュン設定⁇
………あ。
「お、おはようございますお兄様」
思い出した、昨日一緒に眠ったのでしたね。
記憶をひっくり返しても何もしなかったはず、なのだけれどどうしてお兄様は朝からそんなにお色気駄々洩れなんですか?え?何も無かったよね⁇
「おはよう深雪。まだ意識がはっきりとしていないようだな」
「はい…少し」
実際は少しどころじゃない、とっても混乱している。お兄様にはそれも伝わっているのだろう。とても愉しそうに笑みを深くされていた。
「いつから起きていらしたのですか」
「そうだな。深雪が目覚める前、と言いたいところだがお前に嘘は吐けないからな。深雪が寒くなって俺に抱き着いてからだから一時間くらい前か」
………それは九校戦の時のような状況で、お兄様に熱を求めた、ということでしょうか。
確かに密着していますね。お兄様の腕枕に納まって身を寄せているこの状況。でも抱きついて、というより寄り添っている、と言った方が正しいのではないだろうか。密着しているけれど。とっても密着していますけれど!
「時と場合によっては気付かないことも大事だと思うのですが、無知でいることの方が恐ろしいこともあるでしょうから。――お兄様、この前の姿勢はどのようなものだったのでしょうか」
知るのが怖い。けれどお兄様は言っていた。知らぬことがいいというのは嘘だと。
私自身知らぬが仏は賛成派なんですけれどね、お兄様の前だと知らないことが怖いことに思えるのですよ。
このように腕枕をされて眠っている前は一体どんな形で眠っていました?
「勇気があるのは良いことだが、それは今聞いてしまうと困ったことになるかもしれないぞ」
……という前置きがあるということは、やはりこの姿勢は直された形であり、それ以前はとても困るような状況だったということですね。
「……家に着いたら教えてもらえますか」
「賢明な判断だね」
今聞いたらダメージが大きいって心配されるなんて、今の状況より恥ずかしい体制だったことは確実で。一体何があったのか想像しそうになるけれど、その前に現状をだんだんと理解してきてですね。…やっぱり寝ぼけていたみたいだ。
「朝からいろんな深雪の表情が見られるなんて贅沢だな」
じっ、とお兄様に見られている事実にも気づいて更に頭に血が上る。朝の鈍い体は反応が遅く、顔を手で覆って隠すのが遅かった。
クッと、笑いを堪えながら抱き寄せられるけど、抵抗する手は顔を隠すので精いっぱいでされるがままになってしまっていた。
「隠れていない耳と首筋が食べごろのように染まっているぞ。美味そうだ」
いいか?と尋ねられてもNoと答える他ない。全く持ってよろしくありませんよ。
(…これ以上、逃げ場のない四葉本邸でこんな甘々お兄様と一緒だと心臓が持たない…)
早く帰宅できるようでよかった。一刻も早く働きすぎの心臓に休息をあげたい。
家に帰ったところでお兄様と二人きりという状況は変わらないとはいえ、まだ気を張る必要のない自宅の方が余裕があるはずだ。うん。そうであって。
僅かな希望を胸に、お兄様の甘い視線と言葉を交わしながら何とか持ち直して同時に起床する。
まあね、お兄様も本気でどうこうするつもりのない言葉遊びの延長線みたいな感じだったから交わすことができたんだろうけども。もう少し手加減をしていただきたい。朝からすでに疲労のゲージが貯まっております。
浴衣の乱れを少し直して、お兄様からのお願いで触れるだけのキスをしてから使用人を呼んだ。
新年二日目。今日も何事も無く乗り切りましょう。
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