妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版   作:tom200

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四葉継承編 達也ver.⑱

 

それから部屋に戻り、最低限の身支度を整えると入ってくるのはいつもの倍の使用人たちだ。

深雪だけでなく俺までも着飾らなければならないのは辟易したが、今回の発表を考えればこうなることは予期できた。

だが、さすがに化粧までは受け入れられない。

慶春会に参加したことが無いのでわからないが、正装をした勝成さんや文弥なら見たことがある。彼らがこんな化粧を施されたのを見たことはない。

これもまた叔母上の御遊びか。拒否すれば簡単に引き下がったので、確認程度のようなものだったのかもしれない。

いつも以上にかかった支度を整え終わっても深雪の方はまだのようだった。

待つことしばし、深雪の気配が近寄ってきたので立ち上がって待つと、昨日のドレス姿とは種類の違うお姫様が現れた。

しかもこちらは肌の露出がとことんないというのに、ほっそりとした首筋から、紅を差した唇から、いつもより伏せられている瞼から覗く黒曜石もかくやの美しい瞳から、えも言われぬ色気が漂っていた。

昨日のマッサージの効果も発揮されたままなのかもしれない。使用人たちも完成した深雪の姿に目を奪われている。

その気持ちはよくわかった。あまりの完成された美しさに見惚れ、使用人たちもいるのに動くこともできずにただただ魅了された。

だが、それは深雪も同様なのか、俺が目に入ると伏せられていた瞼が持ち上がり、動かない代わりに頬を染めた。

俺なんて、着飾ったというより着させられた案山子のようなものだろうに。深雪の美的センスはやはり狂っているのかもしれない。だが、そのように見つめられるのも悪い気はしない。

深雪が、他に視線を向けないで俺にだけ見惚れてくれていることの奇跡。

使用人たちが静かに下がり、しばし二人きりの時間が与えられた。

互いにどちらともなく歩み寄り、化粧が落ちるからと顔には触れられはしないが、皺が寄らない程度に軽く抱きしめ合う。

この後多大なストレスを受ける事を予感して引き寄せられたということにしたけれど、二人して見惚れて何も考えないで引き寄せられたのだということはわかっていた。が、それを素直に口にできるほど俺たちもまだ自分たちの感情を持て余していた。

…理性とは簡単に外れてしまうのだな。できる事ならこのまま誰にも見せずに閉じ込めておきたいが、それができないことくらい理解できる。

それから控室へ案内すると使用人が現れ、移動すれば文弥達がすでに準備を整えて待っていた。

勝成さんはいない。夕歌さん曰く、毎年ここで一緒になるとのことだったが。

大晦日の件で気まずいのか、彼の家の都合か。今来ていないということは今回ここに顔を見せることはないのだろう。

とりあえず文弥が化粧をしていないことにこっそりと安堵した。

亜夜子が回して和気あいあいとした空気が流れたが、夕歌さんと深雪はお澄ましのお嬢様モードのようで、先日打ち解けたあの姿ではなかった。この二人にはまだ打ち明けるつもりが無いということだろうか。

可愛いモノが大好きな深雪ならこれを機に近づくかと思ったのだが、まだ何かあるというのか。

なんとなくだが、夕歌さんと打ち解けられたのは何かが解決したから心を開いて見せたように思う。

だとすると、この姉弟にはまだ解決しなければならない課題があるということになる。

一体なんだろうな、と考えながら内々の新年の挨拶と衣装を褒めて談話していると、夕歌さんから謎のアドバイスをもらう。

その苦笑の合間に一瞬俺たちにしか見えない角度で浮かべられた悪だくみをしているような笑みが挟まれ、この人も四葉の人間だなと昨夜散々見た当主の顔が重なった。

あの時のような嫌な予感は働かなかったから危害が加えられる問題はないと思うが。

この場の案内人は水波のようだった。

この大役を任せられているからずっと姿が見えなかったらしい。

案内をして戻ってきては徐々に疲労の色を濃くしていく水波に、何かがあるということはわかるが、一体何があればこれほど彼女が疲弊するというのか、と思っていたのだがーー。

最後に俺たちが入場する直前、人気が無い隙を見つけて水波からも気遣わし気に忠告をもらう。

その意味は入場してすぐに分かった。

伝統を重んじている、といっても四葉としての歴史はたいして長くない。代々続く家ならまだしも、こんなパフォーマンスが受け継がれるとも思えないのだが、…武家屋敷がこのイメージを作ったのか、俺が知らない歴史でもあったのか。

とにかく時代錯誤も甚だしい空間に、腹筋に力を込めて噴出さないようにするのが精いっぱいだった。

よくもまあ、彼女たちは笑わずに耐えられるものだ。毎年参加していても慣れる気がしない。

残念なことに俺たちの入場は最後の方だったため他の人の耐える姿が見られなかったことが悔やまれる。

年齢順であれば夕歌さんと勝成さんの分は参考に――いや、見たところで参考にできたかは微妙だが。

深雪は完璧に仮面を被っているようだが、わずかに動きが鈍い。必死に堪えているのだろうと思うと頭を撫でてやりたくなる。後でしっかり褒めてやろう。

案内される席は上座。当主のものと思われる席のすぐ隣だった。深雪に向けられる賛美の視線は当然ながら、俺に向けられるのは少数ではない驚愕、困惑、憎悪等の視線。

深雪の方に向けられる悪感情は視られない。なら問題はない。

それらの視線も当主の入場によって断ち切られる。

大勢の人前で緊張するような感情は持ち合わせていないし、深雪も非常に落ち着いていた。

昨夜に聞かされていたからこそだろうが、それにしても堂に入っている。流石深雪だ。

今日はたくさん褒めてやることができそうだな、と当主の挨拶を適当に聞き流していたのだが、勝成さんの婚約は問題なく受け入れられ、深雪の次期当主の発表に歓喜の声が上がったまでは良い雰囲気であったが、俺が当主の息子であり、次期当主の婚約者に指名されると場は騒然となった。

阿鼻叫喚一歩手前の雰囲気だが、それを愉しそうに見つめる『母上』の様子に徐々に混乱の熱は冷めていく。

罵詈雑言こそ飛ばなかったが、彼らの心境としては飛ばしたかっただろう。いくつか睨むような視線を受ける。それはお門違いもいい所であるが(何せ決定したのは当主だ)、深雪を婚約者としている立場上甘んじて受ける他無い。

兄妹でないなど否定したい事実であろうとも、深雪との婚約を棒に振ってまで拒絶するものではなかった。

真実は俺たちだけが知っていればいい。

しばし質疑応答の時間が与えられていたが、もう何年も前に練られている計画、穴など無いとばかりによどみなく答える当主の対応に分家たちはたじろいでいた。

ある程度の疑問に答えてから、今後の俺たちの生活にも触れるが、しばらく準備が整うまで今まで通り司波として今の家で過ごすというところまでは良かった。

が、この人に道徳を語られるとはと思った矢先に「魔法師は人手不足だから大歓迎」発言に、やっぱりこの人は狂ってるなと実感した。

同時に余計なお世話である上そんなことできるはずがないだろう、という反論と、だが言質は取ったぞ、のある種対極の考えが浮かび、こんな場だというのに頭を抱えたくなった。

 

(…深雪を待つんじゃなかったのか)

 

もちろん無理強いをするつもりなんか無いが、深雪が流されてくれるならそういうこともあり得るのではと期待もあるわけで。

 

(俺も人並だということだな)

 

男子特有の猥談談義に参加してもほとんど聞き役ではある(というか聞き流している)が、はっきり言って他人事のように思っていた。性欲が無いわけではない。だが、わざわざ妄想をして楽しむことなど無かった。

今思えば当然だな。深雪相手にそんな妄想をできるわけがないし、ほかの女性になど目を向けること自体無かったから。

それは、目の前でそういった場面(例えば二人きりの個室で煽られたり、制服の下に隠された体を見ることになったり、水着がずれてしまったり、というトラブル)があれば反応するのは健全な男として当たり前のことだが、自分が他の男子たちと違うのはその先を一人想像することが無いことだろう。

元々そんな余暇が無いこともそうだが、深雪が傍に居てそのような妄想に耽ること自体兄として自制がかかる上、無自覚にも深雪を意識しているわけだから他の女性と、なんてそもそも思いつくことではなかった。

自覚して、更に昨夜深雪の裸体を知ってしまった今、もうほかの女性となど思い描くこともできなくなっただろう。

彼らの話していた猥談の妄想相手に深雪を置き換えてしまうくらいには頭が沸いていた。

 

「ふふ、深夜が抱けなかった孫を私が抱いてあげられるのね。楽しみだわ」

 

話が飛躍し会場の空気が硬くなったが、これは孫発言よりも当主の口にした名が問題だった。

母の名を記号のようにではなく親しみを込めて呼んだことに皆驚愕しているのがこの場からだとよく見えた。

叔母上の言葉は一種の符号になっていたのだろう。葉山さんが動き持ってきたのはプロジェクター。

そこに投影されたのは亡くなる前の母だった。

深雪が、目を奪われているのがわかる。この場での上映について考えているというよりも単純に見惚れているのだろう。相変わらずこの子は母の美貌に弱い。

映像から流れる言葉一つ一つに会場にどよめきが走るがそんなことはどうでもいい。深雪の目が潤みはじめ、涙を湛えていた。

誰もがモニターに集中しているので多少動いたところで構わないだろう。

念のため用意しておいたハンカチを懐から取り出して深雪の下ににじり寄ると、涙を流すタイミングでそれを押し当てた。

深雪の視線がこちらに向く。

潤う瞳がとても美味しそうに見えるのは、腹が空いているからでないことくらいは理解している。

新年早々煩悩に塗れていることを自覚しながらも表情は兄らしく、感涙している深雪を微笑ましく思うことにしよう。

俺が微笑みかけるだけで深雪がぽろりと大粒の涙をこぼすから、心が大きく騒いだが、表には出さないよう努めて涙をぬぐうことに専念した。

聞こえてくる母の言葉に何も思わないわけではない。

そんなことを思っていたのかという驚きもあったが、それを上回るだけ深雪が愛らしかったのだ。画面には映し出されているわけがないが、呆れた視線が向けられているような気がした。

母には事あるごとに牽制されていたが、当然叔母上の計画を知っていただろうからただの深雪の取り合いだけでなく、娘に近づく不埒者に対しての牽制でもあったのかもしれない。…当時、そんな不埒な真似などした覚えはないが、距離が近づくことを危ぶんだのだろう。

映像はそう長くはなかった。

当たり前だ。あの頃の母にそんな長尺で話せるだけの体力はなく、一方的に話すだけの映像だ。

だがその短い時間であっても、彼女ら姉妹を知る大人たちには相当な衝撃だったようだ。

映像を見ている者の中には放心状態の者もいた。

そこに当主からの復讐という言葉が無造作に投げかけられたものだから再び動揺が走る。

だがこの反応を見るからに、本当に俺が彼らに逆襲をすると思われていたのかと呆れも抱く。

強い衝動を奪っておいて、人の感情を無くしておいて何故自分たちが復讐されると思うのか。

恨みが全く無いかと聞かれれば興味が無いと答える。

彼らが今さら何を思おうがどうでもいい。幼い頃であればまた違っていただろうが、全てを諦め、唯一を手に入れた今、彼らから何かが欲しいなどと血迷ったことを思うことはない。

これで深雪に対して俺のことで悪感情が向くというのであれば話は別だが、それは無さそうだ。

しかし、叔母上の言う四葉らしい、愛情の深い女性という言葉に引っかかりを覚える。

四葉が愛情深い、とはいったいどこの誰が言い出したのか知らないが初めて聞いた。

だが、その一言で腑に落ちることもあった。

――だから、己が嫌われたのか、と。

一族への愛情が深いからこそ、俺のような異分子を排除しようとしたのか。

知ったところで過去がどうなるわけでもないが、今後先読みする際に必要なキーワードにはなるだろう。

ついでとばかりに意図的に不出来として扱ってきた息子だが評価を改めるように、と公言したことで視線がこちらに集中するが、余計なことをと思ったのも一瞬、息子として表舞台で活躍しなければならない場面が近いのかと今後想定される世間の情勢を浮かべる。

…どうやら今年も平穏に過ごすことはできないらしい。

この発表が世間にされるだけで国内だけでも騒動がありそうだとは思ったが、それに乗じて海外も動き出すのか。

 

(深雪と幸せに暮らす生活を邪魔するというのなら、すべて排除するまで)

 

こちらを巻き込まずに勝手に外部でやっていてくれ、と思わなくもないが深雪が四葉家次期当主となった今そうも言っていられなくなった。

 

「どんな手を使っても、我らの四葉を守りましょう。力とは壊すためだけにあるのではないのです」

 

当主のこの言葉に、ただの新年の挨拶の締めくくりとして受け止めるのではなく気を引き締めた一同はやはり四葉と言うべきか。一般に流れている以上の情報を各々持っているのだろう。

これが師族会議等であれば同等のはずの家同士であろうとも腹の探り合いや情報の差が出て説明を要求されたりと時間の無駄が出るはずだ。

せめて軍を通してでも認識の共通化を図ればいいが、内部に簡単に敵が入り込んでいる現状では難しいのか。

敵云々以前に軍にも当然ながら派閥が存在するからな。上手く情報が行き渡るわけがない。

 

「深雪さん、先ほどまでの反応を見るに、貴女は深夜の遺言は見ていなかったの?深夜の映像をくれたのは貴女でしょう?横浜の騒動の後に」

 

しんと静まり返った会場に、叔母上の先ほどまでと違った弾んだ声が通った。

親しげにかけられる言葉に違和感を覚えるも、深雪は卒なく返す。

ごく普通のやり取りに聞こえるが、またも爆弾は投下された。

 

「ねえ。いつものように呼んでくださっていいのよ。わたくし達の仲でしょう?」

 

人を追い詰めることを悦びとするような人の悪い笑みだった。

こんな笑みを浮かべる人間はけして信用してはならないと言う見本のような笑みだ。

出来る事なら深雪の目を塞いでやりたいくらいなのだが――深雪と叔母上の仲とは…?

深雪はその視線を受けても、堂々とした――というより空気が和らぎ自然体のようになって応えた。

 

「いくら嬉しいからと、少々浮かれすぎではないのですか?――真夜姉さま」

 

………。

年甲斐もなく何を深雪に言わせているんだ?この人は。

関係と言っても叔母と姪だろう、と冷静に答える深雪だが、その会話は気心の知れた者同士のやり取りにしか見えなかった。

二人の間に自分の知らない関係性があるような気はしていたが、やはり昨日感じた違和感は間違っていなかったのか。

一体いつから深雪はこれほど当主と親しげに付き合っているのか。

俺の知らないところで何が起きているのか。

 

(…もっとリソースを深雪に割くか?)

 

……いや、深雪にもプライバシーがあり、あまりプライベートにまで過干渉するのは…しかし、叔母上とのこの関係性は看過できるものではない。

 

「そして私の息子の嫁でもあるわ。つまり貴女も数年後には私の娘になるの」

 

この言葉にやはりそれが目的だったか、と改めてこの人を要注意人物と認定した。

俺を息子にし、婚約者として据えることで深雪を手に入れようとしていたのだ。

だが続く深雪の言葉に、考えさせられる。

義理の母と呼ぶのに当分先、とは――確かに高校では学生結婚は無理だろうが、大学在学中なら魔法師界であればそこまで早いということもない。

それなのに彼女のニュアンスではその更に先の数年後のように取れる。

結婚を先延ばしさせられる何かがあるのかと若干不安を感じていると、叔母上も何かを感じたのかこちらに顔を向けると、

 

「ちょっと達也、貴方まさかまだ告白できていないのではないでしょうね」

 

矛先がこちらに向けられた。

呆れの視線付きで。

大きなお世話だ!と言ってやりたかったが、そんな子供じみた発言をするほど子供でもないが、かといって大人な対応などできるわけもない。

 

「告白は昨晩のうちにしました。ここからはプライバシーもありますのでご容赦を」

 

せめてもの反抗として慇懃無礼に言ってのけた。

普通昨夜の状態で告白までこぎつけているだけでも相当スピーディーだと思うのだが。俺自身かなり焦ってもいた。

むしろ即お断りからの拒絶だってあり得ないわけではなかったのだ。深雪の優しさと流されやすさが勝敗を分けたと言っても過言ではないと思う。

もちろん、深雪の気持ちがこちらに傾いていると思えたからの行動でもあったのだが、それでも100%と断言できるほどの根拠はなかった。

しかし、うちの息子までヘタレでなくて、とはどこのことを言っているんだ?勝成さんは実行しているわけだから除外するとして…まさか他家の一条か?深雪の周辺を監視していたなら必ず目に付くだろうからな。

アレと比べられても勝負にならんだろう。

何せあいつは告白どころかまともに話すこともできないのだから。

まあ、深雪を前にして話せなくなる気持ちは分からなくもないが、それにしてもあれだけ注目を浴びて育った人間があれではな。

どうでもいいが。

会場は相変わらず落ち着きのない雰囲気ではあるが、深雪との会話で気が抜けたのか、ずっと緊張感が漂っていた空間が和らいだ。

当主の挨拶も終わったことで止まっていた時が動き出したように使用人を呼び飲み物、特にアルコールの注文が飛び交った。

一応目出度いことの発表後なので挨拶にこられる可能性があるかとは思っていたが、葉山さんからの挨拶には驚いた。

しかしこれも予定調和の一つだったということはこの後に続けられた言葉で理解した。

先ほどの叔母上の言葉にあった俺の実力の一端をこの場でお披露目してはどうか、との提案だった。

衆人環視の前でデモンストレーションをしろ、と。

叔母上がはしゃいで催促するがはっきり言って気が進まない。…いつも以上にそう思ったのは深雪との関係を隠されていたこともあって蟠りだったのではないかと後に思い至ることになる。

だが、続く深雪の、

 

「、達也さん…あの、私も拝見したいです」

 

恥じらいながらも周囲からの注目を考慮し、兄と言えずに俺の名を呼び、いじらしくお願いする言葉に誰が否と言えようか。

抱きしめたい衝動を堪えるため固く目を閉じ邪念を払って精神を統一する。

深雪のお願いだ。どのみち俺に断る権利などないのだが、モチベーションは変わる。

申し訳なさそうにおねだりする深雪が見られただけでも気分がいいが、どうせなら叶える代わりに俺からもあとで何かを強請らせてもらおうか。

一応当主に断りを入れて、深雪の傍を離れる事にも彼女の手にそっと触れて許可を得てからその場を後にする。

常であれば嫌悪や蔑む視線が向けられるのだが、今向けられているのは品定めするような視線と、…これは畏怖、か?よくわからんな。

誰もが突然発表された当主の息子の存在に戸惑いを隠せないのだろう。

俺にしてみればその立場を得ることで、深雪との結婚に異を唱える者がいないのであればどんな立場だろうが肩書だろうが構わない。

一番恐れていたのは俺を差し置いて誰か婚約に立候補する可能性だ。今のところその流れは無さそうだが、気は抜けない。

ここで力を示すことも悪いことではないかと頭を切り替える。

これも深雪との結婚のためのプロセスの一つだと思えばたとえ面倒であろうとも苦ではない。

 

 

 

それから戻ってくるとすでにステージはセッティングされ、標的に向けて魔法を放つ。

多少修正の余地があるな、と使い勝手を確認して片付けをしていると周囲のざわめきの合間を縫って勝成さんが声を掛けてきた。

若干声に硬さがあったのはどうやらこれほどの魔法があって何故自分たちに使われなかったのかという問いがメインのようだが、考えても見てほしい。

俺は退けたいだけであって殲滅を考えていたわけじゃない。

そもそもこの魔法を使われたらどうなるかわかっていての問いだろうか?

分解が通じる相手に必要ないとだけ言えば、多少誤解を招いたか怒りがこみ上げたようだが、この場を乱すつもりはないのだと言わんばかりに呼吸を整え去っていった。

分解が通用する相手だからといって彼らにそれを使うことも殲滅同様できるはずがない。深雪の前でわざわざ再生を使わなければならない場面を何故作らねばならない?

必要以上の心配をかけることは――と思ったところでわざと食らった攻撃で結局のところ深雪を心配させ、自傷とはいえ怪我をさせてしまったのだという事実を知ったのは昨夜のこと。

あのままキスをしなければ一生知ることはなかったと思うと、これからキスをするのに理由は事欠かないかもしれないなどと不埒なことがよぎる。

どうにも思考回路が兄からかけ離れてきてしまっている。

少し頭を冷やした方が良さそうだ、と考えつつ向かうのは深雪の下。

 

「お疲れさまでした、お…達也さん」

 

…なんだろうな、この可愛さは。

恥じらいながら名を呼ばれるだけで胸が苦しくなる。

この愛おしいと思う感情はいくらでも湧き上がるらしく際限がない。

抱きしめたいのを、差し出してくれるグラスを受け取り堪えつつ、はにかむ深雪を堪能する。

四葉の人間がこれだけいる中で気を緩めるなどできるはずも無く、当然顔も緩んでいないはずだが、挨拶にやってきた他所向きの顔をした夕歌さんからの胡乱気な視線がなんとも心地の悪い思いがした。

気にするつもりも無いが、少しばかり気を引き締めた方がよさそうだ。

文弥も挨拶に来てくれたが、亜夜子は体調を崩して休んでいるとのこと。今朝見た限りは普通のようだったが。

心配だな、と声を掛けると文弥は複雑な表情を見せたが、それが何を指しているのか俺には見当もつかない。

ある程度会話をしている間、深雪が落ち込んでいるような気がしてそちらの方が気にかかったがこれから挨拶回りもある。

視線を向ければ、大丈夫と微笑む深雪に休ませてやれないことを申し訳なく思うが、深雪は仮面を完璧にかぶってにこやかに挨拶をして回った。

 

 

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