妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
罪だと自覚すると深雪に対する罪悪感が増すが、今は意識を逸らすしかない。
ただ、適当な言葉も思いつかずにいつかの七草先輩に言えなかった言葉をぶつける。
すると叔母上は吹き出して笑った。
「あら、そうなの?だったら、この情報は貴方にとっていらない話なのかしら」
せっかく用意したのに無駄になるのかしらね、ともったいぶるところは悪い魔女そのもののようだった。
しかしこちらがだんまりを決めて口を閉ざしていると、観念したように肩を竦めて口を開いた。
「まったく、揶揄い甲斐が無いわねぇ。でも、貴方を驚かせたいから教えてあげるわ。
貴方と深雪さんの遺伝子がそこまで近くないことは達也さんもわかると思うのだけど、さらに深雪さんは四葉の技術の粋を結集した『完全調整体』なの。遺伝子工学技術だけでなく、精神干渉系魔法によって霊体の調整も万全。あの子は調整体の持つすべての欠陥を克服し、人間以上に人間として完成された四葉の最高傑作。
――故に、貴方と結婚し、子供を作ったとしても遺伝子異常なんて起こらない。あの子の遺伝子に異常をもたらす因子はない。――九島家の失敗作のようにはならない。
言ったでしょう?あの子は貴方の為だけに作られた女の子なの」
だから、兄妹愛だけしか抱くことができないなんて思わず、その先を望んでいいのよと魔女は嫣然と微笑んだ。
こちらは何もしゃべってはいないというのに、急激にのどがカラカラに渇いた気がしてコーヒーを口に含むが、美味かったはずのコーヒーの味も香りも感じられない。飲んだはずなのに喉も潤った気がしなかった。
(人が罪を自覚して、これ以上踏み込まないようにと思った矢先に、これか)
呆然としていても思考は先ほどより動くようだ。
ただし、感情が追い付かない。
四葉とは、なんと非常識な一族なのか。
目の前の魔女だけがそうなのかとも思ったが、自分も大概非常識な存在であったと思考を閉じた。
「…深雪との婚約は、一時的なのではないのですか」
「あの子はそうしたいみたいだけれどね。それが幸せにつながると盲信しているのよ」
「しあわせ…」
深雪の幸せとは、なんだ?
昨夜からずっと答えが見つからない問題だった。
「あの子も盲目だけれど、達也さんはそろそろ見えてくるのではなくて?あの子が、何のために一生懸命なのか。今の貴方なら気付けるはずよ」
今の俺なら、とは。どういうことだろうか。
以前になくて今あるもの――?
「ああ、とっておきの情報をもう一つ、貴方にあげるわ。晩餐会で言ったあの勝成さんとの婚約話。アレを提案したのは深雪さんよ」
「………は?」
「ふふ、貴方にそんな顔ができるだなんて、ね」
母として嬉しいわ、と笑う叔母の声が遠く聞こえた。
(あの婚約を、深雪自ら望んでいた、と?あんな、どう考えても幸せになれない婚約を?)
初めから愛を求めない結婚を、深雪が望んだというのか。
しかしそんな顔、とは。今の俺は一体どんな顔をしているのか。
とりあえず深雪には見せられない顔をしているのだけは分かった。
「どこで知られたかわからないけれど、私が貴方と深雪さんをくっつけようとしたことを察知したのでしょうね」
「…いきなり聞きたいことを増やさないでください」
頭がパンクしそうだ。
『明日には、俺が当主の息子として発表されること、
同時に次期当主として発表される深雪と婚約すること、
兄妹であることは事実だというのに四葉の技術の結晶で深雪が完全調整体であり、
俺との間に子を成しても問題が無いよう調整されていること、
俺の為にだけ作られた妹であり完全調整体だから――結婚できるということ』
『深雪は何も知らないはずだが、
自分が何者か気付いている可能性があり、
ずっと何かを目標に自らを磨いてきたこと、
その通過点が次期当主という立場であり、
婚約者に相手がいるとわかっている勝成を候補に選んだこと、
それが彼女の幸せにつながると盲信しているらしいこと、
そしてさらに追加されたのが、初めからこの叔母は俺と深雪をくっつける――結婚させるつもりだったこと』
(それを察知したからと言って何故勝成さんとの婚約につながる…?)
羅列してみても情報処理が追い付かない。
分析するための情報も足りなさすぎる。
「目的は何です?叔母上が俺に、深雪と結婚させたい理由は一体何ですか」
「目的というか、きっかけは復讐よ。まず最初に願ったのはさっきも言ったようにこの理不尽で残酷な世界に報復してもらうこと。それが貴方に宿った力。その力で世界を滅ぼした時、私の復讐心は満たされる。もし滅ぼさなくても貴方が世界の悪意から深雪さんを守り通すことができたならば、私の復讐心は別の意味で満たされる。――人の運命を傲慢に踏みにじる世界が、一人の人間に屈服するということだから」
叔母上の言っていることは理解不能だが淡々と語っていることで、それがもうすでに熱が冷めた過去のものになっているとわかる。
しかし、気になるのは世界の悪意から深雪を守る、ということ。
その悪意とは四葉に生まれたことと俺の持つ世界を滅ぼす力によって向けられる悪意ということなのだろうか。
語る目が遠くを見つめていたことから、何かを投影しているようであったが、もしかしたら過去の自分を思い描いているのか。
しかし、ふう、とため息を漏らすと先ほどまで人をからかうのが生きがいのような魔女の顔をしていたのに、今度は少女のように目を輝かせて笑う。まるで別人のような顔だった。
「今はね、純粋に応援しているのよ。復讐心はなくなったわけじゃない。今でもこの胸にくすぶり続ける。こんな世界滅んでしまえってね。だけど――ファンになってしまったの」
頬に手を当てうっとりとその人物を思い浮かべているのか夢うつつの表情で。
「一途で一生懸命に努力するその姿に興味を引かれたわ。この子は一体何をそんなに必死になっているのかしら、と。私と対峙する時はいつも姉さんから教わった淑女然としているのに、姉さんや貴方といる時の表情はいつも楽しそうで輝いていた。不幸な生まれをし、絶望の中で生きるはずの彼女が、ずっと幸せそうに笑っているのよ。不思議で仕方がなかった。次から次へと新しいことに手を延ばしてはすべてを吸収して、次のステップに邁進する姿はこんな私でも憧れたわ。中学生の子供相手にね。
同時に、この子は何でこんなに生き急いでいるのかと気になった。だから聞いたの。どうしてそんなに必死になっているのかって。そうしたら、幸せになりたいのです、って微笑まれたわ。あれだけいつも幸せそうに笑っている少女が、まだ幸せになりたいのだと思ったら今度は憎たらしくなった。愛情の裏返しは憎しみなんて陳腐な言葉だと思ったけれど本当にその通りだと思ったわ。憎たらしくなって意地悪をして。なのにそれを糧にして成長しちゃうんだもの。本当憎たらしいったら」
憎いと言葉を口にしながら笑う。
自分には理解しがたい心理状況だが黙って聞く。
誰と名を言わなくとも誰の話をしているのかは瞭然だったから。
どんな些細な情報も逃さない為黙って耳を傾けることに徹した。
「人は醜いわ。憎いと思うと粗を探したくなる。恋をする時と一緒でこの人は何を考えているのかしらとすべてを調べたくなる。この子の幸せを壊すには目的を知らなければ、なんて。――睨まないで頂戴。壊すことは初めから考えてはいないわ。ただそれを盾に利用できるかもとは思ったくらいなものよ。
でも、できなかった。
彼女の目的が、まさか自分を犠牲にしてまで叶えたいものだと知ってしまったから。姉さんとおんなじ。
愚かな子よ。本当に。愛おしくなるくらい間抜けで、まっすぐな子。本物の箱入りのように何も知らないわけでもないのに、どうしてこんなにひねくれずにまっすぐ立っていられるのか不思議で仕方が無いくらい。
目的がずっとぶれずにあって、達成するためにわき目も振らずにここまで突き進んできたのよ、あの子は。
あそこまで突き抜けられてしまうと、逆に応援したくなってしまうんだわ」
「…随分抽象的ですね」
「回りくどい、と言ったらどう?」
わざとしていたのかと視線を強めるとふ、と笑われて瞬間的にいらっとした。
感情の発露とはこんなに簡単なことだっただろうか。
「こちらとしても想定外だった。貴方を四葉の外に出さないための深雪さんだったのに、達也さんを外に逃がそうと必死なんだもの。深雪さんが四葉に残るなら達也さんだって残るのが目に見えてわかるのにね。あの子ったらそれがわからないのよ。だから間抜けだと思うのだけど…
――あら、どうしてわかるのかって顔かしら。だとしたら母親をあまり馬鹿にしないで頂戴。貴方が深雪を手放せないほど愛していることくらいわかるわ」
…俺がそれを自覚したのはつい先ほど、食堂での衝撃の告白時だったのだが。
何時、どこで、どのような場面を見てそう思ったのか気にはなったがそんなことを訊ねようものなら嬉々として弄ばれるのが予測できたので口を閉ざす。
「私もね、今では愛する息子の恋を応援してあげたいと思っているのよ。深雪さんが娘になってくれるのを楽しみにしているの。だけどこのままだと、深雪さんに逃げられちゃいそうだから心配になって」
逃げる?深雪が。何から逃げるというのか。
さっきも、俺を四葉から逃がそうとしていたという話だったが。
どれもこれも新情報ばかりでデータのアップデートが進まず停滞している。
一体何が心配だというのか。
その答えは問わずに返ってきた。
「貴方に誰かを宛がうつもりだってこと」
「…それは、どういう…」
今度は言葉が耳に入っても情報処理がうまく行かない。
『俺』に、『誰か』を宛がう、この意味が理解できない。
というより話の流れが飛んで理解が追い付かない。
魔女はまるで出来の悪い弟子に答えを導けるよう指を振りながらヒントを出す。
「深雪さんの次に考えそうなことを想像しなさい。ここを出る前に何と言っていたか。あの子はこの婚約を一時的のものだとして他の婚約者選定をしようとするわ。――自分のではなく、貴方のを、ね」
「俺の?」
なぜ、深雪がそんなことを?
提示されたそのヒントでは何の答えも導けなかった。
深雪の考えそうなこと…婚約を一時的にするということは破棄を前提としていて――駄目だ。ここで思考が余所に回らない。
「だって、達也さんが四葉の直系として公表されれば今までアプローチの無かったところから声がかかるようになるでしょう。もちろん深雪さんにも来るでしょうけれど」
「婚約発表も同時に公表されるというのに、ですか?」
「深雪さんが言っていた血の濃さを理由に邪魔をしてくる家もあるでしょうから」
…邪魔、か。
柵ばかりの十師族。特に秘密主義の四葉だからこそその槍玉に上げられるのだろう。
それを深雪はあの話を聞いた時点でその先の想定ができていたということか。
気が回らないでいたことが情けない上に、俺の婚約相手の選定まで考えていると思うと苦いものが口いっぱいに広がるような不快感を覚えた。
「達也」
「チャンスは恐らく今しかないわよ」
「深雪さんがまだどう動こうか迷っている今なら、付け入る隙がある」
童話では、魔女のささやきに耳を傾けるなと忠告を受けるも皆引っかかるのは、その言葉が魅力的過ぎるからか。罠だとわかっていても信じたくなる。
しかも、今回の場合、魔女との目的が一致している。
「愛する息子には愛のある結婚をしてもらいたいのよ。そのお相手が深雪さんなら文句が無いどころか最高の結果をもたらすわ」
初めから仕組まれていたと告白された時は不快だと思ったはずなのに、その後すぐにその計画に感謝することになり釈然としないものを感じるが、利用しない手はないわけで。
「覚悟は決まった様ね。あ、そうそう。達也さんにとっておきのプレゼントを用意したの」
「プレゼント、ですか」
「ええ。後で部屋に届くはずよ。ちゃんとリボンを付けたからすぐにわかるはずだわ。ちゃあんと受け取ってね?」
その笑みに嫌な予感がしたが、もうすでに届くように手配されているのだろうから反論は無意味。
詮索したところで言わないだろう。
届いてからのお楽しみだと言外に言われていることくらいは分かった。
だが、その楽しみは俺の為ではなく彼女自身の楽しみであることも予想がついた。
「初めての息子への贈り物ですもの。きっと、気に入ってもらえるわ」
うふふ、と笑って紅茶を飲んだことから、もうこの話はこれで終わりのようだった。
随分長く話し込んでいたようで、すでに時刻は十時を回っていた。
深雪がここを出てからかなり時間が経っていたようだ。
…もしかしたら纏まりなくだらだらと話していたのはこの時間を稼ぐ意味合いがあったということか?
(深雪の場所はずっと変わっていない)
だからこそ、俺には位置情報しか視ることはできないのだが。
風呂にしては長すぎるように思うが、明日の為に、ということは入浴後にホームエステでも受けているのかもしれない。
四葉が深雪を害することはしない。
特に次期当主と決まった今、分家の邪魔も深雪自身に向けられる確率は初めから低く、本邸で何かを仕掛けられることは真っ向から四葉への反逆となる。
叔母上から案内もつけずに戻れるか、と訊ねられたのは、この部屋には葉山さん以外の使用人すら寄せ付けるつもりが無いということなのだろう。別段目隠しをしてここに連れてこられたわけでもない。道順は頭に入っていたので問題ないと丁重に断った。
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