妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!分割版 作:tom200
午後の宴会が始まり、立食形式で食事が並ぶ中、当主による挨拶と報告が始まった。
魔法師協会を通じて各所に四葉の次期当主の名と、自身の息子の認知、そして婚約のことも同時に公表したのが午前中。
すでに祝電が届けられ始めているそうだ。
祝電と言っても形式上のもので、この内容をただ喜ばしいと単純に考えるような家は何処もないだろう。
次期当主の発表だけならともかく、17年も息子の存在を隠していたともなれば何を企んでいるのかと疑心を抱かれるのも無理はない。
その上、兄妹として暮らしていた二人を婚約者として発表するなどゴシップになること請け合いだ。
特に身近な学校は荒れるだろう。
好奇の視線くらいなら構わないが、四葉であることは当然影響してくる。
ちらり、と深雪を見るが、彼女は完璧な淑女の顔をしていてその表情を読み解くことはできない。
この子が一人で何かを背負わなければいいが。
(年末に何か画策しているようだったが、帰ったら教えてもらえる、はずだ)
もう賽は投げられたのだ。情報共有はしてもらえるだろう。だが、深雪がすべてを共有してくれるかはわからない。
今回、それを痛感した。
(叔母上との関係など、微塵も感じさせなかった)
きっとあの人からの暴露が無ければ俺はずっと知らずにいただろう。
挨拶も終わり、各々会話をしながらグラスを傾けたり食事を楽しんだりし始め、その中に俺たちも紛れていく。
昨日深雪と挨拶を交わし損ねた人が訪れてくることはあったが、如才なく深雪が応えながら人の間を泳いでいく姿に、深雪ならすぐに社交界の華となるだろうと確信する。
まだ学生だからそのような席に呼ばれる頻度は少ないだろうが、七草は娘たちを社交の場によく顔を出しているそうだ。
元々四葉はそこまで積極的に参加する方ではないが全くないわけではない。いずれ当主代理として参加する機会も出てくるだろう。
その際は婚約者としてエスコートできる立場のはずだ。
ガーディアンというだけでは傍に侍ることもできなかっただろうから、やはりこの立場は自分にとって手放せるものでは無いなと別方面からも実感した。
挨拶の合間に食事をつまみつつ、「美味しいですね」と口元を自分にだけ見えるように綻ばせる深雪が可愛らしくて癒されながら時間を過ごしていると、水波が給仕の手を休めてこちらにまっすぐやってきた。
「準備が整ったとのことでございます」
帰宅が許可された。
深雪に向けられた視線を辿れば叔母上が目を細めていて、深雪と共に一礼する。これだけで済んだのは、場を騒がせずに退席しろということだ。
不自然ではないように下がって客室に戻り、手伝いの使用人を断ってさっさと服を着替える。
深雪には水波が付いたようだが、女性と違い男の服はそこまでややこしくはない。
来た時と似たような服に着替え終えると端末を操作する。どうやら情報は正確なようでそろそろ検問を無くし、警戒巡回に切り替える動きに入っている。
全てを引き上げるのではなく警邏は残るようだが、警戒レベルは下がる。怪しまれることも無く抜けられるだろう。
車の手配も問題なく、設備も以前のような穴の無い民間ではありえない防御力を持つ乗用車だ。
かといって今日は何かに襲われる予定は無いが、四葉次期当主と公表された直後ということもある。何もないとも限らないし、これくらい警戒するのは当然だった。
問題が無いことを自分の眼でもチェックして深雪の下に向かう。
着替えが済み準備が整ったところで、水波が荷物を運んで移動する。
当主子息となってから屋敷内の待遇がかなり変わった。それに水波も倣っているようで荷物を持たせてはもらえなかったが、最後の見送りの際、忠告を受けた。
「深雪様が傷つくようなことがあれば容赦は致しません」
やっと帰れると安堵する深雪と違い、水波にはこの後の展開が読めているようだった。
殺気にも似た視線を向けられるが、敬愛する主を断腸の思いで見送らねばならないのだ。しかも、主の大事なものを奪うだろう相手に託して。
それを思うとむしろこれくらいで済ませている水波はまだ己の分を弁えていると言えた。
ぴり付いた雰囲気に、深雪が目を開閉させるがまさかそれが自分を中心にこうなっているとは気付かない。自分に迫っている危機に彼女だけが気付いていなかった。
先ほど水波に注意されていたのに、なぜか見当違いな回答をしていたくらいだからな。
俺に襲われることを心配する水波に、周囲を警戒しないと、と気合を入れていた。
恐らく当主子息ということで俺自身が狙われる可能性があることを想像したのだろうが、まったくもってそんなこと心配しなくていい。
襲われたとて返り討ちにすればいいだけだ。
(人のことを「自分を蔑ろにして」、と怒るわりに、深雪自身も危機管理が低い)
それとも兄であることに油断をしているのか。
今朝もあれだけ警戒していたのに、すぐに忘れてしまうらしい。いや、これまでの関係が彼女を安心させてしまうのか。
男として意識されていないことを悲しむべきなのだろうが、これほどまで兄を慕ってくれることにも喜んでしまう。
兄であり婚約者という立場もなかなかに両立が難しいモノなのかもしれない。
「さあ、帰ろう」
「はい、お兄様」
車に乗り込み、四葉本邸を後にする。
様々な思惑を煮詰めたような混沌の館から出られ、二人して安堵のため息が漏れたことに二人同時に苦笑した。
――
キャビネットに乗った後も、他愛ない話をするだけで触れ合うことも無かった。
外、ということもあったが、わざわざ乗り換えた人の多い駅付近から観察する視線が付いたからだ。
家までは付いてこなかったが、これが四葉の、という探りの視線であることは読み取るまでも無いとも思えたが念のため一通りは読んでおく。
コミューターを降りると深雪が空を見上げていた。
冬の空が特に好きなようで、昼も夜もよく見上げる姿を見かける。
今日のところは少し見上げるだけで満足したのか、戻した顔に少し照れが見えたのは一緒に空を見上げることも無く深雪に見惚れていたことに気付かれたからか。
キラキラと輝く深雪の目にはいつも視線を奪われる。どんな宝石も敵わない煌めきに魅了されない人はいないだろう。
荷物を抱えたままでは抱きしめることもままならない。
早足にならないように気を付けながら家に入った。
まずするのは何か仕掛けられていないかのチェックと付近に魔法の痕跡が無いかのチェック。
魔法だけでなく何かしらの機器などが仕掛けられていないか、警戒を怠らない。
家だけでなく周辺も視るが今のところ新たに増えたものはないようだ。
向けられる視線も無い。
四葉に対して生半可なことは仕掛けられないから動きが無いのか、それとも――俺たちを餌に四葉が仕掛けているのか。
俺たちの生活を邪魔されないのならどちらでも構わない。
「おかえりなさいませ、お兄様」
「ただいま深雪。深雪もおかえり」
「はい、ただいま戻りました」
いつものやり取りにほっとする。
(この時間を壊してしまうのももったいないが)
三十秒のハグを終えたところで少し踏み込んでみる。
「キスをしたいと思うのだが、いいだろうか」
ハグを終え、肩に手を置いたまま体を離した状態でしっかりと見つめ合って問えば、戸惑いながらも拒絶の色は見えず、しばし視線をさ迷わせた後、俯きながら小さく頷く。
俯いたのを拒んでいると勘違いすることもない。小刻みに震える手は緊張からで、赤く染まる耳は恥ずかしさによって。
逃げ出したいほど恥ずかしがっているのにこの場にとどまってくれている。
けして強引にならないように手を添えて顔を上げさせると、緊張していつもより引き締められた口元と、潤んだ瞳が兄としてではなく別のものとして受け入れようとしているように見えて、期待に鼓動が早まるが、焦りは禁物だ。
ゆっくりと顔を近づけて、震える瞼が閉じられるのをじっくり観察しながら単純に唇を重ねるだけのキスをする。
柔らかいのに弾力があって、深く踏み込んでもいないのに味を感じる気がするのは甘い香りが錯覚させるのか。
離れがたいがここはすぐに引きさがるべきだ。
名残惜しむように音を立てないように軽く吸って離れる。
「お兄様?」
見上げながら不安そうに瞳を揺らされ、込み上げる衝動を抑え込むためにも深雪を一瞬だけ強く抱きしめて解放する。
動揺する様子がその一瞬でも伝わるが、ここでも嫌悪は一切見られない。
「駄目だな…どんどん欲深くなっていく。お前に甘えすぎてしまうな」
もっと、と欲してしまいそうになる。
待つという気持ちに嘘はなかった。
愛してもらっていることに間違いはなく、つい先日まで兄でしかなかった相手を、遺伝子上問題が無いからと婚約者に宛がわれるなど困惑しないわけがない。気持ちを切り替えろという方が無理だ。
兄を愛することと、婚約者として愛することは全くの別物であるのだから。
俺のように以前から無自覚にも恋をして絶対に放すものかと執着していたなら、自分の下に転がってきたこの幸運を喜べただろうが、深雪が願っていたのは俺が外で幸せになること。
はっきり聞いたわけではないが、これまで得た情報を踏まえて考えれば輪郭が見えてくる。
彼女は俺を四葉の外に出し、人並みに幸せな生活を送れるようにすることを夢見ていたのではないか。
だが、あらゆる意味で欠陥であった俺は幸せを共に送りたい相手に、妹を選んでしまった。
彼女にとっては青天の霹靂だったはずだ。
ありえない選択を選んだ兄を、しかし彼女は拒むことはしなかった。見捨てることなく条件付きではあるが(しかも俺に有利な形で)手を差し伸べてくれた。
だからここは彼女のペースで待ってあげるべきだと、そう思っていたのだが。
(恋と自覚してから自制が難しい。こんなにも自分が独占欲の塊だとは思わなかった)
いつでも簡単に剥がれ落ちてしまう、名ばかりの婚約者という危うい状態のままでいられない。
もっと、深いつながりが欲しい。
(簡単に切っても切れない関係性が、証が欲しい)
深雪からはアプローチに対しての拒絶も無く、止められたとしても恥ずかしいから、というのが主な理由だ。
それに今も、本人に自覚は無いのだろうが離れてからの切なげに揺れる瞳は、都合の良い思い込みかもしれないが、もう少し踏み込んでもよかったのではないかと思わせるものに見えた。
(兄妹でこんなキスはしない)
なら、すでに異性として意識してもらえているのだと捉えることはおかしなことではないはずだ。
――そう、待つまでも無く、深雪も無自覚に俺のことを憎からず思ってくれているのではないかと。
(それはあまりに自分本位が過ぎるか)
浮かれすぎて先走っている自分の発想に少し冷静になるよう働きかけて、いつまでも玄関にいるものでは無いと荷ほどきを提案する。
「そう、ですね。あ、お夕食はどうしますか?」
「正直、ずっと何かしらつまんでいたからな。そんなに減った気はしないんだが、深雪はどうだ?」
緊張で喉を通らない、というような軟な精神を持ち合わせていないのであちらでは適当に周囲に溶け込みながらつまんでいた。挨拶回りの小休憩にちょうどよかったのだ。
深雪も同様であまり減ってはいないようだが、年末年始で乱れた食生活を戻すためにも少しでも腹に入れた方が良いと考えているようだった。
「それでしたら具沢山のお味噌汁だけ、というのもいいかもしれません。汁物ですからそこまで重くも無いですし、食べた気にもなります」
「それはいいね。深雪の味噌汁なら何杯でも食べられそうだ」
「まあ、お兄様ったら」
深雪はくすくすとおかしそうに笑うが、リップサービスなんてつもりはない。
あちらでの食事がいくら一流の料理人の手によるものだろうと、俺が食べたいのはいつだって深雪の手料理だ。
いつもの空気を取り戻した安堵感からか、深雪は肩の力を抜いて荷物を運び出した。
俺が部屋まで持とうとしたがやんわり断られてしまい、今これ以上構うことは過干渉になるかもしれないと伸ばしかけた手を自身の荷物へと軌道を変えた。
自室に入り、一人になると溜めていた息を一気に吐き出す。
(…何をやっているんだ俺は)
昨年末、ここを出る前は深雪をどう守ってやれるか考えていたはずだ。
分家からの襲撃はもちろんだが、深雪のみならず自身まで会に出席することなど立場上無かったことで、何か良からぬことが起きるはずだ、と相応の覚悟をしてこの部屋を後にしたというのに。
戻ってきて考えていることがどう深雪をベッドへ誘導するか、などと頭を悩ませているのだから呆れて物が言えない。
叔母上の策略に乗るのは非常に抵抗感があるが、今日を逃せば、恐らくチャンスは無いのだ。掌で転がされているとわかっていても目を瞑る他ない。
もしこれで、今日を何もせずに過ごしたとしよう。三日の夜には次の日師匠への挨拶に向かう予定があるので無理はさせられない。
そして四日になれば水波が戻ってくるわけで、そうなると深雪の気がそぞろになって触れ合うことにも躊躇するようになるのではないだろうか。水波を意識して抵抗される予感がする。
それ以降となればたとえ部屋で二人きりになろうとも、同じ家の中に水波がいる状態で深雪が逃げ道に利用しないとも限らない。
それに加えて年始でのあの忠告。恐らく早々に何かトラブルが起き、駆り出される可能性がある。
また忙しくなりストレスを溜め込んだ場合、深雪と二人きりになって欲を抑えきれなかったら――間違いなく深雪の都合を押しのけて襲うように抱くのだろう。
今までの経験上、箍が外れ、とんでもない行動を起こすことは目に見えている。
これまで同様、深雪が流されてくれる可能性はあるが、それではあまりにも情けなさすぎる。
それに――
(恐らく学校が始まれば深雪は落ち込むはずだ)
表向きいくら気丈に振舞っても、四葉という看板は彼女を苦しめる。
それほどまでに四葉の名は国内外に恐れられている存在なのだから。
(正直、友人たちの態度が豹変しようが俺にとって大事なのは深雪だ。彼女が変わらないでいる限り俺がどう思われようが構わない)
俺にとって深雪以外は所詮他人事なのだ。
四葉と恐れられようが、避けられようが、構わない。
だが、深雪は違う。
(あの子は優しい子だからな)
きっと、深く傷つくだろう。
何か作戦を立てているような風ではあったが、それでも何も思わないでいられる子ではない。
出来るだけ支えてあげられたら、と思うができれば兄としてだけではなく、婚約者としても支えられたらと思うわけで。
(…ダメだな。本当に欲望には際限がない)
傷ついたところに付け込もうなど最低な発想だ。
元々自分を好きになれないと思っていたが、今回のことで嫌悪すべき対象になりそうだ。
思考する間も手は動いていたため片づけは終わっていた。
洗濯物を持って行くか、と立ち上がり視界に入るベッドを見下ろす。
至って普通のシングルベッドだ。
(これでは狭いな)
くっついて眠るだけならこれでも十分なことは九校戦で実証済みだが、事を為すには窮屈に思う。
ゲストルームには倍のサイズのベッドがしまってある。
(常にHARが清掃をしているが念のためシーツなどを清潔なものに取り換えておくか)
出来るだけ音を立てずに部屋を出た。
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