妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
(――今日、何度目だろうか。呼吸が止まり、言葉を咀嚼するのに時間を要したなんて)
深雪が、調整体…?
言葉の意味を理解しても、その単語が結びつかない。
「…深雪が遺伝子操作をされているというのですが?しかし、そんな兆候は」
「でも、事実よ。深雪さんに調整体の歪さ、不安定さが視られないのは、彼女が『完全調整体』とでも言うべき四葉の最高傑作だからよ」
口からは何故、と言葉が漏れ出ていた。
そのことを咎められることもなく、質問と捉えられ返答があった。
「深雪さんが作られた理由?それは貴方の為よ、達也さん」
呼び方が安定しないな、とくだらない言葉が頭を過る。
それは空白になった頭の中で唯一浮かんだ言葉だったが実にどうでもいいモノだった。どうでもいいものくらいしか浮かべられなかった。
(深雪が、俺のために作られた?)
酷い衝撃を受けると人は何も考えられなくなるらしい。
これほどの衝撃を、言葉だけで与えられたのは初めてだ。
感情が付いてこない。怒りも、喜びも、何も浮かばない。
それは昔に戻ったような感覚だった。あの、何も感情を抱けなくなり、言葉がただの文字としてしか認識できなくなった実験の後、空虚になった状態もこんな感じだった。
「貴方の力は、万が一にも暴発させてはならないものだった。いざというときは力尽くで、命懸けで止めなければならないものだった。姉さんなら、多分可能だったでしょう。姉さんの精神構造干渉は、相手の無意識領域に干渉して『ゲート』を一時的に閉ざすだけの力があった。でも姉さんは確実に、貴方よりも先に寿命を迎える。だから常に貴方の傍にいて、貴方を止め得る魔法師として深雪が作られた」
深雪が…俺の為の…俺を、止めるために……?
(それは、なんて――)
「深雪は、貴方を止める為に作り出された調整体魔法師よ」
「深雪が、俺の為に?俺が、深雪の為でなく?」
世界がひっくり返るというのはこういうことだろうか。
まだ頭が正常に機能しなかった。
「そうよ。深雪さんは、貴方の為だけに生まれた女の子なの」
俺の為だけの、女の子。
その言葉がぐわん、と頭の中で響く。
そこから語られたのは深雪が調整体だと知っている数人の名と、深雪よりも自分の方が血の繋がりが濃いということ。
確かに深雪の肉体が自身と同じ生殖細胞を構成要素としているが、それだけで説明がつかない要素が混ざっていたのも事実だった。
深雪の肉体に有害な作用をもたらす要因ではなかったため、それらのファクターを自然な変異の産物と考えていた。
だが、それらが調整によってもたらされたものだと考えれば、自分と深雪の間にある「構成要素」の大きな差異も、より合理的に解釈できる。
「深雪は、知っているのですか」
自分が調整体であることを、自身が俺の為に作られたという事実を――
「それなんだけどねぇ」
ここで叔母上が初めて悩ましげな顔になった。
「知らせてはいないわ。さっきも言ったけど知ってる人は限られているし、その誰もが深雪さんに言うようなことはない。だけど、――達也さんは去年の秋にこちらに来た時、深雪さんが持ってきた手土産が何だったか知っていて?」
「母からの映像記録だったかと」
「一度も見られた形跡が無かったから中身を確認はしていなかったのはわかっているわ。――そう。あの記録は私へのメッセージが含まれていたの。互いの蟠りも消え失せるほどの内容だったのだけれど、それは今はどうでもいいわね。
記録の中で姉さんがどれだけあなた達を大切に思っているかが語られる部分があったのだけど、深雪さんのことで気になることがある、とも言っていたのよ」
「それは、一体なんです?母は、一体深雪の何に違和感を持ったと?」
「『あの子が自分が何者であるか知っているのかもしれない』、と」
「!!」
「当然姉さんは伝えるわけがない。姉さんはむしろ貴方と深雪さんをできるだけ離して無関心でいてもらおうとしていたから。そうすることで貴方を停止させられないように、深雪さんが感情的になって貴方を止めたりしないように淑女教育も徹底させた。あの、事件が起きるまで姉さんはずっとそうやって貴方の為に余生を過ごすつもりだった。だけど、あの事件が大きく貴方たちの関係性を変えた。
――深雪さんが変わったのもあの事件がきっかけだったわね。あの子にも何かしら直感が働いたのかもしれない。だからって、直感で自分が貴方の為に作られた調整体だなんてわかるわけはないはずだけど」
一旦言葉を切ってから紅茶を一口含んで、話を再開させた。
「姉さん曰く、あの子は生まれ変わったのだと言っていたけれど、それくらい様子が変わったのは達也さん、貴方もそう思ったはずよ」
確かに、身に覚えがあった。
俺もあの時は再生を失敗したのか問われその可能性を疑ったくらい、あの子は変わった。
俺に都合の良いと思えるほどの変貌を遂げていたから。
以前から、遠くで見るだけで幸せだったのに、近くで手を取ってくれるようになって戸惑ったのを今でも鮮明に思い出せる。
『幸せになりたいの』。
そう笑う彼女は俺に、母に、幸せを齎してくれた。
あの日から、手に届かない星は、太陽の輝きをもって俺を照らして、温かな熱を分けてくれるようになった。
「私たちもすぐに気づいた。箱入りで自分の意見など言えなかったあの子がここへ直談判に来たのだからおかしいと思うのも当然よね。もっと教育を受けさせてほしい、だなんて」
「…それはいつのことです?」
あれ以降自分の知る限り深雪が一人で外出などできたはずがない。一人で本邸に乗り込んだなど視えなかった。ずっと視ているはずの俺が気付かないはずが――
「あの事件の直後、彼女の体の検診をね。調整体に何かあったらまずいから。貴方の再生が何かの作用を引き起こさないとも限らなかった。わずかな可能性があるならチェックしなければならなかったの」
すぐに思い当たった。深雪に再生を使った後精密検査をするべきだと、その時一緒に同行はできたが、立場上中に入ることは許されなかった。
「おかしなもので、あの時は姉さんの淑女教育しか受けていなかったはずの箱入りのお嬢さんが突然、私に対して興味をそそるプレゼンをしてきたのよ。次期当主になるには必要な技能がたくさんあるから勉強させてほしいってね。他の候補の子たちは家で教育を受けられるけれど、深雪さんは立場上家でそういった教育は受けられない。だからこちらに近いところに引っ越してもらって教育が受けられるように場を整えたの」
そこまでするとは思わなかったようだけれどね、と当時を思い出してか口角を吊り上げていた。
俺の知らないところで深雪が行動を起こしたことによって生活環境ががらりと変えられたらしい。
習い事が増えていったのは深雪のリクエストだったのか。
「かなり無茶なスケジュールだったはずだけれど、彼女は順調に熟していったわ。そしてどんどん吸収していった。私も常に見ていたわけではなかったけれど、相当無理をしていたことは報告書からでもわかるほどだった。だから聞いたのよ。どうしてそんなに無茶なことをするのかって。そんなに次期当主が魅力的とは思わなかったし、彼女もそれを目標にしているのではなく単に通過点だと思っていたようだったから。
そうしたら、願いを叶えるために力が必要なのだと言っていたわ。その願いについては教えてもらえなかったけれど、――注意深く見ていてもそれだけでは気づけないでしょう。同じ想いを持っていた私だから気付けた。ただそれだけのこと」
深雪と叔母上が同じ想いを…?深雪は幸せを願っていたはずだ。だが、この叔母上にその願いがあるかと言われると違う気がする。彼女の生き方は幸せになりたいというものより享楽的に生きたいと言った方がしっくりくる。
そして語られたのはそれを裏付けるような夢物語のような話で。
「貴方が私の息子だと言うのもあながち嘘ではないの。体を構成しているのは姉だけど、中身を作ったのは私。貴方の魔法は私が望んだ、世界に復讐する力だから。――だから、姉は私を恨んだ。勝手に自分の息子を作り替えられたと。信じる信じないは貴方の勝手だけれど、私たち姉妹はそれを信じた。おかげで姉妹の間の溝はさらに深くなったのだけれど、私は後悔をしなかったし、姉も生まれたからには愛そうと努力していた。――もう少し、興味を抱いたらどうなの?」
急に話が飛び、深雪の話から母たち姉妹の話に変わったことでどうでもいいと思ったのが顔に出ていたらしい。…表情に出すつもりはなかったのだが。
不満げに文句を言われる。
「まあ、貴方が深雪さんにしか興味が無いのはわかっていたことだけれど、母に向かってそれは無いんじゃない?」
「申し訳ございませんが、事実上俺の母は司波深夜です」
深雪と兄妹であること、母が深夜であることは先ほど認めたばかりだろうに。
無駄な脱線が多い、と不満を滲ませて口にすると表情は一転、にんまりと笑う。
「だけど、戸籍はすでに私の息子よ。――そうでなければ深雪さんと婚約はさせないわ」
「……」
俺が黙ると、母だと名乗る女は口角をさらに吊り上げた。まるで絵本に描かれている悪い魔女のようだ。
「私にとってずっと貴方は愛する息子だった。私の願いを叶えてくれるはずの、大切な一人息子。
私に理不尽な絶望を与えた世界に復讐をする力を有して生まれた、私の希望。
だけれど力が育つまでに、勝手に望む力ではない物を持って生まれた貴方に失望し、恐怖した叔父様たちや貢さんたちに殺されてしまう可能性があった。
深雪が生まれるまでは前当主の英作叔父様の言葉で何とか踏みとどまっていたけれど、何時恐怖にのまれて殺そうとするか予断を許さない状態だった。それくらいあの人たちは追い詰められていたのね。随分夢見がちな人たちだとも思ったけれど。彼らが願ったところで姉さんの胎にあの人たちの願いが宿るわけがないのに。
そして深雪が生まれ、達也さんを止める魔法を持っていたことで、いざという時抑えられる可能性が見出され一旦は落ち着くのだけど、また再燃して、と面倒でね。
感情的に力を暴走させてはならないと人造魔法師実験が行われた。演算領域なんて副産物。本命は貴方の感情を抑えることにあった。
衝動に繋がる強い感情だけを奪ったけれど、それで安心しない分家の為に感情はほとんど奪ったことにして、貴方にもそう暗示をかけた。
魔法ではなく純粋な暗示をね。まだ幼かった貴方は感情が消し去られたことを信じた。感情が無くなっていたことも事実で、小さな子供の感情は大抵強い感情が動くからそれが無くなっていれば疑うこともなかったのでしょう。
唯一残されたのは兄妹愛だけ。それさえも消してしまえば深夜が寿命を削ることもなかったのだけど――母として、貴方に愛を残してあげたかったのでしょうね。自分を犠牲にしてでも。
姉さんはそんなことは一言も言わなかったけれど。あの、優しい姉の考えだもの」
魔女は長く語り優しく微笑むと、再度紅茶に口付けた。
しかし――深雪以外のすべての感情が消されたものだと思い込んでいた、と。
強くない感情は元から残っていたのか。
強い衝動だけ、と言われたことがあっても感情自体が無いものだと、心が無いものだと思っていた。まさか、自分が暗示にかかっていたとは。
急な暗示の解除は理解が追い付かず狂うことがある。年月をかけて深雪によってゆっくりと暗示を外され、認識できるようにしてくれていたということか。
「今、深雪さんのことを考えていたでしょう」
「……」
言い当てられて無言を貫くと、これ見よがしにため息を吐いた。
「想定外だったわ。貴方がそこまで深雪さんにのめりこむなんて。唯一残された強い感情は兄妹愛のみだというのにね」
「…兄妹愛ですよ。これが兄妹愛でなければなんだというのです」
分かっている、悪足掻きだということも。
それでも、――すんなりと認めるわけにはいかなかった。
たとえ、自分が深雪の為に存在するのではなく、彼女が自分の為に作られたことに今更理解できたとしても、
(生まれた順番を考えれば、俺の後に作られた深雪にこそ、使命があっておかしくなかった)
万が一自分が暴走した時の為に、母の代わりに止められる存在が必要だという理由で作られたからといって、
(母が優しさから、俺を孤独にしない為『兄妹愛』を残したと仮定しても)
そこから先のことまでは、誰かに指図されて得たものではない。
兄妹愛が行き過ぎた先に、妹を異性として愛してしまった――俺の罪だ。
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