妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
いつもは深雪の挨拶回りに付いて周囲を警戒するだけだったが、当主の息子となり、次期当主の婚約者ともなれば後ろに控えることなどできようはずもなく、深雪の隣でそれらを交わしていかなければならなかった。
慣れていないが、緊張や焦燥とはほぼ無縁と言ってもいい自分には熟せないこともなかった。ある程度の礼儀や作法は叩き込まれている。深雪のガーディアンとして傍に居ても恥ずかしくないように覚えたことでもあったが、役に立ったな。
だが、挨拶する側も戸惑っているのが分かる。唐突に降って湧いた当主の息子だからな。しかも昨年までは使用人より下に見ていた相手だ。どう扱っていいモノかわからなくなるのも当然と言えた。
こちらとしてはそんな事情はどうでもいいことだが。
要は深雪と婚約できる立場で、それを認めて文句を言わなければそれでいい。そのためならこのような窮屈な状況も耐えられるというものだ。
深雪は相変わらず微笑みを湛えて、疲れなどみじんも感じさせないほど完璧な所作で会場を渡り歩く。
見事だ、と感心せずにはいられない。
ある程度挨拶回りが終わる頃、深雪が体を震わせた。
今日の恰好は洋装で、華美なものでは無く、少し大人びた意匠だった。
そのためいつもより開いた胸元が寒そうだ。
「深雪、寒いのかい?少し休もうか」
少し抱き寄せると、やはり体が冷えている。せめて温かい飲み物でも、と思っていたところで新たなる来客が。夕歌さんだ。
「この二日で進展しすぎじゃない?どう見ても兄妹には見えないわよ、お二人さん」
明るく楽しそうな声には親しみが込められており、周囲に次期当主との蟠りなど一切ないと知らしめる好機と演出しているようにも見えるが、見せかけだけでなく深雪に対して好意的な感情が感じられた。
正確には好奇心のようなものだろうか、が向けられているように見える。
一瞬、彼女もエリカのようなタイプか?と過ったのだが、その思考はすぐに中断せざるを得なかった。
深雪が、彼女に見惚れているのだ。
…これはよくない兆候だ。
「深雪」
身を屈めて更に密着するよう腰を抱き寄せ、わざわざ耳元で声を掛けると、深雪はびくり、と身体を震わせ俯いた。
耳が赤くなっていることから俺の伝えたいことは分かったようだ。
あまり余所見をしてくれるな、と。
深雪が綺麗なモノや美しいモノ、そして可愛いモノに弱いということを忘れていた。夕歌さんも容姿が優れている上、昨日の正装とは違い、堅苦しさの抜けたドレス姿は深雪の心にヒットしたらしかった。
(恋とは恐ろしいものだな。自覚するとどんどん欲深くなっていく)
以前なら深雪はこういったモノが好きなのか、と思う程度だったのに何時の間に自分以外に惹かれるのを面白く思わなくなったのか。
「…ちょっと。人を出汁にいちゃつかないでくれない?」
そんなつもりはさらさらなかった。ただこちらは深雪を奪われないよう必死なだけだ。
「深雪が綺麗なモノに目が無いのはわかっているのですが、目の前で俺以外に意識を奪われるのは面白くないので」
「…達也さん、もしかしてそっちが素なの?」
そっちが、と言われても、今までどう思われていたのかが分からないが、本心なので素と言われればそうなのだろう。
「そのようです。自覚したのはこちらに来てからですが」
そう答えると彼女は驚いたように目を見開く。
自覚したのがここにきてからと答えたことがそんなに驚くことか。
「人目が無ければガンガン突っ込みたいところなんだけど、この場でそんなことできるはずもないから」
突っ込まれたところで大した返事はできるとも限らないのだが、確かに周囲からの注目は高い。ここで変な話はできないことは同意する。
夕歌さんは何処からともなく取り出した白い紙きれを深雪に手渡した。
彼女のプライベートナンバーの書かれた用紙らしい。お茶に誘うとのことだが、それだけで心に黒い感情が渦巻く。
深雪が隣で表情を輝かせているのが分かる。
たかがプライベートナンバーを教わっただけで、この喜びよう。彼女にとってプライベートナンバーはそれだけ価値のあるものなのか。
そういえば以前、藤林さんのを知っていると言った時も反応が大きかったか。
あの時は誤解を解くことばかりに意識が行っていて考えてもみなかったが、彼女にとってこれほど価値のあるものならば変に疑ってもおかしな話ではなかったのか。
深雪が嬉しそうにしている様子に、夕歌さんがこれくらいではしゃいでしょうがない子ね、と口にしていないのに態度で分かるほど温かな視線を向け、苦笑しながら話を続けていた。
深雪が順調に受け入れられ、本人も嬉しそうなのだから素直に喜べばいいのに、兄でない部分の自分にはこれがとても面白くない光景でしかなくて。
「本音トークなんてできるわけないでしょう。でも、貴女ならすべての事情を知っているから遠慮せず話せるわ」
「それもそうですね。夕歌さんの女の子の秘密を聞いてみたいものです」
「良いわよ。代わりにあなたの秘密もいっぱい教えてもらうから」
楽しそうにくすくす笑い合う姿に、面白くない上疎外感まで覚え、まるで子供のように存在を忘れないで欲しいとちょっかいを掛けるのだが、深雪から動きを封じ込められてしまった。
だがそれだけでも深雪が自分の存在を忘れることなく触れてもらえたことで黒い渦が小さくなる。
「…達也さんはもちろん遠慮してね」
このやり取りを冷ややか愛で見ていた夕歌さんから女子会なのだから男は来るな、と忠告されるがそうはいかない。
「同席は諦めますが、隣接した場所に控えるくらいは認めてもらいますよ」
女子会の場に参加できないくらいは弁えているが、深雪から離れることは許容できない。
「…束縛は嫌われるわよ」
「深雪の立場を考えればお判りでしょう」
深雪は次期当主として注目をされる。今までのように静かに暮らすことは難しくなるだろうから警戒レベルは今まで以上に引き上げねばならない。
しかし、束縛が嫌われる、とは。これは束縛ではなく護衛だ。変な勘繰りはしないでもらいたい。
そう彼女と視線をぶつけ合っていると、見知った気配が近寄ってきた。水波だ。
「白川夫人より、深雪様にお越し下さいとご伝言が」
どうやら深雪のみの呼び出しらしい。
「私だけなのね。分かったわ。――達也さん」
表向き、深雪は『達也さん』と呼ぶ。そのことに体が反応することは無くなったが、それでも気分が良い。
もちろん兄と呼ばれることに不満はないが、呼び方一つ違うだけで感じ方も変わるものなのだな、と面白い発見だ。別の機会にいろいろと試してみたいものだが、深雪は付き合ってくれるだろうか。
するっと離れていく手に寂しさを抱くが、引き留めることのできる場面でもない。呼ばれているのだから仕方ない、とこちらも手放す。
「夕歌さんも、じっくりお話はまた今度。楽しみにしております」
「ええ。たっぷりお話しましょう」
「達也さん、あちらで文弥さんたちもお話が終わりそうですよ。昨日もあまりお話ができなかったでしょうからお話に入ってはいかがでしょう。亜夜子さんも昨日は体調が悪かったようですし、代わりに様子を窺ってきて下さいませ」
要約すると、後を追うな、ということか。
位置確認はするがあまり眼を向けすぎない方が良さそうだ。
水波に深雪のことを任せると、彼女はしっかりと頷いた。
水波の忠誠心は高い。たとえ分家の誰かがちょっかいを掛けたところで言いなりになることなく深雪を守るだろう。
白川夫人は絶対に四葉に不利になることをするような人ではない。深雪に害をなすことは無いはずだ。
「心配?」
「そうですね」
「あら、取り繕わないのね」
「したところで意味も無いでしょう」
深雪を姿が見えなくなるまで目視で見送ると、まだこの場に残っていた夕歌さんから揶揄いの声を掛けられる。
先ほどまで俺にだけ向けられていた刺々しい態度は見えない。彼女もまた深雪の前だからパフォーマンスをしていただけに過ぎなかったようだ。
深雪の周りにはどうもこういう人が集まりやすい。
「まあ、これから大変ね。四葉内はしばらく沈黙しているでしょうけど、世間はそうはいかない。数日後には学校も始まるもの」
指摘された懸念は自身が抱いていることと同じだった。
分家はこれでしばらくは動かなくなったはずだ。何せ当主の意向がこのように公表されてしまっては今さら俺たちに何かをすることは謀反となる。
彼らは別に四葉を分断させたいわけではないのだ。
今喫緊の問題は学校だろう。
深雪が昨年末から何か画策しているようだったが、その内容をまだ教えられていない。この正月ではっきりしたことが決まらないと話せなかったのだということはわかる。
まさかその内容がこんなこと――当主の息子として発表され、次期当主の深雪の婚約者になるとは思わなかったが、これは予測していた四葉の素性が明らかになることよりも輪をかけて騒がしくなるだろうと思われた。
兄妹が実は兄妹ではなく従兄妹同士で、しかも婚約者だなんて、それだけで十分センセーショナルな話題だ。
いくら魔法師協会から二十八家と一部有力な百家に通達が渡るだけといっても一般の魔法師に広がるのも時間の問題だ。それだけ俺たちの存在は無名の間にも目立っていた。
そうなった時、あれだけ慕われていた深雪は一体どんな風に見られてしまうのか。
ある程度覚悟はしているようだが、わかっているからといってあの子が傷つかないわけではない。
「そういう顔を見るとお兄ちゃんって思えるのにね」
「今は婚約者ですよ」
自身がどんな顔をしているかなんて見られないが、とりあえず訂正しておく。
訂正をするだけであって否定はしない。
たとえ世間的に従兄妹の扱いになろうとも、俺はあの子の兄貴をやめるつもりはない。やめられるわけもない。
「さっきのは見せつけたんじゃなく?」
「さっきの…ああ」
彼女が言っているのは密着していた時のことだ。
だが、アレを見せつける?
「そんなつもりはありませんでした」
あれはただ嫉妬しただけの行動であって、周囲に見せつけるようなものでは無いだろう。そう思うのに、夕歌さんは顔を顰めた。
「嘘でしょう?無意識?あれはどう見ても牽制でしょ」
学校では意識的に牽制するように動いた覚えはあるし、九校戦では恋人に成りすまして深雪に近寄ろうとする輩を減らそうとしていたが、ここは四葉。深雪に言い寄るような者はいない。
その上昨日当主から婚約者の発表があったのだから牽制などする必要性も無い。
が、言われて気付いた。
(嫉妬をするということはその相手を妬ましいと思っているということであり、自分だけを見て欲しいとの欲求であり、だから夕歌さん相手に警戒して威嚇した、ということになる、のか?)
それも牽制は何も周囲にだけ向けられるものでは無い。…異性だけでなく同性相手にまで何をしているのか。
黙りこくっていると、夕歌さんはふぅん、と人を観察するように眺めた後、ねぇ、と口元を隠して身を寄せるとこっそり話しかけてきた。
「深雪さんは婚約を時間稼ぎみたいに言っていたけど」
「その必要は無くなりました」
きっぱりと否定すると彼女はすっと身を起こす。
「じゃあ達也さんで確定なんだ」
その認識で間違いないと頷きながらも、頭ではまだ婚約者と公表されただけで、確実に深雪を手に入れたわけではないことに一抹の不安が再燃する。
この婚約は当主の一存で決められた婚約とはいえ絶対ではない。
このように周囲に通達されても確実に結婚できる保証はない、ただの口約束と何ら変わりない。書面があろうと現段階では白紙にできてしまう。
(なんの証も無い状態でただ婚約者という立場に甘んじていられるわけもない。やはり、深雪には悪いが――)
「四葉家次期当主に選ばれるだけの男でないと認めないのではなかったの?」
ニヤッと笑う口元に、この人も人を揶揄うのが好きらしい、とそういうことが好きな卒業した先輩の顔がちらついたが、それに関して言えばどうということも無い。
「これからそれを証明するとします」
自分の有用性を認めさせることはさほど難しいことだとは思わなかった。
四葉に貢献するつもりなどなかった。元は四葉からの意味も含めた脱出計画であったが、深雪と一緒にいられるならばどこにいようと安息地だ。
アレも立場を確立させるための意味もあったから功績を得るという面では十分利用できる。
「随分自信があるようね」
「自分なりの方法で四葉に貢献するつもりです」
「深雪さんと結婚するため?随分必死ね」
「当然でしょう。あの深雪に並び立つためです、形振りなんて構っていられませんよ」
使えるものなら何を使ってでも、どんな手を使ってでも深雪の傍に。
「まあ、あの美貌だもの。深雪さんを欲する人は多いでしょうね」
四葉次期当主というだけでも狙われる可能性は高い。だが、
「深雪の良さは外見や肩書だけではありませんから。できるだけ知られないうちに結婚にもっていきたいところです」
「…もしかして惚気られてる?」
「まさか。純然たる事実ですよ。あの子が優しくていい子なのも、努力家なのも、身内にはとことん甘くなることも――特に俺には一段と甘いことも」
「惚気てるんじゃない!」
「これくらい、彼女と付き合いのある人間なら誰もが知っていることです」
「でも、その中でも自分が一番知ってるとか言うんでしょ」
「それは当たり前というものです。俺はあの子の兄でしたから」
そしてこれからも兄でいるが。とは心の中で付け加えておく。
(そもそも従兄妹なのであれば兄と呼ばれてもおかしくはないから呼ばれても否定する必要も無いように思うが、それでは周囲に示しがつかないか。深雪には早く慣れてもらう必要がありそうだ)
連想するようにそんなことを考えていたら、夕歌さんが表情を歪ませていた。
「うわぁ…。その本性深雪さんは知ってるんでしょうね?」
「さて、どうなんでしょう」
というか本性、とは?
隠していた何かを見せているつもりも無いのだが、夕歌さんは表情もだが体ごと引き気味になった。
だが、深雪は俺以上に俺のことを良く知ってくれているから多分知ってくれているのではないだろうか。
それにもし彼女の知らない悪い部分が見えたとしても、これまでの積み重ねがある。それしきのことで今さら見捨てるようなことができる子ではない。
「いいわ、その辺りは女子会で聞きだすとしましょう」
彼女の中ではすでに行われることは決定事項らしい。深雪も夕歌さんのことを気に入っているから喜んで参加するだろう。
避けられない未来の予定にため息を吐きそうになる。
「…達也さんも鉄面皮ってわけじゃないのね」
「不満はよく顔に出るようです」
「なんとなくだけど、深雪さんが苦労しそうね」
「それは深雪次第かと」
「ご愁傷様、と言ってあげるべきかしら」
「そこはおめでとうの方があの子は喜びますよ」
しれっと答えると白い目を向けられた。
こんな風に親戚と話す日が来るなんて思わなかったが、存外この空気が心地よく思えたところでこちらに近づく二人の気配が。
文弥と亜夜子だ。
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