妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
そして会食予定時刻ギリギリに勝成さんはやってきた。
案内した使用人は彼のガーディアンではない。完全に回復とはいかなかったのか、こういう席には連れてこられないのか。
表面上いつもと変わらないように思う。とはいえ他人の機微には疎いのでそう見せかけているだけなのかは知らないが。興味もない。遺恨があろうが些細なことだ。何せこちらは当主からの招待によって参加を余儀なくされている。
どんな理由があるにせよ、それを妨害しようとしたのだから責はそちらにある。
誰とも視線が合うこともなく待っているとほどなく主催者が現れた。全員が一斉に立ち上がる。
誰もが緊張を見せないように優雅に、けれど空気は誰一人油断をする者がいないのを物語るように緊迫感が張り詰めていた。
当主は挨拶もほどほどに着席させ、夕歌さんや勝成さん成人組に酒を勧めるが断られていた。この状況下で飲むと言えたらきっとこの場にはいなかっただろう。
始まった食事会は見た目こそ歓談といった様相をしていた。
叔母上が話しかけ、それに一分の隙も無いように答えていく。時折文弥が動揺を見せるもそれを亜夜子が上手くカバーする。この流れが定着していた。
並べられた料理は恐らく超一流のものなのだろうが、これなら深雪の作ってくれる手掴みで食べるハンバーガーの方が何倍も美味い。
正月明けに戻ったらリクエストしてみようか。水波が来てからは一度も食べていなかった。あの味が今とてつもなく恋しく思う。
こんな時だというのに自分の胃袋が深雪にがっちり掴まれているということがおかしくて笑いたくなった。幸せな苦悩だ。
一旦机の上が片付けられ、メイン料理が運ばれる前に本題を片付けるらしい。
明日の慶春会で次期当主を発表する、と。
当主がそのことを口にしたその段階で、誰に決まったと発表する前に文弥と夕歌さんから辞退の申し出があった。
文弥の場合、黒羽家が分家の策略に手を貸さず当主に叛意が無いことを主張する意味合いも込められているのだろう。家のため、父のために健気なことだ。
夕歌さんの場合、力で劣る分ここで恩を売って立場を守りたいということだったが、彼女の家の特殊性上そんな心配自体いらないはずだが、元々彼女は深雪を支持するつもりだったと言っていた。
だからこれは叔母上を喜ばせるパフォーマンスの一つなのかもしれない。狙い通りか、彼女の機嫌は上がったように見えた。
「家の実力は直接的な戦闘力だけで決まるものではないと思いますけれど…津久葉家の意向はわかりました。深雪さん、夕歌さんは貴女の贔屓が欲しいそうですよ」
叔母上の楽しそうな声を受け、深雪は如才なく答える。
「今の私は、四葉家の次期当主候補に過ぎませんので…。ただ、戦闘力だけが魔法師の価値で無いという叔母様のご意見には賛成です」
まだ決まっていないように答えるも、勝成さんも深雪を押しのけてまで当主になるつもりもないだろう。
思った通り、彼は皆の意見を支持する形で深雪が次期当主だと賛成の意を示した。
だがここで予想外だったのが、取引のつもりではないというが、次期当主候補から下がる交換条件と言わんばかりに自身の結婚を認めてほしいと頭を下げた。…まあ、こんなチャンスは巡っては来ないだろうが、それにしても思い切った作戦だな。
ガーディアンという身分差だけが問題ではない。彼女は二世代目と言っても調整体だ。しかも叔母上が言うには楽師シリーズは遺伝子も安定していないのだと。そんな状態で分家当主の妻が務まるか、そもそも子が成せるのかが不安視されるのも当然と思えた。
すでに当主である父親にも同じことを言われたそうだが、それでも引き下がるつもりはないらしい。まあ、恋や愛は理屈じゃないらしいからな。
分家当主を黙らせるには一族の長から口添えをもらえるのが、一番効果があるだろう。
「今でも内縁関係にあるでしょう?」
それでも正妻として望むの?と。
この言葉に文弥の顔に朱が走る。だが反応を見せたのは彼だけで周りの誰も動揺した様子もなかった。深雪も、ただ微笑んだまま話に耳を傾けている。
心の内を晒さない完璧な仮面だった。
「そうねぇ、愛する者同士を引き裂くような真似をしたくないし」
愉しそうに、それでいてなぜか深雪に視線を向けながら、勿体ぶるような口ぶりで言う。
その視線に悪意は見られない。視られないが――なんだろうか、この意味ありげな視線の意味するところが分からない。好奇心とも違う、憐みのような、それでいて含みがあるような…読み解くには複雑すぎた。ただ何か裏があるということは分かったのでその続きに注目する。
「調整体だからと言って早死にするとも限らないものね」
やはり、深雪に対して笑みを浮かべているように見える。
だが、調整体の不安定な遺伝子についてということは――深雪の傍に居る調整体は水波しかいない。水波と深雪の仲の良さを知っていて反応を見ようと揺さぶりをかけたのか…?だったとしてそんなことをわざわざこの席で気にかける素振りなんか見せるだろうか。
「良いでしょう。本家の当主ともなれば結婚相手も自分の意思だけで、とはいかないけれど」
続けられた言葉と深くなる笑みに、こちらが本命か!と気づかされた。
次期当主となる深雪の結婚相手――。
すでに候補は上がっているということを暗に匂わせたということか。それで深雪の反応を確認しようとした、と。
だが、深雪はその言葉にも空気すら揺るがせなかった。完璧な淑女の仮面を保って。
「分家の当主なら、そこまで深く考えることは無いわ」
だろうな。分家はどうとでもなる。
それに勝成さんは今回のことで叔母上の命令には逆らえなくなった。良い手駒が勝手に手に落ちてきたくらいにしか思っていないだろう。
勝成さんは四葉とは思われにくい特殊性のない普通に優れた魔法師。防衛省にも勤めていることもあって、使い勝手はそれなりにいいはずだ。
口添えすることを約束すると、勝成さんは深々と頭を下げ、こうして三人の候補者が辞退。深雪が一人残る形となった。
「深雪さん、貴女を次の当主とします」
叔母上の言葉に応え、立って一礼する深雪の所作は惚れ惚れするくらい美しいのに、今は見惚れる気になれなかった。
本命の話が終わったということでようやくメイン料理が運ばれる。
次期当主の指名という一仕事を終えて緊張度は下がったように思うが、やはり表面上の歓談の様子は虚像に思えて画面越しに見ているようだ。現実味が無い。
だが、それでも深雪が次期当主に選ばれたことは現実だった。
(今後どう変わっていくのか、俺たちの生活にどう影響をするのか)
「よかったわ。こんなに簡単に決まってくれて」
グラスを傾けながら口角を吊り上げた叔母上は、でも、と続いた言葉に不満を口にすると思われ一同が警戒して注視した時だった。
その、爆弾が落とされたのは。
「残念だわ。勝成さんさえよろしければ、深雪さんの婚約者になってもらう予定だったのに。今からでもどうかしら。本妻に深雪さんに立ってもらって、愛人という形で彼女を愛せばいいわ」
口添えすると言った口で愛人にしろ、とは。
酔いでも回ったか、と言いたくなるいい加減な軽口に思いたかったが、彼女が素面であることは誰もがわかっていた。
「な、にを…」
あれだけ堂々としていた勝成さんもさすがに動揺が隠し切れないようだ。
まさか彼が深雪の婚約者候補だったとは。以前文弥に関してはそうなるかもしれないと思ったことがあったが、年の離れた勝成さんも候補に挙がっていたとは思わなかった。それに、すでに内縁関係を築いている彼を深雪の婚約者に宛がおうとは。
その考えも腹立たしいが、愛人関係を続けたまま結婚をさせようとすることにも怒りを覚える。
それは初めから深雪が表向き取り繕われたとしても蔑ろにされるということであり、身内にばれている分周囲から憐れまれる結婚になるということ。どう考えても幸せな結婚にはなりえない。
当主ともなれば、一族のための政略結婚も仕方がないことかもしれないが、そこから築ける関係が初めから無いというのはあんまりではないか。
ここに来る前に聞かされた、姉妹が恨み合っている、という話が脳裏に過った。もしやこれは母に向けられなかった恨みを娘である深雪にぶつけているということだろうか。
「パーティーに出る時やパートナーが必要な場合にはエスコートくらいしてもらうでしょうけど、それ以外は今まで通りの生活で構わないわ。当然子供を作ってはもらうけれど。それも提供だけしてくれればこちらでするから問題ないわよ」
対外的には良き夫を演じさせ、種だけは寄こせという。
「子を作った後は離婚して正式に自身の愛する女性と結婚して構わないわ。今時離婚を傷だという人もいないでしょうし。深雪さんもそれくらいで傷ついたりしないでしょう?」
その笑みに、視線に深雪に対しての悪意が一切感じられないのが信じられなかった。
自分の感覚が、深雪に対して向けられる視線の情報を読み取る機能が狂ったのかと疑うほど言動が一致していない。
周囲の人間の血の気が引く中、深雪だけは苦笑を浮かべていた。
まるで叔母上の考えがわかっているかのような、悪意が無いことを理解した上で仕方のない人、と言わんばかりの親しさの込められた笑みだった。
(…どういうことだ?今の言葉はそんな反応を返すような場面だったか?)
深雪にとって愛のない結婚は身近にあった。
父親を毛嫌いしていたのは仕方がなく結婚させられたとはいえ母を蔑ろにし、死後法律を遵守した上で早々に再婚したからではなかったか。
だというのに、彼女は自身の愛のない結婚の話をされたはずなのに気にした様子もない。
ただ、細められた目が仕方のない叔母上、と窘めているような、そんな風にも見える。
夕歌さんが驚愕の視線を深雪に向けている。
こちらの考えはわかりやすい。叔母上との関係も隠されていたのか、と考えているようだが、叔母上と深雪にはさほど接点はなかったはずだ。自分の知るところではこんな親しげではなかった。
(――つまり、この二人には俺も知らないところで交流があったということか…?)
昨夜から自分の足元が不安定にぐらついているような、そんな錯覚を抱く。
今、深雪と二人きりであったなら、俺はみっともなく深雪を問い詰めていたかもしれない。
「自分は、そんな器用な男ではございませんので。それに、次期当主にはもっとふさわしい男がいるかと」
ようやく衝撃から立ち直ったのか、勝成さんが体よく逃れようと発言するが、余計なことを。他の男など言う必要などなかった。
「残念ねぇ。迅速に深雪さんの婚約者を選びたいのだけれど。きっと荒れるでしょうから」
これだけ自分で場を荒らしておいてよくそんな白々しく言えるものだ。
先ほどからどうにも文句が浮かび上がっては消していく作業に追われる。
こんな風に自分が感情的になることがあるのか、と言うほど浮かぶのは、現状に苛立ち面白くないと考えているからか。
沸々とした怒りが先ほどから文句へと形を変えているようだ。
せっかく深雪に育ててもらった感情がこのように悪いものとなって暴れそうになるたびに、慈しんで育ててくれた深雪に申し訳なく思ってしまう。
彼女はいつも俺の心を育てたいと寄り添ってくれた。彼女を唯一愛することのできる兄妹愛から派生させればいいのだ、と簡単なことのように口にして、親身になって手助けをしてくれた。
おかげで最期、弱りゆく母に寂しさを抱けるようになった。深雪の悲しさに寄り添うことができた。
友人ができ、彼らと共にいて居心地がいいと感じるようになった。以前なら周囲に溶け込めているか、くらいしか気にすることもなかったのに。
彼らのために何かしてみたいと思うようになった。
それを深雪はとても嬉しそうに見守ってくれて自分のことのように喜んだ。それが何よりも嬉しかった。
深雪と一緒に育んだようで、喜びを共有できる幸福感がたまらなかった。
高校に入ってから、自分の価値観が変わってきたのを実感できるようになり、以前よりも好き嫌いがはっきりとしてきた。
その変化も心の成長だと、深雪は嬉しそうだったが――果たしてこれは良いことだったのだろうか、と悩むところだ。
深雪が誰かと共にいるようになり、以前は微笑む深雪によかったな、と喜ぶ姿を見守れていたのに、時折それを面白くないと思う自分がいた。
深雪が誰かを構うことが面白くない。誰かに視線が向くのがつまらない。――俺以外に興味を抱かなければいいのに…。
すぐに打ち消してはまた蘇ってくる思考。切り替えても消そうとしても記憶から無くなることのない自分の記憶力が邪魔だと思った。
(心なんて育たなければ、俺は深雪だけを愛し、深雪だけの幸せを願い、自分のことで苦しむことなんてなかった)
つまらない人生にはなるだろう。けれど、幸福な最期は迎えられたかもしれない。深雪のためだけに生き、深雪のためだけに死ぬ。
それだけで十分だったのに、心が育つごとに生まれる欲望が俺をさらに幸福にし、絶望をもたらした。
「達也さんならどなたがいいと思います?」
(どなたなら?深雪の婚約者を何故俺に聞く?)
どうせ俺の意見など何の意味も成さない。ただの揶揄いのつもりなのだろうが無性に腹が立った。
まるで、お前には関係ないけれど、とあざ笑われている気分だ。
席に着いてから初めて話題を振られたと思ったらこれか、との思いもある。
くだらない茶番に付き合う気にならないが、ここで何も言わないというのはどうあっても悪手でしかない。
「兄としてなら深雪を幸せにしてくれる相手をと言うところでしょうが、四葉家次期当主に望まれるとなると自分にはわかりかねます」
どちらにしてもこちらに決定権のない話。何を言っても無駄だとはっきりとしない回答をしたのだが、それでも彼女の笑みは崩れない。何かを、企んでいる笑みと言われればそう見える。
一体何を言う気だ?と心の中で身構えていると、先に動いたのは深雪だった。
「よろしいでしょうか」
控えめに手を挙げて、やんわりと主張する。
叔母上が俺から深雪に視線をスライドさせて促すと、深雪は時間稼ぎを提案する。
自身の婚約の話だというのに、仮で婚約をしておいて、時間を稼いだらどうかと。
「それでは深雪さんにも傷が付かないかしら」
「それくらいのことで傷だと騒ぐようなお相手では四葉でいることは難しいでしょう」
「ふふ、それもそうね」
恐らく時間稼ぎが必要なくらいには深雪を求める家は多いだろう。
九校戦での活躍はもちろん、この美貌に四葉のブランド。魔法力はトップクラス。さらに人格も優れ、性格も器量も良いときた。
誰だって欲しがる、理想の花嫁。
せいぜい四葉の闇がネックか。だがそれに目を瞑っても余りある魅力だ。
だから選定の間その防波堤として誰かを見繕い、吟味をする時間を稼ぐということのようだ。
(深雪はここに来るまでにすでに覚悟をしていたというのか。次期当主ともなれば結婚相手も自由に選べないことを)
結局俺は何一つ彼女を幸せにすることができないのか。
食事なんてとっくに食べる気が失せていたが、残すことはマナー違反だ。
食事を単なる作業と思うのはいつぶりだろうか。深雪と共に食事をするようになってからはほとんどなかった。
早くこんなところから出て、家でゆっくり深雪の作った味噌汁が飲みたい。
温かい家で、温かい食事を、温かい家族で囲んで食べる。そんないつも傍にあった幸せが、今は遥か遠くに感じた。
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