妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
四葉継承編 達也ver.①
兄弟愛とは、兄弟姉妹同士の深い愛情や絆を指す言葉であり、兄弟姉妹が互いに思いやりや支え合いを持ち、絆を築くことを表現している。
何度読んでもわからない。
なぜ、これが自分に当てはまらないのか。
(もしや深雪の方が支えすぎて、一方的に思われているのだろうか)
もしそう見えているのだとしたら納得できなくもない。
兄として情けないことにずっと彼女に支えられてきた自覚はある。思いやっているつもりであっても自分の配慮が足らないことが多々あっただろう。自身が気の利かない人間であることは理解している。
深雪がいつも笑ってくれているから勘違いしていたが、そうだな。俺は妹に甘えすぎていたのかもしれない。
(それを七草会長に指摘されたのは業腹だが)
少し立ち返って自分たちの立場を客観的に観察してみた方が良いかもしれない。
論文コンペも終わり、自分の研究にも大分目途が立った。四葉からの任務も無い。
つい先日までの忙しさが嘘のように、時間に追われるようなタスクが何もなくなった。
今後はあのような事態にまで追いつめられるようなことにならないようにしなくては、とスケジュール管理を徹底しようとした矢先に大した予定がなくなってしまった。
だからこそ、こんなことも考えられるようになったのだが、…あの時の思考は本当にどうかしていた。
(トラウマの可能性があるからと、深雪にドレスを着せて、その上で自らの手で脱がせようとするなんて)
とんだ変態兄貴ではないか。
実行する前に正気に戻れてよかった。
一体どんな思考回路で『都合がいい』等という結論に至ったのか。
――そう、あの時の自分にはアレが妙案だと思っていたのだ。恐ろしいことに。
京都のホテルで服を脱がせろと言われた時には、俺は貴女の召使いではないと不快に思うと同時に、妹のでさえしたことがないのに、との考えが頭を過った。
深雪のも脱がせたこともないのに、と。
当然だが、ガーディアンにそのような業務は含まれていない。
水波が手伝うのはあくまで彼女がメイドとして傍に侍ったからだ。彼女が来た時にはまだガーディアン候補という立場で、兼業とはいえ家政婦の方がメイン業務のはずだった。
しかし、一年もたたず、彼女の忠誠心は跳ね上がり頼もしく思うほど成長した。まだ経験不足なところがあるが、そこは知識でカバーもできる。学ぶ意欲も十分にあるし、鍛えがいがありそうだ。
…と、話が逸れたが、俺は深雪のガーディアンであって身の回りの世話は護衛任務に含まれない。礼儀作法等は含まれる。仕える主の品位を下げるような真似は許されないからだ。
ただ、任務とは別に兄として妹の世話はしたいとは思う。
おはようからおやすみまでしてやりたいと思うのはおかしな話ではないだろう。あれだけ頑張り屋の妹だからな。
だが、そんな俺でもドレスを脱がせたい、というのは世話をしたいとは意味が違うことくらいはわかる。
(…恐らくだが、あの時に外れた箍のせいで思考が一時的におかしくなっていたんだろうな)
九校戦で気づかぬうちに疲労をため込んだことで深雪を抱きしめて眠るという奇行に走った、あの夜。
同じく疲労して体が冷えたことにより暖を取ろうと俺のベッドにもぐりこんできた深雪に、どれほど驚かされたか。
初めは意味が分からなかった。目を開けたら密着するようにくっついてすやすやと寝息を立てて眠る妹の姿に、一瞬ついにやってしまったのかとさえ思った。
俺にとっては世界一美しく可憐な妹でもあるが、彼女ももう高校生。いくら兄妹とはいえ外聞を気にしなければならない年頃の女の子だ。
部屋をトレードしたことを注意したのは己だというのに、この事態。
身体もだが、思考も硬直した。数秒は固まっていただろうか。次第にここが自分のベッドであり、どうやら深雪の方から潜り込んできたのだと状況を理解した。理解できた以上速やかに事態を解決しなければならないと、何事もなかったように元に戻すことに奮闘した。言葉通り、厳しい戦いだった。
寝る前にも深雪から「寝相が悪いと母から言われた」と言われていたが、俺自身過去に注意されたことを思い出し、『これ』のことだったのかと納得した。
見るだけでも女性らしい体つきになった妹に抱いてはならない欲が疼くのを感じるのに、直に触れてしまうとより一層理性が脆く崩れそうになった。純真無垢にすり寄る妹に欲を抱くなど、あまつさえ生理的反応とはいえ、妹相手に反応する体に言い訳などあるわけもなく、とてつもない罪悪感を抱いた。男という性が悪だと断じたくなるほどに。
本能とはいえ血の繋がった妹に抱いて良いものではない。
なら他の女性に抱くのはいいのかと聞かれれば、無差別に抱くのならば問題あるだろうが、そういうシチュエーションになれば反応を示すのは健全な反応と言えるだろう。
――実の兄妹で子を成す必要性など、そもそもないでしょうに――
今度は光宣の不調の真実を語った時の深雪の声が呼び起された。
ありえない、と断ずる固く、低い声。
怒りさえ滲ませていた声に冷水を浴びさせられたような心地がした。
自分も、その真実を視て分析した時抱いた感情でもあった。だから共感できるはずなのに、深雪が口にしたという事実にひどく動揺した自分がいた。自身の感情が大きく揺さぶられたこと――その感情の一つが恐怖だったことに。
その理由は未だにわかっていない。
このところ自身の行動に自信が持てないことが増えた。
その不安を吐露したことはないが、二人でいる時に無意識に体が動きそうになるのを意識することで引き留めるといった原因不明の不調に悩まされていると、必ず深雪は何も言わずに寄り添ってくれる。
例えば、無自覚に手を伸ばしかけて止まった時。
例えば、溢れた想いを言葉にしようとしたのにうまく音に出せなかった時。
例えば、――もっと、と欲が出そうになって、自制して動きを止めた時。
何も言わなくても、寄り添う彼女からは声が聞こえる様だった。
「お兄様はまた、心を育てられたのですね」と。そう言っているような笑みを浮かべられていて、俺はまた混乱するのだ。
果たしてこの成長は良いことなのか悪いことなのか。
深雪にとって悪いことばかりな気がして、離れた方が良いのではないかと思えて――そんなことはできないし許されることじゃないと、兄でありガーディアンとしての立場を理由に離れることはあり得ないと己の思考を否定する。
(大切な妹の傍で彼女を守れる、それ以上望ましいことなど無いというのに)
恐らくだが、水波が派遣されてきたのはガーディアンとして早く一人前になり、彼女一人で深雪を守れるようにするためだろう。
以前から深雪の傍から俺を引き剥がしたい分家の意思は見て取れた。
常に傍に侍っていなくとも深雪を視られるのだから守ることは可能だ。
いつ引き離されてもおかしくない状態だったのをここまで引き延ばせたのは、深雪が魔法師以外からも狙われることが多かったことと、彼女自身が分家をうまく往なしてきたからだろう。
兄の利用価値を示し、一般人を装うためには好都合で、自分にとっては空気のような存在だから気にもならない。
そう僅かに皮肉滲ませた笑みを浮かべて答えると、分家の連中はそれならいいがと引き下がる。
そのあとで二人きりになると、
「あの方々は何を吸って生きているのでしょうね?空気が無くては生きられないでしょうに」
くすくすと、おかしいですね、と微笑むのだ。自分にとってどれだけ兄が必要であるかと教えるように。
これだから、深雪の傍に居るのをやめられなかった。
本来であれば俺が上手く立ち回り、深雪を不快な思いから遠ざけることだってできたはずなのに。
深雪が、俺を求めてくれるから。
求められる人間であり続けようと、必要とされる人間であると認めてもらおうとした。
――深雪にとってかけがえのない、替えの利かないものになりたかった。
(もしかしてこの思考も、兄妹愛らしく思えない原因だろうか)
『妹のために』と『妹に必要とされたい』は確かに違うのかもしれない。
もう一つの理由に気付けたものの、こればかりはどうにもならない、と思った。
深雪に支えられすぎていることをどうにかしたいなら自身が行動を起こせばまだ何とかなるだろうが、水波という俺の代わりになる者がいて、自立しようと兄離れを始めようとする妹に焦りを覚えている自分に、ただ温かく見守るだけというのはできそうになかった。
だから今夜も――
「お兄様、コーヒーをお持ちしました」
「ありがとう」
手ぶらで構わないのに甲斐甲斐しくコーヒーを運んでくる妹を出迎える。
「良い香りだ」
「心を込めて挽いておりますもの」
確かにコーヒーの香りも良い。だが、俺にとって何よりもこうして横に並んで冗談めかして微笑んでいるお前から香る匂いがたまらない。
甘い香りに吸い寄せられそうになるのを、コーヒーの香りで誤魔化して自制を促す。
視線が鋭くならないようにも気を付けねばならない。
兄らしく。
妹を愛しむように。
――
慶春会に参加せよ、との手紙が届いたのは試験勉強を始める前だった。
その時から、深雪の様子が徐々に変わっていく。
学校では明るく楽しそうに。
家では――
「お兄様、私は幸せ者です」
そう言って、自ら俺の胸にもたれて。
その表情はとても幸せそうでもあるのに、彼女の心が沈んでいくのが分かった。
本家から届いた手紙には具体的な内容など何も書かれていない。
それでも参加させるからには理由があることは明白。時期的にも次期当主を選出するものと思われた。
実力を考えれば深雪が選ばれる。
当主の姪であり、血統としても一番近い存在だろう。
問題は次期当主に選ばれたことを内々だけでなく世間に公表するのか否かだが――深雪の様子を見るに、恐らく公表も同時なのかもしれない。
どうしてそれを彼女が知っているのかはわからない。見せてもらった手紙にも書かれていなかった。
いつもの勘か、それとも――
ともかく、今は落ち込む深雪を抱きしめて、
「大丈夫だ」
お前のことは必ず俺が守るから。
たとえ仲間たちが離れようとも、俺が――傍に居られなくとも、お前を守る。
(落ち込んでいる深雪を慰めているようでいて、実質俺はこの腕で抱きしめることで、来るかもしれない未来から目を背けてわずかな幸せに縋りたいのだろうな)
酷い兄貴だ。
妹の純真な気持ちを利用するなんて。
「ありがとうございます」
「お礼を言うのはこちらだよ、ありがとう深雪」
どうしてお兄様がお礼を言われるのです?なんてくすくす笑うが、俺にはお前がお礼を言う意味の方が心配になる。いつか、俺みたいな男に騙されやしないかと。
もしそうなったら俺はそいつを消してしまうかもしれない。
(…もしそんなことをしたら、深雪に嫌われてしまうだろうか)
それは嫌だな、と思いつつも深雪なら嫌わないでくれるかもしれない、なんて自身に都合の良い最低なことを考えていると、頭を撫でられた。
「なんだ?」
「なんとなく、でしょうか。お兄様がまたいろんなことを考えているような気がしましたので」
…本当に、勘の良い妹だ。
このほっそりとした白い手に、俺はどれだけ救われてきたことか。
「やっぱり、お礼を言うのは俺の方じゃないか」
わざわざ立ち上がり、深雪を抱きあげてその場でくるりと回ると、わざとらしく楽しそうな声できゃあ!と悲鳴を上げて抱きつく。
「もう、お兄様の中で私は一体いくつだと思われているのです?」
「いくつになっても俺の可愛い妹だよ」
むしろ幼い頃にこんなことなどしてあげられなかった。
仲が良くなった中学生時代でもこんなことをしたことはない。
今、高校生になってようやく、俺たちは兄妹として仲睦まじく暮らしている。
そしてそれも、もう少しで――
「お兄様ったら。夜も遅いのですからあまり考えすぎてはいけませんよ。たとえお兄様ほどの方であっても疲れている時ほどいい考えは浮かびにくいものです」
「わかったよ。今日はこの後すぐに寝るから」
俺の返答に満足したのか、満面の笑みを向けておやすみの挨拶をする。
(しかし、深雪の中で俺はどれだけすごい人間にされているのか)
俺ほどの、との言葉は冗談で言っている様に聞こえない。彼女の中で築かれている兄の虚像はどれほど立派に造られているのか。
いつか現実を知って落ち込まないといいが、彼女の期待にはできるだけ応えたい自分もいた。たとえそれが見せかけであっても。
できるなら彼女がカップを片付けに行くのも俺が代わりたかったが、今日はお疲れでしょうからと奪われてしまった。
本当によく見ている。見て、くれている。
それが嬉しくて、愛おしくて――だからこそ、苦しい。
まだ見ぬ未来がどうなるかなんてわからない。このまま傍に居られるのか、それとももうお役御免と引き離されてしまうのか。
(高校卒業までは、大丈夫なはずだ。深雪が一高に通う限り、水波だけでは補えない部分もあるだろう)
元々俺が入学できなかったとしても登下校は護衛として送り迎えはすることが決まっていた。
入学してからはトラブルが相次ぎ、生徒として水波が送りこまれたことで、校内も護衛が必要だと四葉も不安視していることだろうから現段階で俺を外すとは思えなかった。
特に七草が学校を巻き込んでちょっかいをかけてきたことに叔母上は相当お怒りだった。
よって、今すぐ護衛を外すこともないだろうし、今この状況で深雪を転校させれば七草から逃げたように思えることからそんなことはしないだろう。
だが、それもあと一年。その後、卒業後は恐らく何かしら理由をつけて引き離されるかもしれない。
(――そうなる前に、四葉を脱出するか)
計画は思わぬ形で完成形に近づきつつある。
ただ、その研究には莫大な資金もかかれば人材も必要となる。そもそも、国にも根回しが必要な大掛かりな研究だ。なんのネームバリューもない一高校生にはできないプロジェクト。
4月の恒星炉が良いプロモーションになったとはいえ、それだけではまだ足りない。
現段階では四葉の力を借りなければ実現は難しい。
「…寝るか」
きっと深雪の言うように、今考えたところで良い案など浮かぶはずもない。
どうせ浮かべるなら、先ほど抱き上げた時の笑顔がいい。
無邪気で、可愛らしいあの笑みを。
思い浮かべるだけで口元が緩む。
今夜はいい夢が見られそうだ。
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