妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版   作:tom200

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四葉継承編㉑

 

貢視点

 

 

シガールームには各分家の当主と、前当主が首を揃えていた。全員ではない。男ばかりで、しかも全員が同じ恐れを抱いている面子だった。

ここに集まったのは別に約束をしていたわけではない。

自然と一人、二人と集まり、気が付けばそういう者だけがここに集っていた。

全員、不安なのだ。

煙を燻らせたり、深く椅子に沈んでは落ち着かないとばかりに貧乏ゆすりをするものがいたり、と。

気持ちは痛いほどよくわかった。

まさか、このような事態になろうとは。

 

「…このままでいいのか?…彼女は、深夜さんは怯える必要などないと」

「そんなバカな話があるか!前当主様が言っていただろう!アレは世界を破滅させるだけの力を有しているんだぞ!」

「世界中が躍起になってあの戦略級魔法師を探している。やっぱりあれは災厄なんだ…」

 

そうだ、という声がいくつも上がる。

だが――アレの、達也の誕生の原因が深夜さんの恨みによるものであるという前提が崩れた。

土台が崩れると疑心暗鬼にもつながる。結局の理由が何だったのかと追求したくないのにいらぬ探求心が出てくる。

やはり、アレは、私たちの願いが生みだして形となった破壊を司る悪魔なのか――

 

コンコンコンコン

 

響くノック音に一瞬になって部屋が静まり返る。

この部屋に入るのにノックなどいらない。ここは自由に出入りが許されている部屋だ。

誰もが扉に注視する中、入ってきたのは――こんな薄暗い部屋には場違いなほど眩い美貌の少女、次期当主に決まったばかりの深雪だった。

この邸の中、たった一人で彼女が動くところを初めて見た。

彼女の傍には、常にあの悪魔が控えていたから。

 

「皆様がこちらでお寛ぎだと伺いましたのでコーヒーをお持ちいたしました。と言いましても用意をしたのは私ではないのですが」

 

コーヒーを乗せたワゴンを運び入れて我々一人一人に淑やかな笑みとともに振舞う姿に誰もが見惚れた。

娘と同じ年の頃だというのに、気を引き締めていなければ惹き寄せられてしまいそうなほど美しい少女は、我々の視線を受けても動じもしない。

注目を集めることは当然のことであり、彼女にとって空気のように自然なことだから何も思わないということか。

全員に行き渡ったことを確認して、仕事をやり切ったとばかりの彼女の微笑みに、この薄暗い部屋に星が舞い込んだように輝いている錯覚まで見えたようだった。

 

「次期当主として選ばれましたけれどわたくしは、まだまだ至らぬ身。皆様方には、これからも四葉を支えていただくため、ご助力いただきたく存じます」

 

この挨拶のためだけにここに顕れたというのか。

だとしたら健気で立派に務めを果たそうとする姿を微笑ましく見守ろうと思えるのだが、――なぜだろう。亜夜子とそう変わらないはずの彼女から、自身の従姉妹のようなプレッシャーが滲んでいるような気がするのは。

彼女は四葉の闇に一切かかわらなかったはずだ。そのような仕事はすべてあの男が引き受けていた。

とてつもない力を有するも、まだ何も知らない世間知らずのお嬢さん、それが彼女の印象だ。

今も清楚、いや清廉と形容したくなるほど私欲の無さそうな清らかな笑みを湛えているというのに、なぜ、こんな小さな少女からプレッシャーを感じるのか…。

 

「皆様も、四葉を離れて暮らしていた私に不安に思われる点も多いでしょう。特に、昨日は同時に婚約者も発表となり、皆様を驚かせたことと思います」

 

婚約者、との言葉に忌まわしいあの男の顔が浮かんで全員が顔を顰めるなり俯くなり視線を逸らしたりと、あからさまな態度を見せる。

それに対し、彼女はくすり、と笑った。

まるで穢れを知らない純真な微笑みに見えて、自身が一瞬抱いた暗い感情も忘れて惚けてしまう。

それは宗教画の、慈悲深き聖女のごとき慈悲の笑みだった。

 

「――皆様の憂いを一つ、晴らしましょう」

 

続く言葉も、聖女そのもののようで恥も外聞もなく縋りたくなった。

 

 

 

「私が彼の婚約者となったのは、皆様の願いを叶えるためです」

 

「世界を破壊する力とは、強大すぎて世界に混乱をもたらすと、皆様は憂いておられるのでしょう」

 

「私はそれを制御するために生まれたのです。いわば、安全装置のようなもの」

 

「これまで力を発揮してきた二回の魔法は、世界に混乱も招きましたが、同時に抑止力としてこの国を守ることに使われました。そしてまた、我が国は別の脅威に晒されています。同じようにただ圧倒的な力で封殺するのでは、世界はこの国を危険と判断し牙を剥くかもしれません。――今度はそれを私が抑え込んでみせましょう」

 

 

 

別の脅威、新たな危険が迫っているというのは、我が四葉の誇る諜報課からも上がっていた。人間主義を扇動し、魔法師を排斥しようと動く黒幕の存在も徐々に鮮明になってきている。

――まさかそれが、我が四葉因縁の大漢出身者が絡んでいるとは思いもよらなかったが。

来たる災厄に、彼女は大いなる破壊の力を使わずに終息させようというのだ。

 

「力とは使い方ひとつ。使いどころを見誤らなければ、それは私たちを守る力となるでしょう」

 

そうだ、前当主の英作伯父上も言っていた。

――どんな偶然が働いたにせよ、この力は四葉の切り札ともなる力だと。

彼女はそれを知らぬはずなのに、伯父上と同じことを言う。

 

「もし理由なく暴発するようなことがあれば、私は責任をもって封じましょう。私の力はそのためにあるのです」

 

確かに、彼女の持つ固有魔法はアレを封殺するだけの威力のある魔法だった。

 

「――、だが、それが貴女にできるのか」

 

そう言ったのは誰だったか。一瞬自分だったのではとさえ思った。

彼女にとってみればあの男は家族同然で育った、つい一昨日まで兄妹で会った間柄だ。

今まで二人が仲睦まじく、という場面を見たことはなかったが、それでも昨日見た真夜さんたちのようなこともある。血の絆とは少しのきっかけでどちらにでも転ぶことがあるのだと、そう知ったから余計に。

だが、彼女は我々の疑問にも、慈愛に満ちた笑みで応えるのだ。

 

「もちろんです。私は四葉を守護するために存在するのですから」

 

嘘をついているなどと疑うこともできないほど清らかさを以て宣言する彼女を、これ以上疑う者は現れなかった。

彼女は嘘をついていない。あの悪魔が暴走する時、我らの次期当主は必ず我らをお救いになるだろう――。

 

「四葉は愛情深い一族です。その愛を以て共に四葉の未来を守りましょう」

 

昨日の深夜さんの言葉が脳裏に過る。

 

――深雪が四葉を大事に思える限り、達也は四葉を滅ぼさない。しないように立ちまわる。我が一族の最強の矛であり盾になるでしょう。

 

その言葉を、信じていいのではないか。神々しさすら感じる笑みを見てそう思った。

 

 

後にアレは『魔法』を使われていたのではないか、と思い至る。

あの場で魔法など使われていないことは重々承知だ。

しかし、彼女の視線、所作、そして声――あれら全てが『魔法』だったのではないか、と非現実的な考えに至らせる。

――四葉の生み出した最高傑作。究極の魔法生命体――視線一つで人を動かし、声を発するだけで心を掌握する。

 

(…なんてな。あり得ん。あれはただの少女だ。悪魔を兄に持った、哀れな『人形』――…)

 

四葉の小さな世界と、学校という狭い世間しか知らない筈の、『傀儡(お人形)』となるべく育てられた少女にはいつの間にか強い意志が宿っていた。

その意思が、本当に四葉を守るためのものなのか、それとも破滅を齎すのか。

 

(神のサイコロになど委ねるものか)

 

まだ彼女たちは子供だ。大人である我々が見守り、導けばいい。

 

 

――

 

 

深雪視点

 

 

部屋を退室して、控えて待っていた使用人にワゴンを持っていかれ手持ち無沙汰になったところで迎えに来たのは白川夫人。計ったようなタイミング。これも良い使用人の条件だけど、完璧すぎませんかね。ちょっと怖いくらいだ。

何処に案内されているかわからない廊下を歩きながら思うのは、つい先ほどまでの光景なのだけど…。

 

(あのコーヒー、変なモノ入ってたんじゃないよね!?おじ様たちが何だかすごい恍惚とした表情を浮かべられていたのですけど?!)

 

ヤベェ薬でも入ってたのでは?!と疑いたくなるほど彼らがトランス状態に入っていてヤバい状況に陥っていたことがとても怖かった。

単にお兄様は危険物じゃないよ。私が抑えるから安心だよ。攻撃対象に入れないでね。皆で仲良く穏やかに暮らしましょうねと話しに行ったはずなのに、どうしてあんなことになったのか。

しかしその答えをくれる人はいない…。

 

(ここにお兄様がいれば分析してくれただろうけど)

 

だがそれ以前に、お兄様がいたらこの話はできなかったわけで。仕方ないね。きっとおじ様たちは疲れていてどんな言葉にもすがりたかった、そういうことにしておきましょう。

 

 

 

「深雪様、到着いたしました」

 

こちらです、と案内されたのは最初に案内された談話室。また何か隠れた任務が?と思ったけれど、今度は私一人で入るらしい。ノックをして入室。

そこには――ビシッと姿勢の良い男性が一人、待ち構えていた。

セッティングが良すぎるね。こちらは叔母様ではなく葉山さんの仕業かな。

ぱたんと扉が閉まり、一歩前に進み出る。

 

「改めてご挨拶をさせていただきます。四葉家次期当主、司波深雪と申します」

「ご丁寧にありがとうございます。わたくしの名は――今は名乗れる名がございませんのでご了承くださいませ」

 

スッと頭を下げる動作も様になっていて、とても綺麗だと思った。美しい所作はその人の人柄を表しているよう。

真面目で、仕事熱心で、心をコントロールできる人。

 

「では、今だけは名無しの権兵衛ということで権さん、とお呼びしてもよろしいですか?」

 

少し茶目っ気を出して問えば、彼は御随意に、と胸に手を当て首を垂れる。

丁寧な所作だが、この状況では少し大げさだ。案外ノリがいいかもしれない。

時間がさほど取れないことをわかっているのだろう、権さんはさっそく話を切り出した。

 

「死に体だったわたくしを拾ってくださったのはお嬢様だとお伺いしました。改めてお礼を」

 

ありがとうございました、と言うけれど、私はそこにストップをかける。

 

「思ってもいない礼は不要です。私は映像を見ただけですが、貴方はあの場で死ぬつもりでした。生きることを終わらせようとした貴方の意志を無視して冥府より呼び戻したのです。ご不快に思われることはあってもお礼を言われることではないと、理解しているつもりです」

 

権さんは――名倉三郎は京都で周と相打ちを狙って、命を賭して、その場で果てた。

勝てない可能性を理解した上で、死に場所として選んだ。――戦って死にたかったのか、主人が気に入らず仕えることが嫌になったのか。他にも理由は想像できるが聞くつもりはない。

彼は、死んだのだから。

私の答えに、初めて彼が感情を見せた。訝しんでいる、疑念を抱いている、そんな感情の乗った瞳だった。

 

「分かっていて、何故、ということでしたら、単に私の我儘です」

「お会いしたのはあの一度きりだったかと思うのですが」

 

記憶違いでしょうか、と言うので首を振って否定する。

 

「いいえ。それは記憶違いではございません。紹介していただいた、あの一度きりです」

「――以前お仕えしていた方のお嬢様と親しいから、ということですか?」

「それも違います。――単に、一目惚れです」

「……」

 

おおう…。有能なおじ様を固まらせてしまった。これって結構すごいことでは?ちょっと、いやかなり嬉しい。

 

「貴方の仕事する姿が、素敵に見えたのです。ですが、あの時スカウトしたところで、貴方が主を見限るようなことはしない。尽くすと決めたら最後まで。仕事に誇りをもって全うする方とお見受けしました。だから、欲しいと思っても断念せざるを得なかった」

 

そこで一旦区切って、微笑みかけた。

 

「貴方は最期まで仕事を全うされた。職務を放棄することなくやり遂げた。――ならば、今度は勧誘しても誘いに乗ってもらえるのでは、と思った次第です」

 

まるであそこで死ぬことを知っていてすべてを見ていたような発言なのに、そのことに気付きながらも権さんはそこに触れない。

アンタッチャブル――四葉の闇に不用意に触れない、という意思も感じられた。

 

「私は任務に失敗しました」

「一度の失敗でクビを宣言するほど狭量ではないつもりです」

「不要だと切り捨てられた人間です」

「それは上の人間の見る目がない、と言わざるを得ないでしょう。貴方はどう見ても優秀な人材です。四葉はいつでも実力のある有能な人材を募集しています」

 

最後に営業スマイルを浮かべれば、権さんはふっと苦みの走った笑みを浮かべた。

…やだ、うちには少ないダンディ要員です。カッコイイ。お兄様もいずれそうなる予定ですけれどね!

 

「お嬢様は大変ユニークなお方のようですね」

「随分オブラートに包んでくださったようですわね」

 

わざとらしくお嬢様ぶって返した。

はっきり言ってもいいのに。おかしな人間だって。

普通死にかけた人間拾って無理やり生かして、雇おうなんてこと考えないから。しかもよりにもよって四葉の天敵の七草の使用人を。

きっと情報をしゃべらせようと拾ったと思われていただろうね。だけど残念。内側にしゃべってもらわなくてもそちらの事情は筒抜けだったりするのですよ。

思考までは読めないけどね。あの男が何を考えてるかなんて理解したくもない。

 

「研修期間は三か月、その後就職希望なら配属も要相談。――意識がはっきりした病室で渡されたのが貴女様からの求人内容でした。初めは何の冗談かと思いましたが」

「本気ですよ、私は」

「四葉の職場が働きやすいいい職場と書かれていたことに、虚偽記載だと疑いました」

「一部の方々にとってはとても働きやすいいい職場ですよ。ウチは実力主義ですから」

 

きちんと能力を把握したうえで、能力に合った仕事をしてもらいます。

 

「前歴を気にされないのですか」

「キャリアアップをご存じですか?経験豊富な分、ノウハウを生かして高給取りを目指してくださいませ。大丈夫です。権さんの能力があればすぐに実力を発揮できる職に就けますよ」

 

転職は今や武器です。ライバル会社だろうと、むしろ大歓迎。貴方の技術を生かしてわが社()を盛り立ててくださいませ。

 

「…これは、七草では敵うはずもございませんね」

 

あら、はっきりと名前を出されてしまいましたね。私なんてまだまだひよっこなのですが、過大評価を頂いた模様。

でも何事もビッグに見えることは良いことです。

 

「まずは体を大事になさってください。傷を治すことを第一に。就職のお話はそれからです」

「お嬢様――いえ、深雪様。わたくしは貴女様に仕えさせていただきたく存じます」

 

深々と頭を下げられて、権さんはお願いするけれど、流石に人事までは私の一存では決められない。

 

「申し訳ございませんが、私の一存では決めかねますので即答は控えさせてくださいませ。けれど、そのお言葉は嬉しく思います」

 

ありがとう、と言えば、権さんは少しだけ口角をあげてくれた。…渋みのあるおじ様の稀に見る、レアだろう表情。たまらないね。

けれどここでタイムアップらしい。お迎えのノックが。今度は葉山さんでした。思った以上の重要案件でしたか。七草の腹心ですものね。それもそうだった。

 

「また、会える日を楽しみにしています」

 

去り際に声を掛けると、権さんは最敬礼を以て見送ってくれた。

 

 

 

 

「葉山さん、ありがとうございました」

「お礼を言われるようなことではございません」

 

薄っすらと口元に笑みを浮かべた葉山さんに連れられてお兄様の許へ。

水波ちゃんに連れていかれ、葉山さんに送ってもらっている時点で何かしらあったということは察せられるでしょうね。

深く詮索しないように、との牽制を含めての案内でしたか。

お兄様は感情の読めない表情で固めて葉山さんに頭を下げて私を出迎えた。

 

「おかえり、深雪」

「お待たせいたしました、達也さん」

 

…さん付けって言い慣れない。せめて様で呼ばせてほしい。お兄様に要相談だね。

 

「葉山さんもありがとうございました」

「もうしばらく会をお楽しみくださいませ」

 

つまり帰りの準備までもう少しかかるということだね。警察の動きがもろバレの件。今さらか。

 

「文弥くんたちとお話はできましたか」

「ああ。彼女はまだ体調が良くないようだったがな」

 

それはそうでしょうね。失恋の傷が一日で治るわけがない。

でもよかった。少しでもお話することができて。亜夜子ちゃんは決して恋に溺れて仕事が手につかなくなるような娘ではない。きっと、立ち直ってくれるから。

それこそ、少しでも隙を見せたら私から奪い取ってやるくらいの気迫をにじませてくるかもしれない。

 

「…たばこの香りがするね」

「少しご挨拶に赴きましたので、そこで移ってしまったのでしょう。気になるのでしたら一旦下がりますが」

 

別に制限されているわけではないけれど、食事の場で大っぴらに魔法を使うことは躊躇われた。せめて場所を変えてこっそりと使いたい。

 

「そうだな。一旦下がろうか」

「…私一人で十分ですよ」

「少しくらい、二人で退席したところで問題ないだろう」

 

…お兄様から何が何でも離れない、という意思が感じられますね。

文弥くんたちとのお話で何かあったかな。

とりあえず中座して、人気のいない場所へ移動するとCADを取り出して臭いと汚れを落とす。

うん、これで綺麗になったはず。と思ったところで抱き寄せられた。

 

「お、お兄様!」

「今は達也だろう?人はいないが、気を抜いてはダメだよ」

 

いやいやいやいや。人がいないならいいじゃないですか。というより人がいないからって抱きしめられましても困ってしまいます!

 

「…お疲れなのですか、達也さん」

「そりゃあ、ね。悪意の視線に晒されるのは慣れているが、ずっとあのように探られる視線に晒されるといくら俺でも辟易する」

 

傍にお前もいないしな、と言われてしまうと罪悪感が刺激されてしまう。

確かに私がいれば多少分散もされただろうけど。

 

「お前と一緒ならどんな場面でも気にすることなんて無いのに」

 

深雪だけを見ていられるのだから、と蟀谷にキスを一つ。

 

「…お兄様には羞恥というものが無いのですか」

「達也」

「…達也さん」

「俺にだって羞恥くらいはある。だがそれよりもお前を堪能したいという欲が勝ってしまうだけで」

 

…羞恥って負けるんだ。私の場合羞恥が強いのかしら。

今だってお兄様の名前一つでもこんなにドキドキするのに。

 

「ほら」

 

そう言って私の手を取ると自身の胸に押し当てた。

ちょちょちょ、まって。お待ちになって。お兄様にこのように触れるなんて!

 

「分かるか」

「…確かに、鼓動が早いようですけれど」

 

私はその二倍のスピードでビートを刻んでおります。

 

「俺に触れるだけでそんなに赤くなってしまうのか」

 

しょうがない子だね、と言わんばかりの表情と甘い声。深雪から触れることだってあっただろう?と申されますが、自分から触れるのと手を取って触れさせられるのとは全然別物ですからね!?

 

「ああ、可愛い。困ったな。もうこのまま帰りたくなってきた」

「も、もう!達也さ――達也様、戻りませんと」

「様って…俺はお前の婚約者というだけであって、立場でいったらお前の下だぞ」

「ですが、現当主のご子息なのですからおかしくは無いはずです」

「ご子息ってなぁ。…やはりあの時呼び方を直すべきだったか」

 

いつもの言葉足らずのお兄様の言うあの時が、中学生になりたてのあの沖縄を指していることが分かった。

初めてお兄様と呼んだあの日、とても驚かれていたものね。そして不相応だとも思っていたようだけれど。

 

「お兄様はお兄様です。それ以外には呼べません」

 

深雪ちゃんがお兄様と呼ばなかったらそれはもう深雪ちゃんじゃなくなっちゃう。

そうでなくともお兄様は尊敬に値するとても素敵な方なのだから。

 

「頑固だな。…そんなお前も愛おしいが」

「!!」

 

その言葉にボンっと顔が真っ赤になった気がした。というかしてるはず。お兄様がくすくすと笑われて抱きしめる力を強めた。

 

「…達也様は変わられてしまいました」

「変わった俺は嫌いかい?」

 

甘いささやきに、体中が熱を帯びる。

 

「答えは聞かないでおいてあげよう」

 

答えが判りきっているから、ということなのだろう。…助けてほしい。お兄様の怒涛の攻めに耐えられそうにない。

待ってるって言ってくれましたよね?全然待ってくれてない。恋をしてもらう努力をするのはもう少し待ってもらえないだろうか。もうこちらは虫の息です。仕留めにこられてます。…何とか、生き延びねば。

それから顔色が戻るまで待ってもらってから会場に戻った。

夕歌さんのニヤニヤ笑いが視界に入り、気まずかったことをお知らせします。

 

 

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